警護対象は元婚約者の主君

明日葉

文字の大きさ
7 / 33
第1章

事故の日

しおりを挟む
 事故のあった日、シルヴィは国境の砦にいた。もともと辺境伯とも呼ばれるステラグラン公爵家の最も重要な務めは国境の守り。家を継ぐべき嫡子ではなく、スペアであるシルヴィはその時間の多くを辺境の守りに費やしていた。
「あの日、そもそも両親と兄夫婦が外出するという話は聞いていませんでした。もちろん、報告が必要なわけではありませんが、全員が揃って家を開ける必要があるときにはわたしに留守を守るように事前に話があるか、せめて予定の連絡だけはあった。はずです。これまでもそのようなことがあったのかもしれませんが、少なくともそう理解していました」
 苦々しく語るシルヴィの話に耳を傾けながら、レオボルトとヴァルトは食事を続ける。
 あくまでも食事をしながらの雑談。
 シルヴィにも食事を続けるよう促しながら、先を待つ。




「家宰が言うには、誰かと約束があって出かけたようだったと。ですが、その相手が誰なのかも分からず、事故の後もそのような話をする者もいない。己との約束のせいであのような事故にと思い言い出しにくいのかもしれませんが」
「それはないだろうな」
 あっさりと切り捨てるレオボルトの言葉にヴァルトも頷いて補う。
「黙っていて後から分かった方が都合は悪いですね。…ルナ、メインを頼むよ」
 ルナが頷いて下がり、すぐにキリトと一緒にメインを運んでくる。その場でキリトが仕上げた皿をルナが配膳していく。

「あとはルナにやらせる。キリト、休んでいいぞ」
 レオボルトに言われ、キリトはルナと顔を見合わせ、気の毒そうに肩を竦め、退室した。厨房を今できるところまで片付けておけば、ルナの負担も少ないだろう。片付けなくて良いといってもルナがやるのは分かっている。皿を割らずにいてくれることを願うばかりだ。



「調べられるか?」
「家宰が本当に知らないのだとすれば難しくはなりますが…まあ、なにも痕跡を残さないと言うのは考えられませんから、何とかなるでしょう」
 不敵に口の端に笑みを乗せたヴァルトを、ルナは残念そうな顔で眺める。あんなに悪そうな顔をするようになって。年を重ねれば腹芸も必要だろうけれど、レオボルトと苦労したのだろうと思うとため息が出そうになる。
「お前を疑うわけではないが、実際、疑う声もある。今回の事故で実際、継ぐ予定でもない侯爵家を継いだお前が利益を得ている、とな。だが、その前に家族を失っていると言うことを考えないようだ」
 レオボルトは淡々と続ける。レオボルトにとっては、家族とは面倒な血のつながりが邪魔なだけで、信頼にも愛着にも何にもつながらないが、世間一般には違うということを頭で理解はしている。そこを脇によければルナの怒りを買うだろうし、見逃す事実も増えるだろう。
「お前が関わっていないとしたら、生き残ったお前の安全も図らねばならん」
「事故ではないと?」
「先ほどの質問に、疑念を間に挟まずに否と答えた者の言葉とは思えんな」
 小馬鹿にしたように言い、レオボルトはその場にいる者の手元の皿を眺める。
「ルナ、終わったようだ。紅茶とデザートを。俺のデザートはお前が食え」
 いやいや、どこで?
 思わず言い返しそうになるのを飲み込んで、ルナは無言で開いた皿を下げ、キリトが支度しておいた食後の準備をする。
 平然とレオボルトの前にもデザートのパイの皿を置けば、文句のありそうな顔を向けられた。上背があり大柄なレオボルトは、椅子に座っていてもルナと視線の位置はほとんど変わらない。これで足が長いんだからどれだけ体格がいいのだか、と呆れる。
「俺の言ったことを無視するな」
「毒味の必要はありませんよ、陛下。キリト様とわたしで作ったものですから」
「…いつの間に手伝った?」
「生地を寝かせるのに事前に支度をしておりましたし。先ほど、少し手が空いた時間もありましたので。ああ、わたしが作ったものではお口に合わないようでしたら、そのままにしておいてください」
「食う」
「……」
 言葉遣い!
 と、言いたいのを飲み込んでルナは控えるために食卓から離れる。


 辺境伯夫妻と、嫡男夫妻が亡くなった。ルナにとっても知らない方達ではない。
 この家族が来るときだけ、その少し前から、ルナは良い生活ができた。他の客人の前に姿を見せることは許されなかったけれど、婚約者家族には会わなければおかしい。他の客人には、人見知り、と伝えられていた。実際、そうだったけれど。
 優しい方達だった。あのような形でシルヴィを公の場で貶め、怒らせたルナにもまだ優しかった。取り乱したのだろうと気遣って取りなそうとしてくれた。養ってくれた公爵夫妻より、よほど、親身だった。
 その知らせを受けたとき、この建物にある祈りの場で、祈った。信心なんて今更持ち合わせてはいないけれど、それでも、何かに祈りたかった。第一報では、せめてもの無事を。助かることを。第二報を受けて、せめて、穏やかに安らかに、と。
「馬車が落ちた崖の先に何があるのか、どこに向かっていたのか、思い当たるものの全くない場所での事故でした」
 シルヴィの言葉に、ルナはじっと耳を傾ける。


 そして、気づいた。
 彼は、急に、たった一人になってしまったのだ。
 尊敬していた父を失い、尊敬しいずれは支えるつもりでいた兄を失い、母と義姉を失った。残ったのは、重責と、疑いの目。
「ヴァルト、滞在の間にある程度目処を立てろ」
「承知しました」
 不意のレオボルトの命に、ルナは顔を上げる。
「シルヴィ、俺の居住空間であれば、お前の身の安全は保証しよう。ここを出たら城の中でも保証はできない。警戒するかは自分で決めろ」
「陛下…仮にも城にいるのもあなたの臣下です」
 形だけでも諫めるヴァルトを無視し、レオボルトは立ち上がった。
「ただし、ここでは移動したい場合には一人ではなく誰かの案内を受けるように。…行くぞ」
 レオボルトに声をかけられ、渋々といった様子でシロが立ち上がる。
 その目がルナを見て、それからレオボルトの後に従った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...