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第16話・思い出の中のリリス
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思い返してみると、過去に学院や社交パーティーで何度かリリスに会ったことがある。
社交パーティーでも常に王族に負けないオーラを放っていたリリスは、カシリアや他の王族を前にしても、決して引けを取ることはなかった。社交を好まない公爵とは真逆で、リリスはまるで社交界の女王。常に上流社交界のリズムをコントロールし、自在に王族や貴族の中を行き来して、一挙手一投足の全てがその完璧さを見せつけていた。リリスこそが現公爵であるという錯覚に陥るくらいだった。
同時に気になることとして、リリスは親友と呼べるぐらいの友人を持っていないらしいことだった。
社交界の中心として、男女問わず数え切れないほどの貴族、ひいては王族までも、この公爵令嬢とより良い関係を築きたいと望んでいた。しかし誰1人としてリリスの友人になったという噂はなかった。リリスは全ての誘いを婉曲に断ったが、誰も彼女の態度に不満を見せたことはなかった。リリスは貴族達との距離を完璧に保ち、遠くから眺めることは出来ても、近づいて触れることは出来ない様にしていた。
その距離感は、貴族だけに対するものではなく、カシリア自身に対しても同じだった。
正直リリスほど優秀な人なら、幼い頃から既に貴族の間で噂になっていた筈。しかも王族と公爵は、幼少時に交流があったはずで、少なくとも何回かリリスに会った筈なのに、それを全く思い出せなかった。
カシリアの記憶では、出会いはリリスが12歳になって正式に社交界デビューしたときのパーティーだった。貴族の子供が12歳になると、その家は盛大なパーティーを開き、方々の貴族を招くしきたりがあった。同時にそれはその子が正式に社交界進出の時となり、これからは他の貴族から茶会の誘いが次々と届くようになり、彼らとの関係を築いていく必要がある。
その前のリリスに関する情報は皆無で、まるで彼女はその日世界に降り立った天使のように、上流社交界を瞬く間に席巻した。
王国三大公爵家の令嬢であるリリスのパーティーは当然贅沢を極めたものであった。その場には上流社交界のほぼ全ての者が集まり、王族であるカシリアでさえも、わざわざ出向くほどだった。
「リリスさん、私と踊ってくれませんか?」
カシリアはゆっくりと腰を屈め、微笑みながらリリスを誘った。
パーティーでは、王族の男性が招待側の女性貴族を誘って一曲目のダンスを踊るのが通例となっていた。カシリアもまだ12歳であったが,既に何度も社交の場に出入りして来たため、当然ダンスの腕前も優れていた。
「ええ、勿論ですカシリア殿下。殿下に一曲頂き、私の光栄です。」
リリスは愛らしく微笑みながら手を差し出し、カシリアの誘いに応えた。
・・・・・・
リリスの容姿は完璧で、桜色の髪にバラ色の髪飾りをつけ、上品で優雅な紅玉のネックレスと、雪のように真っ白なドレスの上に飾られた紅薔薇のコサージュとが共に映え、その美貌と淡いフローラルの香り、そして開放的な笑顔と独特の深紫の瞳は一瞬にして皆の注目を集め、無数の貴族少女を彼女の引き立て役にした。
彼女の前では王族のカシリアですら、その輝きを失うほどだった。若しこの世に人の心を惑わす魔女や魔法が実在するだとしたら、それはリリスに違いない。
だが今思えば、カシリアはその完璧な微笑みに隠された違和感にすでに気づいていたようだ。
