拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

文字の大きさ
53 / 87
3 森でした

5日目

しおりを挟む


 ノインは、正直ここ数日、散々だった。
 あの偉そうなエルフよりも先に自分が見つけた娘を取り上げられた。栞里はこの期に及んで信じないだろうとノインでも残念ながら予想がついてしまうが、最上位にいる妖魔の1人なのだ。ただ、だからこそこの森との相性は悪い。下等な妖魔であれば近づいた瞬間に滅ぶだろうが、そこで動き続けられるのは、妖魔もまた認められればこの森に入ることも住むこともかなうことの証明なのかもしれないが。
 とにかく、なんとも性に合わない空気に侵されていくのを阻むために体を小さくし続けたことがいけないのか。完全に栞里には小狐だと思われている。しかも、エルフの方はこちらの正体を正確に理解しているから、近づけないようにされた。

 ただ、その間に栞里がなぜここにいるのか。そしてあの森の獅子どもがどうしているかと探りを入れ、嫌な予感に襲われて3日目の未明に忍び込んだが。返り討ちにあった。
 ただ、確実に獅子は栞里を狙っている。エルフの言うとおり、境界に近づかずエルフから離れなければ危険はないだろうが、胸騒ぎが止まない。
 忍び込んだときのエルフの様子は実に鼻持ちならなかった。余計なことを栞里に話したと、やつも余計なことを吹き込んでくれたが。
 かつてはそのようなこともあったが、エルフに討伐依頼があったのなど、100年以上前の話だ。それも、こちらとて故あって暴れた結果のこと。一方的に言われるのは釈然としない。
 その時は痛み分けとなったが、結果、しばらく力を溜めるために籠っている間に、世界の様相は変わっていた。狼が治め、統率が取れていたはずの獣人は獅子族にとって変わられ、だが統率はできずに狼の名の下に治め続けると言う事態になっており、人族の勢力は増していた。他の種族の住む場所が減り、さらに秘境に潜り込んだともいえる。





 そうして、栞里が来て5日目。
 なんと言ったのか知らないが、朝から呼ばれて栞里に抱き上げられた。いずれ、本来の姿になったら覚悟しろと思うが、撫でる手の心地よさにそれを忘れそうになる時があるから危ない。
 ノインは、そんなことを思いながら、自分を膝に乗せている栞里を見上げる。
 花の精のフローに髪を結われ、小さな花を散らされていく。後で止めるワンピースを着た栞里は、ノインであれば、そのまま誰の目にも触れないようにしたくなる仕上がりだった。


 同じことを思ったのか、着替えの間は追い出されていたエルフはその姿を眺めて腹立たしいほどに甘ったるい笑顔になる。人族を毛嫌いしていたはずではないのかと言ってやりたいが、そのまま我が身に返ってくる言葉は口にしない。


「似合うぞ」

 気障にも、頬に手を伸ばしたと思えば身をかがめて頬にキスをしたエルフに、栞里が目を白黒させている。そのまま軽く舐められて、逃げ場を求めるように胸に抱え込んだノインを抱く力が強くなった。
 やめろ、と口を開く前に、栞里が後退りする。

 ふと見れば、そんな初心な反応がよほど気に入ったのか、エルフが破顔している。


「はっ」


 声を出して笑うなどあるのかと驚く間に、栞里の機嫌を損ねたらしい。


「ルーシェの意地悪!からかって!お昼まで絶交なんだからっ」



 ゼッコウってなんだ、と首を傾げるノインは、追いかけてくるエルフの声を聞く。どうやらこのまま連れて行かれるらしい。


「こらっ。離れるなと」
「ノインがいるもん!」








 飛び出した栞里が歩いている顔を腕の中から見上げ、落ち着いてきた頃合いを見計らって問いかける。
「ゼッコウとはなんだ」
「縁を切るってこと」
「昼まで限定で?」
「言わないで。我ながらなんて、子供じみた…」

 どこの子供だと言いたくなるような悪態だ。自分の言動を思い返して悶絶しているのを呆れた思いで見上げながら、ふとノインは気付く。
 この方向に歩いていくのは危ない。いや、もう…。気付くのが遅れたというよりも、何かに引き寄せられたとしか思えない。距離感がおかしい。栞里の足でこんなに短時間で。


「シオリ、戻れ。この先はっ」





「いたぞ!!」





 重なる大音声に栞里の肩が震えた。
 そちらに目を向けると、大柄な青年が4人。1人はこちらに背を向けている。向こう側の3人…2人かもしれない、と揉めているように見える。というのも、こちらを向いている1人、ミルクティ色の髪をした優しげな青年は距離を置いているように見えた。そして、こちらを向いた目が残念そうに逸らされる。


