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第1章
確信
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国王にちょっかいを出されている侍女を眺めながら、シルヴィはその面差しを観察する。この離宮を出て仕舞えば、もう会うことはできないであろう人。
「…陛下。彼女は本当に侍女なのですか?」
「察しがいいな」
思いがけず、あっさりと返ってきた答えにシルヴィの方は面食らって身構えてしまう。あっさりと、そうだ、と言われるか、詮索を咎められるかどちらかだと思っていたから。
「これは、唯一の俺の護衛だ」
「ご…えい?」
あまりに想定外の答えに、シルヴィは鸚鵡返しにしてしまう。
いや、聞き知っていたはずだ。なんの酔狂か気まぐれか。護衛も側仕えも置こうとしない国王が唯一置いている護衛が少女であると。ついでだからと侍女の仕事もさせていると。だから、口さがない噂が消えないのだ。
ただの、夜伽の相手だ、と。
そういうことではない、と言いたいが、レオボルトはそれ以上の問いは許さないというように目を細める。そこに籠もる王気に身が硬直し、その事実に気づけばシルヴィは歯噛みするしかない。
「一体、何を聞きたいというんだ。俺は、こいつにしか俺の護衛をすることを許していないし、身の回りの世話も許していない。そもそも俺1人でできるのだから十分なんだ。それ以上に、何を聞きたいんだ、辺境伯」
強い声音は、シルヴィの疑問を察しているようにも感じられる。
当のルナは、素知らぬ顔でその足元にいる2匹の獣を堪能している。気持ち良さげに尻尾に戯れ、背中や腹の毛並みを堪能している様は無邪気な子供のようで、この国一の戦士である国王が自分の護衛をせよと唯一許したような実力を持つようには到底見えない。
彼女に従うこの獣に意味があるのかとも思えるが、意味がなくはないのだろうが、レオボルトにとっては、どちらでもいい、程度だろう。
言葉を操る2匹の獣は、迷惑そうな顔をしながらもどちらも大人しくルナのするがままになっているのは、いずれかが嫌がったり怒ったりすれば、ルナのそばをもう一方に独占されるとでも思っているかに見える。
その表情が、幼い日の記憶に重なる。はにかむような顔で、誘う手を取るのを躊躇うような様子で。ただ、いつも嬉しそうに歓迎してくれる空気は感じられた。厳しくしつけられていたのか、そんな様子は珍しいことで、きちんとした挨拶と立ち居振る舞いが常だったから、たまに見せるそんな素顔は記憶に鮮明に焼きついた。
「古い知人の面影があったものですから」
「ほう。さすがは武で知られる辺境伯家。これほど腕の立つ娘が他にもいるとは」
そこではありません、と、シルヴィは苦々しく応じる。獣に注意を向けているルナの反応は、窺い知れない。
自分の反応を見せないように、他のことに気をそらしていたルナにとっては、そうしていて良かったと胸を撫で下ろす流れになっているのだが。
シルヴィが知るその少女は、令嬢としての教育を施された公爵家の娘だ。養女だ、とは聞いていたけれど。そんな彼女が、少なくとも武技の嗜みがあるような話は聞いたこともない。魔法には長けていたかもしれないが、そういう話もそういえば、したこともなければ聞いたこともなかった。魔力については話題に上ることも、魔力量が多ければ噂にも上ることも多いため、知らない、ということにふと、今更ながら違和感は覚えるが。
「その知人が、腕が立つ、という噂は聞いたことはありませんが。やはり、腕が立つのですか」
「でなければ、こんな危ない人間の護衛を年頃の娘に、さすがの俺でもさせない」
その言葉には、異議があるようにルナの顔が上がった。面白がって、とりあえずできるもんならやってみろ的な雰囲気でおいたじゃないか、と。
が、その動きは2匹の獣の巧みな尾に抑えられ、2匹の腹に向かって顔から倒れ込む羽目になる。せっかく聞かない顔で知らぬ存ぜぬをしていたのに、なぜレオボルトの声は無視できないのだと無言の叱責をされているようで。
釈然としない顔ながら、助かったとルナはそのまま尻尾と前足に押さえ込まれるのに身を任せる。
呆れた目でその様子を眺め続けていたヴァルトは、深くため息をついた。
「辺境伯、その知人は今はどちらに?」
「さあ、知りません。家族揃って、姿を消しました」
姿を消した一家。
本来であれば処罰されるはずだった公爵夫妻も、実際姿を晦ましたままだ。今回の辺境伯家の惨事に絡んでいる疑いもある。それを思い浮かべながら、ヴァルトはかつて武人であった頃の光を目に宿して辺境伯を見据える。
「どのような知人なのかは存じ上げないが、彼女は陛下がようやく側に置く気になった腕の立つ護衛だ。滞在中に気に入ったのかもしれんが、こればっかりは、王家から手放すわけにはいかない人材だ。辺境伯家で人材が必要だというなら考慮するが、な」
そういう意味ではない。それに気づきながら言われたヴァルトの言葉が、それもまた本心でもあることがシルヴィにも伝わる。
腕が立つ、と言われても、シルヴィはその片鱗たりとも目にしてはいないが。
離宮に忍び込んだものは、シルヴィが気配すら察することなく、ルナに片付けられていたのだから当たり前だ。ただ、気絶させたところで呼ばれてそのまま放置、などということもあったが。
確信に近いくらい、シルヴィはルナを疑っているのに、それが確信に変わらない1番の理由。
