精霊たちの姫巫女

明日葉

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第4章 魔物の巣

7 わたしの、アタシノ、居場所

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 報告に来た者から場所を聞き、まずは治癒を行う者たちが走って行く。セラフィナは向かいたくとも、この場が終わっておらず、向かうことができない。どうか、そこに危険な状態の人がいないようにと願うしかない。
 瘴気を帯びた者から抜き取った瘴気と汚れが、身の内で打ち消していく力と量が合わず、息苦しい。めまいがする。だが、それを表に出すことはできない。もともと寝込んでいたおかげで最初から足腰が立たなかった、そのおかげで運んでもらえているが、この状態が知れれば運んでもらえなくなる。

 そんなことを思いながらこの場はあと2人、とシンに横たわる騎士の傍におろしてもらったのとほぼ同時に、柔らかくも強い風がセラフィナの周囲に渦巻いた。
 その気配に、クレイの顔があからさまにほっとする。クレイは、循環をさせることで精霊たちよりもはるかにセラフィナに力を送ることはできる。けれど、それを触れずに行うことはできない。この場でやろうとすれば、セラフィナが拒絶することは目に見えていた。それでも、目に余れば力づくでやるしかなかったけれど。
 それにしてもずいぶんと高位の精霊が来たものだと呆れるが。動きやすさからなのか、風の精霊が一番早く来ることが多い。今回も風の精霊だった。
『無理をさせているのは、こいつらか?』
 耳元で聞こえる声に、セラフィナは視線を一瞬向け、すぐに意識を目の前の騎士に戻した。
「シファ、あなたが来るなんて」
『それだけのことを、お前はしているんだ。ばかもの』
 不意に話したセラフィナに不思議なものを見る目をシンたちは向ける。セラフィナがシファ、と呼んだ風の精霊の姿が見え、声が聞こえているのは、今はセラフィナ以外にはクレイだけだ。彼ほどの精霊であれば、その気になれば姿を見せることができるけれど。
 姿を見せれば面倒だと判断したのか、シファはそのまま、セラフィナの傍に立ち、セラフィナを風で包み込んだ。包まれた風から柔らかい力がセラフィナの中を吹き抜けて行く。
 目眩がおさまり、呼吸が楽になるのを感じてセラフィナの口もとに笑みが浮かんだ。
 王都にあらわれた瘴気の濃さと、穢れの多さにセラフィナの近くにいた精霊が音をあげた。己たちでは、万が一のことがあるかもしれないと。万が一は、起こってはいけないのだ。そして、起こってしまえばそれはもう、手遅れでしかない。
 そして話を皆まで聞かずに取るものもとりあえず、文字通り風のように駆けつけたシファは、心底呆れ果てていた。どれほど言っても無茶をやめないこの人間の娘に。使えば己の命さえ危険になるほどの魔力を持って生まれてしまった娘。それでも、幼い頃に比べれば使い方を覚え、そして魔力に見合った体を作ろうと成長はしているけれど。導師と呼ばれる男に拾われたことが幸いだったのだとはわかる。

「シン、連れて行って」
「いや、さすがに…」
 いっときに比べ顔色は良くなったが、また倒れて目を覚まさなくなるのではないかという顔色を、クレイが言う「浄化」というものをやっていたセラフィナはしていたのだ。独り言をいったところから、顔色は良くなったけれど。
「大丈夫。シファがいるから」
「シファ?」
 むっとしたように、怪訝そうに聞き返すシンに、セラフィナは頷く。
 そうして、姿を見せる気はない様子で傍に立つ、美しい精霊の青年を見上げた。緩く襟足に波打つ薄い蒼銀の髪をかき上げ、シファはいやそうな顔をセラフィナに向けていた。
『まだやるのか』
「わたししか、できないから」
 苦虫を噛み潰した顔で、シファは深い深いため息をつく。
 精霊がいるのだな、とは察したものの、言葉を交わす様子を見るのは初めてで、シンは複雑な顔でセラフィナを見下ろした。だが、王太子妃のもとに運んだ時と同じだ。さっさとしなければ、他の誰かに頼むだろう。であれば、自分で運び、最も近くにいる他に選択肢はなかった。



 抱き上げ、先に治癒をしているはずの場所に、セラフィナに負担のかからない速さで走りながらシンは腕の中の顔を覗く。顔色は、悪くはないようだけれど。傷が治っていたことについて、結局聞けていないが、聞くタイミングは完全に逸してしまっていた。
 その様子を眺めて、速さを合わせて移動しながら、シファは目を細めた。何度か様子を見には来ていたけれど。この国の民の特徴ではあるが、それにしてもシンの身体能力は人間離れしてる。そして、セラフィナの扱いはかなり良くなったようだ。全く、顧みられていなかったのだから。
「フィーナ」
「?」
 頭上からの声に無言で目を向ければ、シンが言葉を探す様子を見せ、そうして口を開く。
「お前がいなければ、義姉も、騎士たちも助けられる者はいなかった。この上、民まで…無理をさせているのは分かっている。だが、やるなとは、言えない。ありがとう」
「……シン、話すの苦手だと言っていたのはつい最近なのに。ちゃんと、自分の言葉で、しっかりしたことを話せるじゃない」
 ふわっと笑って何を言うかと思えば、そんなことを言われてシンは目を逸らす。一緒にいるようになって、言葉にしなければ伝わらないことを嫌と言うほど思い知らされた。腹の中のことを置き換える言葉をこんなに探したことは、今までなかった。
「王太子妃様は、わたしにとっても大事な方だから。それに、お城の人たちも、王都の人たちも」
 不意にやってきた、一度は敵国となった隣国の王家の自分を迎えてくれた。国王たちの計らいもあってだろうが、あの戦争を持ち出し、セラフィナを責めた人は不思議といなかった。婚約者であったシンがいない場所で、それでもここにいることを許し続けてくれた人たち。
「何年も、ここはわたしの居場所だったから」
「…だった?」
 なんとなく気になってしまえば、シンは不思議そうな顔で見上げられた。
「婚約の話がなくなれば、ここはわたしの居場所ではなくて、ここにわたしがいるとしたら、良くても客人でしょう?」
「だから…」
 言い返そうとしたが、シンは自分の移動の速さを呪った。目指す場所が見えて仕舞えば、セラフィナの意識はそちらにしか向かない。
「ちっ」
 あからさまに舌打ちをするシンを見上げ、セラフィナはその目を向かう先に戻す。うっすらと正気が漂っている。うっすらと、ではあるが、その漂っている物自体の濃度は高い。
「シン、わたしのどこにでもいいから、ずっと触れていて。そうすれば、瘴気から守れるから」
「……」
 それは、お前が全て引き受けるということじゃないのか?
 そう聞きたいが、そうだ、と頷かれたとしても言われた通りにするしかない。瘴気の怖さは、辺境を守っていたシンには分かっている。倒れるならまだ良い。だが、その力に呑まれ、暴れるようになれば、自分を誰が止めるというのか。そして、一番近くにいるのは、セラフィナなのだ。
「遠慮なく」
 結局、頷いてセラフィナを抱く手に力を込めた。頼むから、無茶は程々にしてくれという想いを込めて。


「そこは、アタシの場所だ!」
 不意に、本当に何の前触れもなくセラフィナの耳元で叫ぶ声がした。身も竦む声にセラフィナが顔を向ければ、何もない空間に切れ目が入ってる。濃い瘴気が、その切れ目からじわじわと滲出してきている。
「シンっ!」
 引きつったセラフィナの声に、シンはその視線を追い、その、歪な裂け目を見た。セラフィナに叩きつけられた叫びは、シンの耳には入っていない。それは、セラフィナの頭に直接叩きつけられた叫び。
 シンは足を止め、すべての方向に警戒と戦意を向ける。胸に抱いたセラフィナをいつでも守れるように。
「シン、約束、忘れないでよ」
「今は、なしだ。お前に何かあれば、誰がこの状況をなんとかできる」
 これには言い返せず、セラフィナは唇を噛む。であれば、先手を打つしかない。あの裂け目は、危険だ。どちらにしても閉さなければこの王都はずっとあの濃度の瘴気に侵され続けることになる。
「シン…シノンを閉じ込めてしまうことになるかもしれないけど、あれを塞いでいい?」
「塞げるなら早く塞いでくれ!」
 そこから漏れてくる瘴気は、セラフィナに守られていても気持ちの良いものではない。
 それに、きっとシノンが閉じ込められることにはならない。あんな風に、よくわからない空間の結び方をした場所にいるのだとすれば、他の場所からも出られるのだろう。あんな方法が、あったなんて。
 魔族がこちらに侵攻する気のない証にも思えた。やろうとすれば、わざわざ陸伝いに越える必要がないのだから。
「シファ、お願い」
『これは…仕方ないな』
 精霊にも毒になる瘴気。放っておけとは言えなかった。魔界との扉を閉ざすのであれば、単独でやるよりも共にやった方が早く確実で。
「ついでに」
『なんだ…』
「浄化を乗せてこの一帯にあなたが広めれば、大地も空気も、ここにいるものも、瘴気を消せる?」
触れるからできる可能性はあるな』
 触れて瘴気を抜き去り、穢れを引きうけ、浄化する。けれど使ってのが魔力であるならば、触れずとも効果は与えられる方法があるはずで、触れなければならないのであれば、シファの手足である風が触れる。
「ドケっっ!!!」
 先ほどよりもさらに強い罵声が頭の中に叩きつけられる。その痛みにセラフィナは顔をしかめた。すぐに出てこないということは、離れているのか。あの裂け目の向こう側の空間認識がどうなっているのかわからないけれど。
「急ごう」
 言うのと同時にシファの返事も待たずにセラフィナが魔力を裂け目に向け、シファは慌てて魔力を裂け目とセラフィナの両方に向けた。



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