拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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5 氷の獣人公爵

値踏みをされているようです

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 精神的に疲弊しきって、栞里はくったりと椅子に腰掛けた。両手で顔を覆って深くため息をつく栞里にヴィルは歩み寄って肩をだき、顔を覗き込む。表情以上にその耳がヴィルの心情を物語っていて、栞里はため息をついた。
「別に、体がしんどいわけじゃないから」
「ああ…」
 おあずけを食らい続けたワンコの良し、と言われた後の反動は酷かった。今度からその辺りを考慮して待てをしないと駄目なのか、そこ含めでの躾が可能なのか。しかも、釘を刺されたことが頭に残っていたのか、本能的に忌避したのか、ギリギリ動けるというご丁寧な加減ぶりで。そんな執着ぶりすら嬉しくなるんだから、自分もダメだな、と一巡した思考にケリをつけて、栞里は小さく笑って目の前にある端正な顔に額をすり寄せた。
「身ぐるみ剥がれて人の手で身支度してもらうの慣れないから、精神的に疲れるんだよ」
 しっかりと磨き上げられ、夜会のために用意されたドレスを着せてもらい、宝飾品は重く感じるくらいだ。真っ黒な髪も上品に結われ、小さな生花を散りばめて飾られた。
 お姫様のようで気恥ずかしくも嬉しい気持ちはあるが、やはりそれでも疲れるのだ。
「ヴィル、尻尾触りたい」
「ああ」
 すぐさま膝の上に置かれるヴィルの尻尾を撫でながら、誰かに叱られたかな、とヴィルの表情を伺う。栞里は何も言っていないのに、随分と反省しているものだ。
「どうしたの、ヴィル」
「…栞里が綺麗で、緊張している」
「こっちに来て、だいぶ小綺麗な格好するようになったと思うんだけど」
「うん。いつも、可愛いな」
 その顔面で、そんなふうに笑ってそのセリフは、心臓に悪い、と思わず栞里が手の中にあったヴィルの尻尾を握ると、さすがに栞里の感情を察したヴィルが少し意地悪く笑って先ほど擦り寄ってくれたのに離れてしまった栞里の額に自身の額を合わせた。
「お前が受け入れてくれれば、他の誰に許可を求める必要も認められる必要もないが。しがらみの多い立場で悪いな」
「わかってたことだし。楽しむよ」
「そうか」
「あ、でも、ヴィル」
「ん?」
「この靴、わたし転ばずに歩く自信ないから、捕まっていい?」
「……」
 上目遣いの問いかけのズレた内容に、思わずヴィルは絶句して、口元を手で覆った。他のものが言ったならどんな感想を抱くのか、感想すら抱かない若しくは、耳に入りもしないかもしれないが。それが栞里だと、どうしてこうも愛おしいのか。
 エスコート、と言う考え方が当たり前ではない栞里の国を考えたら、栞里の言葉に違和感はない。それでもヴィルは思わず椅子に座る栞里の前に膝をつき、背中と後頭部を自分の引き寄せてしまった。
「当たり前だ。むしろ、離れるな。どうしようもない時は、仕方ないから他の伴侶から離れるな。あんな有象無象のいる場所にお前を連れ出すのも忌々しい」

 そんなヴィルの感情は、せっかく整えた栞里の髪を崩しそうになったあたりで、冷静なフィオとリンの冷たい声で制止された。











 そうして夜会の席。
 披露目の席を設けろという命で渋々開いたものであっても、ヴィルがホストであることに変わりはない。挨拶を受ける間は栞里もずっとヴィルと並んで立ち、次々にまるでベルトコンベアにでも載っているかのように流れていく招待客たちの挨拶に対応した。正直な話、覚えられるわけがない、と思う。それでなくても人の顔を覚えるのが苦手なのに。
 ずっと立ち続けていることを何度もヴィルは心配したが、それには大丈夫、と笑顔で応じた。覚悟していたし、このために今日はいるようなものだ。今更のように、昨晩のことを反省したらしいヴィルに、栞里は苦笑いを向ける。
「わたしにはわからないけど、ちゃんとわたしがヴィルのお嫁さんだって、獣人の人とかにはわかるんでしょう?」
 ものすごく遠い目をした朝のラウドを思い返しながらいう。獣人なら居心地が悪くなるレベルのマーキングだと、褒めているんだか貶しているんだか…一番近いのは呆れているような調子で言われた。意味を考えていると恥ずかしくて耐えられないから、考えるのはやめたが。
 そんな風に時折言葉を交わし、一緒に並び立つサライやルシエール、ノインと笑いながら挨拶の時間が終われば、叩き込まれたダンスの時間だ。結局一度もヴィルと踊ることなく本番を迎えたのが、実はひとえにヴィルに原因があったとは栞里は考えもしなかったが。
 おあずけ続きのヴィルに、栞里と至近距離で触れ合う場など、提供できるわけがなかった、というのがラウドたちの理屈だ。

