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Side another 9
しおりを挟む退屈で仕方ない作法の時間を終え、自室でくつろいでいた。侍女も下がらせ、ふかふかの大きな寝台に寝そべって、きっと先ほどの作法の教師が見れば思い切り顔をしかめるような格好で。
ここでの教師たちは、聖女の仕事、そして王太子の伴侶になるのであれば王族としての教養などが必要だというが、わたしがここでやるべきはこの世界の攻略でしかない。波風は立てないように、やり過ごす時間が面倒でもったいない。
そういう時間に邪魔をしないでとお願いしてあるから、滅多に扉は叩かれない。
その扉が控えめに叩かれ、ため息をついて起き上がった。返事をする前ににこやかな笑顔を顔に貼り付ける。
侍女に伴われて入ってきたのは、変わったことがあれば知らせるようにと「お願い」してある近衛騎士だった。聖女つき、という立場にある彼は、それを誇りに思っているようでとても、扱いやすい。
「どうしたの?何かあった?」
まさか瘴気が、と、顔を曇らせてみる。おそらくそれはほぼ、あり得ない。そんなこと、今はしていないから。
慌てた様子で、いえ、と否定した彼は、少しだけ言い淀む。ここまで来たものの、実際伝える場になってそこまでのことか自信がなくなったと言う様子で。これほど、顔色が読みやすくて大丈夫なのだろうかと心配になる。
「あなたが報告が必要だと思ったことなら、それはきっと大事なことだわ。教えて?」
優しく促してやると、ほっとした表情を見せる。
本当に、簡単だ。辺境伯家に行った時にはその力が底をつくことがあるのかと心配になったが、やはり問題なく魅了の力は備わっている。
「聖女様にご報告します。以前から聖女様が気にかけておられた、聖女様の“おまけ“が登城しております」
「え?」
あれほど招いても首を縦にふらなかった、あの女が?
「わたしを訪ねて?」
であれば、騎士が報告に来るのではなく、侍女が来るはずだと口にしてから思い当たる。
「今、陛下に謁見をしております」
何をしに来たのかは知らない。尋ねればわかるのかもしれないが、それよりもだ。
居住区域から出られないようになって久しいこの城の中を、あっちは歩き回っていると思うと、頭がぐわん、とするほど苛立った。
何も言わずに騎士の脇をすり抜けて廊下に出ると、驚いた様子で騎士と侍女が追ってくる。
「聖女様!?」
頭を巡らせ、彼らが望む心優しい聖女の台詞を考える。
「ここでの作法を知らないのよ。心細いだろうから様子を見に行くわ」
「ですが」
謁見の間も、近寄らないように言われている区域だ。
言い澱んだものの侍女はどうにかして引き留めようとしている様子がある。だが、彼らはわたしの体に触れて抑えることはできない。
進むほどに引き止めようとする人が増える。
揃って、邪魔をしようとしているように感じた。なぜ。聖女はわたしだ。この国のためにあんたたちが勝手に召喚したのに。だからわたしだって、ここでわたしがやりたいことをやるだけだ。
「聖女様、謁見は終わって、陛下は執務室に戻られています」
「お一人で?」
「最後に謁見された竜騎士隊長たちを伴われております」
国王の執務室。
硬い椅子と無機質な、質素だと感じたあの辺境伯家の部屋よりも貧相な部屋。あの硬い椅子は子供の頃、学校で座っていた木の椅子を思い出す。
謁見の間でないのなら、このところ顔を合わすこともできなくなったこの国の重鎮たちの前に姿を見せることもできない。魅了をある程度深く済ませてある者は時折居住区に顔を見せるので、その時に上掛けをしている。
執務室でもいい。とにかく、あそこにこもっていては、何も話が進められないのだ。
引き止めようとする人だかりが不意に静まる。
振り返ると、王太子がこちらに歩み寄ってきていた。
「聖女様、居住区域から出られては危険です。他の人ではかわることのできない大事な方なのですから」
そう言いながら、さりげなく部屋の方へエスコートしようとするのに抗う。
「彼女は何をしにきたのですか?やはり何か不便が?」
「…それほどまでに同郷の方を気にかけられるとは」
優しい善良な人間だと思われると、こうも都合よく解釈してくれるのか。実際、わたしは優しいし基本的には善良だけれど。あの女のように偽善者じゃない。
とはいえ、だからこそ厄介だなと思って押し問答を覚悟すると、奥の方から伝令がやってくる。
王太子が一緒にいるのを認め、一旦しっかりと礼をとった伝令は、わたしではなく王太子に告げた。
「殿下もおられたのですね。聖女様が同席を希望されているとお聞きになり、陛下は謁見の控えの間に移られました。そちらへご案内します」
いつも、簡素な服を着ていたのを思い出す。登城するのに、どのような格好をしているのだろう。誰かのお下がりの体に合わないものを着ているのか。
だが、辺境伯家の悪役令嬢は、この間随分と啖呵を切ってくれた。それを考えると、辺境伯家でしっかりとあつらえていることも考えられる。
けれど。
あの元のままの黒髪黒目。それ以上に日本人顔のままでドレスが似合うことがあるだろうか。
通されるのであれば慌てる必要もない。
王太子にエスコートされるまま控えの間から中に入る。歓談をしていた様子の声がぴたりと止まった。
注目を集めているのを感じながら視線を巡らせる。
竜騎士隊長と揃いで誂えられたようなドレスを来た音羽。そして、やはり揃いで誂えたような王弟と悪役令嬢。
機嫌の良い顔で、以前見た時に比べて随分と顔色のよい国王がこちらに目を向けた。
「二人も聞きつけたのか。耳が早い」
なんのことかと思いを巡らせる間もなく答えは耳に入ってくる。
「婚約の報告が終わったところだ」
「え」
血の気が引いていく音が聞こえるようだった。
隣で、王太子も驚いた顔をしている。その目が、悪役令嬢に向けられていた。
「陛下の許可を得るための謁見ということですか?」
「竜騎士にわたしの許可がいらんことくらい、知っているだろう」
婚約。
思わずふらついたのをやはり呆然としていた王太子が支え損ね、床に膝をついてしまった。
見上げる格好になって惨めに思いながら、あいつを見る。当たり前のように、守られてそこに立って、心配そうなそぶりをして見せる。
悔しい、と、感じることを認めるわけにはいかない。こんな、崩れ落ちたような格好をしているわけには。
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