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序
召喚
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金曜日の夕方。西日が強くなって、金色が濃くなってきていた。
窓から差し込む金色の光で、店内も色合いを鮮やかに変えている。古い木造の店内の至る所に本棚があり、他を気にしない距離でテーブルと、いくらでも座っていられる座り心地の良い椅子が置かれている。
カウンターはよく手入れされた、使い込まれた光沢のある木材で、そこに置かれたスツールも絶妙の座り心地を誇っている。現代的なのは、どの席にもUSBで電源が引けるようになっており、Wi-Fiも飛んでいること、だろうか。それがなければ、懐かしい時代に迷い込んだような錯覚を起こしそうな、穏やかな店内。
本棚に並べられた種々雑多な本は客が好きに手を伸ばして良い。コーヒー一杯で、好きなだけ長居して本を読み終わるまで居座っても構わない。
実際、こんな場所があったらいいな、的な感覚で作られたとしか思えない居心地の良い喫茶店には、静かに、何かに集中してしまえば耳に入らない程度の音量で音楽が流れている。
坂と階段の多い街で、登っていけば、途中から遠くに光る海も見える。
坂の中ほどにあるこの店は、疲れた人が一休み、と寄ってみたら居ついてしまうような、気に入ったら坂を登るのも厭わずに通ってしまうような店。名前は、ない。開店時間も、店主次第。
雇われ住み込み店長の栞里は学生で、店を開けられるときに開ければ良い、と言われている。店のせいで留年したりしたら解雇するから、と、にこにことオーナーから言い渡されているので、言葉に甘えてマイペースにやっている。それでも通ってくれる人がいるのだからありがたい話で。
おそらくは栞里のカリキュラムを把握しているのだろうな、と感じることはある。
店の裏に出ると、大きな樫の樹と、小さな泉がある。なぜこんな坂の中腹で、というところで水が湧いている。店で出すものは、この湧き水を一度煮沸して使っている。
その裏庭の先に細い急な階段があり、登っていくと小さな、やはり店と同じように作った人が趣味で作ったような家がある。そちらが居住部分で、階段を上り下りする度、家から出る度、視界に広がる坂の街の景色に目を奪われる。朝靄の中から目覚めていく街や、冷たい月明かりに穏やかに照らされ、暗く広がる海にその月明かりも反射して穏やかに凪いでいる様子、遠い海の方から近づいてくる強い雨、街全部を金色に染めていく夕方…。
その日の店内には、坂を登り疲れた様子のサラリーマンと、そして、定期的に寄って読書と勉強をしていく高校生3人組がいた。
高校生は、男の子2人と、女の子1人。甘酸っぱいものを感じていた栞里は、どうもそういう色気のある関係ではないらしいということに気づかない。
ただ、いつも静かにそれぞれに過ごしている彼らが、珍しくテーブルに身を乗り出して何かやりとりをしているので、頼まれたおかわりのカフェラテと紅茶、それにジャスミン茶を出しながらその手元をのぞいてしまった。
「?」
なんだか分からない本を開いている。不思議な記号が書かれていて、なんだかテレビで見る魔法陣のようなものが描かれていて。
不思議そうに見下ろしているのに気づいた少女が、ジャスミン茶を受け取って、一口啜る。
「美味しい。さすが栞里さん。またどこかで買ってきたんですか?」
「オーナーが必要経費なら出してくれるからつい。大丈夫よ。高いお茶じゃないから」
応じながら、何してるの?と問い掛ければ、少女は首を傾げる。
「こっくりさん、みたいな?こっくりさんじゃないんだけど、何かを呼べるって書いてあるから、眉唾だけど試してみようかって」
「そんな本、あったのね」
「栞里さんでも知らないんだ」
紅茶を受け取った眼鏡の少年が意外そうに言うのに、栞里は肩を竦める。
「ここ、何冊あるかも分からないもの。ざっと、どこにどんな本があるかは聞かれたときに困らないように見ていたつもりだけど。これは知らなかったなぁ」
で、できそう?
