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第四話 ネズミの世話係
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彼は腰にぶら下げた無数の鍵を手探りで判別し、次々とドアを開けて行った。初めは葉巻屋のバーカウンターの奥の扉だった。次はスーツを着た人々が集う静かなバーで、次はグランドピアノが置いてあるバーで、次は…もう覚えていられなかった。しかし、ほとんどがバーだったことは覚えている。中にはさっきのレストランの地下室もあった。こんなにも1枚のドアで繋がっているだなんて…。
私は彼の手元をずっとランタンで灯していた。彼はドアを開けるたびに私に話しかけてきた。
「エナって名前なんだね。僕はレイ」
またドアが開いた。私は頷く。
「僕はエナが来てくれるって絶対思っていたよ」
またドアが開いた。私は頷く。
「ライターはエナにあげる。無くさないでね」
またドアが開いた。私は頷く。
「エナも僕も本当はこの夢の住人ではない」
またドアが開いた。私は頷く。
「だからこのことは誰にも言わないで欲しい」
またドアが開いた。私は頷く。
「それと、この夢は売らないで欲しい」
またドアが開いた。これが最後のドアだった。
真っ暗な部屋に巨大なスクリーン。そこに煌々と映し出されているものは、私もインターネットで見たことのあるドリーム・オフのCMだった。
“ハッピーな夢はもちろんのこと、
バッドな夢も買い取りいたします。
ご連絡後、すぐに自宅へ伺います。
ドリーム・オフ♪”
「これは、何!?…レイってドリーム・オフの会社の人!?」
私が堪らず大声を上げると、レイは少し驚いたような表情をした。が、すぐにクスクスと笑い出した。しばらく様子を伺っていると、レイは腹を抱えて笑い出した。呆然とする私の隣でひとしきり笑った彼は、「ごめんごめん」と、一息つき長い前髪をかき上げた。
「…エナ、あの会社が買い取った後の夢がどうなっていくのか知ってる?」
と尋ねてきた。
彼の目は想像していたより切れ長で、鋭い視線だった。それに射止められた私は口を噤み、首を横に振った。
すると、彼は「見てて」と彼は古いプロジェクターを操作する。
スクリーンに買い取られた夢の入った箱が車に乗せられる映像が映った。車内では数名のスタッフが箱に何かの測定器の針を刺している。
「あれで夢の純度を測るんだ。そして買取査定終了。依頼者に即入金」
「ふーん…」
次は工場の映像が流れた。段ボールがコンベアーの上を流れて行くと、大きな機械の中に入り、潰された段ボールが吐き出された。
機械の中で夢を固体化させて砕いて熱し、棒で巻き取り、夢は綿飴状に作り替えられた。それを長方形の布に目一杯詰めてゆくと、私も見たことがあるものに形を変えた。
「え…、夢って枕の中綿になるの?」
それは寝心地の良さそうな枕だった。私はプロジェクターの横に座り込むレイに視線を落とした。
「基本的にはね。主に大きな病院の病棟用枕にするのが最近の流行り。病気の回復が早くなるんだってさ」
そう言うと、彼はゆっくりと立ち上がった。
「私、全然知らなかった。なんかすごいね。医学の進歩って感じ」
「…そう思った?」
「え?」
するとレイはプロジェクターの電源を落とした。当たりが暗くなり、ランタンの橙色の明かりがぼんやり周囲を照らす。
「いい夢は高く売れるでしょ?悪い夢はどうなると思う?」
「…悪い夢?」
レイは私の目の前をゆっくりと歩みなら語り始めた。
「君は悪い夢を見ないから、よくわからないかもしれないけど…。けど、あの会社は悪い夢も買い取ってるでしょ、随分な安値で。実はあの会社、悪い夢も枕にしてるんだ。一般家庭向けの。…悪い夢で出来た枕を長期間使うと不眠から始まり、その他多くの人体面への影響が出るんだ。そうすると病院に入院する人が増える。退院するとまた悪い夢で出来た枕を使用するわけだから、体調を崩して再入院になる」
「それ、本当なの?」と、私が訊ねると、
「あぁ、もちろん」と彼は頷き、
