2 / 88
1
しおりを挟む目覚めてしばらくすると足早な足音が近づいてきて、大柄な人が入ってきた。
黒髪を一纏めにした、金色の目の青年。鍛えられた体つきと、整った顔を眺めながら、果たして言葉は通じるのかと不安になる。
青年の方は、なぜか少し目を見開いてから、その目から表情を消して歩み寄ってきた。後ろから慌てたような足音が続いてくる。
「お待ちください!不用意に近づかれては!」
「こんなか細い娘に何ができる」
…娘?
明らかに、はるかにこの人の方が年下に見えるのだけれど。
だいいち、と、彼は続ける。
「こちらの不手際だろう」
「まだ分かりません。そのように見せかけての刺客の可能性もあるからと処分されるはずだったのです。そもそも、不手際の生じる余地のない話です」
うん、言葉はわかる。よかった。
諌めているのは鳶色の目に焦茶の髪。こちらも黒髪の彼ほどではないけれど、整った顔をしている。
「お前、名はなんという」
「逢坂音羽…です」
「?」
「とわ、です」
「トワか。お前は、なぜあの場にいた?」
「あの場?」
わたしの顔を見て、わからないふりではない、と信じてもらえたのか、ため息が聞こえる。
「聖女召喚の場だ。自らが召喚に応じた、と言った娘は、あのまま王宮にいる」
随分の簡単に信じるものだな、と思ってしまう。どちらが本物かを、早い者勝ちの自己申告で通すとは。
ただ。
向こうが本当にこの状況を理解しているとしたら、とようやく頭がまわりがじめた。
これ、あれだ、と。小説とか漫画で読んだ、異世界召喚。と言っても。何にもピンとこないと言うことは、当然ながら元ネタは知らないわけで。知っている可能性はとてもゼロに近い。だって、異世界召喚もの、異世界転生ものの小説や漫画は読んでいるけれど、それは「元ネタがあってヒロインもしくは悪役、モブ視点で進む物語」ばかりなんだから。
つまり、自分の立場はもちろん、この世界観も倫理観も、何もわからない。目の前にいる人も当然わからない。向こうがわかっていたとしたら立ち回りは完璧だろう。とりあえず、聖女を召喚しないといけない世界、らしい。と言うことは、なんだか平和ではない気もするけれど。
2人召喚されたと言うことらしいが、実際のところ、きっと巻き込まれたのだろう。ここまで状況が読めないのに召喚対象、と言うことはない気がする。
目の前の若者2人を無視して想いに耽っていると、呆れたようなため息が降ってきた。
「まあ、こんな娘では答えられんか…」
「あの、先ほどから娘むすめと言いますが、わたしの方がよほど年嵩ですよね?」
さすがに居心地が悪くそこを訂正しようとすると、なぜか顔を見合わせている。
「わたしが何歳に見えているんだ。一体」
女性に年を聞かなかったのは、さすが紳士的だ。こういう世界観なのだから、きっと育ちの良い方なのだろう。
「わたし、38歳ですよ?」
「!やはり魔族の類では?」
とりあえず黒髪の彼を立てることにしていたらしい焦茶髪の青年がまた警戒心を顕にする。確かに、美魔女、とか言う言葉もあったし、歳よりは化粧っ気がないせいか何歳か若く見てもらえていたけれど、魔族はひどい。
顔を顰めているところに、軽やかな声が割って入った。いつ来たのか、艶やかな赤い髪の少女が扉口に立っている。
「お兄様、ラウル、女性の寝所に立ち入って、威圧的に囲むのはいかがなものでしょう?」
「アメリアか。ずいぶん早いな」
「わたくしは必要ないとのことでしたので、下がらせていただきました。エリン、鏡を」
アメリア、と呼ばれた少女に従っていた侍女が素早く手鏡を渡す。焦茶色の髪の彼は、ラウル、と言うようだ。
「聖女様はご自分のお年を分かっていらしたようですが」
差し出された手鏡をのぞいて、流石に愕然とした。それは化け物じみた扱いもされる。アメリアよりも幼く見える。日本人は幼く見えると思えば、同じくらいか。頭の中には、確かにそれまでの知識は残っているのに、体は10代の頃に戻っている。黒髪黒目。過去の、自分。
「ヴィクター様、やはりこの娘をここに置くのは。正体がわかりません」
「この国の不手際だろう。彼女は巻き込まれただけだ」
わたしが「おまけ」確定したようだ。それはそうだろう。状況を自覚できない人間と、きちんと理解できている人間とでは。
「混乱されているのでしょうが、体に異常はありませんか?痛みや気分の悪さは?」
アメリアに問いかけられて初めて自分の体を確認する。異常はない。いや、何よりも若返っているという異常が物凄すぎるけれど。
「お嬢様、そんなことよりもヴィクター様にご報告をされた方が」
侍女の控えめな促しにアメリアがため息をつく。おそらく、何か急ぎ報告することがあって、兄を探していたのだろう。ただ、自分の立場がわからないのでどうぞとも言えない。
「目醒めたところで悪いが、早急に状況を把握したい。トワ、ここでこのまま話してかまわないか?」
「むしろお願いします」
思わず食い気味で、ヴィクター様の目を見上げて頷いた。また、最初のように目を見開いたヴィクター様は、今度は表情を消すことはせずに、ラウルを振り返った。
「この部屋で話せるように椅子を持ってきてくれ」
102
あなたにおすすめの小説
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる