君に何度でも恋をする

明日葉

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番外編

みんな、こわい

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「…これは、何事?隼人くん」

 大きくなったなと思いながら浅井はちょうど玄関から出てきた隼人に声をかける。翔を迎えにきたのだけれど。一緒に出てきた日向と日和はランドセルを背負って、隼人に促されていた。
 急激に背の伸びた隼人はまだ伸びそうな体つきをしていて、浅いから見ても大きいな、と思う。

 部屋の中では、迎えにきた翔が出かけるそぶりも見せずに花音にまとわりついていた。


「もう、やだってば。はーなーしーてー」

「だめ。もう、今日出かけない」

「はあ!?」


 思わず声を出してしまったというのに、こちらを振り返るのは困り果てた顔の花音だけ。翔は花音しか見ていない。



「浅井さん、昨日のことは知ってる?」
「…ああ」
 苦虫を噛み潰した顔になる。その件で、副社長の速水がひどく機嫌が悪く、夜中に動き回られて朝は会社で多くの社員が対応に追われている。


 そもそもは、翔が花音の顔を早く見たいばかりに呼び出した。仕事上がりの食事は断りながら、終わる時間に合わせて迎えにきてほしい、と。
 たまにはいいか、と花音は迎えにきてくれたわけで、そこで終われば良かったのだ。
 翔が既婚者であることも、ついでに言うなら愛妻家では済まないレベルの執着…いや、溺愛ぶりであることもわりと知られている話なのだが、それでもあわよくば、と翔に近づく女性は多い。花音が一般人ということもあり表には出ないことも理由なのかもしれないが。
 共演者の中に、そんな若手がいて。
 あろうことか、花音を見てあの二人の名前を出したのだ。翔の前で名前を出すことも憚られる、妊娠していた花音を階段から突き落としたあの二人。
 言っていた通りだ、と。


『聞いていた以上に、普通…てか、ださ。どこの場違いなスタッフが紛れ込んだのかと思ったわ』

 誰かに聞いたのだろう。翔がまだ花音のところに来ていない時に、花音に声をかけたその言葉を、周りは聞いていた。もちろん、翔が近くにいて顔色を変えているのを見て青ざめていた、という。

 聞いた話だけでも浅井でも腹の立つことをさらに言ったらしいのだから、その場は凍りついた。

 そして、花音と一緒に行っていた隼人(彼女は、隼人を見て若い男を連れて。そっちの子は可愛いけど、などと言ったらしいが)は、恐ろしいほどに表情をなくして、彼女の背後にいた翔に言い捨てた。


「翔くん。金輪際、呼び出さないで」


 そのまま、どうやら本人は状況を飲み込めていないらしくぽかんとしている花音を促して背を向けてしまったから、怒るのを通り越して翔は焦って二人を追いかけた、ということらしいのだが。






「その結果、遅れて状況を飲み込んだ母さんが、ちょっと焼きもち焼いたのを見せたらこうなった」
「は?」
「翔くんがバカだから、反省すればいいのに顔が喜ぶから…反省する顔も作れないとか、役者としてどうなの?」
「…いや、本当にバカだな」
「うるさいよ、浅井さん」
「ついでに、それでまとわりつかれて扱いかねている母さんにハマってるみたいよ」
「隼人っ開設しないで!」


 状況は、わかったと頭を抱えながら、これどうすればいいんだ、と浅井はため息をつく。
 普段、淡々としていて。どんなシーンを見ても、くだらないゴシップを見ても平然としている花音がどんなふうに嫉妬した様子を見せたのか知らないが。よほど嬉しかっただろうな、とは思う。


 しっかり花音を確保して、それでも無駄な抵抗をしているからなおさらしっかりと抱きこまれている花音に同情しながら、ふと自分に向けられている翔の顔を見て浅井は青ざめた。速水と同じ顔、と。

「浅井さん。あの女、今後一切、共演NG。顔も見せるな。謝罪も不要。今撮影中の共演シーンは調整しろ。ついでに、あそこの会社関係も当面共演NG」
「はっ?」
 翔の腕の中で花音が固まる。うん、普通、そうなるよね、と思いながら、驚かない自分がおかしいんだろうな、とは浅いも自覚する。

「ちょっと。仕事に影響とか、ダメでしょ。もう」
「もう妬かないから、とかなしね。自分が見せなければ良かったとかも、なしな。妬いてくれたのは、ひたすら嬉しい。花音がそういうの、見せないから。でも、それはそれ、これはこれ。それでオレの仕事がなくなるなら、別に構わない。花音に嫌な思いさせて続ける気、ないから」
「え、ちょっと、浅井さん、なんか言ってください」
「…その程度で良かったのか」
「は?」
「副社長が怒りまくって、夜中のうちに直談判いって、当面、うちの会社の全員、NGにしてたぞ。ついでに、この件で余計なことをマスコミが取り上げたら、そこの会社の取材は一切受けさせない、と」
「速水さん…」


 呆れた花音の背後で、翔が鼻を鳴らす。
 非常に腹立たしいが、花音の周りの男たちに自分は嫉妬する権利すらない。と、思い知らされる。嫉妬しているけれど。ただ、それがずっと花音と子供たちを守り続けてくれていたのを知っているから、何もできない。




「浅井さん、とりあえず、花音が出勤するまで、じゃま」
「え、ちょっ」



 花音を抱え上げて背中を向ける楽しげな背中にどす黒いものも見えて、浅井は玄関から出て扉を閉める。


 諦めろ、と、内心で声をかけながら。





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