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しおりを挟むそのことだが、と、なんの感情も乗せない声でヴィクターが切り出した。過保護がすぎるほどに面倒見の良さを発揮されている立場からすると、その無関心さが怖くもある。
こんなふうにヴィクターから今さら突き放されたら、一発で心が折れそうだ。
そう無意識に感じて、まるで刷り込みのように、この知らない異世界でヴィクターを頼っていることを不意打ちのように自覚した。
その衝撃に1人悶々と身悶えしそうな恥ずかしさのようなものを感じながら、続く言葉を聞く。
「浄化をするからこそ、聖女はそもそもの龍の花嫁であることを求められず、召喚した国で一つの地位を得ていた。浄化が未だできないのであれば、花嫁を必要とする龍を見つけ、本来の務めを果たすよう陛下が命じられた。期限を区切り、その結果が出るまでは精霊に対する暴挙についてひとまず目を瞑るとのことだ」
え、と、不満が口から漏れたのはわたしだけだった。
英断だ、というような空気に、1人困惑の目をヴィクターに向けると、大きなヴィクターの手に頭を撫でられた。外見年齢がかなり若く、というか幼くなっているための仕草だろうが、元々の年齢を考えるとこんなふうに扱われることがなくなって久しくて、まだ慣れない。
ただ、その手に安心するようにもなっている。
心地よさを感じながら、戸惑ったまま、セージ先生に目を向けた。
この世界に来て、竜のことを教わった時。
この国は、花嫁を必要としている龍を見つければ、命を奪うだろうと先生は言っていた。
わたしの意図を察して、セージ先生は整った顔でにっこりと笑った。
「陛下は、そのようなことをさせる方ではありません」
なるほど。
聖女を召喚する魔力をレイから奪い、時期を考えずに聖女を召喚したことに、陛下は関わっていない。
陛下は本来国が判断する通り、竜を大事にする方なのだろう。だから、竜騎士隊も陛下を守っている。竜もそれに従っている。
「神龍の審判に委ねられたということだ。そして、弱っているとはいえ神龍を、どうこうすることはあの聖女にはできない。また、よほどおかしな方法で力を相当得ない限りは」
「…でも、何をするか分からない人たちでしょう?」
考えもつかないことを、平気で実行していた人たちだ。
そう考えているのが伝わっているから、頭ごなしに否定する人はいない。
ただ、安心させるようにレイが力強く笑みを浮かべた。
こんな風に、笑う人なのかと少し驚いた。捉えられた弱々しい不遇の王子の印象だった。けれど、竜騎士になる道をたたれた後、自ら考え、自分が生き延び、さらに国のためになるように働き続けた人だった。アメリアから聞いた話を思い返して、その笑顔が妙に心に落ちてきた。
「浄化もできない聖女が、龍脈を断つような行いをすれば、国だけでなく世界が傾く。陛下がそのようなことを許すはずがない。だろう?」
「ああ」
ヴィクターに向けられた言葉に、はっきりと頷く。
王太子との間にはなかった信頼関係がこの2人の間にはある。
竜に近づくことができる王族、という意味がここにも感じられる。
「わずかでも疑われる動きをした場合には、対処するよう竜騎士隊に下命された。その動きが、聖女だけでなく誰が起こしたものであっても、と。たとえ聖女の魅了の力に惑わされた王族であっても手加減は許さんと厳命された」
「竜騎士は、魅了されないの?」
ふと、口をついて出た問いに、いくつかの視線が自然とタイに向けられた。
全員が持っているのだろう答えを、タイがふん、と鼻を鳴らして口にしたようだった。魅了の力がない、とすまなそうに言ったあの声ではない。少し、誇らしげな声で。
「精霊から離れた力を神経質な竜が近づけることはない」
タイが聖女についている頃だったら、分からないということだろうが、歪められた力は竜を遠ざけると言い切る。
「竜を、しかも神龍や龍脈に害をなそうとする存在を人と交流する竜も許さない。だから竜と絆を結べるんだ」
世界の摂理を守る立場に、竜騎士はなるのだろう。国に属しながらも、国を超えた摂理を守る良心のようなものなのか。
だからこそ、邪魔に思うものもいるのだろうが、竜という絶対的に強い存在がそれを退けてきたんだろう。
黒を持つ人間ならば対抗する力を持ち得るのかもしれないけれど、その黒持ちを遠ざけてもいる。
そこまで頭の中を整理していて、ふと気づいた。
竜騎士に、命じられた?
「ヴィクター様も、行くんですか?」
行く、というか、とため息が頭の上から降りてくる。
神龍の居場所は、人には見つけられない。見つけられては困るのだという。それは、龍脈にも影響しかねないから。
竜の花嫁は、だから、神龍を呼ぶ力があるとされているのだとか。
その儀式への立ち合いをするのだと。
だが、と、竜に近しいこの場にいる人たちは皆、一様に複雑な顔をしている。
結果を知っている、という顔。
魔素だまりの出現状況からも、実際、力が弱まっている神龍がいる。
この時期に、聖女を呼ぶ時期だった国でもおそらく聖女を召喚している。だが、いつも通り浄化をしているだけだろう。
竜の花嫁、に本当になるものは、神龍が守る龍脈の要所に赴くことができる。力の弱まった神龍こそ、そこを離れることはできないから。
だから、この話は結果が見えた話なのだ、と。
そう言いながら、ヴィクターがものすごく不本意そうに、言葉を続けた。
「トワ、お前は儀式が終えるまで、辺境伯領にアメリアとレイ殿下、それとブレイクを連れて行っていろ」
「え?」
「余計な横槍が入る可能性がある。遠ざけておけば、お前を巻き込む余裕はなくなる。それと、その2人は一段落するまでは厄介な王族からは離しておいた方がいい。陛下が集中するためにも」
王族だけれど竜に近づける、ということは辺境伯領にあるという竜の棲家に近づいても問題ないということなのだろう。ただ、どの程度近づけるのか。王弟殿下が竜と離れるしかなかったと話していたことを考えると、触れることはできないんだろう。だが、竜の医師をやっていると考えると?
混乱してきたけれど、とにかく、近くにいると気が散るということらしい。
ただ、辺境伯領にいるヴィクターやアメリアのご家族とは未だ面識がない。聖女のおまけでついてきた人間を、どう思っているのか。
その不安が顔に出たのか、アメリアがくすくすと笑った。
「トワ、大丈夫よ。フォスが保護したあなたは、我が家の大事なお客様だから」
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