精霊たちの姫巫女

明日葉

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第3章 世界の姿

6 守りたいもの

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  怒りが込められたままの目をシンに向け、辺境伯はしばらくそのままシンを射抜くように見据えた。そうして、ふっと息を吐き出すのと一緒に表面に出ていた怒りを綺麗に覆い隠す。
「私は、幼い日のセラフィナしか知らない。君が聞いている以上のことを知るはずもない」
「それなら」
  次に怒りを見せたのは、シンだった。
「この国の先代の王は、何をしようとしている?セラフィナに、何をしようとした」
  シンが知っているのは、実際に目にした表面的な事実。その裏で何を考えていたかまでは知る由もない。だがそれだけで、怒りを向けるには十分すぎるほどの現実だった。
「…この国は、本来王家…いや、王と精霊の契約によって守られている豊かな国だ」
  不意に話し始めた内容が、どう質問の答えにつながるのかと、鋭い気配のままシンはひとまず頷く。それを確認するでもなく、辺境伯は続けた。


  精霊たちが契約する相手は、王ただ一人。それが国の安定に繋がるはずだからだ。複数の者が同じ立場にあれば、争いの元にもなる。争う余地もない強固な立場で国を統べることが、豊かさにも繋がるはずだった。事実、長い間そうだった。
  その長い歴史の中でも、契約している王とは関係なく、精霊に愛される存在というものは時折現れた。多かれ少なかれ、王家のものは精霊と交感し、その力を借りる魔力を持つことが多い。
  だが、先代の王は精霊につながる魔力を持たなかった。もともと、王族ではなかったこともある。王家に生まれたのは先代の王妃のみで、先代の王は、王になるために王妃と結婚した。なぜ、彼が選ばれたのかは辺境伯も聞いていない。王族の中からではなく、貴族の一人だった彼は、特段目だった功績があるわけでもなかったらしい。王妃と恋仲であった、という話も聞かなかった。
  精霊とつながる魔力を持たない男は、王になり、唯一の契約者となり、精霊と交わるようになる。
  それまで遠いものだった力を、自らの能力ではなく契約関係によって行使することもできるようになる。だが、精霊たちにそのつもりがなければ、気配を感じることすらできない。その落差がコンプレックスを助長した。
  精霊とつながる魔力はなかったが、魔法を使うことはできた。魔法を使うことができながら、精霊とは繋がらない、それは彼自身が邪な存在である証だったのかもしれない。彼の魔力の波動は、魔族により近いものだった。そして、王妃もそれを是としていた。王妃自身が精霊とつながることができれば、女のみでこの国を治めることもできたはずだったが、そうならなかったのは、あまり知られていないが王家に生まれながら精霊とのつながりが薄かったということなのだろう。
  だが、その二人の間に生まれる子どもは、当たり前のように精霊たちとのつながりを持っていた。セラフィナより前に生まれた子どもたちは、世話係の手に預けられたまま、2人が手をかけて育てるということもない、だが、王家の子弟としての教育はされた。
  そしてセラフィナが生まれた。生まれた日の精霊たちの祝福を、わずかでも精霊とつながりがある者ははっきりと感じていた。声を運良く聞くことができれば、何が起きたかも知ることができた。だが、その発表が王家からはなく、姿を見ることもない。生まれてすぐ、精霊が愛しい子を連れ帰ってしまったのだろうと、そう思われた。
「そこから先は、さっき話したとおりだから、省こうか」
  そう言って一息ついた辺境伯は、吐き出した息がため息になる。確かに王家にあり、王になり、それでも精霊と縁薄いというのは、どれほど辛いことだろうか。だが、契約さえあれば、確かな治世を送ることができるはずなのだ。
ーーこの世界は、幾層にも重なり合い、様々な者が生きている。精霊、翼人、魔族、龍や獣人も。
