知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 目覚めてしばらくすると足早な足音が近づいてきて、大柄な人が入ってきた。
 黒髪を一纏めにした、金色の目の青年。鍛えられた体つきと、整った顔を眺めながら、果たして言葉は通じるのかと不安になる。
 青年の方は、なぜか少し目を見開いてから、その目から表情を消して歩み寄ってきた。後ろから慌てたような足音が続いてくる。

「お待ちください!不用意に近づかれては!」
「こんなか細い娘に何ができる」

 …娘?
 明らかに、はるかにこの人の方が年下に見えるのだけれど。

 だいいち、と、彼は続ける。
「こちらの不手際だろう」
「まだ分かりません。そのように見せかけての刺客の可能性もあるからと処分されるはずだったのです。そもそも、不手際の生じる余地のない話です」

 うん、言葉はわかる。よかった。
 諌めているのは鳶色の目に焦茶の髪。こちらも黒髪の彼ほどではないけれど、整った顔をしている。


「お前、名はなんという」
逢坂音羽おうさかとわ…です」
「?」
「とわ、です」
「トワか。お前は、なぜあの場にいた?」
「あの場?」
 わたしの顔を見て、わからないふりではない、と信じてもらえたのか、ため息が聞こえる。
「聖女召喚の場だ。自らが召喚に応じた、と言った娘は、あのまま王宮にいる」
 随分の簡単に信じるものだな、と思ってしまう。どちらが本物かを、早い者勝ちの自己申告で通すとは。
 ただ。
 向こうが本当にこの状況を理解しているとしたら、とようやく頭がまわりがじめた。
 これ、あれだ、と。小説とか漫画で読んだ、異世界召喚。と言っても。何にもピンとこないと言うことは、当然ながら元ネタは知らないわけで。知っている可能性はとてもゼロに近い。だって、異世界召喚もの、異世界転生ものの小説や漫画は読んでいるけれど、それは「元ネタがあってヒロインもしくは悪役、モブ視点で進む物語」ばかりなんだから。
 つまり、自分の立場はもちろん、この世界観も倫理観も、何もわからない。目の前にいる人も当然わからない。向こうがわかっていたとしたら立ち回りは完璧だろう。とりあえず、聖女を召喚しないといけない世界、らしい。と言うことは、なんだか平和ではない気もするけれど。
 2人召喚されたと言うことらしいが、実際のところ、きっと巻き込まれたのだろう。ここまで状況が読めないのに召喚対象、と言うことはない気がする。

 目の前の若者2人を無視して想いに耽っていると、呆れたようなため息が降ってきた。
「まあ、こんな娘では答えられんか…」
「あの、先ほどから娘むすめと言いますが、わたしの方がよほど年嵩ですよね?」
 さすがに居心地が悪くそこを訂正しようとすると、なぜか顔を見合わせている。
「わたしが何歳に見えているんだ。一体」
 女性に年を聞かなかったのは、さすが紳士的だ。こういう世界観なのだから、きっと育ちの良い方なのだろう。
「わたし、38歳ですよ?」
「!やはり魔族の類では?」
 とりあえず黒髪の彼を立てることにしていたらしい焦茶髪の青年がまた警戒心を顕にする。確かに、美魔女、とか言う言葉もあったし、歳よりは化粧っ気がないせいか何歳か若く見てもらえていたけれど、魔族はひどい。
 顔を顰めているところに、軽やかな声が割って入った。いつ来たのか、艶やかな赤い髪の少女が扉口に立っている。

「お兄様、ラウル、女性の寝所に立ち入って、威圧的に囲むのはいかがなものでしょう?」

「アメリアか。ずいぶん早いな」
「わたくしは必要ないとのことでしたので、下がらせていただきました。エリン、鏡を」
 アメリア、と呼ばれた少女に従っていた侍女が素早く手鏡を渡す。焦茶色の髪の彼は、ラウル、と言うようだ。
「聖女様はご自分のお年を分かっていらしたようですが」
 差し出された手鏡をのぞいて、流石に愕然とした。それは化け物じみた扱いもされる。アメリアよりも幼く見える。日本人は幼く見えると思えば、同じくらいか。頭の中には、確かにそれまでの知識は残っているのに、体は10代の頃に戻っている。黒髪黒目。過去の、自分。
「ヴィクター様、やはりこの娘をここに置くのは。正体がわかりません」
「この国の不手際だろう。彼女は巻き込まれただけだ」
 わたしが「おまけ」確定したようだ。それはそうだろう。状況を自覚できない人間と、きちんと理解できている人間とでは。
「混乱されているのでしょうが、体に異常はありませんか?痛みや気分の悪さは?」
 アメリアに問いかけられて初めて自分の体を確認する。異常はない。いや、何よりも若返っているという異常が物凄すぎるけれど。
「お嬢様、そんなことよりもヴィクター様にご報告をされた方が」
 侍女の控えめな促しにアメリアがため息をつく。おそらく、何か急ぎ報告することがあって、兄を探していたのだろう。ただ、自分の立場がわからないのでどうぞとも言えない。

「目醒めたところで悪いが、早急に状況を把握したい。トワ、ここでこのまま話してかまわないか?」
「むしろお願いします」
 思わず食い気味で、ヴィクター様の目を見上げて頷いた。また、最初のように目を見開いたヴィクター様は、今度は表情を消すことはせずに、ラウルを振り返った。

「この部屋で話せるように椅子を持ってきてくれ」



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