 ただ、ヴィルに手を取られて、栞里は本当になんでも完璧以上にできてしまう万能の人なんだな、と思う。ここまで短期間でできるように鍛え上げてくれたクィムたちも人よりもはるかにきっとうまいのだろうと思う。だが、ヴィルは違う、というのは、ダンスを知らなかった栞里でも感じた。
「わたし」
 ヴィルと踊るのは安心感が違う。それに、緊張するけれど楽しい。そう思いながらヴィルを栞里は見上げた。
「ん?」
 栞里は見慣れた、というよりも栞里にとっては当たり前のヴィルの甘い視線はここに集まる招待客にとっては未知のものだ。周囲が息を飲む気配は栞里にも感じ取れるほどったが、あまり気を取られて踊れるほどには上達しているわけもない。その冷え冷えとした眼差しが恐ろしいと人を寄せ付けなかったヴィルの暖かいを通り越した熱い眼差しには流石に照れて胸元に視線を落としながら栞里は続ける。
「物語の中の騎士みたい、って思ったの。ヴィルを初めてみた時。騎士じゃなくて、王子様みたい」
「それは今の話だろう。俺は、騎士だよ」
 回るとふわりと広がるドレスの裾をうまく捌きながらヴィルは笑う。これ以上言えば、栞里は照れて顔を上げてくれなくなるから言わないが、栞里の騎士であれば良いとさえ思っている。もともと、軍属なのだ。ただ、文字通りの騎士の立場をコルトに掠め取られたのも一緒に思い出したが。



 ダンスを終え、フロアから下がるとヴィルをラウドが呼びに来た。舌打ちすらしそうな顔をするヴィルを見やり、栞里は近くにノインを見つける。ノインの方も視線に気づいてすぐに歩み寄った。
「ヴィル、わたし、いないほうがいいんでしょう?」
「会わなくてもいいような相手だな」
「ノインと待ってるよ」
「わかった、すぐ戻る」
 言いながら自然な流れで額に唇を押し当てられ、栞里の体が固まった。目撃した令嬢の歓声のような悲鳴が上がるが、そんなものは耳に入らない。


 ヴィルがいなくなった後は、栞里はため息をつく。遠巻きに感じる視線と、ひそひそ声。きちんと聞き取れないけれど、時折聞こえる。
 なんであの人間が。
 あの公爵様と釣り合いが…。
 恐ろしいという噂だったけれど…。

 値踏みされるような、なんでこれが、というような視線は覚えがある。大学でも、家の付近でも向けられ続けた。
 ただ。
 妖魔なんかがこの場に…恐ろしい。あれを使って取り入ったか
 それには思わず目を巡らせて声の主を探した。ノインを知らないくせに、そんな悪意のこもった声や視線を向けられるいわれはない。自分のせいでここに立ち、一緒にいてくれる優しい狐に。
 不意に、もふっという重みが栞里を囲んだ。ドレスのスカートが尻尾に埋もれている。嵩張るからといつも出してくれないノインの九尾が囲んでいて、思わず栞里はノインを見上げた。
「我のことにお前がいちいち心を痛める必要はない。自分のことの時には気の先ほども気に留めなかったというのに」
「いやだよ。ノインも伴侶、なんでしょ。そうじゃなくても、やだ」
「…困った娘だな」
 そう言いながら、機嫌良さげに、9本の美しい毛並みの尻尾が気を紛らすように動く。しかも、その質量のおかげで、立っているのにその尻尾に腰掛けているような寄りかかっているような、楽な姿勢にさせてもらっていることに気付いた。
「こんなに優しいのにね」
「…それはお前の認識違いだ」
 顔の傷も気にならないほどの美しい顔をふわっと綻ばせ、ノインは栞里を甘やかすように、ただそのためだけに尻尾を使いながら、こんな風に尻尾を扱う日が来るとは、と己に苦笑いした。





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