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しおりを挟む「いい加減、名を与えてやれ」
何度目か、呆れたようにブレイクに言われた。名を与え、それを受け入れることは契約の証らしい。
「姿をちゃんと見て、考える。こんなにお世話になってるんだもの」
「お前、目が見えるようになっても見えないだろうが」
だんだんブレイクのわたしへの扱いがぞんざいになっている。通訳のように使われて面倒になっているのは、十分伝わってくる。
「見えるようにヴィクター様にお願いしてみる」
変な間があった。
「お前のその、ヴィクターへの信頼もすごいな」
レイの声。レイにまで呆れられた。
禁断症状はレイの方がひどい。それでもとにかく我慢強い人なのだろう。呻き声が聞こえることはあっても、それ以上のことはない。ただ、身を捩るように鎖が鳴る音がする。そして荒い息の音が。
それはブレイクもで、低く獣が唸るような声がする時がある。
2人の体に与え続けられた「毒素」を浄化できないか。食事の混ぜ物にできるのならとダメもとで口にしてみると、できるが量が多いから時間がかかるとブレイクを通して答えがあった。
2人の意思は聞かなかった。苦しいのは2人だけど。でも、禁断症状が出るからとそのままにしていて良いはずがない。
その苦しさを緩和することはできるか。
完全ではないけれどできる、と言われた。
ただし、わたしを介してしか精霊は力を貸せないという。直接は怖い、と。
レイやブレイクほどの魔力の持ち主であれば、簡単に消滅させることができてしまうのだという。禁断症状で意識が朦朧とした2人が「うっかり」と言うこともあるからか。
匙に食事をのせ、2人の口に運ぶのも、最初は一苦労だった。見えないのだから。
触れていい、と言われたが、媚薬を大量に体内に取り込んでいるレイは、触れるだけでも辛そうだった。
汗でしっとりと濡れた肌。誘導されて伸ばした手は、最初胸元に当たる。話を聞くに、元々は竜騎士だったのだから筋肉質だったのだろう。けれど、ずいぶん痩せている印象だった。
その手を持ち上げて顎に手の甲が当たり、口を見つける。その一連の間、何度レイが辛そうに息を呑んだか。
けれど、都度症状を緩和するように精霊が助けてくれるようですぐにホッと、息を吐く気配がする。
近づいて触れて、レイが膝立ちの状態で壁際に鎖ではりつけられていることがわかった。
ブレイクはどう言う姿勢なのかわからないけれど、随分と下の方に顔がある。レイとは違う側面の壁際にいた。
歩けるように誘導してもらった段階で位置はわかっていたけれど、2人の状況まではわかっていなかった。
食事が来るタイミングで、ここで世話をしろと言うのなら、体を拭くものと清潔な水をこまめに欲しいと叫んでみたら、次の食事から一緒に送られて来るようになった。
どちらも、念のため精霊に浄化してもらう。それで正解だとブレイクに謎の褒められ方をした。
見えてないから許してくださいね、と、レイの体を拭く。鎖で封じられているため脱がすことはできず、服の裾から入れて拭いたりと十分ではないけれど。
そうやって触れたところから精霊たちが苦痛の緩和と、体内の毒素を抜く力を貸してくれる。
ブレイクには、自分には触れないほうがいい、と、体を拭くことは拒否された。
仕方がないから、食事の際に口の位置を確かめる手を通して精霊たちに力を貸してもらう。
眠る時は、レイの近くで眠った。
ブレイクは元は弛緩剤だけだからレイほどではないと言って。ただ、膝立ちで両腕を持ち上げられた状態のままでレイがゆっくり眠れるはずもなく、体も休まらない。
わたしがここに来る原因になった精霊、光の精霊ではない方が、眠りを助けてくれた。
「精霊づかいが荒いって言ってるぞ」
「え」
くつくつとブレイクが笑い、すぐにレイの、初めて、レイの笑い声が重なった。
「べそべそしていたやつが、元気そうだ」
いいこと、らしい。
そうして5日。
下の世話までする覚悟でいたけれど、そこの尊厳は守られていたらしい。いや。あの悪趣味な魔道具が排泄物はどこかへ送っていたらしい。まあ、区別せずに排泄物を体内に送られたら大変なことになる。
ブレイクもやはり、「大丈夫だ」と言っていた。
ようやく症状が落ち着いたとわたしでも感じるようになって、レイが精霊に話しかけた。
魔力が強いと言うだけだって、当たり前のように2人とも精霊を見て会話までしている。見えるだけでも、なかなかないと聞いていなかったらこの世界はそう言うものだと誤解してしまいそうだ。
「お前、名を与えられたらブレイクを助けられるか?」
え?
ブレイクが、どう言う状況なのかわからない。
反射的に、目をずっと覆っている布を外そうとしたけれど、レイの声に止められる。
ブレイクの声は、しない。聞いているはずなのに。
「トワ」
「はい」
精霊の返事を聞いたらしい、レイの声が静かだ。荒い呼吸が混じることもない。
「名付けをする相手次第だが、トワが名付けるならブレイクを助けることもできると言い切った。トワの名付けなら受け入れる、とも」
「ブレイクは一体…」
「今はまだいい。今動きに気づかれるとトワが解放される可能性も消えてしまいかねない」
まだ、解放される可能性はあるらしい。
「だが、急に必要になるかもしれない。わたしが合図をした時に名を与えられるよう、考えておいてくれないか?」
「…ブレイクも、それを望むのよね?助ける、のがどの程度の、どの意味合いかがわたしにはわからないけれど」
「もちろんだ。俺には大事な番がいるからな」
番。
番を失うことは、獣人にとって命を失うことと同義だと雑談の中で話していたのを思い出す。
「精霊は、どんな姿をしているの?」
「まだ幼生だな。だが、トワを傷つけたときは毛玉のようなものだったと言っているからずいぶん成長した。綺麗な白と黒の毛並みの…子狼だったり子豹だったり。一緒になったがお互いがもともと持っていた姿両方になれるようだ」
それは
「名前をつけて触るのが楽しみだわ」
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