訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

文字の大きさ
82 / 123
第6章

9話 驚天動地の事件発生 前編

しおりを挟む


 雑貨屋の店主から、思いもかけぬサプライズプレゼントをもらったニアージュは、アドラシオン共々店主に対して丁寧な礼を述べたのち、店を後にした。

 その後も2人、街の目抜き通りを並んでそぞろ歩けば、通りかかる店の店主や店員達が、時折親し気に声をかけてくれる。
 アドラシオンの傍らを歩くニアージュは、知らず笑みを浮かべていた。

 こんな風に領民が自分達に目を向け、心を寄せてくれるのは、アドラシオンが領民達から慕われている、何よりの証左。アドラシオンが常日頃から領民達の暮らし向きに気を配り、善政を敷いているからこその反応だ。

 以前から知ってはいたが、それでもこうして領民達の反応を見ていると、アドラシオンがいかに素晴らしい領主であるかが一層よく分かる。

 邸の使用人や侍女達、アルマソンもまた、その事実をよくよく理解しているからこそ、アドラシオンの役に立てる事を喜びとし、アドラシオンの為、骨身を惜しまず働いているのだろう。

 そしてニアージュもまた、正式な妻ではなくとも、大なり小なりその身を支える立場にある者として、とても嬉しく、誇らしい心持ちになる。

 頭の片隅でついチラッと、契約妻としてお役御免になった後も、あの屋敷で旦那様の為に働けたらいいのになあ、などと思ってしまうくらいには。

(そんなの実際には、問題があり過ぎて無理なのは分かってるけどね。
 ――ま、今はそんな先の事にばっかり意識を向けてないで、今を楽しんで喜ぼう。これは今しか味わえない幸せなんだもの、スルーなんてしたらもったいないわ)

「? どうしたんだ? ニア。なんだか嬉しそうだな?」

「ふふっ。ええ、その通りです。私今、とても嬉しいんですよ。こうして一緒に街を歩いているお陰で、旦那様が立派な方だと、改めて実感できましたから」

「……! そ、そういう、ものなんだろうか」

「それは勿論。旦那様を大なり小なり支えている自負がある身として、これほどの自慢はありません。きっと邸のみんながこの場にいたなら、私達はこの方に仕えているんだぞって、鼻高々になったと思います。

 やっぱり仕えている側からすれば、お仕えしている方が立派だというのは、とても誇らしい事ですからね。労働意欲もモリモリ湧くというものです」

「……その、褒めてもらえるのは嬉しいんだが、ほどほどにしてくれ、ニア。顔がだらしなく緩んで、元に戻らなくなる……」

 さっきから思っていた事をそっくりそのまま口に出して伝えれば、アドラシオンは分かりやすく頬を赤らめ、右手で口元を覆って視線をさまよわせた。どうやら相当照れているらしい。
 そんなアドラシオンに、ニアージュは「あら、大丈夫ですよ」と軽い口調で笑いかける。

「旦那様は内面だけじゃなく、御尊顔も素敵ですからね。ちょっとくらい緩んでいたって問題ありません。いつも通り素敵です」

「か、勘弁してくれ……」

 アドラシオンはますます顔を赤くする。
 ニアージュは、そんな所も可愛くて素敵だと思ったが、流石にそれは口に出さず飲み込んだ。

 これ以上手放しに褒めそやし続けていると、アドラシオンに想いを寄せている事が、当の本人に筒抜けになってしまいそうな気がして。

 それから偶然街中で、贔屓にしている服飾店の店主夫人とばったり顔を合わせたニアージュ達は、店主夫人が教えてくれた、小さなカフェテリアに入店し、マドレーヌを始めとした焼き菓子と共に、香り高いブレンドハーブティーを堪能した。

 正直、最近腹周りが気にかかるので、あまり甘い物を口にするのは、と思いもしたが、やはり、目の前に美味しそうな焼き菓子を出されてしまうと、どうにも手を伸ばさずにはいられない。

 己自身の哀しき甘い物好きのさがに辟易しつつ、結局ニアージュはその後も、アーモンドクッキーと干し果の入ったパウンドケーキを追加注文してしまった。

 断腸の思いではあるが、今日の夕飯はワインを控えめにして、デザートも引っ込めてもらわねばなるまい。
ワインはともかく、デザートを食べずに済ますのは、無理なような気もするけれど。



 ニアージュとアドラシオンは、茶を飲んだカフェテリアから出て、再び街中をそぞろ歩く。
 とはいえ、中天に座していた太陽も、西の方角へ動き始めている。

 陽が傾く頃合いが近づいて来ているのでは、と思い至り、アドラシオンが懐から懐中時計を取り出して時刻を確認すると、案の定午後3時を過ぎていた。

 これが邸からほど近い村などであれば、まだ少し歩き回る余裕があるのだが、ここから邸までは片道1時間以上かかる。残念だが、移動時間などを加味して考えれば、邸へ帰らねばならない時刻だ。

「――ニア、午後3時を過ぎた。よい品も購入できた事だし、そろそろ邸へ帰ろう」

「え、もうそんな時間になるんですか。楽しい時間って、あっという間に過ぎてしまうものですね」

「全くだ。……その、君さえよければ、また一緒にここへ来ないか?」

「いいんですか? じゃあ、今度時間に余裕ができた時は、ぜひともまたご一緒させて下さい。今日みたいに、あちこち見て回りましょう」

「……! あ、ああ! そうだな、またここへ来て、一緒にあちこち見て回ろう。――じゃあ、馬車の所まで戻ろうか」

 アドラシオンがニアージュをエスコートすべく、右手を差し出したその時。
 どこからか、男女入り交じった複数の悲鳴と共に、馬のいななきが聞こえてくる。

「……っ、なんだ今のは……!?」

「あの、旦那様。今、馬のいななきや悲鳴が聞こえてきたのって……私達が馬車を停めていた方角だったように思うんですが……」

「!! 急いで馬車へ戻ろう。ニア、走れるか?」

「勿論です! 今日は街歩きなのを見越して、ヒールの低い靴を選んで来ましたから!」

「そうか、それは準備がよかったな。――行こう!」

「はい!」

 ニアージュとアドラシオンは、互いにうなづき合うと道を走り出した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...