カシリアは幼い頃から数え切らないほどのパーティーに出席して来た。王族主催、貴族主催、将校主催、慈善会など様々なものに参加してきた。その中で避けて通れないのが、貴族同士の交流だった。自己顕示欲丸出しで、裏で他人と比べ合い、低級貴族が高級貴族や王族に必死に媚を売る。その中で特に不愉快なのが貴族たちで、王族と距離を縮めたいばかりに、焦って自分の地位や富に対する欲望を晒し出すことだ。
「殿下、若し宜しければ、是非今度ご一緒に茶会にご出席して頂きたく存じます!」
「殿下、私は音楽を嗜んでおりまして、宜しければ殿下の美貌を歌にしたいのですが!」
「殿下・・・」
毎回の茶会で常に貴族が知恵を絞って自分に近づいて来る。、まるでこうすれば自慢話のネタが増えるかのように。
腹立たしい、癪に障る、吐き気がする。
カシリアは何度もその愛想笑いを見てきた。その為彼は笑顔の本質をひと目で分かるようになった。
しかしこの能力はリリスに全く通じない。
なぜならそれは完璧な笑顔だったからだ。誰から見ても紛れもない心からの笑顔で、幸せと愉快の表象であり、喜びと祝福に満ちた優しさであった。普通の男性だったら、それを目にした一瞬ですぐこの幸せに陥ったのだろう。
しかしそれは一瞬のものでもなければ、カシリアだけに向けられる笑顔でもなかった。
カシリアがリリスを誘うずっと前から、リリスは既にこの笑顔だった。
その心にしみる微笑みは、何一つ変化がなく、まるでとっくに爛熟したかのように、例えるならベテランの職人が作り出した工芸品みたいだ。
カシリアはリリスの手を取り、音楽のリズミに合わせて優雅に踊りだした。
踊りは上流貴族の間の社交形式の一つであるため、カシリアは貴族の女性と踊る機会が多かった。彼女らの踊りはどれも情熱と誘惑に溢れたものばかりだった。魅力的な赤い唇に誘惑的な目線、頑張って密着しようとする肌に、わざと寄せてくる胸、様々な暗示に満ちたボディーランゲージは如何にも露骨にカシリアの目に映った。
この様なものを見すぎると、たまに「これこそが女性の標準の踊り方」だという錯覚が生じてしまう。
比べてリリスの踊りはとても標準的で、精確に踊りの授業で教えられたことを再現していたかのようだ。その一挙手一投足からは氷のような冷たさを漂わせていた。他の貴族の情熱的で柔らかい踊りがとは正反対の冷たい正しさだ。
観客に採点させるとしたら満点に違いないが、カシリアにしてはまるで踊りの教師と練習をしているかのように、味気なく、アカデミックで、単調且つ退屈だった。
それは嫌悪などの良くない感覚ではなかった。というよりは、何も感じなかった。平穏で平静で、まるで何も起きなかったかのように。魔法のごとく人を惑わす微笑みと照らし合わせれば、違和感しかなかった。
踊り終えた後、観客は雷鳴の様な拍手を贈り、まるで踊りの試合で勝者が決まったように情熱的だった。
しかしその情熱さとは対照に、リリスの顔には依然その「微笑み」と呼ばれる表情だけが浮かべていて、何一つ変えることがなく、どこも変化しなかった。
「みなさま、ありがとうございます。」
リリスは振り返って観客に深く一礼をしてから、またカシリアの方に振り向いて、更に甘い笑顔を見せた。
「ありがとうございます殿下、一曲踊らせて頂き、とても光栄でした。」
「いや・・・君の踊りはかなり上手だ、これからはみなに好かれるだろう。」
「お褒め頂きありがとうございます。あいにく私は少し用がございまして、これで失礼させて頂きます。」
そういってリリスは優雅に礼をして、それから宴会場の片隅に赴いた。
カシリアがリリスの行き先を追ってみると、そこには車椅子の上に座っているご婦人がリリスと話しているのが見えた。
リリスと同じ瞳色、カスト公爵の妻のサリス夫人か?サリス夫人は確か若い頃に不幸な事故に会い、以来歩けなくなったと聞いたことがある。
でもそれは重要じゃない。