  そう続けながら、じっと辺境伯はシンを見る。シンの国の民は、人と、他の種族が混じった末裔とも言われることがある。そう言われればむしろ納得してしまう身体能力。人がそこに特化して進化した一族というよりも説得力のある話。
  だが、シンはそのようなことを辺境伯が思っているとは気づかぬ顔で続きを待っている。
「その全ての場に、精霊たちは当たり前に存在している。万物の中に生きている。その加護を受け続け、それに甘えて平和と豊かさを享受していたのがこの国だ。それを断ち切られる所業を行なったのが先代の王。そして、彼の力は魔族…いや、魔物に近かった」
「魔族と魔物は違うのか?」
「この地上に生きる生き物と、凶暴な獣は違うのか?と言っているような質問だな」
  分かりやすい例えに、シンはなるほど、と素直に頷いた。そのようなことを当たり前に知り得る環境というのも、この国の特徴なのかもしれない。精霊に近いからこそ、全ての場に存在している精霊の声を聞くからこそ、得られる知識たち。
「ここからは残された我々が推測したことでしかない。先王は、魔物と通じているのではないかと」
  その力を利用して、自らのコンプレックスとなった精霊を排除しようとしているのではないかとまでは、行き過ぎた推測だと、そうであってほしいと。
  だが、シンの方はそれを聞いてどくん、と心臓が大きく脈打った。
  セラフィナの行動がそこに通じていく。セラフィナ自身はそのつもりはそもそもなかったのかもしれない。けれど、まるで引き寄せられるように、魔物が増えている、強くなっていることを憂慮して調べ歩き、何かに近づいている。
「嫌な感じだな」
  シンの呟きを、辺境伯はただ黙って受け止める。
「俺は、俺の国民は守るべき者だと思っている。だが、国を守るための駒だとも思っている」
  あの国の王族であれば、そうだろうと思うことをシンは辺境伯に告げる。戦場の最前線にたち、指揮をする立場であれば、駒として使うこともできなければいけない。その非情さは必要なものでもある。ただ、シンの場合、駒と捉えた瞬間に、それは守るべき国民ではなくなる冷徹さがある。その考え方は、シノンに刷り込まれたもの。
「だが、フィーナを守れば国民に害があると言われても、フィーナは守りたいと思う。あの日から、フィーナは俺が守るものだ」
  何を思って辺境伯にそれを告げようとしたのか。
  シンにしてみれば、セラフィナの味方でなければ共にいることも認めないような先ほどの辺境伯の空気にのまれた部分もある。
  聞いて、辺境伯はほのかに笑った。
「それは、セラフィナがいやがりそうだな」
「え?」
  なにかを犠牲にして守られても、セラフィナは納得はしないだろう。と、きっと言ってもこちらはこちらで納得しないのだろうと辺境伯は笑ったのだ。
  そこに、邸の気配が動いてシンが顔を上げた。
  辺境伯も、精霊たちのさざめきでセラフィナたちの帰りを知ったが、シンが気配だけでそれに気づくのを呆れたように見る。
「行ってくる」
  そう、言い置いただけ礼儀を思い出したと言えるんだろうな、と今度こそ喉の奥で辺境伯は笑った。そそくさと立ち上がって出迎える姿は、置いて行かれた子供のようだ。




「フィーナ」
  扉を開けるなりどこかから飛んできたようなシンの声に、さすがにセラフィナは驚いて固まった。予想していたカナンは先に身を引いて、シンの勢いに巻き込まれないようにしている。
「びっくりした…兄様と一緒じゃなかったの?」
「今まで話を聞いていた。知らない話ばかりだ」
「じゃあ、面白かったでしょう?」
  言いながら、セラフィナはたった今、シンが出てきたばかりの辺境伯の執務室に足を向けている。そのすぐ隣を歩いているシンの嬉しそうな様子に、カナンがそっとため息をついた。近くでくすっと笑う気配に、カナンは軽く睨んで見せる。それらの一連のやりとりを一歩引いて眺め、面白そうにしているクレイが、悪びれもせずににやりと笑ったのを確認して、ため息をつくのだった。



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