「僕はここ一年、どうにか悪い枕を処分することは出来ないのかなって、ずっと研究をしてたんだ。あ、僕だけじゃなくこの街で出会った名前のあるパートナー達とね。」と言った。そしてレイは続けた。
「さっき会っただろう。葉巻屋のカウンターの女の人。あれは元パートナーでね。」
「え、でも彼女は名前がないって言ってたけど…」
「…今はね。彼女は夢の中をバイクで移動出来たから、僕はタッグを組んでたんだ。けど、僕らは作戦に失敗した。今はこの夢に閉じ込められて、彼女は名前も記憶もなくなってしまってる」
「そんな…夢に閉じ込められるって…」
「…現実世界に戻れなくなるってこと。ちなみに僕もこの夢に閉じ込められているんだけどね。僕がこの街の外に行く移動手段を持ってないからか、ランタンの性能が低いからなのか、例外として僕は名前も記憶も残ってるけど。でもね、この夢の外…現実世界では僕も彼女も原因不明の昏睡状態で入院しているんだよね」
「…え…?昏睡状態で入院?」
「あとはー、さっきの葉巻屋の俺の隣にいた刺青のやつも元パートナー。あとは二番目の扉のバーの右側に居た男の人も元パートナー。あとはさっき通ったジャズバーのピアニストも元パートナーだし、あとは……」
レイは元パートナーの数を両手で数え始める。私は震える両手でランタンを持ち、折られたり立てられたりする彼の指先を見つめた。
「…エナが二十四人めのパートナーだ!!」
そう言うとレイは私からランタンを取り上げ、私に右手を差し出した。
「よろしく。君には夢をいい方にコントロール出来る力がある。今回は必ず上手くいく…君が望むならね」と彼は微笑んでいた。
しかし、私はレイの手を握り返すことは出来なかった。
「…エナ?」
彼は首を傾げ、私の顔を覗き見た。
「私…私もう、帰りたい」と、そんな私がなんとか発したのは自分でも驚くほど掠れた声だった。
そんな私の様子を見てレイは苦笑した。細い目を更に目を細め、「まいったなぁ、まいったなぁ~…」と、頭をかいた。彼の腰に下げた鍵たちが綺麗な音を鳴らしたと思うと、彼は私の肩を抱き寄せた。
私は驚いて彼の腕の中で身を縮めた。レイはランタンを顔の前で掲げると、
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか」と言った。
私を見下ろす彼は、橙色の光に包まれた柔らかい笑みを浮かべていた。そして彼はランタンの炎を吹き消した。
すると視界が真っ暗になり、自分の指先さえもどこにあるかわからなくなった。暗闇で不安がよぎりそうになった時、レイが私の肩を支えてくれているような気がした。二人で闇の中をゆっくりと降下していった。
目を閉じ、ゆらゆらと心地いい揺れに身を任せる。私はいつの間にか小舟の縁に座っていた。目を開けると朝焼けに染まった空があった。少し肌寒い早朝の川を下っている。足元には炎の消えたランタンとレイの頭があった。彼は仰向けになり綺麗な顔をして眠っている。だが彼の脚は私の小舟からはみ出している。
「死体を運んでるみたいで、なんだか気分良くないな…」
私は片手で銀のライターを弄んでいた。
私はまだ彼と話したい気分じゃなかった。
彼の話が本当なら、今日の夢は売り物に出来ない。でも私は早く奨学金を返済したい。それに万が一、私も夢に閉じ込められてしまったらと考えると恐ろしかった。
上空からカラスの鳴き声がしたので私は顔を上げた。すると空中を滑るようにカラスがレイの胸のあたりにとまった。そしてカラスは彼のことを幾度もついばもうとした。
「ダメ、その人は死んでないの」
と、私が声をかけるとカラスは困ったような目を向けてきた。半分透けているレイの体は食糧にすることは出来ない。カラスはすぐにどこかへ飛び去った。
レイは“性能の低い”と言っていたが、このランタンは夢と夢を飛び越えてどこへでも行けるようだ。まさかこの舟の上にまで連れて来られるとは思いもしなかった。もしかしたら、レイと一緒に私はこの夢の中で上手く立ち回れるかもしれない。
『これからよろしくお願いします、レイのこと』と私に言った、葉巻屋の女性。彼女がランタンを差し出した時の困ったような顔を思い出す。
