警護対象は元婚約者の主君

明日葉

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第1章

悪趣味なひと

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 目を開けて、ルナはうーん、と首を傾げようとして。

「ぐっ」


 息が詰まった。


 とりあえず、まずは自分の状況を確認してから、記憶を辿ろうかな、と、現実逃避を図る。


 まず、首に何かが巻かれている。そして、後ろ手にされた両手は、親指同士をきつく縛られ、さらに御丁寧に両手首を縛られ、まあ体が痛くない程度に肘同士も縛られている。そしてどうやら、その手からロープが首に巻かれた何かに繋がっている。
 そして、足は両足首と両膝を拘束され、腕と同じように、ロープで首とつながっている。
 自分は小さな硬い寝台に寝かされていて、壁も天井も近い、小さな部屋。

(逃げられ…ない。てことは)


 拘束しているどれか、もしくは複数が、魔力封じの魔導具ということで。



「悪趣味だ」

 思わず悪態をついた。この、動ける程度の拘束の仕方は優しさじゃない。迂闊に動けば首が締まるのだから、下手をすると死ぬ。動けないほどに縛られていれば良いのに、動ける、ということは何かに反応して動いただけで首が締まるということで。



(やだなぁ)



 ものすごく、馬鹿にされる気がする。馬鹿にされる気しかしない。

 いや、助かれば、だけど。


 と、次は記憶を辿る。



 鬼畜な国王にあの状況で、辺境伯を案内しろと言われ。どうやら辺境伯が家族を失った原因が、行方をくらませていた養父母にあるようだと、それを告げられたその場で。辺境伯がそれを知らずとも、こちらのいたたまらなさは、変わりない。
 あの家族を巻き込みたくなくて、あんなにひどい言葉を投げつけたのに。


 そして、辺境伯の身の安全が確認されたわけではないのに、あとは好きにしろ、と、あの冷酷な国王は言うのだ。いや、冷酷じゃないけど。でも、冷酷だと、思われている人。



 部屋に案内して、その間ずっと重たく沈黙していて…。


 で??



 そうだ。近いうちに離宮を出るだろうということと、領地に帰るだろうことを従者に伝えたいと言われて。
 ただ、部屋に案内しろ、と言う指示で、連れ出すことは躊躇われたのと、憔悴していたのを見兼ねて、簡単な手紙を預かったのだ。口で伝えたところで、こんな身分もない小娘の言葉など信じるはずもないからと。
 祈りの場はあるかと聞かれて、特定の神などを求めないのであれば、あると伝えると、陛下の許しが得られたらで良いから連れて行ってほしいと言われた。では戻ってからと約束をしたのも覚えている。


 それで、まずは従者の方に伝えようと、お部屋は離宮を出てすぐのところだからとふらっと出たところで。




 ああ、そうだ。


 出たところに、グレンがいないのをおかしいなと思って。
 思っていたら、おかしな空間魔法に踏み込んでいたのに気がついて。



 何かが首にきつく巻きついたところで、記憶が途切れた。



 ということは、それで連れてこられたということ。

(なんでそう、自分のことになると無頓着で隙だらけなんだ)


 と、聞こえてきそう。一人でいたことで、気が緩んでいた。誰も、守る必要がないから。むしろ、離れた場所の気配にばかり気を張っていた。



 はぁ、と、ため息をついたところで、足元の方から扉が開く音がする。そちらを見たくても、首を絞めずに動くのが難しい。
 衣擦れの音がする。気配もあるし、物音を立てるということは、自分を連れ去った誰かではないけれど、命じた誰か、なのだろうか。


「気がついた?ずいぶん、落ち着いてるわね」

(女?)

 近くに歩み寄ってくる気配がしたと思うと、きつい香水の匂いが鼻をつく。そしてぐい、と、髪を掴んで持ち上げられた。その動きで首が締まる。


「う、ぐっ」

「魔力が高くて危ないと言われたけど、封じて仕舞えばこんなものよね」

 整った顔の美しい少女がそう言って口を歪め、蔑むような笑みを浮かべる。その手がルナの顎に添えられ、長い爪が顎の下の薄い皮を破りそうなほどに力を込められる。

 ただルナには何も思い当たる節がない。この人の、目的がわからない。
 魔力のことを知っているということは、もしかしたら今までに離宮に入り込んだ何者かの関係者かもしれない。一人も取り逃がしてはいないが、ただ、外部と連絡を取っていなかったという確認は取れていないから。


「護衛、なんていうけど、こんなに簡単に捕まるのでは、やはり噂どおり」
「なにをっ。陛下を侮辱しないでくださいっくっ」

 言わんとすることを察し、思わず反論する。が、首が締まり、そして、顎に爪が食い込んだ。

「あれほどの方が、あなた程度の護衛、必要なわけがないでしょう?まあ、盾くらいにはなれるかもしれないけれど、それも、反応が間に合わないのではなくて?」
 この状況では何を言っても説得力はない。
 魔力を封じられているせいなのか、原因は分からないけれど、シロともつながらない。気配がきっと消えただろうから、心配をかけているだろうな、と思えば気は焦る。
 あれは、怒らせてはいけない生き物だ。


「何がしたいの!大体、悪趣味だわ」
「あら、いい格好よ?」

 にっこりと艶やかに笑う顔は美しいけれど、一瞬背筋が凍るような感情が浮かぶ。記憶にはないけれど、何かをやってしまったのか?


「貴女があそこにいることが邪魔だったのだけど…やはり、弁えない貴女にも、躾は必要ね?」


 わたしが邪魔、で引き離した??


 言葉の意味するところを察して、ルナは身を捩る。行かなければ。
 狙われているのは、誰?誰を狙っている?
 何にしても、離れているわけにはいかない。いない自分をきっと、気にかけている。そんな場合じゃないのに。


 拘束された場所がそれぞれ痛みを訴え、そして首が締まるけれど、頓着していられない。けれど、魔力を封じられ、拘束をした人は、力を込められないよう、巧みに拘束をしていて。

 そのうえ、目の前の女が笑いながら、身を寄せてきた。
 その膝が、ルナの腹の上に乗せられにっこりと、笑みを向けられた。


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