拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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5 氷の獣人公爵

公爵の帰還 5

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 ヴィルの婚姻は、瞬く間に獣人の間に知れ渡った。国王の目を盗んで執り行われた婚姻の儀式に、誰もが2人の間の確執を再確認する。そして、誰だかわからない花嫁が、少なくとも政略的な優位性を与えるような存在ではないことが、まだ国王の憤懣を抑えていることもわかる。
 そして、何よりもヴィルの執着ぶりが推測できた。手順を踏むことすらせず、あの冷徹な公爵が既成事実を作った上で帰還した、と言うのだから。狼らしい独占欲で、邸に囲い込んでいると言われ、初めてできた、公爵の弱点、とも言われた。
 弱点に甘んじるつもりは栞里の方には全くないのだが、実際そうなのだろうなとわかりはする。何せそもそもの基礎体力とか身体能力が獣人とは違いすぎる。ただの足手まといでしかない。
 そして、獣人と人属の間の確執を思えば、なおさらお荷物だろう。人属を厭う獣人もいる中で公爵の妻が人属と言うのは利点がない。そこで両種族の和解の緒とでもなるのなら話は別だが、なるはずもない。この世界に縁もゆかりもないのだから。


「考え事ですか?」
 お茶を入れてくれながらフィオに問われて、栞里は我に返った。
 ヴィルが王都に向かってから、5日が過ぎている。その間に、栞里は邸の中を好きに歩き回らせてもらっていた。図書室の蔵書は面白い。読むのには時間がかかる上に、おそらく篭ると時間を忘れるから、極力近づかないようにしている。
 人属と見て、嫌な顔をする使用人もいる。仕方ない、と思う。ただ、人属、と一括りにして判断されてこの後ずっと居心地が悪いのは御免だった。だからとにかく、邸の中をくまなく、毎日一巡する。そして、嫌な顔をされても返事はなくても、挨拶をする。それだけで割とかなり、時間を取られる。
 5日も続けると、嫌々でも返事をしてくれる人もいれば、痺れを切らしたように唸られたりもした。
「もう、ヴィルは国王様に会ったのかなぁ?」
「順調でしたらもう、帰途につかれていると思いますよ」
 リンの答えに、思わず口元がへの字になる。それに気づいて楽しそうな顔になるのはルシエールだ。ヴィルとサライの2人がいない間、ルシエールとノインが栞里の側から離れない。
 いや、まいたりもした。見つけ出された後のお仕置きに観念して、極力従うようにはしているけれど。でもやっぱり、自分の好きに過ごせばいいのに、とは思う。その結果がこれだ、と2人が伝えても、栞里は首を傾げるだけだ。
「シオリ、不満げだな」
「まだ帰らないかとお寂しいのでは?」
 揶揄うようなルシエールの口調に、フィオが顔をしかめながら反論する。あの主人の豹変ぶりは目を疑ったが、それでも幸せそうなのはうれしいのだ。楽しいことなど何もないような顔でとにかく時間が過ぎるのを待っているような人が。何もかもを持っているのに、何も持たないような人が。
「違うわ、フィオ」
 まさか、栞里から否定されてフィオは困惑する。ただ、栞里は楽しげなルシエールを恨めしげに見上げているけれど。
「ルーシェは鋭くてやだなぁ」
「お前が単純なんだ」
「シオリ様?」
 奥様、は落ち着かないと抵抗し続け、呼び方を変えてもらえた。ヴィル不在の間に達成したことの一つだ。あとは、いない間に邸の人たちとちゃんと自分で打ち解けよう、この国のことを学ぼう、とか色々思っていたのに。どれもこれもまだまだ取っかかりに手が届いたかどうかのところだ。
「1週間は、短いよねぇ」
「なんてことをっ」
 がなるような声に、思わずびくりとして顔をあげた。ラウドがズカズカと歩み寄ってくる。様子を見にきたところにちょうど爆弾発言を投下してしまったらしい。
「あいつはあんたと離れ難くて最短で行き来しようとしているのに、肝心のあんたがそんなことを思っていたのか」
 思わず首を竦めて目を瞑る。
 獣人の剣幕は正直、身がすくむ。
「お荷物になりたくないのよ。だからせめて、いない間にこの邸の中はヴィルがいなくても大丈夫だって思ってくれる程度に、みんなと打ち解けておきたいんだけど。なかなかねぇ」
「…は?」
「…この獅子族は、お前並みに単純だな」
「ルシエール殿、どう言う意味ですか。と言うか、あなた昨晩もまたシオリと寝てましたね?」
「邪魔な狐もいたぞ」
 忌々しげな返答に、栞里は笑う。こっちにいた時、ルシエールと一緒に眠るのが当たり前だったせいか、抵抗がない。いや、ヴィルがいたらと思うと、やらないなとは思うのに。
「別に手は出していない」
「…出さないでしょ?」
「なんでそう思うんだ」
 驚いて聞き返した質問に、質問で返された。
「とりあえず。そんなことは考えなくても構わない。むしろ、そんな状態だとあいつが帰ってきて落ち込む」
「落ち込む?」
 なんで?と無言で問いかける視線に、ラウドはため息をついた。狼は情が深い。やはり人族だからわからないのか、とため息をつきたくなるが、そう言う理由ではないようにも思える。
「世話を焼きたくて仕方ないんだ。手がかかって、目が離せない方が喜ぶ」
「わたしは嬉しくないから、そこは却下かなぁ」
「…シオリ様、一つよろしいですか?」
 ずっと聴いていたフィオとリンは顔を見合わせて、口を挟む。ラウドは言ってやれ、と言う視線を侍女たちに向けた。このわかっていない小娘に、と。
「邸の中のものがシオリ様との距離を測りかねているのは、まあ思っていらっしゃるように警戒されたり人族への感情があったりと言うこともありますが、一番多い理由は、違いますよ?」
「違う?」
 なんだ、教えるのか。つまらん、とルシエールの呟きは、獣人にはしっかりと届いているが栞里は気づかない。
 このハイエルフも手に負えないな、とラウドに一瞥されながら、ルシエールは聴きながらだんだん居心地悪そうな様子になっていく栞里を楽しげに眺めた。


「あなたと近くなれば、旦那様の不興を買いかねないからです。おそらくあなたのことを全てやりたいと思っている旦那様が、他の者と親しくしているあなたをご覧になったら。しかも自分の留守中に親しくなっていたら。どんな顔をされるか、想像できませんし、想像したくありません」



 想像できないのは、表情が変わるところを見たことがなかったから。
 想像したくないのは、想像だけで心臓が縮み上がりそうだから。

 ため息まじりに告げられた、苦戦の思わぬ原因に、栞里はテーブルに突っ伏した。



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