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しおりを挟むまた、と、凪瑚は目を開けて状況を把握して、ピシ、と固まった。
しっかり、覚えている。
返事もしないまま、自分の気持ちをちゃんとわかっていないまま、やっちゃった。のだ。
体はさっぱりとしていて、また、お風呂に入れてくれたのだな、と察する。
琥太狼も返事が欲しい、とは、言わなかった。返事を聞いてから、とは。最中も、好きだ、とも言われなかった。言われているよりも甘やかされているように感じたのは、きっと、慣れていないからだ。
得意の、恋愛に関してはとことんマイナス思考な部分が出ている、と自覚はしていたけれど、一度浮かんだ考えは1人だとなかなか、打ち消せない。
この間は、自分のお願いを聞いてもらった。
だから、今度は、琥太狼が望む形で、体を重ねた。
だって、一晩の夢を見させてくれるイケメン、って噂の人。その噂になっていた琥太狼は、もういないと、琥太狼は言っていたけど。
考え始めると、リップサービスだと思って、何かあったときの保険をかけようとする自分と、あれだけ誠意を見せている、小さい頃から知っている琥太狼に失礼だと言う自分と、そんなふうに考える自分さえもいい子ぶってまた違う保険をかけているとさらに穿った見方をする自分と…。
どこまでもダメな思考に落ち込んでいく。
琥太狼の腕の中で、抱えられて眠っていたそのことが、琥太狼を信じる理由になると、思うのに、思いたいだけだろうと言う思考も湧いてきてしまう。
これ、ダメだ
恋愛、向いていない。返事もちゃんとできないで、不誠実で。そのくせ、快楽だけ求めた。
一晩の、思い出の方が、きっと楽だ。
駄目な思考だと自覚しながら、凪瑚は口を引きむすんだ。
玄関に放り出してあった鍵で鍵をかけ、郵便受けから鍵を中に入れて。
黙って、帰ってきてしまった。
そうしてから、後悔するのだ。考えが足りない。琥太狼は、ちゃんと何回も自分に言葉をくれていた。一度も返していないのは自分だ。返さないまま、ああなったのは自分の責任で、あの状況で1人置いてくるとか。
最低。
反省しても遅いのも承知で。目が覚めた時よりも、自分のテリトリーだからかまともな思考だな、と思うのに、まともな思考がはじき出すのは、自分のバカさ加減ばかり。
考えすぎて吐き気さえしてきたところで、人が訪ねてくるには早いような時間に、チャイムが鳴る。
誰なのか確認してから開けろ、と、いつも言われるのに、すぐに開けてしまうその癖で開けたドアは、途中からは凪瑚の力よりも勢いよく開けられた。
想像できてただろう、と自分に言いたくなりながら、そこに立っている人を凪瑚は見上げた。
「琥太狼くん…」
「…やっぱり、帰ってた」
「…」
「凪瑚、入れて」
低い声で言われるままに、凪瑚は体を退けて琥太狼を通す。
やっぱり、サイズ感の合わない、大きな体が、のっそりと中に入って、玄関が閉まるのを待つように、凪瑚の腕を掴んだ。その力に驚いて顔を上げると、傷ついた顔に気付いて、凪瑚は、ああ、やっぱりやってしまった、と目を逸らす。それを許さないと言うように、琥太狼は凪瑚の手を引いた。
「凪瑚。好きな子とセックスして、朝起きていなかったら、びびる」
「…ごめん」
「…どう言うごめん?いなくなってごめん、ならまだいいけど。俺、フラれてんの?」
「目が覚めたら、自信なくなった。いい夢見させてもらっただけかなって。その現実、怖いなって思って、いい思い出で持ち帰ろうと」
「俺の気持ちは?」
「…ごめんなさい」
初めて聞く、琥太狼の不機嫌な低い声に、凪瑚は顔を上げられない。琥太狼が、信じられないんじゃない。琥太狼が好きだと言う自分に、自分自身がその価値を見出せなくて自分を信じられない。
でもそれをうまく伝えられない。
顔を上げない凪瑚の、顔色の悪い思い詰めた様子に、こんな風に責めたいわけじゃなかったのに、こんな声しかもう出ない、と琥太狼は喉の奥が苦しくなる。
目が覚めて、そうしたら、凪瑚の寝顔があるか。目があって、きっと照れるだろう、隠れてしまうか、そんなことを想像していた。いないと、思わなかった。