レイは夢の中に閉じ込められてしまった元パートナーたちの安全を見守っているように思う。きっとみんなが目を覚ますまで彼はずっとそのつもりでいるのだろうと。
悪い枕を処分するとはどういう事なのだろうか。それは現実世界で昏睡状態の人々を助けることにつながるのだろうか。と、そうこう考えているうちに陽が昇ってしまいそうだ。
私はライターの火をランタンに灯した。
「…起きて、レイ」
レイは薄っすらと目を開け、「あぁ、まだ帰ってなかったんだね」と、呟いた。
「私、どうすればいいかわからないの。悪い枕をどう処分するとか知らないし……奨学金の返済があるからドリーム・オフのバイトは続けないと生活きついし…。」
レイは起き上がり、私の目の前であぐらを描いて座っていた。そして私の話に何度か頷いた。
「……んー?エナはお金が欲しいの?」
「そりゃそうよ…夢の中で手にしたお金なんて現実では意味ないんだから」
私がため息まじりにそう言うと、レイは首を傾げた。
「…夢の中のお金も振り込めるよ、現実世界の口座にね…。噴水広場の手前を曲がった銀行のATMから」
「え!そんなこと出来るの?私、まだ行ったことない!」
驚いた私はレイの方に身を乗り出した。すると彼も驚いたようで少し目を見開いた。が、すぐに笑った。
「じゃあ今度一緒に行こう。僕一人では行けないから…。それに、その隣の喫茶店のレモンケーキも美味しいんだ…」
レイはしばらく饒舌にレモンケーキの美味しさについて語っていた。しかし、ふと彼は我に返ったように私に交渉を持ちかけてきた。
「今回の作戦がうまく行ったら…お給料出すよ。奨学金はあといくら返さなきゃいけないの?」
そう訊ねられ、私は俯きながらぶっきらぼうに呟いた。
「……四百万円」
「わかった、全部終わったら一括で払うよ」
「えっ!?」
私は思わず顔を上げ彼を見ると、その目は真剣そのものだった。
「あはは、僕は本気だよ。悪い話じゃあないでしょ」
レイは脚を組み直し右手を私に向けて差し出した。
「じゃあ仲直りしよう。まぁ、君も望んでくれてたらだけど…」
差し出したままの彼の手をしばらく呆然と見つめていると、彼は少し居心地が悪そうに頬を掻いていた。
私はそんな彼の姿がなんだか可愛らしく思えてきて、声を出して笑った。そして不思議そうな顔をして私を見つめる彼の手をとった。
私とレイは朝焼けに照らされる小舟に揺られながら、握手を交わした。
私は彼の手元をずっとランタンで灯していた。彼はドアを開けるたびに私に話しかけてきた。
「エナって名前なんだね。僕はレイ」
またドアが開いた。私は頷く。
「僕はエナが来てくれるって絶対思っていたよ」
またドアが開いた。私は頷く。
「ライターはエナにあげる。無くさないでね」
またドアが開いた。私は頷く。
「エナも僕も本当はこの夢の住人ではない」
またドアが開いた。私は頷く。
「だからこのことは誰にも言わないで欲しい」
またドアが開いた。私は頷く。
「それと、この夢は売らないで欲しい」
またドアが開いた。これが最後のドアだった。
真っ暗な部屋に巨大なスクリーン。そこに煌々と映し出されているものは、私もインターネットで見たことのあるドリーム・オフのCMだった。
“ハッピーな夢はもちろんのこと、
バッドな夢も買い取りいたします。
ご連絡後、すぐに自宅へ伺います。
ドリーム・オフ♪”
「これは、何!?…レイってドリーム・オフの会社の人!?」
私が堪らず大声を上げると、レイは少し驚いたような表情をした。が、すぐにクスクスと笑い出した。しばらく様子を伺っていると、レイは腹を抱えて笑い出した。呆然とする私の隣でひとしきり笑った彼は、「ごめんごめん」と、一息つき長い前髪をかき上げた。
「…エナ、あの会社が買い取った後の夢がどうなっていくのか知ってる?」
と尋ねてきた。
彼の目は想像していたより切れ長で、鋭い視線だった。それに射止められた私は口を噤み、首を横に振った。
すると、彼は「見てて」と彼は古いプロジェクターを操作する。
スクリーンに買い取られた夢の入った箱が車に乗せられる映像が映った。車内では数名のスタッフが箱に何かの測定器の針を刺している。
「あれで夢の純度を測るんだ。そして買取査定終了。依頼者に即入金」
「ふーん…」
