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1 順応しましょう
寝室問題 2
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ヴィルの国ではどうやって食事やお風呂の支度をしたり掃除や洗濯をするのか、と、生活一般のことを興味を惹かれたように栞里が問えば、ヴィルは少し思案するような様子を見せ、それなら、と応じる。
「食事の支度はしてしまったし、後で風呂を入れる様子を見せようか」
「いいの?」
嬉しそうな声で首を数回縦に振る様子を眺めながら、ヴィルは苦笑いを深くする。後回しにされた、寝室の問題は、本気で彼女の頭の外に追い出されたらしい。
食事の片付けも、ヴィルの流儀でやった。
水魔法と風魔法に洗浄の効果を加えたものを構築して使う魔法は、魔力の少ないものでも使える一般的なものだ。
一瞬で終わる様子を子供のような顔で見つめていた栞里がその顔のままでヴィルを見上げるから、一瞬ヴィルは息を呑み込んでしまう。
「すごい!」
はしゃいでいると言って良いほどの反応に、ヴィルは大袈裟な、と宥めながら、栞里に確認しながらあっという間にきれいになった食器を片付けていく。見上げると首が痛くなるほどに背の高いヴィルには、この家の作りは手狭そうだなぁ、と眺めながら、栞里は指が長く骨張った大きな手が手際良く片付けていくのを見つめる。
「こんな楽なら、わたしがやっていたの、もどかしかったでしょう?」
「いや?」
目を細めて、ヴィルは栞里を見下ろす。少し眩しげにも見える表情に首を傾げながら、栞里はなんで?とさらに聞く。
「魔力を持たない者もいるし、誰もが多様な種類の魔法を使えるわけではない。万人が不便なく暮らせるように整備されているこの国の仕組みは興味深い」
「…使えない人は、どうしているの?」
「水は、大きな街であればある程度水路が整備されている。なければ、汲みにいく。金のある者は、それぞれの必要に応じた魔力が込められた魔石を購入している」
「魔石?」
首を傾げる栞里に、少し用途は違うが、と先ほども見せた自分の耳をヴィルは示す。
「これもそうだ。不意に獣化した場合にも本来の姿にならないよう、魔石を身につけている。おかげで、お前の目の前で獣化した時も、フェンリルの本来の姿を見せずに済んだ」
「?見せたくないの?」
「その姿を最初に見ていたら、お前はきっと、こうしてはいないよ」
拒絶しただろう、逃げ出しただろう、と想像して、想像しただけで軋むように痛む胸を不審に思いながら、ヴィルは笑うけれど。
その笑顔に栞里は顔をしかめ、身を屈めろと言うように手を伸ばし、ヴィルのシャツの襟元を掴むとぐいと引き寄せる。
「見てないから言い切れないけど。なんか腹が立つわ。わたしのこと、ばかにしてるでしょ。なめないでよ?耳と尻尾がある絶世の美青年も、それが大きい獣になっちゃうのも。十分びびったんだから。それでもこうして今こうしているわたしのことも、少しは信用しなさいよ」
ぷんぷんと怒っているような様子ではあるのだが。
その言っている内容があまりにあまりで。自分よりはるかに小さな少女に胸ぐらを掴まれて引き寄せられると言う状況に面食らっていたヴィルは、言われたことが頭に入ってくると次第に自然と口元が笑ってしまう。手で覆って隠したいのに、それを自覚する前に笑ってしまっていたようで、なおさら栞里は怒っている。
「なんで笑うのー!」
その後、しっかり拗ねてしまった栞里を宥めるのが、この上なく楽しかったなどと言えば、また不機嫌になるかなと想像して、ヴィルはちょっと試したくなる自分の内面の動きに落ち着かず、自然と尻尾がゆらゆらと揺れている。
宥めるためにひたすら甘やかして可愛がることにしたヴィルは、胸ぐらを掴む栞里の手をやんわりと外しながら、さらに身をかがめてしっかりと栞里の目を覗き込んで。謝罪しながら、どうしたら許してくれるか尋ね。
許すとか許さないとかじゃなくて、とぶつぶつ言いながらも、栞里に求められ、獣の姿になる。
どこから出してきたのか。ブラッシングをさせて、と言われてなされるがまま身を任せれば心地よい。マッサージをさせてくれと頼んだのは自分の方だったはずなのだが。その分も、後でやろうと心に決めながら、ヴィルはこれほどに穏やかに人に身を任せるのは、記憶にないな、と心地よさに身を委ねる。
念入りにブラッシングをして、艶々の手触りと、ふんわりとした抱き心地に仕上げた栞里は満足げに目の前の大きな毛並みに抱きつく。
不意打ちのその行動に、身を委ねてうっとりしていたヴィルが驚いて体を揺らしたが、かまわずに抱きついたまま栞里は撫で回して手触りを堪能する。
「シオリ…」
「完璧」
「…そうか」
他に言いようがなく、ひたすら、ヴィルは耐える。この子は絶対に、忘れている。この姿をしているけれど、自分が男だ、と言うことを。
腹の柔らかい毛も、尻のあたりのアンダーコートも綺麗にブラッシングされ、その仕上がりを堪能しているが。人の姿だったらどこを触っているかなんて…気づいたらどんな反応をすることかと耳をぺたんと下げ、尻尾は気を散らすためにひたすら揺れ続ける。
「よし、満足っ」
栞里がそう言うまでに、どれだけ撫でまわされたか。しかも大きな体が安心なのか、きゅ、と抱きついて頬や額をあちこちにすり寄せられ、ヴィルは正直精神的に疲労困憊している。
「それは、よかった」
