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Side狛井 2
しおりを挟むまさかの告白に、言葉が出てこなくて固まった。
失礼な話だけれど、ずっとまさかね、と否定していた。この車の中でさえ。そんな逃げ腰を見透かしたように、逃げ道を塞ぐようにきっぱりと言った彼は、やっぱり若い、と思う。
まだ20代の男の子。何を血迷ったのか、なんて、そんな逃げ口上は浮かぶけれど、それを口にしちゃいけない空気は、わたしにもわかる。わかるけれど、返す言葉なんて浮かばない。
いつ、冗談だよ、騙された?久々にドキドキした?なんて、言われるんじゃないかって、怯えも否定できない。
そんなわけない。て。
こんな、顔が良くて、背が高くて、性格も良くて仕事もできて。胡散臭いくらいの男が?しかも確実に、自分がモテることも自覚している。モテることを自覚している男なんて、と、それが一番の理由かもしれない。否定したいのは。
「嫌だったら、嫌って言ってください」
「え?」
ぐるぐるしている間に、不意にかけられた声に我に帰ると、運転席のシートから伸びてきた腕に引き寄せられる。
サイドレバーを挟んでの窮屈な体制で、抱き寄せられる。頭を押し付けられた厚い胸板の心音が、うるさいくらいなのが恥ずかしさお煽る。
「そうやって固まっててください。その間にオレ、自分にいいように解釈させてもらいます」
「ちょ、あの」
「あなたがめちゃくちゃ尻込みしているのは、わかりました。強引じゃないと、重たい腰が上がらないことも」
「は…」
まともな言葉を紡げない。頭が回っていないというより、頭は必要以上に空転し続けていて、その回転に追いつかない口は音を出すことはできても言葉を紡げない。
夢でも見ているんだろうか。
恋愛が怖くて、人を好きになることも怖くて。それでも憧れはこの歳で、って自分でつっこみながら、消せなくて。
都合の良い夢。
そんなことを考えているのを見透かされたように、熱い息が耳にかかる。ため息。
「そうやってじっとしているならもう、OKでいいですね?あなた全然わかってないけど、オレ、あなたを孕ませてオレに縛り付けたいくらい、デロデロに甘やかして離れられないくらいに執着してるんで」
「…え?」
危ない人?
怯えを感じ取ったように、腕に力が込められる。
「まあ、すぐに孕ませたらせっかくの2人の時間少なくなるんですけど。でも、あなたとオレとのなくならないつながりの証は欲しいし」
「ちょ、勝手に話進めすぎ」
やっと出た声は、思わず顔を覆いたくなるくらい上ずっていて、それなのに、何か吹っ切れた様子のサカキは楽しげに肩を揺らしている。
「ここまで表に出しちゃったんで、もう遠慮しません。というか、もう、入籍でいいですよね?」
「は?ちょっと、何言ってんの?」
「だって、奈由さん、40でしょ?次にそういう人いたら、結婚視野かなぁ、って言ってたじゃないですか」
「なんでそういうの覚えてんのよ」
「好きな人が言っているんだから当たり前じゃないですか」
ごもっとも、と二の句が告げなくなったついでに、開けっぴろげな言葉にどんどん顔をあげられなくなっていく。無意識に躱そうとして外した解釈をし続けたつけが回ってきていることには気づき始めたけれど、もはや軌道修正ができようはずもない。
「きみが」
「きみ、とかあなた、も嫌いじゃないけど。今は名前呼んでほしいです」
「ぐ…サカキくんが、わたしのことどう思っているかは、認識した」
「…認識、ですか。というか、苗字でいいんですか?」
「それどころじゃないくらいにパニクってるから、気にしてた自分がバカみたいに思えてるから今はいい」
「それはいいですね」
なんでそこで、そんなに嬉しそうな顔になるのよ。
ただ、とにかく気持ちが追いつかない。
そんなはずない、年齢だけでもなのに、こんなハイスペック、想像しただけでバチが当たるというかお呼びじゃない感がすごいんだけど。
「オレがあなたがいいって言ってんだから、余計なこと考えないであなたの気持ちで。他は受け付けません」
「余計なこと気にして影響受けるのもわたしの気持ちだからっ」
この年の人間に無茶言うなと不貞腐れながら、とにかく隠れる場所を求めて抱き寄せられた胸から顔をあげられないままなのが実に情けない。しかも、心地いいとか感じている時点で、好意はもう、認めるしかない。んだろう。
「変に解釈、しないから」
「だめです。その結果、このままの先輩後輩じゃあなた、逃げます」
できる男の洞察力をなめてはいけないらしい。
「…じゃあ、半年、お試しでとか」
「半年!?あなた、その間に日よるでしょ。だめ。2週間。長くても1ヶ月」
「短っ」
なんであなたの方が長くもとうとしてオレの方が余裕ないんだよ、と、明らかに年齢を念頭に置いた言葉をぺろっと口に出しちゃう迂闊さが、普段冷静沈着で紳士的な好青年とのギャップから必死さが伝わって可愛いと思ってしまう。
「ねえ、聞いていいかな?」
「…この状況で、冷静になって来ちゃいましたね、あなた」
そう言いながら、腕に力込めるの、やめてほしいな。しかも、腰まで引き寄せて。間のサイドブレーキ邪魔だな、とか頭をよぎったわたし、しっかりしろ。
「今日、こうするつもりでいた?らしくない感じが、仕事のミスと妙に重なるんだけど」
「ミスはミスです。仕事は仕事なので。いいとこ見せたいのにそんな減点、あり得ません」
こう言うところが、好もしくはあるのだ。後輩として。
「3ヶ月」
「1ヶ月」
引かないな、こいつ、と引き寄せられているスーツの裾を掴んで、顔をあげた。イケメンのアップは破壊力が凄まじいと噂には聞いていたけれど。実物は、恐ろしい。
「2ヶ月」
「1ヶ月から2ヶ月で、手を打ちましょう」
値切り交渉は、完全に敗北だったのは自覚している。交渉ごとでかなうとは思っていないけれど。
片方の腕はしっかりと体に回されたまま、少しだけサカキの体が離れる。後部座席に置かれたカバンに長い腕を伸ばして、何かを取り出した。
「承諾したんだから、今更引いても取り消しは聞きませんよ」
「…ここまでゴリ押しして、この期に及んで引かれるようなことするの?」
「まあ」
言いながら、手にとった封筒を渡される。非常に受け取って中を見にくいホールドされた大勢のまま、口を開いてそのまま覗き込んで。
中身と榊の顔を行ったり来たり、何往復かしてしまった。
「言葉にして、お願いだから」
指の長い、大きな片手で顔を覆う青年の外見からは想定外の、重さだこれは。
いったいわたしの何がそんなにお気に召したのか。
「なんで書いてあんの」
「だから、入籍しようって言ったじゃん」
わたしが記入するところ以外、全て埋まっている婚姻届。
1ヶ月から2ヶ月の間。
結論出したら、記入して渡すか、記入しないで渡すか。
してください。
言いながらさらに指輪まで渡されて。
引く、と言っていた意味を痛感する。
「なんで、サイズ…」
「ぴったりでよかったです」
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