次は工場の映像が流れた。段ボールがコンベアーの上を流れて行くと、大きな機械の中に入り、潰された段ボールが吐き出された。
機械の中で夢を固体化させて砕いて熱し、棒で巻き取り、夢は綿飴状に作り替えられた。それを長方形の布に目一杯詰めてゆくと、私も見たことがあるものに形を変えた。
「え…、夢って枕の中綿になるの?」
それは寝心地の良さそうな枕だった。私はプロジェクターの横に座り込むレイに視線を落とした。
「基本的にはね。主に大きな病院の病棟用枕にするのが最近の流行り。病気の回復が早くなるんだってさ」
そう言うと、彼はゆっくりと立ち上がった。
「私、全然知らなかった。なんかすごいね。医学の進歩って感じ」
「…そう思った?」
「え?」
するとレイはプロジェクターの電源を落とした。当たりが暗くなり、ランタンの橙色の明かりがぼんやり周囲を照らす。
「いい夢は高く売れるでしょ?悪い夢はどうなると思う?」
「…悪い夢?」
レイは私の目の前をゆっくりと歩みなら語り始めた。
「君は悪い夢を見ないから、よくわからないかもしれないけど…。けど、あの会社は悪い夢も買い取ってるでしょ、随分な安値で。実はあの会社、悪い夢も枕にしてるんだ。一般家庭向けの。…悪い夢で出来た枕を長期間使うと不眠から始まり、その他多くの人体面への影響が出るんだ。そうすると病院に入院する人が増える。退院するとまた悪い夢で出来た枕を使用するわけだから、体調を崩して再入院になる」
「それ、本当なの?」と、私が訊ねると、
「あぁ、もちろん」と彼は頷き、
「僕はここ一年、どうにか悪い枕を処分することは出来ないのかなって、ずっと研究をしてたんだ。あ、僕だけじゃなくこの街で出会った名前のあるパートナー達とね。」と言った。そしてレイは続けた。
「さっき会っただろう。葉巻屋のカウンターの女の人。あれは元パートナーでね。」
「え、でも彼女は名前がないって言ってたけど…」
「…今はね。彼女は夢の中をバイクで移動出来たから、僕はタッグを組んでたんだ。けど、僕らは作戦に失敗した。今はこの夢に閉じ込められて、彼女は名前も記憶もなくなってしまってる」
「そんな…夢に閉じ込められるって…」
「…現実世界に戻れなくなるってこと。ちなみに僕もこの夢に閉じ込められているんだけどね。僕がこの街の外に行く移動手段を持ってないからか、ランタンの性能が低いからなのか、例外として僕は名前も記憶も残ってるけど。でもね、この夢の外…現実世界では僕も彼女も原因不明の昏睡状態で入院しているんだよね」
「…え…?昏睡状態で入院?」
「あとはー、さっきの葉巻屋の俺の隣にいた刺青のやつも元パートナー。あとは二番目の扉のバーの右側に居た男の人も元パートナー。あとはさっき通ったジャズバーのピアニストも元パートナーだし、あとは……」
レイは元パートナーの数を両手で数え始める。私は震える両手でランタンを持ち、折られたり立てられたりする彼の指先を見つめた。
「…エナが二十四人めのパートナーだ!!」
そう言うとレイは私からランタンを取り上げ、私に右手を差し出した。
「よろしく。君には夢をいい方にコントロール出来る力がある。今回は必ず上手くいく…君が望むならね」と彼は微笑んでいた。
しかし、私はレイの手を握り返すことは出来なかった。
「…エナ?」
彼は首を傾げ、私の顔を覗き見た。
「私…私もう、帰りたい」と、そんな私がなんとか発したのは自分でも驚くほど掠れた声だった。
そんな私の様子を見てレイは苦笑した。細い目を更に目を細め、「まいったなぁ、まいったなぁ~…」と、頭をかいた。彼の腰に下げた鍵たちが綺麗な音を鳴らしたと思うと、彼は私の肩を抱き寄せた。
私は驚いて彼の腕の中で身を縮めた。レイはランタンを顔の前で掲げると、
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか」と言った。
私を見下ろす彼は、橙色の光に包まれた柔らかい笑みを浮かべていた。そして彼はランタンの炎を吹き消した。
すると視界が真っ暗になり、自分の指先さえもどこにあるかわからなくなった。暗闇で不安がよぎりそうになった時、レイが私の肩を支えてくれているような気がした。二人で闇の中をゆっくりと降下していった。