疲れ切ったようなヴィルの声に首を傾げながら、栞里はすっかり馴染んだように揺れる尻尾に戯れるように手を出し、掴んで離し、を繰り返しながら次はね、と無邪気に笑う。
「お風呂入れるとこ、見せて」
「そこに話が戻ってくれてよかったよ」
「食事の支度はしてしまったし、後で風呂を入れる様子を見せようか」
「いいの?」
嬉しそうな声で首を数回縦に振る様子を眺めながら、ヴィルは苦笑いを深くする。後回しにされた、寝室の問題は、本気で彼女の頭の外に追い出されたらしい。
食事の片付けも、ヴィルの流儀でやった。
水魔法と風魔法に洗浄の効果を加えたものを構築して使う魔法は、魔力の少ないものでも使える一般的なものだ。
一瞬で終わる様子を子供のような顔で見つめていた栞里がその顔のままでヴィルを見上げるから、一瞬ヴィルは息を呑み込んでしまう。
「すごい!」
はしゃいでいると言って良いほどの反応に、ヴィルは大袈裟な、と宥めながら、栞里に確認しながらあっという間にきれいになった食器を片付けていく。見上げると首が痛くなるほどに背の高いヴィルには、この家の作りは手狭そうだなぁ、と眺めながら、栞里は指が長く骨張った大きな手が手際良く片付けていくのを見つめる。
「こんな楽なら、わたしがやっていたの、もどかしかったでしょう?」
「いや?」
目を細めて、ヴィルは栞里を見下ろす。少し眩しげにも見える表情に首を傾げながら、栞里はなんで?とさらに聞く。
「魔力を持たない者もいるし、誰もが多様な種類の魔法を使えるわけではない。万人が不便なく暮らせるように整備されているこの国の仕組みは興味深い」
「…使えない人は、どうしているの?」
「水は、大きな街であればある程度水路が整備されている。なければ、汲みにいく。金のある者は、それぞれの必要に応じた魔力が込められた魔石を購入している」
「魔石?」
首を傾げる栞里に、少し用途は違うが、と先ほども見せた自分の耳をヴィルは示す。
「これもそうだ。不意に獣化した場合にも本来の姿にならないよう、魔石を身につけている。おかげで、お前の目の前で獣化した時も、フェンリルの本来の姿を見せずに済んだ」
「?見せたくないの?」
「その姿を最初に見ていたら、お前はきっと、こうしてはいないよ」
拒絶しただろう、逃げ出しただろう、と想像して、想像しただけで軋むように痛む胸を不審に思いながら、ヴィルは笑うけれど。
その笑顔に栞里は顔をしかめ、身を屈めろと言うように手を伸ばし、ヴィルのシャツの襟元を掴むとぐいと引き寄せる。
「見てないから言い切れないけど。なんか腹が立つわ。わたしのこと、ばかにしてるでしょ。なめないでよ?耳と尻尾がある絶世の美青年も、それが大きい獣になっちゃうのも。十分びびったんだから。それでもこうして今こうしているわたしのことも、少しは信用しなさいよ」
ぷんぷんと怒っているような様子ではあるのだが。
その言っている内容があまりにあまりで。自分よりはるかに小さな少女に胸ぐらを掴まれて引き寄せられると言う状況に面食らっていたヴィルは、言われたことが頭に入ってくると次第に自然と口元が笑ってしまう。手で覆って隠したいのに、それを自覚する前に笑ってしまっていたようで、なおさら栞里は怒っている。
「なんで笑うのー!」
その後、しっかり拗ねてしまった栞里を宥めるのが、この上なく楽しかったなどと言えば、また不機嫌になるかなと想像して、ヴィルはちょっと試したくなる自分の内面の動きに落ち着かず、自然と尻尾がゆらゆらと揺れている。
宥めるためにひたすら甘やかして可愛がることにしたヴィルは、胸ぐらを掴む栞里の手をやんわりと外しながら、さらに身をかがめてしっかりと栞里の目を覗き込んで。謝罪しながら、どうしたら許してくれるか尋ね。
許すとか許さないとかじゃなくて、とぶつぶつ言いながらも、栞里に求められ、獣の姿になる。
どこから出してきたのか。ブラッシングをさせて、と言われてなされるがまま身を任せれば心地よい。マッサージをさせてくれと頼んだのは自分の方だったはずなのだが。その分も、後でやろうと心に決めながら、ヴィルはこれほどに穏やかに人に身を任せるのは、記憶にないな、と心地よさに身を委ねる。
念入りにブラッシングをして、艶々の手触りと、ふんわりとした抱き心地に仕上げた栞里は満足げに目の前の大きな毛並みに抱きつく。
不意打ちのその行動に、身を委ねてうっとりしていたヴィルが驚いて体を揺らしたが、かまわずに抱きついたまま栞里は撫で回して手触りを堪能する。
「シオリ…」
「完璧」
「…そうか」
他に言いようがなく、ひたすら、ヴィルは耐える。この子は絶対に、忘れている。この姿をしているけれど、自分が男だ、と言うことを。
腹の柔らかい毛も、尻のあたりのアンダーコートも綺麗にブラッシングされ、その仕上がりを堪能しているが。人の姿だったらどこを触っているかなんて…気づいたらどんな反応をすることかと耳をぺたんと下げ、尻尾は気を散らすためにひたすら揺れ続ける。
「よし、満足っ」
栞里がそう言うまでに、どれだけ撫でまわされたか。しかも大きな体が安心なのか、きゅ、と抱きついて頬や額をあちこちにすり寄せられ、ヴィルは正直精神的に疲労困憊している。
「それは、よかった」
疲れ切ったようなヴィルの声に首を傾げながら、栞里はすっかり馴染んだように揺れる尻尾に戯れるように手を出し、掴んで離し、を繰り返しながら次はね、と無邪気に笑う。
「お風呂入れるとこ、見せて」
「そこに話が戻ってくれてよかったよ」
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