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4 獣人公爵、大学に行く
スパダリ!?
しおりを挟む「栞里!」
大学の構内。木陰のベンチで読書をしていた栞里は声をかけられて顔をあげた。確認して笑顔になる。
「瀬崎が探してたよー」
「瀬崎?」
なんかまた頼んでたかな、と首を傾げる。理系の瀬崎には、ヴィルに持ち帰ってもらったら良さげな気がする知識を自分で理解するためにかなり無茶振りをした記憶はあるが、ひと段落ついていた気がする。それに、その必要もなくなることになっていて。
「乃莉、瀬崎どこにいたの?」
「カフェテラスにいたから、そのうちこの辺も来るんじゃない。あんたの出没ポイント回ってるから」
「何それ」
「自覚ないのね。大体、決まってるから」
どうりで、スマホに連絡があるわけでもなくこうやって声をかけられることが多いわけだ。いる場所を確認されるわけでもないのに、会えずに困ることがあまりない。
「そんなにパターンかしてるかなぁ」
してる、と言い切りながら、乃莉は好奇心に満ちた顔に変わって栞里を覗き込み、隣に座る。
「それよりさ。この間のスパダリ、あれ、何者?」
「は?」
スパダリ、という言葉を咀嚼するのに時間がかかる。
咀嚼してから、やっぱり首を傾げる。意味は理解したが、それに当てはまる存在がいない。
栞里がまったくピンときていないのを察して、焦ったそうに乃莉は栞里の太腿を揺するようにして自分の方に顔を向かせる。
「飲み会の後に迎えにきた、王子だよ」
「あー」
分かった。分かったが。
「なんでスパダリ?」
「あの見た目で、迎えにきてくれて。顔よしがたい良し。性格よしとみた」
「手先も器用だし頭もいいし、運動神経は化け物級だよ」
ほら、と言われて、そうじゃなくて、と栞里は眉を下げる。
「ダーリンじゃないんだけど」
「は?」
今度は乃莉の方が意味がわからないという顔になった。あれでどうしてそうなるのか。あんな独占欲丸出しで。周りを牽制しまくっていたけれど。あの見た目だから許されることではあるけど、王子がエスコートしているようにしか見えないとあの後しばらく騒いでしまったのに。ついでに不機嫌な小林にあほね、と内心で思ったのは栞里には言わない。
「ダーリン、とは?」
不意の頭上からの声に2人揃って振り仰ぐ。乃莉はピシッと凍りつくように固まり、栞里はヘラっと笑った。
「聞こえた?なんでもないよ」
「なんでもないなら、言えばいいだろう」
あまりに自然な仕草で一度栞里を立たせ、その流れで自分がベンチに座って膝に座らせようとするのは、噂のヴィルで。途中で気づいて栞里は慌てて抵抗した。
「ヴィル、やだっ」
「…」
「そんな顔しても、やだ」
諦めきれない顔でいるヴィルが何をしようとしたのか、乃莉にはわからない。ただ、すぐそばに立ったまま、一度とった栞里の手は離そうとせずに握ったままとか。これでダーリンじゃないとか、誰も信じないだろう。
「ダーリン、とは?」
「もう、知的好奇心?何?とりあえず、気にしないで」
そんなものだと周りに誤解されていたと知られるのは、気恥ずかしい。だから放っておいて欲しいのに、あろうことかヴィルは、その問いかける目を乃莉に向けた。逆らえるわけが、ない。
「は、あの。恋人とか、愛しい人とか…」
あ、ばか。
と口を塞ぐ前に、握られていた手が痛いほどに強く握り直される。
ヴィルはじっと、栞里を見下ろした。それを否定していたのか、と。
ものすごく冷え冷えとした空気が漂うけれど、栞里はそれどころではない。ここに至る経緯は紆余曲折が…あったならいいのだが、実に単純だった。
栞里の身に降りかかったことへの心配からヴィルの過保護が度を越して、学校へ行くにも支障が出かねない状況だった。何が起きたか話したところで、状況は変わるわけではなかったのだ。無事だった確認ができただけで、今後同じことが起きない補償にはならなかったのだから当たり前だ。
