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第7章
8話 皇室騒動記~ダメな皇妃とダメな侍女
しおりを挟む全く持って謎な事だが、たった一晩にして内部が雑草の海と化してしまい、寝室が使い物にならなくなったアイティアとフレッドは、寝室の清掃が完了するまでの間、貴賓室で眠る事になった。
なにせ、前述の通りに雑草が生えていた、という事は、床にも雑草が生える下地――土が敷き詰められていたという事でもある。それはもう、部屋の隅から隅までみっしりと、湿り気を帯びた大量の土が入れられた寝室は、大自然の香りで満ち満ちていた。
更に、張り巡らされた雑草の根が土を掴んでいるせいで、雑草の引き抜き作業にも酷く時間がかかる。
清掃を命じられた使用人達曰く、雑草と土の除去、運び出し、細部までの徹底した清掃、その全てを含めると、作業の完全終了までには、早くとも2日はかかるとの事だった。
ちなみに、雑草林の中で目を覚ましたフレッドは、起床と同時に目鼻が酷く腫れてしまい、鼻水とくしゃみ、瞼の腫れ、目の痒みなどが収まらなくなった為、現在貴賓室ではなく宮廷内の医局に身を寄せて、そこで治療を受けている。
現状、医者の処方した薬が効いたのか、鼻水とくしゃみはおおよそ治まったのだが、両目の瞼の腫れと痒みはあまり引かず、未だ苦しんでいるようだ。
医者が言うには、フレッドの症状は恐らく、雑草にかぶれた事によって引き起こされたものだと思われ、目の腫れと痒みがいつまで経っても引かないのは、ここへ来て治療を始める前に、散々手で目をこすった事が原因なのではないか、という事らしかった。
だが、残念ながらこの医者の診断は、半分以上的外れである。
もしここに、日本で生きた記憶があるニアージュがいたなら、フレッドの寝室に生えまくっていた、黄色い花を咲かせる背の高い雑草がブタクサという名の植物である事、それからフレッドの症状が、ブタクサの花の花粉によって引き起こされる、花粉症というアレルギー反応の一種である事を、すぐに見抜いただろう。
ここでのフレッドの不幸は、自身の寝室に生えていたブタクサが、帝都の近辺には自生していない未知のものであった事と、今の帝国の医学界に、花粉症という概念がない事だと言えた。
フレッドの鼻水とくしゃみが収まったのも、医者の薬が効いたからではなく、単純にアレルギー源であるブタクサがある場所から離れたからで、なかなか瞼の腫れと痒みが引かないのは、寝室の外へ出る際、ブタクサの花に触れた手で目をこすったせいだった。
全ての症状が落ち着くには、もうしばらく時間がかかりそうである。
一方アイティアは、貴賓室に急遽呼びつけた3名の音楽家にバイオリンの演奏をさせながら、自身はソファで冷やした果実水を味わっていた。
「――全く、ろくでもない真似をする輩もいたものだわ。今後は私の生家から選り抜いた警備兵を呼んで、もっと警備を厳重にして、ネズミ1匹入り込めないようにさせないと」
今の寝室の有り様についての愚痴と、それを仕出かした何者かに対する文句を、独り言ちるようにして述べつつ、ふん、と鼻を鳴らし、果実水を口に含むアイティア。
だが、そのアイティアの世話をする為、室内の壁際に控えている侍女達は、一連の出来事が不届きな侵入者によって起こされたものだと、未だ頑なに思い込んでいるアイティアの発言に、内心で呆れていた。
今日これまでも、宮殿内の警備は十分に厳重なものだった。
そんな中に、大量の土と雑草を抱えて誰にも見つからないよう侵入し、寝ているアイティアとフレッドに気付かれぬまま、それらを敷き詰める作業を一晩で済ませ、煙のように姿を消せる人間など、存在するはずがない。
その事実をよくよく理解しているからこそ、宮中の誰もが此度の出来事を不気味に思い、内心恐々としているというのに。
(なんていうか、自分の信じたい事しか信じない方って、ある意味幸せよね)
(ええ本当にね。まあ、その『幸せ』がいつまで続くのやら、見物ではあるけど)
壁際の侍女達は、バイオリンの華麗な3重奏が室内を満たすように響いているお陰で、声がアイティアの所まで届かないのをいい事に、ひそひそ声で無駄話を始める。
正直な話、彼女達の心はもう、選民主義に凝り固まった、傲慢で身勝手な第2皇妃から離れていた。無論、主に対して真摯に仕える奉仕の心も、忠誠心も既に枯れ果てている。
彼女達はみな、皇帝に命じられたがゆえ、やむなく第2皇妃に仕えているに過ぎない。こうして第2皇妃の目を盗んでだらけていたり、何事も微妙に手抜きして、おざなりな仕事をするのもいつもの事だった。
とはいえ、自身に仕える侍女達が水面下で行っている、不実な行いを一向に見抜けずにいるアイティアも、大概皇妃としての資質に欠けている。
そんな皇妃の元に、貴人に仕える心構えと資質に欠けた侍女達が集まったというのも、ある意味何かの縁なのやも知れない。
昔の人はよく言ったものだ。
類は友を呼ぶ、と。
(多分あれよね。アイティア様の事だから、目の敵にしている皇太子様が警備を買収して、ご子息と自分に嫌がらせをしたんだと思い込んでるのよ)
(皇太子様はお忙しい方だし、そんなつまらない事に労を割く暇なんてある訳ないじゃない。ていうか、嫌がらせする意味なんてないでしょう?)
(それもそうね。あと何年かして皇太子様が即位すれば、第2皇妃様は本宮から離れた離宮に押し込められるし、第2皇子様は臣籍降下でお城からいなくなるんだもの。相手にする価値もないわよ)
(そもそも、皇太子殿下がそんな頭の悪い事する訳ないのにねえ。どこかの皇妃や皇子じゃあるまいし)
(ふふっ、言えてる。ていうか、もしかしたらまた今晩辺り、第2皇妃様と第2皇子様がお休みになる貴賓室にも、雑草がわんさと生えるかも知れないわよ?)
(やだ、変な事言って笑わせないでよ)
重厚なバイオリンの演奏が続く中、侍女達はクスクスと笑う。
そして。
翌日の朝、彼女達は信じられない光景を目の当たりにする事となる。
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