重要なのは、その氷のように冷たいリリスが今、まさに優しくて暖かい笑顔をサリス夫人に見せていることだ。さっきとはなんとなく違う、特別甘くて、深い愛情に溢れ出ていた。
社交パーティーでも常に王族に負けないオーラを放っていたリリスは、カシリアや他の王族を前にしても、決して引けを取ることはなかった。社交を好まない公爵とは真逆で、リリスはまるで社交界の女王。常に上流社交界のリズムをコントロールし、自在に王族や貴族の中を行き来して、一挙手一投足の全てがその完璧さを見せつけていた。リリスこそが現公爵であるという錯覚に陥るくらいだった。
同時に気になることとして、リリスは親友と呼べるぐらいの友人を持っていないらしいことだった。
社交界の中心として、男女問わず数え切れないほどの貴族、ひいては王族までも、この公爵令嬢とより良い関係を築きたいと望んでいた。しかし誰1人としてリリスの友人になったという噂はなかった。リリスは全ての誘いを婉曲に断ったが、誰も彼女の態度に不満を見せたことはなかった。リリスは貴族達との距離を完璧に保ち、遠くから眺めることは出来ても、近づいて触れることは出来ない様にしていた。
その距離感は、貴族だけに対するものではなく、カシリア自身に対しても同じだった。
正直リリスほど優秀な人なら、幼い頃から既に貴族の間で噂になっていた筈。しかも王族と公爵は、幼少時に交流があったはずで、少なくとも何回かリリスに会った筈なのに、それを全く思い出せなかった。
カシリアの記憶では、出会いはリリスが12歳になって正式に社交界デビューしたときのパーティーだった。貴族の子供が12歳になると、その家は盛大なパーティーを開き、方々の貴族を招くしきたりがあった。同時にそれはその子が正式に社交界進出の時となり、これからは他の貴族から茶会の誘いが次々と届くようになり、彼らとの関係を築いていく必要がある。
その前のリリスに関する情報は皆無で、まるで彼女はその日世界に降り立った天使のように、上流社交界を瞬く間に席巻した。
王国三大公爵家の令嬢であるリリスのパーティーは当然贅沢を極めたものであった。その場には上流社交界のほぼ全ての者が集まり、王族であるカシリアでさえも、わざわざ出向くほどだった。
「リリスさん、私と踊ってくれませんか?」
カシリアはゆっくりと腰を屈め、微笑みながらリリスを誘った。
パーティーでは、王族の男性が招待側の女性貴族を誘って一曲目のダンスを踊るのが通例となっていた。カシリアもまだ12歳であったが,既に何度も社交の場に出入りして来たため、当然ダンスの腕前も優れていた。
「ええ、勿論ですカシリア殿下。殿下に一曲頂き、私の光栄です。」
リリスは愛らしく微笑みながら手を差し出し、カシリアの誘いに応えた。
・・・・・・
リリスの容姿は完璧で、桜色の髪にバラ色の髪飾りをつけ、上品で優雅な紅玉のネックレスと、雪のように真っ白なドレスの上に飾られた紅薔薇のコサージュとが共に映え、その美貌と淡いフローラルの香り、そして開放的な笑顔と独特の深紫の瞳は一瞬にして皆の注目を集め、無数の貴族少女を彼女の引き立て役にした。
彼女の前では王族のカシリアですら、その輝きを失うほどだった。若しこの世に人の心を惑わす魔女や魔法が実在するだとしたら、それはリリスに違いない。
だが今思えば、カシリアはその完璧な微笑みに隠された違和感にすでに気づいていたようだ。
カシリアは幼い頃から数え切らないほどのパーティーに出席して来た。王族主催、貴族主催、将校主催、慈善会など様々なものに参加してきた。その中で避けて通れないのが、貴族同士の交流だった。自己顕示欲丸出しで、裏で他人と比べ合い、低級貴族が高級貴族や王族に必死に媚を売る。その中で特に不愉快なのが貴族たちで、王族と距離を縮めたいばかりに、焦って自分の地位や富に対する欲望を晒し出すことだ。
