白ウサギはアリスの再来に恐怖する

果桃しろくろ

文字の大きさ
2 / 5

02

しおりを挟む
◆ ◇ ◆ ◇

 白ウサギは、ソ―ッと例の穴から顔を出して、左右確認をした。

「右よし! 左よし!」

 自慢の白くて長い耳は、帽子屋から無理矢理借りた帽子で隠していた。そっと、穴からはい出て、腰をおとしつつ立ち上がろうとしたら

「ウ―ワンワンワンワン!」

 けたたましい音量で吠え上げた犬が、白ウサギをロックオンしていた。

「ひいぃぃぃぃ!!」

 もう一度、穴に戻ろうとした時、帽子を犬に奪い取られる。

「ああ!」

 もし帽子を無くしでもしたらあの気狂い帽子屋に何をされるか分からない。奪い返そうと帽子のつばを噛んでいる犬と引っ張り合いっこをしていたら、背中に耳心地が良いテノールの声が響いた。

「ルイス! ストップ!」

 青年にルイスと呼ばれた犬は、名残惜しそうにつばを噛むのをやめ、そのまま伏せのポーズをとる。白ウサギは犬の涎まみれになったつばを、自分の袖で拭い、慌てて青年にお礼を言おうと向き合った。
 目の前の青年は、長めの金髪を緩く一つにまとめ、瞳は蒼く輝き人の目を捉えて離さない。白シャツに水色のショールを首に巻き、白いズボンを履いていた。木漏れ日の光を背中に受けて、キラキラと容姿を引き立たせる演出は、まるで物語の王子様のようだった。
 しかし、それに白ウサギは既視感を感じさせる。

「久しぶり、白ウサギ」

 眩しい笑顔を向けられた白ウサギのシッポは、本能的にボムッと膨らむ。

「……ッ!!」

 いや、まさか。
 だって、あの子供は……。

「もしかして、私の事を忘れた? 私は……」
 
目の前の青年が、全部のセリフを言い終わる前に、白ウサギは穴に飛び込んだ。

「まさか! まさか!」

 身体が大きくなったり小さくなったりする不思議な飲み物やケーキが置いてある広間を飛びぬけ、ドアに鍵をかけ、途中で会ったネズミやドードー鳥にも一瞥もせず走りに走った。公爵夫人に匿って貰おうという事だけを考えて。
 息を切らしながらも、公爵夫人の家に着いた白ウサギ。

「遅いよ」

 そう言うなり、不機嫌顔をした公爵夫人に、すぐさま赤ん坊を押し付けられた。白ウサギの息も整わないうちに、公爵夫人と料理女の二人はハートの王女とのクロケー遊びに出かけて行った。

「ハァ、ハァ、ハァ……公爵夫人~っ」

 それどころじゃない白ウサギは、赤ん坊を抱っこしながら右往左往で半泣きである。白ウサギの腕の中で赤ん坊は「ブウブウ」と泣きはじめ、とうとう子豚になり、家が揺れるくらいに泣き出す始末。慌てておしゃぶりを口に咥えさせ、ベビーベッドを揺らして寝かしつけた。

「はぁ~」

 そのままその場に、へたり込む白ウサギ。
 “狂ったお茶会”の3653回前。つまり10年と1日前の事。今日と同じように公爵夫人の元に行く途中、突然追いかけてきたあの子供。
 無邪気な顔をして、身体が小さくなる飲み物をトランプの兵隊たちに飲ませ、全員を池に落っことした。ハートの女王の大事にしている薔薇を全部ピンク色に塗り替えた。そして全部切り取り花束にして白ウサギに押し付けた。“狂ったお茶会”のお菓子を身体が大きくなるケーキに差し替えた。その結果、巨大化した帽子屋と三月ウサギが奇声を上げながら、お茶会の道具を破壊した。グリフォンにネコを襲わせ、あのチェシャ猫の頭をグルグルと回した。代用ウミガメをクロッケーで転がし、ハリネズミ達も逃げ出した。他にも数多くの被害を不思議の国にもたらしながら子供の視線の先にはずっと白ウサギがいた。
 王様の機転がきいて、運よくトランプ達の力でこの世界から追い出せたのだが……。
 白ウサギはしばらく子供の眼が、獲物を狙うあの蒼眼が忘れられなかった。愛くるしい顔のはずなのに、あのチェシャ猫にも負けないニヤニヤ顔で、白ウサギを捕まえ、抱き着き、くっついて離れなかった子供。
 しばらくの間、白ウサギは悪夢にうなされていた。
 思い出すだけで、ブルブルと小刻みに震える身体にボムッと膨らむシッポ。早く時間が過ぎろと目をギュッとつぶっていると、無情にも、扉のある方向からあの声が聞こえた。

「見ぃつけた」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...