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第二章
7-5.望まぬ展開
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日は傾き、世界は茜色に染まる。今日のお勤めもようやく終わり、自室に戻る時間としてはやや早い時間。
今日もあの男との接触はなく、指輪の映像を見る機会も失われたまま。こうして考えること自体があの男の狙いだったのかと、そんな疑いも抱きつつあるこの頃。
城内は変化なく、クラロの日常も変わらない。普通ということは、つまりは平和だということ。
望まぬ接触から早三日が過ぎたが、侵入した反逆者たちが処刑されているだとか、見世物になっているだとか。
そんな余興が行われる気配もなければ噂もなく、淫魔にとってはつまらぬ日々の延長といったところ。
クラロにとっても大した日数ではないが、来ると信じて待ち続けている彼らにとっては耐えがたい時間だろう。
文字通り死ぬような思いをして、ようやく見つけた本人が無視するとは思っていないだろう。
最初は敵の目を盗んで来ると思って信じて、次に抜けられない事情があるのかと勘ぐり。最後には、端から来る気がなかったのだと気付く。
それまであと何日。いや、何週間かかるだろう。その頃にはあの男も行動を起こし、クラロはそれどころではなくなっている。
やがては、会ったこと自体を忘れてしまうだろう。薄情だと思われるだろうが、下手に関わり希望を持たせるよりはよほどマシ。
あの場でも関わるなと言えばよかったのかもしれないが、周囲に気付かれたくないという気持ちを汲めば、あの対応が最善だった。
そう、クラロとあの男の遊びと同じ。分かっていても、効率的だと知っていても、付き合わなければならなかった場面。
自分たちと違うのは、まだ彼らが無駄だと気付いていないこと。それをクラロが知らせるつもりもないということ。
このまま諦めてくれることを願いたいが、彼らの目的を考えれば望みは薄い。近いうちに、もう一度接触を図ってくるに違いない。
前回は城壁に近い、淫魔も寄りつかぬ郊外だったからこそ叶った対話。淫魔に避けられているクラロであっても、そう何度も向かう場所ではない。
先日も新人が全滅したから、仕方なくクラロが向かっただけのこと。
そう、偶然が重なった結果、クラロに接触できた。だから、彼らは幸運だった。
出会えた理由はそれで片付けるとしても、疑問はまだ残っている。
なぜクラロだと分かったのか。なぜ、ここでの偽名を知っていたのか。故郷の村のことを知っていたのは、なぜなのか。
ミステリーのようだが、答えは至極単純。可能性を探るだけ無駄なことだと、疲労感に任せるまま欠伸を一つ。
あれから夢見が悪く、快眠とは言い難い有様。悪夢で目覚めるなんて今に始まったことではないが、連日となるとさすがに堪えるものがある。
蓄積された疲れは体力にも精神にもよくない。明日も朝から早いうえに、いつあの男に絡まれるか分からないのだ。
できるかぎり万全でいたいと望むことも、クラロの無駄な抵抗の一つでしかない。
分かっていても願わずにはいられず、それも彼らに重なる部分があるのかと、思考は延々と巡り回る。
再び始まろうとした脳内を止めたのは、唇に当たった固い感触。もう身体の一部と化してしまった、件の異物。
夕日に反射する鈍い光。どれだけ凝視しようと中身が見えることも、あの男の思惑も知れるわけもなく。出たのは欠伸ではなく溜め息。
……いや、これこそ悪循環でしかない。
考えるだけ無駄だと振り払い、早く戻ろうと足を進める。
既に淫魔の影はなく、他の奴隷の姿もない。奴隷の寄宿舎、と言っても用意されているのは淫魔が使わない別館のことだ。
忍び込むにはあまりにリスクが高すぎる。だから油断していたのだ。
たった三日、されど三日。
それが、彼らを行動に駆らせるだけの十分な期間であると。その自覚すら抱いていなかった。
「っ、な――!」
「静かにっ!」
腕を掴まれた。そう思った瞬間には、物陰に引き摺り込まれていた。
羽交い締めにされ、口は押さえられて息もできず。鼻から抜ける悲鳴に被せるよう、抑えた声に被せられる。
暴れた腕はビクともせず、背中に伝わる体格から鍛えられていることを知る。
二人がかりで押さえ込まれ、口を塞ぐ姿に目を見開く。まだクラロの記憶に新しい顔は、間違いなく三日前に会ったばかりの男。
「落ち着いてくれクラロ、危害をくわえるつもりはない。俺たちはあんたの味方だ」
「お前を助けに来たんだ」
周囲を警戒し、潜めた声でもこの距離では十分過ぎるほどに伝わる。
抵抗を止めたのは信じたのではなく、その耳を疑ったからだ。
味方? 助ける? ……なんと馬鹿馬鹿しい。
たった三日で強硬手段に出るとは。向かわないのは、この城から出られないからと解釈したのか?
