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しおりを挟む「わたしが応じました!」
反射的に答えていた。そうじゃないといけない。そうじゃないと。
不思議なくらい、簡単に信じた。答えた瞬間、あいつは、音羽は消えた。多分、音羽だった。そんな確認もできないくらい、もう1人の誰かを見る時間もなかった。でも、直前に一緒にいたのは、そうだから。出し抜いてやった。そう思った。
知っている世界だった。
クソゲー。なんでもありすぎて、ご都合主義すぎて。それなのに、キャラデザインがいいばかりに手を出し、二次創作も多い。
「龍の花嫁」と呼ばれる聖女として召喚されて、世界を救う、というストーリー。その中、で「龍の花嫁」なのに恋愛シミュレーションをしていくのだ。最後に龍の花嫁になることはない。というか、聖女を花嫁にする龍が存在するのかは疑問視されていた。
世界の魔素を流す龍脈を守る古代からの龍が何体かいるという設定で話は始まり、その力が弱まったことで龍脈が滞りそれが魔素だまりになる。そして瘴気が発生してしまうから、瘴気を浄化する能力を持った聖女を召喚してそして龍の花嫁になり弱まった龍も助ける、という設定は、そもそも召喚される理由、でしかなかった。
つまり、恋愛をしていればいい。
攻略対象は多い。ハーレムエンドもあり。
何せ、ライバルが少ない。
なんでもあり、と言うのはそこでもある。明らかにライバルがいるのは、婚約者がいる王太子だけ。当然王太子の婚約者は悪役令嬢の役回りだ。
ただ、特段そのような引き立て役がいなくても聖女はちやほやされる。この世界、いや、この国、女性が少ないのだ。他国との争いが続いていて、男性が重宝されている。そしてこの世界、子供ができた時の性別は親が望んだとおりに生まれる。男性の方が出世の機会が多く、そして求められているとなれば、その子を将来他国との戦争に出す可能性をわかっていながら男子を望む。らしい。
女子を望むのは、貴族階級。しかも、高位貴族に男子があって、そこに娘を売り込みたい歳周りばかりだ。
ゲームでは、そうやって王太子の婚約者の座を得た辺境伯家の娘はわがまま放題で、自分の思い通りになっていた周囲が聖女を構うのが気に入らず、なんて設定だったけれど。
見事に顔を合わせない。
そして、辺境伯家には攻略対象の騎士がいるはずがこちらも登城しない。
そのうち聞こえてきた噂。
聖女召喚に巻き込まれた人間を辺境伯家が保護している。
ただ、恋愛をしていればいいはずのこの世界。
クリアすれば元の場所に戻れるのか。ただ、戻って何をしたいのかというと、特にない。何もかも思い通りになるこの世界で、楽をしていればいいのなら。
そう思っていたのに。
瘴気を浄化する訓練を求められるけれど、そんなこと知らない。
この世界に来て、まずできたこと。
見た目を変えられた。最初と髪色も目の色も変わったことで周囲は驚いていたけれど、魔術師の言葉にわたしまで納得した。
「今まで魔素のない世界にいらっしゃったのでしたら、聖女様の魔力と魔素が馴染んで色に現れたのでしょう」
髪色や目の色に魔力が現れるのは一般的な話らしく。一晩で変わったことに、聖女の魔力の強さを証明したようなものだったらしい。
わたしの方は、なぜそうなったのか分からない。ただ、夢の中で聞こえた声に答えただけだ。
望むものを聞かれた。
愛くるしい見た目と、抜群のスタイル。胸は大きい方がいい。あとは、聖女、という立場がこの世界で思い通りに生きる術だと思えば聖女の立場を維持する方法。
夢の中の声の主が、わたしの要望をどう思ったのかは知らない。
目を合わせると、大概の人がうっとりとなった。聖女が持つ「魅了」の魔法。この世界で聖女が苦労しないための力。ゲームの通り、ね。
そして、光る毛玉が手元に来た時、少しだけ、瘴気を浄化できるようになった。あれはきっと、光の毛玉、光の精霊の力。
その光の精霊が、消えた。
ここでも、あいつは気に触る。
気に触るどころじゃない。こんな楽な世界を生きるご褒美の邪魔をする。
精霊に傷つけられた人間は、忌むべき存在になる。はずだった。
時々、ゲームと違う。
精霊を使役して人を傷つけた場合、その傷は忌むものとはされない。国同士の争いもあるから禁忌とまではされていないけれど、それで精霊が消滅した場合は、話が別、らしい。
そもそも、精霊は生きている、のだそうだ。魔力の塊ではないらしい。
光の精霊が消えた。
瘴気を浄化できなくなった。次が来ないかと待ったけれど、その前に、咎められた。ただ、魅了している人たちだから、あまり厳しくは言われない。
召喚のおまけのおかげで、王太子の婚約者を傷つけずに済んだことだけが救いだと言っていたけれど。
だって、わたしは大事な聖女でしょう?
王太子の婚約者が、辺境伯家の娘が、なんだというんだろう。
少し、謹慎を命じられた。
あいつはどこに行ったのか。
聞いても教えてもらえない。でも、魅了の力を強めれば聞き出せた。
王太子と、王妃しか知らない幽閉者の場所。
王太子の兄。
竜騎士だった王子。
生まれてすぐ、母を亡くした王子。魔力の強い黒髪の王子。
腹に、子宮がある、と、いう。これは、ゲームの情報。膣はない。血便、だと思い病を案じたが違ったのだ。そして、ここぞと王妃に幽閉された。王妃は、国王には治療のため隔離をしていると伝えている。
王子は、獣人を従えていた。「番」という概念の強いその獣人にとって、王子が番なのだという。
まとめて幽閉されている王子と獣人。
聖女の力は、繁栄の力。
女が少ないこの国は、いずれ子供が減っていく。
王家でそんな実験体、国のためを思う王子の行動、献身は素晴らしいですね、と王妃に伝えた。魔道具を一つ渡して。
人間は、単体生殖できるのかしら。
そこに放り込まれた音羽はどうしているのか。
ふと、笑みが浮かんでいるのに気づいた。
扉を開けて入ってきた美しい王太子が首を傾げる。
「聖女様、どうしたのです?」
誰も、名前を呼ばない。名前を聞かれもしない。
「聖女」と呼べば事足りる。
「いえ…。殿下、わたしはいつまでこの部屋にいれば良いのでしょう。やるべきことはたくさんあるのに。陛下は、無事にお戻りでしょうか」
瘴気を発する魔素だまりの対処に向かっていた国王。
あの日から5日が経過している。辺境伯家の竜騎士の怒りは甚だしく、竜舎の竜たちはその余波で暴れ出しかねないからと竜騎士隊は遠征訓練に出されたらしい。
「もう数日、お待ちください。少し、庭を散歩しましょう。わたしが一緒であれば問題ありません」
甘やかしてくれる王太子に差し出された手を取って、立ち上がる。
おしとやかな振る舞い、なんて慣れないと思ったけれど、この世界に体が馴染んでいくようにだんだん違和感もなくなっている。
「わたしの召喚に巻き込まれ、今回も巻き込んでしまった人はご無事ですか?」
「優しい思いやりある聖女」に周囲が自然と膝を折る。その間を王太子と歩きながらの会話はゲームにもあっただろうか。
「大丈夫です。全て丸く、収める。安心しているといい」
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