「殿下、若し宜しければ、是非今度ご一緒に茶会にご出席して頂きたく存じます!」
「殿下、私は音楽を嗜んでおりまして、宜しければ殿下の美貌を歌にしたいのですが!」
「殿下・・・」
毎回の茶会で常に貴族が知恵を絞って自分に近づいて来る。、まるでこうすれば自慢話のネタが増えるかのように。
腹立たしい、癪に障る、吐き気がする。
カシリアは何度もその愛想笑いを見てきた。その為彼は笑顔の本質をひと目で分かるようになった。
しかしこの能力はリリスに全く通じない。
なぜならそれは完璧な笑顔だったからだ。誰から見ても紛れもない心からの笑顔で、幸せと愉快の表象であり、喜びと祝福に満ちた優しさであった。普通の男性だったら、それを目にした一瞬ですぐこの幸せに陥ったのだろう。
しかしそれは一瞬のものでもなければ、カシリアだけに向けられる笑顔でもなかった。
カシリアがリリスを誘うずっと前から、リリスは既にこの笑顔だった。
その心にしみる微笑みは、何一つ変化がなく、まるでとっくに爛熟したかのように、例えるならベテランの職人が作り出した工芸品みたいだ。
カシリアはリリスの手を取り、音楽のリズミに合わせて優雅に踊りだした。
踊りは上流貴族の間の社交形式の一つであるため、カシリアは貴族の女性と踊る機会が多かった。彼女らの踊りはどれも情熱と誘惑に溢れたものばかりだった。魅力的な赤い唇に誘惑的な目線、頑張って密着しようとする肌に、わざと寄せてくる胸、様々な暗示に満ちたボディーランゲージは如何にも露骨にカシリアの目に映った。
この様なものを見すぎると、たまに「これこそが女性の標準の踊り方」だという錯覚が生じてしまう。
比べてリリスの踊りはとても標準的で、精確に踊りの授業で教えられたことを再現していたかのようだ。その一挙手一投足からは氷のような冷たさを漂わせていた。他の貴族の情熱的で柔らかい踊りがとは正反対の冷たい正しさだ。
観客に採点させるとしたら満点に違いないが、カシリアにしてはまるで踊りの教師と練習をしているかのように、味気なく、アカデミックで、単調且つ退屈だった。
それは嫌悪などの良くない感覚ではなかった。というよりは、何も感じなかった。平穏で平静で、まるで何も起きなかったかのように。魔法のごとく人を惑わす微笑みと照らし合わせれば、違和感しかなかった。
踊り終えた後、観客は雷鳴の様な拍手を贈り、まるで踊りの試合で勝者が決まったように情熱的だった。
しかしその情熱さとは対照に、リリスの顔には依然その「微笑み」と呼ばれる表情だけが浮かべていて、何一つ変えることがなく、どこも変化しなかった。
「みなさま、ありがとうございます。」
リリスは振り返って観客に深く一礼をしてから、またカシリアの方に振り向いて、更に甘い笑顔を見せた。
「ありがとうございます殿下、一曲踊らせて頂き、とても光栄でした。」
「いや・・・君の踊りはかなり上手だ、これからはみなに好かれるだろう。」
「お褒め頂きありがとうございます。あいにく私は少し用がございまして、これで失礼させて頂きます。」
そういってリリスは優雅に礼をして、それから宴会場の片隅に赴いた。
カシリアがリリスの行き先を追ってみると、そこには車椅子の上に座っているご婦人がリリスと話しているのが見えた。
リリスと同じ瞳色、カスト公爵の妻のサリス夫人か?サリス夫人は確か若い頃に不幸な事故に会い、以来歩けなくなったと聞いたことがある。
でもそれは重要じゃない。
重要なのは、その氷のように冷たいリリスが今、まさに優しくて暖かい笑顔をサリス夫人に見せていることだ。さっきとはなんとなく違う、特別甘くて、深い愛情に溢れ出ていた。
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