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しおりを挟むリアムが何かを言う前に、どこからか伸びてきた丸太のような腕が肩に回り、同時に頭にぐりぐりと拳をねじ込まれて痛みに悲鳴をあげた。振り返るまでもない。店主が今の暴言を聞きつけてお仕置きを受けているのだ。
「こんな店って言うならあんた、追い出すわよ」
この形でそのオネエ言葉。正直、安心感が半端なさすぎて、居心地がいい。なんて言ったら気に入られてしまったのだけれど。
何かを言おうとしていたリアムは先を越されてそれでも不機嫌な顔のままだ。
「アレク、わたしの上官」
「知ってるわよ。四番隊のリアム様は辺境から戻られてだいぶ貴族らしさが抜けたって聞いていたけど」
それっていいの?悪いの?と思っているが、なんだかアレクの方も不穏な気配なのに気づいて思わず困惑して目を泳がせてしまう。でも、アルフ達はリアムがここに来たせいか、まだ顔色が戻っていない。別に時間外に楽しく飲んでいたっていいじゃないかと思うのに。それとも隊長をのけものにしていたから気にしているのか?
「あの、隊長。わたし飲んでませんから。これ、ジュースです」
「…貴族の未成年の娘がいる場所ではないな」
「そんなにいかがわしい場所ではないです。それに貴族の娘、は余計です。わたしは見習い騎士です。アルフやリード様と同じように扱ってください」
思わずむっとして言い返すと、リアムの眉間のシワが深くなった。何かがお気に召さなかったらしい。
「君は、同じ隊なのだから様はやめるように言っているだろう?」
この空気を気にするそぶりもなくリード様が言ってくれるが、何せ殿下の側近で、しかも学園の頃からの癖だからなかなか抜けない。逆に、リアムに様をつけるのは今さらすぎてあっという間に化けの皮が剥がれたわけだけれど。間違えないようにするには隊長と呼ぶしかない。
「隊長、我々も一緒ですし、カタリナは正式に入団する前から訓練に混じった後はここに一緒に遊びに来ていました。今さらのけものにしてオレ達だけでここに来るのも」
せっかく助け舟を出してくれたグランが途中で言葉を飲み込む。原因は、わたしにもわかった。そんな目でリアムに睨まれたら、そりゃ口をつぐむだろう。
ついでに気がついた。この人は、あのしょうもない噂を信じていた。わたしがそんなことはしないとは、思ってくれなかった人だ。つまり、ここにいる仲間ともそういう関係だと思っている。
気づいたらしいグラン達が鼻白んだのがわかった。ぼそぼそと後ろで交わす声が聞こえる。
「いや、ねぇわ。俺、男としての尊厳も機能も失いたくねぇし」
誰だ、今の声、と振り返ろうとしたが、揃って同意している気配にその気は失せた。不思議な顔をしているリアムを眺めながら、どんどん、わたしの気持ちも冷めていく。せっかくここで楽しく飲んでいたのに。
そんな気配に気がついたのか、ずっと拘束していたぶっとい腕が外れて、そのまま近くにいたアルフの方に放り投げられた。
「こんな場末の酒場に来たって、保護者がこれだけいるんだから安心なさいなって言おうと思ったんだけどね。あんたはどうしようもないお坊ちゃん達と同じ考えのようだわ」
ここで絡まれた時は、店のものが壊れるとか気にして外に出ないでここで片をつけろと言ってくれているアレクは、直属の上官のその認識に憤ってくれているようだ。外にわざわざ連れ出して撃退している方が、心配だからやめろと言われた。修繕費は仕掛けたバカの方に請求するから安心しろ、と。
幼い頃から知っている初恋の人は、数年会わない間に知らない人みたいだった。いや、昔のままだと思える顔もするから、だからややこしい。知らない、と言い切れればきっと、もっと簡単に切り捨てられるんだろう。
付き合いの短い人の方が、理解してくれている。こんな変な噂に付き纏われるようになってからを知っているからなのだろうけれど。
「…アレク、また来るよ。今日は帰る」
「そうね、その方がいいわ」
「おい」
まるで思わずと言ったように伸びてきたリアムの手からあからさまに身を引いてしまった。別に、あの時のことがあるからではない。そんな風に思っている人に、触れられるのが嫌だった。それはつまり、噂を信じて声をかけてくる奴らと同じということ。そんな人に、肌を許して、いい思い出だと嬉しくなって、でもその感情は結局そのままな自分が馬鹿みたいで。
「わたしが抜ければ隊長。みんなで男だけの話でもして、好きにお酒を楽しんでください。アレクの出してくれるものは、料理もお酒も美味しいですから」
ね、とわたしが向けた顔にグラン達がそうだな、と仕方なさそうに頷く。若干、今のやりとりはこの人たちに引っかかりを持たせてしまったけれど、腕が立って男気があって、部下思いのリアムは騎士団の中で確かに慕われている優秀な隊長なのだ。こんなことで、余計な波風はいらない。
それなら、と示し合わせたようにアルフとリード様が両脇に立った。
「見習いは揃って退散しますよ。こいつだけ帰らせたらこんなこと言ってても拗ねるしな」
「うるさいよ、アルフ」
脇を攻めようとして、今度は本気で腕を掴んで止められた。その目がリアムに向けてなぜか挑発的な色を発している。多分、この間のことを知っているから不機嫌なのだ、アルフは。
だから、リアムがどんな顔でわたしを見ていたか、アルフとリード様を見ていたか、気付きもしなかった。もう、リアム様の顔は見ないで、店を出てしまったから。
「おっかね」
随分離れてから小さくそう言ったアルフの忌々しげな顔を、首を傾げて見上げるだけだった。
見上げる、のが癪だがさすがに慣れてきた。少し前まで、そんなに身長変わらなかったのに、というのも飽きた、ともいう。
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