もし本気でそう考えているのなら、馬鹿を通り越して愚かでしかない。情報不足を露見しているだけだ。
あるいは気付いていて知らぬフリをしているのか。どちらにせよ、その言葉はクラロにとって不快でしかない。
あの淫魔も、この男たちも、揃いも揃って同じ事ばかり。
「ともかく一緒に来てくれ。お前の仲間も一人、こちらで保護している」
一度目は同情から見逃した。協力するフリをして、早く立ち去らせたのは面倒を避けたかったのもある。
だが、害が及ぶなら話は別だと噛み付こうとして、不可解な言葉に眉を寄せる。
「金髪で、青い目の……そう、たしかエリオットと言ったはずだ。お前の後輩の」
口を塞がれていなければ、その名を復唱していただろう。
理解できない。なぜそこでエリオットの名が? 彼を保護している? 一体、どうやって?
なぜ彼らと関わりが? いいや、問題はそれではなく、彼が奴らと共にいるという事実。
仲間と誤解されている経緯はともかく、自ら望んで向かったのでなければ……彼はクラロのせいで拉致されているということ。
先輩と呼ぶ姿が脳裏をよぎる。
確かに見捨てたことは事実。淫魔から助けなかったことも否定できない。
……だが、これは。今回は違う。あってはならないことだ。絶対に。
「とにかく、詳しい話は後で。……ついてきてくれるな?」
拒否権はなく、頷いたことで解放された口から出る叫びもない。
面倒なことになった、と込み上げた息は腹の奥に落ち。グツグツと沸く熱は、地を踏みつけた程度で治まることはなかった。
今日もあの男との接触はなく、指輪の映像を見る機会も失われたまま。こうして考えること自体があの男の狙いだったのかと、そんな疑いも抱きつつあるこの頃。
城内は変化なく、クラロの日常も変わらない。普通ということは、つまりは平和だということ。
望まぬ接触から早三日が過ぎたが、侵入した反逆者たちが処刑されているだとか、見世物になっているだとか。
そんな余興が行われる気配もなければ噂もなく、淫魔にとってはつまらぬ日々の延長といったところ。
クラロにとっても大した日数ではないが、来ると信じて待ち続けている彼らにとっては耐えがたい時間だろう。
文字通り死ぬような思いをして、ようやく見つけた本人が無視するとは思っていないだろう。
最初は敵の目を盗んで来ると思って信じて、次に抜けられない事情があるのかと勘ぐり。最後には、端から来る気がなかったのだと気付く。
それまであと何日。いや、何週間かかるだろう。その頃にはあの男も行動を起こし、クラロはそれどころではなくなっている。
やがては、会ったこと自体を忘れてしまうだろう。薄情だと思われるだろうが、下手に関わり希望を持たせるよりはよほどマシ。
あの場でも関わるなと言えばよかったのかもしれないが、周囲に気付かれたくないという気持ちを汲めば、あの対応が最善だった。
そう、クラロとあの男の遊びと同じ。分かっていても、効率的だと知っていても、付き合わなければならなかった場面。
自分たちと違うのは、まだ彼らが無駄だと気付いていないこと。それをクラロが知らせるつもりもないということ。
このまま諦めてくれることを願いたいが、彼らの目的を考えれば望みは薄い。近いうちに、もう一度接触を図ってくるに違いない。
前回は城壁に近い、淫魔も寄りつかぬ郊外だったからこそ叶った対話。淫魔に避けられているクラロであっても、そう何度も向かう場所ではない。
先日も新人が全滅したから、仕方なくクラロが向かっただけのこと。
そう、偶然が重なった結果、クラロに接触できた。だから、彼らは幸運だった。
出会えた理由はそれで片付けるとしても、疑問はまだ残っている。
なぜクラロだと分かったのか。なぜ、ここでの偽名を知っていたのか。故郷の村のことを知っていたのは、なぜなのか。