と聞けば、揃って苦笑いを向けられた。まあ、眉唾、よね。
と、覗き込んで、興味を惹かれて栞里も本に手を伸ばしてみる。
魔法陣て、テレビとか以外で初めて見たなぁ、なんて、そこに指を添えた瞬間。
西日の眩しさを超えた真っ白な強い光が店内に充満し。
すぐに、消えた。
離れた席にいたサラリーマンも驚いたように顔を上げてきょろきょろしているから、気のせいではないらしい。
と、高校生3人と栞里は顔を見合わせ、本を同時に覗き込んだ。
魔法陣が少し変わっていたのだけれど、見慣れない彼らにはそれが分からない。
かなりの沈黙の後、カフェラテをごくりと飲んだ少年が、からりと笑った。
「失敗だけど、雰囲気味わえた感じ。なんだったんだろうな、今の」
外からサーチライトで照らされたとか?と少女が応じるけれど、そんなもの、そもそもない。
まあ、不思議な現象がずいぶんタイミングよく起きたものだと、ため息をついた。
陽が落ちきる前に、店内は誰もいなくなり、先ほどの不思議なこともあったしと、栞里は店を閉めることにする。
水回りをきれいにして、簡単にテーブルを拭いたり床を掃く。開店前にもやるけれど、終わってからも店を労うつもりで簡単にやるのが癖になっていた。
洗濯するものを布バックに入れて肩にかけ、ふと見回して、高校生たちがいたテーブル近くの本棚を見る。
先ほどの本、と思ったのだけれど、見当たらない。どこか。離れたところから見つけたのかな、と首を傾げながら裏口の扉を開け。
大きな樫を見上げ、その目を下ろして固まった。
湧水の側。樫の根本に、大きな影があった。
窓から差し込む金色の光で、店内も色合いを鮮やかに変えている。古い木造の店内の至る所に本棚があり、他を気にしない距離でテーブルと、いくらでも座っていられる座り心地の良い椅子が置かれている。
カウンターはよく手入れされた、使い込まれた光沢のある木材で、そこに置かれたスツールも絶妙の座り心地を誇っている。現代的なのは、どの席にもUSBで電源が引けるようになっており、Wi-Fiも飛んでいること、だろうか。それがなければ、懐かしい時代に迷い込んだような錯覚を起こしそうな、穏やかな店内。
本棚に並べられた種々雑多な本は客が好きに手を伸ばして良い。コーヒー一杯で、好きなだけ長居して本を読み終わるまで居座っても構わない。
実際、こんな場所があったらいいな、的な感覚で作られたとしか思えない居心地の良い喫茶店には、静かに、何かに集中してしまえば耳に入らない程度の音量で音楽が流れている。
坂と階段の多い街で、登っていけば、途中から遠くに光る海も見える。
坂の中ほどにあるこの店は、疲れた人が一休み、と寄ってみたら居ついてしまうような、気に入ったら坂を登るのも厭わずに通ってしまうような店。名前は、ない。開店時間も、店主次第。
雇われ住み込み店長の栞里は学生で、店を開けられるときに開ければ良い、と言われている。店のせいで留年したりしたら解雇するから、と、にこにことオーナーから言い渡されているので、言葉に甘えてマイペースにやっている。それでも通ってくれる人がいるのだからありがたい話で。
おそらくは栞里のカリキュラムを把握しているのだろうな、と感じることはある。
店の裏に出ると、大きな樫の樹と、小さな泉がある。なぜこんな坂の中腹で、というところで水が湧いている。店で出すものは、この湧き水を一度煮沸して使っている。
その裏庭の先に細い急な階段があり、登っていくと小さな、やはり店と同じように作った人が趣味で作ったような家がある。そちらが居住部分で、階段を上り下りする度、家から出る度、視界に広がる坂の街の景色に目を奪われる。朝靄の中から目覚めていく街や、冷たい月明かりに穏やかに照らされ、暗く広がる海にその月明かりも反射して穏やかに凪いでいる様子、遠い海の方から近づいてくる強い雨、街全部を金色に染めていく夕方…。
その日の店内には、坂を登り疲れた様子のサラリーマンと、そして、定期的に寄って読書と勉強をしていく高校生3人組がいた。
高校生は、男の子2人と、女の子1人。甘酸っぱいものを感じていた栞里は、どうもそういう色気のある関係ではないらしいということに気づかない。
ただ、いつも静かにそれぞれに過ごしている彼らが、珍しくテーブルに身を乗り出して何かやりとりをしているので、頼まれたおかわりのカフェラテと紅茶、それにジャスミン茶を出しながらその手元をのぞいてしまった。
「?」
なんだか分からない本を開いている。不思議な記号が書かれていて、なんだかテレビで見る魔法陣のようなものが描かれていて。
不思議そうに見下ろしているのに気づいた少女が、ジャスミン茶を受け取って、一口啜る。
「美味しい。さすが栞里さん。またどこかで買ってきたんですか?」
「オーナーが必要経費なら出してくれるからつい。大丈夫よ。高いお茶じゃないから」
応じながら、何してるの?と問い掛ければ、少女は首を傾げる。
「こっくりさん、みたいな?こっくりさんじゃないんだけど、何かを呼べるって書いてあるから、眉唾だけど試してみようかって」
「そんな本、あったのね」
「栞里さんでも知らないんだ」
紅茶を受け取った眼鏡の少年が意外そうに言うのに、栞里は肩を竦める。
「ここ、何冊あるかも分からないもの。ざっと、どこにどんな本があるかは聞かれたときに困らないように見ていたつもりだけど。これは知らなかったなぁ」
で、できそう?
と聞けば、揃って苦笑いを向けられた。まあ、眉唾、よね。
と、覗き込んで、興味を惹かれて栞里も本に手を伸ばしてみる。
魔法陣て、テレビとか以外で初めて見たなぁ、なんて、そこに指を添えた瞬間。
西日の眩しさを超えた真っ白な強い光が店内に充満し。
すぐに、消えた。
離れた席にいたサラリーマンも驚いたように顔を上げてきょろきょろしているから、気のせいではないらしい。
と、高校生3人と栞里は顔を見合わせ、本を同時に覗き込んだ。
魔法陣が少し変わっていたのだけれど、見慣れない彼らにはそれが分からない。
かなりの沈黙の後、カフェラテをごくりと飲んだ少年が、からりと笑った。
「失敗だけど、雰囲気味わえた感じ。なんだったんだろうな、今の」
外からサーチライトで照らされたとか?と少女が応じるけれど、そんなもの、そもそもない。
まあ、不思議な現象がずいぶんタイミングよく起きたものだと、ため息をついた。
陽が落ちきる前に、店内は誰もいなくなり、先ほどの不思議なこともあったしと、栞里は店を閉めることにする。
水回りをきれいにして、簡単にテーブルを拭いたり床を掃く。開店前にもやるけれど、終わってからも店を労うつもりで簡単にやるのが癖になっていた。
洗濯するものを布バックに入れて肩にかけ、ふと見回して、高校生たちがいたテーブル近くの本棚を見る。
先ほどの本、と思ったのだけれど、見当たらない。どこか。離れたところから見つけたのかな、と首を傾げながら裏口の扉を開け。
大きな樫を見上げ、その目を下ろして固まった。
湧水の側。樫の根本に、大きな影があった。
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