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しおりを挟む「つまり」
本当は恐ろしいはずなのに、とてもそうは思えない様子で差し出した食事を食べている2体の魔物に声をかける。
ヴィクターの声を聞いた時には、まずい事態なのかと身をすくめた。
そんなことをしていては足手纏いになる。本当ならさっさとその場を離れてヴィクターを自由にするなり、せめて武器を取り出そうとするなりやるべきことはあったはずなのに、できたことは何もなかった。
ワーム、とヴィクターが呼んだそれは、巨大で、わたしから切り離された方には、その筒状の体と同じ大きさの口が開き、細かく尖った歯が並んでいる。
切り離されてもそのまま動くそれは、自身を両断したヴィクターにその体を向けていた。
ヴィクターの体の何倍もあるそれに襲いかかられたら、とパニックになりそうだったところに、不意に胴回りの拘束が解けた。
自分でも驚くほどスルッと、「ケルベロス」とその名を呼んだ生き物が、弛緩したような胴体を放り捨てている。
助けてくれたのか、と思うのと同時に、引きずられないように引き留めてくれたような足に吸い付くものに視線を向ける。
ひんやりとしていたそれは、素早く離れるとケルベロスが放り投げた胴体に向かい、大きく広がったかと思うとその中に覆い隠してしまう。
そして、そちらに気を取られている間にヴィクターの方もけりがついていた。
炎に包まれ、動きを止めている。
魔物がいる。戦争もある。そんな話は聞いていたのに、戦闘らしい戦闘に遭遇することなく平和にこの世界で過ごしてきたわたしは、今になってそれに身をさらされた。
どれだけ守られ、安全な場所で過ごさせてもらっていたかがわかる。
あの最初の日に、フォスに助けられなければ、その後ヴィクターたち辺境伯家が庇護してくれなければ、とっくにこの世界で生きてはいなかっただろう。自立して生きる、などと言っていられたのも守られていたからだ。
なぜか、助けてくれた様子のケルベロスと、もう1体はおそらくスライム。それらも魔物に分類されるはず。いや、ケルベロスは幻獣になるのだろうか。
とにかく状況が掴めない。魔物同士で獲物を取り合った、にしてはわたしの苦手な外見のワームを排除したきりこちらに何かを仕掛けてくる様子もない。
あ、と、ふとヴィクターを見る。
「ずっと、周りにいたのが彼ら?」
「いや…あれはドリアードとか、そういうのだったからな。お前らはなんだ?」
さら、と言われたが、それはそれで気になるのだが。
そんな流れからの、食事の場面だった。
彼らも遠目にずっと様子は見ていたらしく、食事の様子が気になっていたらしい。スライムが先ほど自分の中に収納(?)したワームを吐き出し、料理して欲しいと言ってきた。
文字通り、「言った」のだ。どのような発声形態なのかは分からないが、ヴィクターにも聞こえているようで、呆れた顔をむけていた。
ただ、あいにく平和な日本で育ったわたしは、あの状態のものを加工することがまだできない。この世界で生きる以上はできるようにならなければとは分かっているが、ここでも調理用に加工された状態で市場では出回っていて必要に迫られない。
料理をする気はあると見てとったヴィクターがワーム肉を解体してくれる。
正直、元々を知っているから、あれを食べるのか…と思ってしまうのだけれど。何せ、苦手なのだ。あんなの、大きい蛇だ。いや、大きい蛇のような回虫だ。
とりあえず、食べたこともないがヴィクターが止めないということは、食用にもなるんだろう。
そう思って、小さく切ったものを一度よく焼いて味見をする。
口に入れるまではなかなか、勇気が必要だった。が、口に入れてみると臭みもなく、味に癖もない。弾力があってそれでいて噛み切りやすい肉質で、火を通してもぼそぼそしたりせず旨みもある。
「…ケルベロスやスライムは、わたしたちと同じようなものを同じような味付けで食べて大丈夫なの?」
元の世界で犬に塩気のあるものはあげられない。
そんなことを思い出して聞くと、大丈夫、と大きく頷かれた。
ヴィクターに火を起こしてもらい、ワーム肉のシチューを作る。
ついでだからとわたしたちも食事にしながら、もう一度先ほどの質問をヴィクターが繰り返した。
美味しそうにスライムは無心に食事をしていて、ケルベロスが器用に食べる頭と答える頭を入れ替えながら会話をしていく。
なんでもあのワームはこの森の特殊な環境で巨大化していて、さらに自身の許容量を超えた魔力を取り込んだことで凶暴化もしていたとのこと。獲物を少し奥にある沼に引きずり込むのが狩の手法で魔力に反応して襲われたのだという。
ヴィクターも十分過ぎるほどの魔力量があるはずなのだが、こちらの方が弱い上に神龍のおかげで魔力量だけはきっとものすごいことになっているんだろう。
この森はやはり、森全体が魔力飽和を起こしているような場所らしい。だから、ここでは変異種も多く、他に比べて同じ種族でも大きかったり強かったりが当たり前だということだった。
その結果の変異種なのかと聞きながら、それにしても異種族でなぜ一緒に行動しているのかという疑問が残る。
それに首を振ったケルベロスは、食事を終えて物足りなそうに皿を見ているスライムに一度視線を向ける。
「我らはこの森の生まれではない。これは仲間を見つけようと思えば見つけられるが、同族のいない我とずっと一緒にいる」
「ずっと?」
「我らはこの森で捨てられた」
冒険者の中には魔物を手なづけ従魔にしていることがある。ただ、互いに納得の上の従魔契約であれば良いが、都合よく使役できるからと狩をし、不本意な従魔契約を結んでいることも多い。彼らはまさにその被害に遭い、強い従魔を得たからと身の丈に合わないこの森に入った冒険者が、遭遇した魔物から逃れるために捨て駒にした。
「つまり、そのままここに2人でいるの?」
「そうだ。従魔の契約を解除せずに置いて行かれたため、同族の中に入るのも難しい。かといって人里に出ることもできない。この森は、その状態でも生きていくには困らなかった」
「…そんなことをされて、人が嫌いじゃないの?」
「好きとは、今は言えない。ただ、お前たちの魔力は心地よい。他人の契約を解除することはできないが、それだけの魔力があれば上書きはできる」
「つまり」
ヴィクターの口調が少し呆れている。
「従魔契約の上書きをしろということか」
捨てていった冒険者と契約をしたままなのは不本意なのだろう。下手をすれば、どこかで遭遇した時にその契約は生きたままになってしまう。
けれど、ヴィクターがそんな契約をすることをフォスは認めないだろう。
「彼は竜騎士だから残念だけどできないわ」
「違う、君だよ」
あまりに物足りなさそうでおかわりを手渡しながらいうと、受け取ったスライムが妙に明るい声でそう言った。
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