ミステリーのようだが、答えは至極単純。可能性を探るだけ無駄なことだと、疲労感に任せるまま欠伸を一つ。
あれから夢見が悪く、快眠とは言い難い有様。悪夢で目覚めるなんて今に始まったことではないが、連日となるとさすがに堪えるものがある。
蓄積された疲れは体力にも精神にもよくない。明日も朝から早いうえに、いつあの男に絡まれるか分からないのだ。
できるかぎり万全でいたいと望むことも、クラロの無駄な抵抗の一つでしかない。
分かっていても願わずにはいられず、それも彼らに重なる部分があるのかと、思考は延々と巡り回る。
再び始まろうとした脳内を止めたのは、唇に当たった固い感触。もう身体の一部と化してしまった、件の異物。
夕日に反射する鈍い光。どれだけ凝視しようと中身が見えることも、あの男の思惑も知れるわけもなく。出たのは欠伸ではなく溜め息。
……いや、これこそ悪循環でしかない。
考えるだけ無駄だと振り払い、早く戻ろうと足を進める。
既に淫魔の影はなく、他の奴隷の姿もない。奴隷の寄宿舎、と言っても用意されているのは淫魔が使わない別館のことだ。
忍び込むにはあまりにリスクが高すぎる。だから油断していたのだ。
たった三日、されど三日。
それが、彼らを行動に駆らせるだけの十分な期間であると。その自覚すら抱いていなかった。
「っ、な――!」
「静かにっ!」
腕を掴まれた。そう思った瞬間には、物陰に引き摺り込まれていた。
羽交い締めにされ、口は押さえられて息もできず。鼻から抜ける悲鳴に被せるよう、抑えた声に被せられる。
暴れた腕はビクともせず、背中に伝わる体格から鍛えられていることを知る。
二人がかりで押さえ込まれ、口を塞ぐ姿に目を見開く。まだクラロの記憶に新しい顔は、間違いなく三日前に会ったばかりの男。
「落ち着いてくれクラロ、危害をくわえるつもりはない。俺たちはあんたの味方だ」
「お前を助けに来たんだ」
周囲を警戒し、潜めた声でもこの距離では十分過ぎるほどに伝わる。
抵抗を止めたのは信じたのではなく、その耳を疑ったからだ。
味方? 助ける? ……なんと馬鹿馬鹿しい。
たった三日で強硬手段に出るとは。向かわないのは、この城から出られないからと解釈したのか?
もし本気でそう考えているのなら、馬鹿を通り越して愚かでしかない。情報不足を露見しているだけだ。
あるいは気付いていて知らぬフリをしているのか。どちらにせよ、その言葉はクラロにとって不快でしかない。
あの淫魔も、この男たちも、揃いも揃って同じ事ばかり。
「ともかく一緒に来てくれ。お前の仲間も一人、こちらで保護している」
一度目は同情から見逃した。協力するフリをして、早く立ち去らせたのは面倒を避けたかったのもある。
だが、害が及ぶなら話は別だと噛み付こうとして、不可解な言葉に眉を寄せる。
「金髪で、青い目の……そう、たしかエリオットと言ったはずだ。お前の後輩の」
口を塞がれていなければ、その名を復唱していただろう。
理解できない。なぜそこでエリオットの名が? 彼を保護している? 一体、どうやって?
なぜ彼らと関わりが? いいや、問題はそれではなく、彼が奴らと共にいるという事実。
仲間と誤解されている経緯はともかく、自ら望んで向かったのでなければ……彼はクラロのせいで拉致されているということ。
先輩と呼ぶ姿が脳裏をよぎる。
確かに見捨てたことは事実。淫魔から助けなかったことも否定できない。
……だが、これは。今回は違う。あってはならないことだ。絶対に。
「とにかく、詳しい話は後で。……ついてきてくれるな?」
拒否権はなく、頷いたことで解放された口から出る叫びもない。
面倒なことになった、と込み上げた息は腹の奥に落ち。グツグツと沸く熱は、地を踏みつけた程度で治まることはなかった。
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