髪の色は、いくらでも変えられるだろう。けれど、このルナは、髪だけでなく目の色までも違うのだ。
そう思えば、たまたま名が一緒の、同じ年頃の娘なのだろうと自らに納得させるしかない。血縁くらいはあるのかもしれないが、そこまで聞く気にはなれなかった。
「…陛下。彼女は本当に侍女なのですか?」
「察しがいいな」
思いがけず、あっさりと返ってきた答えにシルヴィの方は面食らって身構えてしまう。あっさりと、そうだ、と言われるか、詮索を咎められるかどちらかだと思っていたから。
「これは、唯一の俺の護衛だ」
「ご…えい?」
あまりに想定外の答えに、シルヴィは鸚鵡返しにしてしまう。
いや、聞き知っていたはずだ。なんの酔狂か気まぐれか。護衛も側仕えも置こうとしない国王が唯一置いている護衛が少女であると。ついでだからと侍女の仕事もさせていると。だから、口さがない噂が消えないのだ。
ただの、夜伽の相手だ、と。
そういうことではない、と言いたいが、レオボルトはそれ以上の問いは許さないというように目を細める。そこに籠もる王気に身が硬直し、その事実に気づけばシルヴィは歯噛みするしかない。
「一体、何を聞きたいというんだ。俺は、こいつにしか俺の護衛をすることを許していないし、身の回りの世話も許していない。そもそも俺1人でできるのだから十分なんだ。それ以上に、何を聞きたいんだ、辺境伯」
強い声音は、シルヴィの疑問を察しているようにも感じられる。
当のルナは、素知らぬ顔でその足元にいる2匹の獣を堪能している。気持ち良さげに尻尾に戯れ、背中や腹の毛並みを堪能している様は無邪気な子供のようで、この国一の戦士である国王が自分の護衛をせよと唯一許したような実力を持つようには到底見えない。
彼女に従うこの獣に意味があるのかとも思えるが、意味がなくはないのだろうが、レオボルトにとっては、どちらでもいい、程度だろう。
言葉を操る2匹の獣は、迷惑そうな顔をしながらもどちらも大人しくルナのするがままになっているのは、いずれかが嫌がったり怒ったりすれば、ルナのそばをもう一方に独占されるとでも思っているかに見える。
その表情が、幼い日の記憶に重なる。はにかむような顔で、誘う手を取るのを躊躇うような様子で。ただ、いつも嬉しそうに歓迎してくれる空気は感じられた。厳しくしつけられていたのか、そんな様子は珍しいことで、きちんとした挨拶と立ち居振る舞いが常だったから、たまに見せるそんな素顔は記憶に鮮明に焼きついた。
「古い知人の面影があったものですから」
「ほう。さすがは武で知られる辺境伯家。これほど腕の立つ娘が他にもいるとは」
そこではありません、と、シルヴィは苦々しく応じる。獣に注意を向けているルナの反応は、窺い知れない。
自分の反応を見せないように、他のことに気をそらしていたルナにとっては、そうしていて良かったと胸を撫で下ろす流れになっているのだが。
シルヴィが知るその少女は、令嬢としての教育を施された公爵家の娘だ。養女だ、とは聞いていたけれど。そんな彼女が、少なくとも武技の嗜みがあるような話は聞いたこともない。魔法には長けていたかもしれないが、そういう話もそういえば、したこともなければ聞いたこともなかった。魔力については話題に上ることも、魔力量が多ければ噂にも上ることも多いため、知らない、ということにふと、今更ながら違和感は覚えるが。
「その知人が、腕が立つ、という噂は聞いたことはありませんが。やはり、腕が立つのですか」
「でなければ、こんな危ない人間の護衛を年頃の娘に、さすがの俺でもさせない」
その言葉には、異議があるようにルナの顔が上がった。面白がって、とりあえずできるもんならやってみろ的な雰囲気でおいたじゃないか、と。
が、その動きは2匹の獣の巧みな尾に抑えられ、2匹の腹に向かって顔から倒れ込む羽目になる。せっかく聞かない顔で知らぬ存ぜぬをしていたのに、なぜレオボルトの声は無視できないのだと無言の叱責をされているようで。
釈然としない顔ながら、助かったとルナはそのまま尻尾と前足に押さえ込まれるのに身を任せる。
呆れた目でその様子を眺め続けていたヴァルトは、深くため息をついた。
「辺境伯、その知人は今はどちらに?」
「さあ、知りません。家族揃って、姿を消しました」
姿を消した一家。
本来であれば処罰されるはずだった公爵夫妻も、実際姿を晦ましたままだ。今回の辺境伯家の惨事に絡んでいる疑いもある。それを思い浮かべながら、ヴァルトはかつて武人であった頃の光を目に宿して辺境伯を見据える。
「どのような知人なのかは存じ上げないが、彼女は陛下がようやく側に置く気になった腕の立つ護衛だ。滞在中に気に入ったのかもしれんが、こればっかりは、王家から手放すわけにはいかない人材だ。辺境伯家で人材が必要だというなら考慮するが、な」
そういう意味ではない。それに気づきながら言われたヴァルトの言葉が、それもまた本心でもあることがシルヴィにも伝わる。
腕が立つ、と言われても、シルヴィはその片鱗たりとも目にしてはいないが。
離宮に忍び込んだものは、シルヴィが気配すら察することなく、ルナに片付けられていたのだから当たり前だ。ただ、気絶させたところで呼ばれてそのまま放置、などということもあったが。
確信に近いくらい、シルヴィはルナを疑っているのに、それが確信に変わらない1番の理由。
髪の色は、いくらでも変えられるだろう。けれど、このルナは、髪だけでなく目の色までも違うのだ。
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