知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

文字の大きさ
21 / 88

19

しおりを挟む
 
 
 
 そのことだが、と、なんの感情も乗せない声でヴィクターが切り出した。過保護がすぎるほどに面倒見の良さを発揮されている立場からすると、その無関心さが怖くもある。
 こんなふうにヴィクターから今さら突き放されたら、一発で心が折れそうだ。
 そう無意識に感じて、まるで刷り込みのように、この知らない異世界でヴィクターを頼っていることを不意打ちのように自覚した。
 その衝撃に1人悶々と身悶えしそうな恥ずかしさのようなものを感じながら、続く言葉を聞く。


「浄化をするからこそ、聖女はそもそもの龍の花嫁であることを求められず、召喚した国で一つの地位を得ていた。浄化が未だできないのであれば、花嫁を必要とする龍を見つけ、本来の務めを果たすよう陛下が命じられた。期限を区切り、その結果が出るまでは精霊に対する暴挙についてひとまず目を瞑るとのことだ」

 え、と、不満が口から漏れたのはわたしだけだった。
 英断だ、というような空気に、1人困惑の目をヴィクターに向けると、大きなヴィクターの手に頭を撫でられた。外見年齢がかなり若く、というか幼くなっているための仕草だろうが、元々の年齢を考えるとこんなふうに扱われることがなくなって久しくて、まだ慣れない。
 ただ、その手に安心するようにもなっている。
 心地よさを感じながら、戸惑ったまま、セージ先生に目を向けた。
 この世界に来て、竜のことを教わった時。
 この国は、花嫁を必要としている龍を見つければ、命を奪うだろうと先生は言っていた。
 わたしの意図を察して、セージ先生は整った顔でにっこりと笑った。
「陛下は、そのようなことをさせる方ではありません」
 なるほど。
 聖女を召喚する魔力をレイから奪い、時期を考えずに聖女を召喚したことに、陛下は関わっていない。
 陛下は本来国が判断する通り、竜を大事にする方なのだろう。だから、竜騎士隊も陛下を守っている。竜もそれに従っている。
「神龍の審判に委ねられたということだ。そして、弱っているとはいえ神龍を、どうこうすることはあの聖女にはできない。また、よほどおかしな方法で力を相当得ない限りは」
「…でも、何をするか分からない人たちでしょう?」
 考えもつかないことを、平気で実行していた人たちだ。
 そう考えているのが伝わっているから、頭ごなしに否定する人はいない。
 ただ、安心させるようにレイが力強く笑みを浮かべた。
 こんな風に、笑う人なのかと少し驚いた。捉えられた弱々しい不遇の王子の印象だった。けれど、竜騎士になる道をたたれた後、自ら考え、自分が生き延び、さらに国のためになるように働き続けた人だった。アメリアから聞いた話を思い返して、その笑顔が妙に心に落ちてきた。
「浄化もできない聖女が、龍脈を断つような行いをすれば、国だけでなく世界が傾く。陛下がそのようなことを許すはずがない。だろう?」
「ああ」
 ヴィクターに向けられた言葉に、はっきりと頷く。
 王太子との間にはなかった信頼関係がこの2人の間にはある。
 竜に近づくことができる王族、という意味がここにも感じられる。
「わずかでも疑われる動きをした場合には、対処するよう竜騎士隊に下命された。その動きが、聖女だけでなく誰が起こしたものであっても、と。たとえ聖女の魅了の力に惑わされた王族であっても手加減は許さんと厳命された」
「竜騎士は、魅了されないの?」
 ふと、口をついて出た問いに、いくつかの視線が自然とタイに向けられた。
 全員が持っているのだろう答えを、タイがふん、と鼻を鳴らして口にしたようだった。魅了の力がない、とすまなそうに言ったあの声ではない。少し、誇らしげな声で。
「精霊から離れた力を神経質な竜が近づけることはない」
 タイが聖女についている頃だったら、分からないということだろうが、歪められた力は竜を遠ざけると言い切る。
「竜を、しかも神龍や龍脈に害をなそうとする存在を人と交流する竜も許さない。だから竜と絆を結べるんだ」
 世界の摂理を守る立場に、竜騎士はなるのだろう。国に属しながらも、国を超えた摂理を守る良心のようなものなのか。
 だからこそ、邪魔に思うものもいるのだろうが、竜という絶対的に強い存在がそれを退けてきたんだろう。
 黒を持つ人間ならば対抗する力を持ち得るのかもしれないけれど、その黒持ちを遠ざけてもいる。


 そこまで頭の中を整理していて、ふと気づいた。


 竜騎士に、命じられた?


「ヴィクター様も、行くんですか?」


 行く、というか、とため息が頭の上から降りてくる。


 神龍の居場所は、人には見つけられない。見つけられては困るのだという。それは、龍脈にも影響しかねないから。
 竜の花嫁は、だから、神龍を呼ぶ力があるとされているのだとか。
 その儀式への立ち合いをするのだと。
 だが、と、竜に近しいこの場にいる人たちは皆、一様に複雑な顔をしている。
 結果を知っている、という顔。



 魔素だまりの出現状況からも、実際、力が弱まっている神龍がいる。
 この時期に、聖女を呼ぶ時期だった国でもおそらく聖女を召喚している。だが、いつも通り浄化をしているだけだろう。
 竜の花嫁、に本当になるものは、神龍が守る龍脈の要所に赴くことができる。力の弱まった神龍こそ、そこを離れることはできないから。



 だから、この話は結果が見えた話なのだ、と。



 そう言いながら、ヴィクターがものすごく不本意そうに、言葉を続けた。


「トワ、お前は儀式が終えるまで、辺境伯領にアメリアとレイ殿下、それとブレイクを連れて行っていろ」
「え?」
「余計な横槍が入る可能性がある。遠ざけておけば、お前を巻き込む余裕はなくなる。それと、その2人は一段落するまでは厄介な王族からは離しておいた方がいい。陛下が集中するためにも」
 王族だけれど竜に近づける、ということは辺境伯領にあるという竜の棲家に近づいても問題ないということなのだろう。ただ、どの程度近づけるのか。王弟殿下が竜と離れるしかなかったと話していたことを考えると、触れることはできないんだろう。だが、竜の医師をやっていると考えると?
 混乱してきたけれど、とにかく、近くにいると気が散るということらしい。
 ただ、辺境伯領にいるヴィクターやアメリアのご家族とは未だ面識がない。聖女のおまけでついてきた人間を、どう思っているのか。
 その不安が顔に出たのか、アメリアがくすくすと笑った。
「トワ、大丈夫よ。フォスが保護したあなたは、我が家の大事なお客様だから」






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...