目を閉じ、ゆらゆらと心地いい揺れに身を任せる。私はいつの間にか小舟の縁に座っていた。目を開けると朝焼けに染まった空があった。少し肌寒い早朝の川を下っている。足元には炎の消えたランタンとレイの頭があった。彼は仰向けになり綺麗な顔をして眠っている。だが彼の脚は私の小舟からはみ出している。
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私は片手で銀のライターを弄んでいた。
私はまだ彼と話したい気分じゃなかった。
彼の話が本当なら、今日の夢は売り物に出来ない。でも私は早く奨学金を返済したい。それに万が一、私も夢に閉じ込められてしまったらと考えると恐ろしかった。
上空からカラスの鳴き声がしたので私は顔を上げた。すると空中を滑るようにカラスがレイの胸のあたりにとまった。そしてカラスは彼のことを幾度もついばもうとした。
「ダメ、その人は死んでないの」
と、私が声をかけるとカラスは困ったような目を向けてきた。半分透けているレイの体は食糧にすることは出来ない。カラスはすぐにどこかへ飛び去った。
レイは“性能の低い”と言っていたが、このランタンは夢と夢を飛び越えてどこへでも行けるようだ。まさかこの舟の上にまで連れて来られるとは思いもしなかった。もしかしたら、レイと一緒に私はこの夢の中で上手く立ち回れるかもしれない。
『これからよろしくお願いします、レイのこと』と私に言った、葉巻屋の女性。彼女がランタンを差し出した時の困ったような顔を思い出す。
レイは夢の中に閉じ込められてしまった元パートナーたちの安全を見守っているように思う。きっとみんなが目を覚ますまで彼はずっとそのつもりでいるのだろうと。
悪い枕を処分するとはどういう事なのだろうか。それは現実世界で昏睡状態の人々を助けることにつながるのだろうか。と、そうこう考えているうちに陽が昇ってしまいそうだ。
私はライターの火をランタンに灯した。
「…起きて、レイ」
レイは薄っすらと目を開け、「あぁ、まだ帰ってなかったんだね」と、呟いた。
「私、どうすればいいかわからないの。悪い枕をどう処分するとか知らないし……奨学金の返済があるからドリーム・オフのバイトは続けないと生活きついし…。」
レイは起き上がり、私の目の前であぐらを描いて座っていた。そして私の話に何度か頷いた。
「……んー?エナはお金が欲しいの?」
「そりゃそうよ…夢の中で手にしたお金なんて現実では意味ないんだから」
私がため息まじりにそう言うと、レイは首を傾げた。
「…夢の中のお金も振り込めるよ、現実世界の口座にね…。噴水広場の手前を曲がった銀行のATMから」
「え!そんなこと出来るの?私、まだ行ったことない!」
驚いた私はレイの方に身を乗り出した。すると彼も驚いたようで少し目を見開いた。が、すぐに笑った。
「じゃあ今度一緒に行こう。僕一人では行けないから…。それに、その隣の喫茶店のレモンケーキも美味しいんだ…」
レイはしばらく饒舌にレモンケーキの美味しさについて語っていた。しかし、ふと彼は我に返ったように私に交渉を持ちかけてきた。
「今回の作戦がうまく行ったら…お給料出すよ。奨学金はあといくら返さなきゃいけないの?」
そう訊ねられ、私は俯きながらぶっきらぼうに呟いた。
「……四百万円」
「わかった、全部終わったら一括で払うよ」
「えっ!?」
私は思わず顔を上げ彼を見ると、その目は真剣そのものだった。
「あはは、僕は本気だよ。悪い話じゃあないでしょ」
レイは脚を組み直し右手を私に向けて差し出した。
「じゃあ仲直りしよう。まぁ、君も望んでくれてたらだけど…」
差し出したままの彼の手をしばらく呆然と見つめていると、彼は少し居心地が悪そうに頬を掻いていた。
私はそんな彼の姿がなんだか可愛らしく思えてきて、声を出して笑った。そして不思議そうな顔をして私を見つめる彼の手をとった。
私とレイは朝焼けに照らされる小舟に揺られながら、握手を交わした。
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