訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

文字の大きさ
81 / 123
第6章

8話 恋愛初心者夫婦の街歩き ~予期せぬサプライズ~

しおりを挟む


 街角の雑貨屋で見付け、ほとんど一目惚れに近い形で購入したバレッタを、アドラシオン手ずからハーフアップにした髪に飾ってもらい、ニアージュは舞い上がらんばかりに喜んでいた。

 やや大振りの楕円形の枠の中、バラの透かし彫りを施した上で漆を塗ってあるバレッタは、艶やかな光沢を持つ黒が美しく、ちょっとした普段使いのドレスにならば、違和感なく普通に合わせられるほどのクオリティを備えている。

 それでいて購入価格は、宝石や貴金属類を使って作られた髪飾りの約10分の1程度というのだから、アドラシオンとしては驚嘆するばかりだった。

 これはもはや、付け焼き刃の技術や技量では決して作り上げられない、名うての職人による芸術品と言っても過言でないと感じた為、尚更である。

 だが、それと同時に、どことなく自領に住まう職人の腕を軽んじられているような気分になり、「この出来栄えならば、もっと金額を上乗せしてもよいのではないのか?」と、ついつい真剣な面持ちで店主に問うた所、それを聞いていたニアージュにやんわりと止められてしまう。

「旦那様、これでいいんですよ。これ以上値を釣り上げると、平民の女の子達が買えなくなってしまいます。職人達だって、平民の目線で見れば、決して安い賃金で仕事をしている訳ではないんですから。何も問題はありません」

 そんな風に苦笑しながらたしなめられ、アドラシオンは少しばかり恥じ入る事となった。

 言われてみればその通りである。
 そもそも今回ニアージュの為にと購入した、バレッタを始めとした木工工芸品は、貴族ではなく平民相手の売り物なのだ。

 平民とは金銭感覚も年収も大幅に異なる上位貴族の自分が、いつもの感覚のまま横から口を挟んでいい事ではなかった。

 ニアージュの指摘に、成程、確かにその通りだと思い直し、店主に非礼を詫びると、店主は恐縮しながら「謝ってもらうような事なんざ、言われてませんよ」と、同じように苦笑する。

「むしろ、ウチの職人の腕をそんなにまで高く評価して頂いて、光栄ってなもんです。ご領主様のお言葉を聞いたら、きっとみんな喜びますよ。「俺達は、お貴族様のお眼鏡に叶うほどの品を作ってるんだ」、ってね!

 そもそも、ウチみてぇなこぢんまりした店に、ご領主様と奥方様が足を運んでくれたってだけでも、相当な自慢の種になるくらいです。平民向けの、パッとしねえ品ばっかだってのに」

「そうご自分のお店や商品を卑下なさらないで下さい。ここに置いてあるのは、どれも素敵な品ばかりですよ。私も思わず、誕生日のプレゼントとして、旦那様にねだってしまったくらいですから」

「おや、奥方様は今日が誕生日で?」

「あー、ええと、ちょっと色々訳があって、私の誕生日はもうきちんと祝えないまま過ぎてるんですけど……旦那様が、せめて誕生日のプレゼントはどうしても贈りたい、と仰ってくれたので……。だから今日、こうして街に出て来たんです」

「そうだったんですか。そういや先月から、どこぞの侯爵様とそのご子息がウチの領でお亡くなりになった、とか言う件で、しばらくあちこち騒がしかったみてぇですし、それが原因なんですかね?」

「え、ええ。そのようなものです」

「そうですか。そりゃあ奥方様もお気の毒でしたねえ。そんじゃあここはウチからも、奥方様の誕生日のお祝いをプレゼントさせて頂きましょう。
 ……そうですね……これなんていかがですか? ウチの職人の最新作で、最高傑作なんですよ!」

 アドラシオンとニアージュの来店理由を知った店主が、奥の棚から引っ張り出した小箱には、ペンダントがひとつ入っていた。
 ダイヤモンドを模した形状に削り出したガラス玉をはめ込んである、小さなユリのペンダントだ。

 ペンダントトップのユリは透明感のある白だが、光の加減で淡い七色に光って見える。恐らく、貝殻を削り出して成型した物なのだろう。
 光を受けてキラキラと輝く、ブリリアントカットを施されたガラス玉と相まって、可愛らしくも気品ある意匠に仕上がっていた。

「わあ、可愛くて綺麗なペンダント! ……ですが、こんな素敵な物、タダでは頂けません。私達はあなた方領民の生活を支えるのが仕事なのですし、きちんと代金をお支払いするのが筋なのでは」

「いえいえ! どうかお気になさらず! 俺達はいつも、ご領主様の手腕のお陰で平穏に暮らせてるんです、偶にはなにかお礼をしたいじゃねえですか。

 それに、奥方様が今お着けになってるそのバレッタもこのペンダントも、実は俺の甥っ子の作品でして。そのバレッタをお買い上げ頂けた上、この場で身に付けるほど気に入って頂けて……本当に嬉しいんですよ」

「そうだったのか。そこまで言ってもらえるのなら、遠慮なく頂戴しよう、ニア」

「そうですね。分かりました。店主さん、本当にありがとうございます。大切に使わせて頂きますね」

「ええ、ええ。さあどうぞ、奥方様。そのペンダントもきっと喜ぶでしょう!」

 差し出された小箱を笑顔で受け取ったニアージュに、店主も満面の笑みを浮かべる。

「はあ……。こうして間近で見るとますます素敵です。私、こういうデザイン好きなんですよね。旦那様、着けて頂けますか?」

「ああ、勿論だとも。しかし……あなたの甥御という事は、まだ年若い方なのだろう? にも関わらず、ここまでの品を作り上げるとは素晴らしい。これからも、末永く我が領内で活躍し続けて欲しいものだ」

「は、はいっ! ――ありがとうございます。ご領主様のお言葉、しっかりウチの甥っ子に伝えておきますんで!」

 浅黒い肌をした顔をくしゃくしゃにして笑う店主に、アドラシオンも微笑みながら「よろしく頼む」とうなづく。

 その流れで、もらい物のペンダントをニアージュに着けてやると、そのペンダントは若草色のシンプルなドレスに不思議とよく合った。何の違和感もない。
 そして何より、心から嬉しそうに笑うニアージュに、とてもよく似合っていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...