普段、眠りは浅い。他の誰かがいたら、寝付けない。
だから、同じベッドに眠っている相手が抜け出しても気づかないほどに熟睡していた自分に驚いた。
「凪瑚…俺、普段、人がいたらあんな風に眠れない。凪瑚がそこにいるだけで嬉しくて、ほっとして…凪瑚がいなくなったことも気がつかないくらい、寝てた」
情けない、と、泣きそうな顔で言う琥太狼に、やっと凪瑚は顔を上げて、目を逸らさないように、ぎゅ、と、唇を引いた。泣くのは、泣いていいのは、自分じゃない。
「凪瑚の答えも聞かずに手、出した。不誠実なことしないって言ったのに、そんなことして駄目だって答えをもらったのかって、さっきから、ずっと、手が震えてる…そのくらい、反省してるのに。凪瑚が一緒に寝てくれることがまたあっても、その時、俺、寝れるか心配してる」
言い終わる前に、思わず、凪瑚は琥太狼の首にしがみついた。背を屈めるようになった琥太狼は、普段ならすぐに凪瑚の体に腕を回して返すのに、それをして良いのか迷うように、行き場なく固まっている。
「…腕、あんな風に掴んで、今更だけど。凪瑚、触っていい?」
「わたしが、琥太狼くんに触ってる。琥太狼くんは、なにも悪くない。臆病なわたしが、悪い」
抱きしめるのは怖い、と言うように、凪瑚の腰に手を添えるだけの頼りない琥太狼の力に、凪瑚は意を結したように、しがみついていた首から少し、体を離す。
「別れたばっかりで、ふらふらしてって自分で思うけど、あの日から何度も助けてくれる琥太狼くんに、会うたびに惹かれてるよ」
「なこ」
「わたし、めんどくさいよ?やきもち焼きなのバレるのが恥ずかしくて取り繕うし、その割に拗ねるし、言いたいこと言わないでぐるぐる勝手に考えるし」
「…それで、今朝の感じで、今?」
「…」
ぐ、と言葉に詰まって、さすがにわずかに目を逸らして、凪瑚はうなずく。
見下ろしながら、琥太狼は喉の奥が熱くて、迫り上がってくるもので目の奥がおかしい。
凪瑚の方は、さっきの吐き気がするほどの自己嫌悪に、今の緊張が重なって感情のたかぶりのせいで体が震えそうになっている。
慣れないことを、している自覚はある。そうしなきゃいけないほどのことをしでかして自分を追い詰めたのだ。
「琥太狼くんが知ってる、小さいわたしじゃないよ」
「それはもう、わかってる。なんか、余計なこと考えて、答えくれないのも、考えてることをなかなか話してくれないのも、わかった」
「で、すよね」
「じゃあ、俺はそう言う凪瑚が、そんな風な思考回路で、どんなしょうもない思考の渦に落ちるのか、誰よりもわかるようになる」
「ん?」
「わかるようになるし、遠慮なく言える相手になる」
あんな目覚めで、それでも反射的に飛び出して、追いかけてきた。それだけで十分だろう。めんどくさいなんて、感じない。この先感じたとしても、それ込みで、今も凪瑚が欲しい。
どこまで、言わせるんだろう、と、凪瑚は自分が腹立たしくなる。ちょっとは頑張れよ、と、その言葉を口にしようとすると怖くて喉が狭くなって苦しいものを、と、琥太狼の服を握りしめた。
見たことのない余裕のない顔と、慌てたんだとわかる、寝癖に申し訳なくなるのと一緒に、愛おしいと、思った。
「琥太狼くん、琥太狼くんが好き…。わたしはまだ、琥太狼くんに触っていいですか」
顔を隠すように、ふんわりと琥太狼の腕の中に入れられた。
「いいに、決まってる…」
今は、顔見るな、と言う琥太狼が、不機嫌さよりも、拗ねたような声で、凪瑚にいう。すぐにそんな風に、甘やかすのは、だめになる、と思うのに。もっと怒っていいはずなのに。
「俺が安心して朝まで眠れるまで、一緒に寝てよ、凪瑚」
やらかしたつけは、大きいらしい。
そう思うのに、なんだかそれも嬉しくて、なかなか見せてくれない顔を諦めて凪瑚は目の前の無防備な鎖骨に、キスをした。
驚いて顔を上げた琥太狼の、見るなと言う顔は見なかったことにして目をつむり、初めて凪瑚から、キスをした。
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