知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

文字の大きさ
82 / 88

72

しおりを挟む
 
 
 
 
「つまり」

 本当は恐ろしいはずなのに、とてもそうは思えない様子で差し出した食事を食べている2体の魔物に声をかける。


 ヴィクターの声を聞いた時には、まずい事態なのかと身をすくめた。
 そんなことをしていては足手纏いになる。本当ならさっさとその場を離れてヴィクターを自由にするなり、せめて武器を取り出そうとするなりやるべきことはあったはずなのに、できたことは何もなかった。

 ワーム、とヴィクターが呼んだは、巨大で、わたしから切り離された方には、その筒状の体と同じ大きさの口が開き、細かく尖った歯が並んでいる。
 切り離されてもそのまま動くそれは、自身を両断したヴィクターにその体を向けていた。
 ヴィクターの体の何倍もあるそれに襲いかかられたら、とパニックになりそうだったところに、不意に胴回りの拘束が解けた。
 自分でも驚くほどスルッと、「ケルベロス」とその名を呼んだ生き物が、弛緩したような胴体を放り捨てている。
 助けてくれたのか、と思うのと同時に、引きずられないように引き留めてくれたような足に吸い付くものに視線を向ける。
 ひんやりとしていたそれは、素早く離れるとケルベロスが放り投げた胴体に向かい、大きく広がったかと思うとその中に覆い隠してしまう。

 そして、そちらに気を取られている間にヴィクターの方もけりがついていた。
 炎に包まれ、動きを止めている。



 魔物がいる。戦争もある。そんな話は聞いていたのに、戦闘らしい戦闘に遭遇することなく平和にこの世界で過ごしてきたわたしは、今になってそれに身をさらされた。
 どれだけ守られ、安全な場所で過ごさせてもらっていたかがわかる。
 あの最初の日に、フォスに助けられなければ、その後ヴィクターたち辺境伯家が庇護してくれなければ、とっくにこの世界で生きてはいなかっただろう。自立して生きる、などと言っていられたのも守られていたからだ。


 なぜか、助けてくれた様子のケルベロスと、もう1体はおそらくスライム。それらも魔物に分類されるはず。いや、ケルベロスは幻獣になるのだろうか。
 とにかく状況が掴めない。魔物同士で獲物を取り合った、にしてはわたしの苦手な外見のワームを排除したきりこちらに何かを仕掛けてくる様子もない。


 あ、と、ふとヴィクターを見る。

「ずっと、周りにいたのが彼ら?」

「いや…あれはドリアードとか、そういうのだったからな。お前らはなんだ?」


 さら、と言われたが、それはそれで気になるのだが。


 そんな流れからの、食事の場面だった。
 彼らも遠目にずっと様子は見ていたらしく、食事の様子が気になっていたらしい。スライムが先ほど自分の中に収納(?)したワームを吐き出し、料理して欲しいと言ってきた。
 文字通り、「言った」のだ。どのような発声形態なのかは分からないが、ヴィクターにも聞こえているようで、呆れた顔をむけていた。
 ただ、あいにく平和な日本で育ったわたしは、あの状態のものを加工することがまだできない。この世界で生きる以上はできるようにならなければとは分かっているが、ここでも調理用に加工された状態で市場では出回っていて必要に迫られない。

 料理をする気はあると見てとったヴィクターがワーム肉を解体してくれる。
 正直、元々を知っているから、あれを食べるのか…と思ってしまうのだけれど。何せ、苦手なのだ。あんなの、大きい蛇だ。いや、大きい蛇のような回虫だ。

 とりあえず、食べたこともないがヴィクターが止めないということは、食用にもなるんだろう。
 そう思って、小さく切ったものを一度よく焼いて味見をする。
 口に入れるまではなかなか、勇気が必要だった。が、口に入れてみると臭みもなく、味に癖もない。弾力があってそれでいて噛み切りやすい肉質で、火を通してもぼそぼそしたりせず旨みもある。


「…ケルベロスやスライムは、わたしたちと同じようなものを同じような味付けで食べて大丈夫なの?」

 元の世界で犬に塩気のあるものはあげられない。
 そんなことを思い出して聞くと、大丈夫、と大きく頷かれた。


 ヴィクターに火を起こしてもらい、ワーム肉のシチューを作る。
 ついでだからとわたしたちも食事にしながら、もう一度先ほどの質問をヴィクターが繰り返した。
 美味しそうにスライムは無心に食事をしていて、ケルベロスが器用に食べる頭と答える頭を入れ替えながら会話をしていく。


 なんでもあのワームはこの森の特殊な環境で巨大化していて、さらに自身の許容量を超えた魔力を取り込んだことで凶暴化もしていたとのこと。獲物を少し奥にある沼に引きずり込むのが狩の手法で魔力に反応して襲われたのだという。
 ヴィクターも十分過ぎるほどの魔力量があるはずなのだが、こちらの方が弱い上に神龍のおかげで魔力量だけはきっとものすごいことになっているんだろう。

 この森はやはり、森全体が魔力飽和を起こしているような場所らしい。だから、ここでは変異種も多く、他に比べて同じ種族でも大きかったり強かったりが当たり前だということだった。
 その結果の変異種なのかと聞きながら、それにしても異種族でなぜ一緒に行動しているのかという疑問が残る。

 それに首を振ったケルベロスは、食事を終えて物足りなそうに皿を見ているスライムに一度視線を向ける。

「我らはこの森の生まれではない。これは仲間を見つけようと思えば見つけられるが、同族のいない我とずっと一緒にいる」


「ずっと?」

「我らはこの森で捨てられた」


 冒険者の中には魔物を手なづけ従魔にしていることがある。ただ、互いに納得の上の従魔契約であれば良いが、都合よく使役できるからと狩をし、不本意な従魔契約を結んでいることも多い。彼らはまさにその被害に遭い、強い従魔を得たからと身の丈に合わないこの森に入った冒険者が、遭遇した魔物から逃れるために捨て駒にした。


「つまり、そのままここに2人でいるの?」

「そうだ。従魔の契約を解除せずに置いて行かれたため、同族の中に入るのも難しい。かといって人里に出ることもできない。この森は、その状態でも生きていくには困らなかった」


「…そんなことをされて、人が嫌いじゃないの?」

「好きとは、今は言えない。ただ、お前たちの魔力は心地よい。他人の契約を解除することはできないが、それだけの魔力があれば上書きはできる」



「つまり」


 ヴィクターの口調が少し呆れている。


「従魔契約の上書きをしろということか」

 捨てていった冒険者と契約をしたままなのは不本意なのだろう。下手をすれば、どこかで遭遇した時にその契約は生きたままになってしまう。
 けれど、ヴィクターがそんな契約をすることをフォスは認めないだろう。

「彼は竜騎士だから残念だけどできないわ」

「違う、君だよ」


 あまりに物足りなさそうでおかわりを手渡しながらいうと、受け取ったスライムが妙に明るい声でそう言った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...