「どけっ」
 一際大柄な青年が、背を向けている青年に怒鳴った。だが、怯む様子は背中からは窺えない。栞里は息を詰めて見守る。さっさと離れろ、とノインが言う声も聞こえない。腕の中で暴れ、栞里を引きずろうとするのに逆らうように。いや。地面に足が縫い付けられたように。
 すぐそばにある泉の湧く音が聞こえるくらいに音ばかりが入り込んでくる。
「やめろ。力づくでなんて、あんな小さな人族を壊す気かっ」
「狼の匂いのする人族など、壊れたところで自業自得。それまでの間に少しでも聞き出せれば良いのだ。我々が見失った後の狼を知っているはずなのだ」
 そんな、こちらに聞こえるようなやり取りの向こうで、穏やかな声が宥めに入る。
「やめろ。これまで自分はどれほど傷を負っても奪われても臣下の礼を崩さなかった公爵も、あの娘に何かあれば牙を剥くぞ」
 ミルクティ色の青年だけがそこでは異質。
 背中を向ける誰かより、その青年だけが栞里の意識にとどまる。


 だが、それを疑問に思う時間は与えられなかった。
 聴き慣れない金属音に目を向けると、大振りの剣を抜いた2人の青年が、背中を向ける1人を力づくで排除しようとしている。
 その、背中のあるそこが境界のちょうど外側。それに栞里は気づけない。




 実際のところ、栞里はこの辺りまでしか覚えていない。
 ノインは、なぜか自分の声が届かない様子に地団駄を踏む。何かが邪魔をしているように思えてならない。
 あんな茶番に騙されそうで危うくて。そう思っていれば、背を向ける獅子に斬りかかる様子を見て、栞里が身を乗り出した。
 境界を越えてくれなくては、奴らは手を出すことができない。
 庇おうとしたのか、指先が向こう側に出た瞬間、背を向けていたはずの獅子が力づくで栞里を引き摺り出した。

 すぐさまノインも飛び出す。姿を変え、栞里を奪い取るように抱き抱えると、もう一つ伸びてきた手に目を向けた。1人、本気で止めようとしていた獅子が、やはり栞里に危害を加えさせまいとするように間に体を割り入れていた。
「貴様っっ」

 裏切りに歯軋りをする兄弟に静かな目を向けている。
「たった今、善意を向けた相手になぜ牙を剥けるんだ」

 呆れた声に兄弟3人はだからお前は甘いのだと剣を突く。
 背後は境界。一度出て仕舞えばノインも、そしてもちろんこの獅子も、入れない。突き崩せない壁を背にして取り囲まれている状況。
 しかも、あろうことか栞里を狙ってくる剣先にノインは妖術を使うことを思いつかず、体を割り込ませてしまう。
 あの姿で過ごし、安穏と数日いただけで、勘が鈍ったのか。違う。頭が、沸騰していたのだ。愚かなことをした栞里に。そして、傷つけられそうだと言う目の前のことに。






 不意に、背にしていた壁がなくなる感覚にバランスを崩した。同時に、痛みよりも熱さが顔の左半分に走る。それでも話さなかったはずの栞里の体が、何かに奪われる感覚に思わずその熱も忘れて目を向ければ、栞里の体が泉に落ちいく。
 そして、すぐ近くに、やはり目を見開くあの、エルフ。追いかけてきていたのか、と。
 だが、あの距離では引き入れたのはあれではない。なぜ、入れたのか。自分も、そして同じように落ちていく栞里に手を伸ばすこの獅子も。獅子の腹から血が吹き出している。


 なぜか、諦めたような目で、エルフが栞里に声をかけていた。



「また、来るんだ」



 聞いて、ノインは悟る。もう、帰ってしまうのか、と。



 現れた時と同じように消えてしまった娘を探すように泉を見つめていると、迷惑そうな声が降ってきた。
 向こう側の獅子たちはいつの間にかいない。どうせ、このエルフが何かをやったのだろう。


「獅子族、お前、計算づくではないだろうな」
「何がだ」
「ふん」
 ルーシェは鼻を鳴らす。それが計算であれば、ここにいるわけもないと知りながら念を押さずにはいられなかった。
「ここの住人のために血を流すとはな…。妖魔と獅子族1匹ずつ、自由に出入りできるようになるとは。迷惑な話だ」
 言いながら、ものすごく手荒に適当に、泉の水を2人にばしゃばしゃとかける。
「何をするっ」
 文句を言うが、返事もない。
 ただ、水を拭うと、ノインの顔を伝っていたはずの血が止まっている。獅子の腹の血も。ただ、獅子の傷が残ってるのを見れば、自分の顔も同じだろうとはわかる。
 獅子が、痛ましげにこちらを見ていた。
「お前、左目が」
 ああ、目をやられたのか、と思う。だが、右目を閉じても見える。視力を失ったわけではないようだ。それに。
「あの小娘がバカなことを仕出かすから」


 この代償は、きっちりあいつからもらう。そう決めた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜

ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪ 高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。 ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載! ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...