そして、困った栞里が薩来に相談をして、そこからオーナーに話がいった途端、話が急展開を見せた。
「なら、一緒に行けばいいじゃない。こっちの知識は、役に立つでしょう」
そんな簡単に行くわけない、と思ったのに。どこをどうやったら可能になったのか。留学生として、ヴィルは同じ大学に通うことになった。講義も同じものを取ると言い張るが、せっかく通うならそれでは意味がない。興味の持てるものを、必要なものを好きなだけ学ぶのでなければ、一緒に行かないと栞里が突き放してようやく、そこは納得をした。不承不承ではあったけれど。理知的で建設的だと本来は思えるこの人が、これほど心配するようなことになったんだなとは思うけれど。それにしたって過保護すぎる。
そんな、あまりにあっさりと決まったヴィルの大学通学の、初日だったのだ。事務所に行き、受講するカリキュラムを組んでいる間、ここで待っていただけなのに、なぜこんなことに、としか栞里には思えない。
「カリキュラム、決まったの?」
とりあえず、話を戻そう。
「ああ」
なぜそこで、トーンが低いままなの、と思いながら、痛いくらいに力がこもっているヴィルの手を軽く叩いてみるけれど。反応なし。乃莉の方が反応する。
「カリキュラム?」
「ああ、彼、ヴィル。留学生。今度から構内でも見かけると思うから、よろしくね」
いや、と乃莉は引く。よろしくされても困る。というか、多分、彼はよろしくされたところで、他に興味は一切なさそうだし、と。ただ、騒ぐのはいそうで憂鬱にはなった。栞里が厄介な目に遭う未来しか見えない。
「栞里、なんかあったら、わたしらのとこ、来るんだよ?」
「?うん?なんかわからんけど」
「約束したから、破るなよ」
言い置いて、乃莉は立ち上がる。ヴィルの方からは邪魔だ、という意図すら向けられていない。存在していないんだろうな、とわかる。わかるから、怖い。これほどあからさまな男が、こんなにいい男で。同じような扱いを受けた肉食系の女たちが栞里にどう出るかも、それを知ったこの男がどう出るかも。
面倒、と思いながら、栞里の頭をポン、と叩いて手を振った。
じゃ、また、と手を振り返す栞里に背を向けながら、目の端で、自分が触れた栞里の髪に触れているのを見てとる。女友達も、と少し、いや、だいぶ背筋に嫌な汗がつたった。
「ヴィル、手、痛い」
いい加減、と栞里が言うと、ヴィルはその手を引っ張って立たせる。言われて緩めれば、痕になっていて。
「…すまん」
「いいけど。なんでそんな落ち込んでるの」
困った顔の栞里に、ヴィルはどうしようもなく感情を持て余した。顎の下に栞里の頭を引き寄せて、グリグリと擦り付ける。
「ちょっ」
あれほど言ったのに。恥ずかしいから、人前でのスキンシップはほどほどに、と。日本人ってのは奥ゆかしいのよとあれほど言ったのに。
「別々になる時間があるのは、理解したから。一緒の時間は、触れられる距離がいい」
「…それって触れてなくてもいいんじゃあ」
言った瞬間、ものすごく嫌な予感がして、栞里は離れようとするが、反射神経でかなうはずがない。ぐえ、と、色気も何もない声が出るのにヴィルはまったく無視をする。
結局。栞里が負けるのだ。この羞恥心に耐えられずに。
いい笑顔のヴィルに、たまには聞き入れてくれないと、と言ってみても、善処する、としか帰ってこない。やる気ないのね、と不貞腐れてみても、栞里が折れるのが分かっているのか、気にする様子もない。
関係性、とかの問題じゃなく、これはスパダリじゃなくて、ただの大型犬だ、と思ってしまう。拗ねた様子なんて、大型犬そのものじゃないか。あの時耳は見えなかったはずなのに、幻視してしまった。
「シオリにダーリンと呼んでもらえるように頑張るか」
「そこ、頑張るとこじゃないっ。そもそも、そんな呼び方をする文化、ありませんっ」
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