訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

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第7章

9話 皇室騒動記~生えたものと抜け落ちたもの

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 帝国の城内にて、第2皇妃アイティアと第2皇子フレッドの寝室に、雑草が山のように生えるという事件が発生した翌日の朝。

 第2皇妃に仕えている侍女3人が、皇妃の朝の支度を行うべく貴賓室へ向かうと、貴賓室に入る扉の前に2人、アイティアが実家である公爵家から急ぎ来させたとおぼしき、護衛の私兵が増えていた。

 皇帝の居城から見て、アイティアの生家である公爵家はさして遠い場所にある訳ではないので、私兵を城へ来させる事自体には、そう時間も手間もかからない。
 だが、ただ単に私兵を城へ来させるだけでなく、城内の警備をさせるとなると、手続きなどの面でかなり手間がかかった事だろう。

 侍女達は、アイティアの実兄である現公爵の苦労を思い、内心で深い同情を寄せつつもドアをノックし、貴賓室へと足を踏み入れる。

 正直な所、侍女達はみな揃いも揃って、今日は一体何が室内に生えているのか、などと考え、ドキドキしていたのだが、幸いな事に貴賓室の内部には、これと言った異変があるようには見えなかった。

「……。ふう、よかった。緊張して損したわ……。……アイティア様、おはようございます。朝のお支度の時間でございます」

「……。んん……。もう、そんな時間なの……? ふあぁ……。あまり寝心地がよくなくて、きちんと眠れなかったわ。この部屋のマットレス、安物なんじゃないの?」

 いつものように頭まで毛布を被り、丸まるようにして眠っていたアイティアは、起床早々文句を言いながら身体を起こす。そして侍女達は、また朝っぱらから愚痴を聞かせて、と内心で文句を言いつつ、アイティアの身支度の準備を始める。
 おおよそいつも通りの状況だ。

 だが、アイティアがベッドから上半身を起こした瞬間。侍女達は全員硬直した。

 アイティアの頭部や、緩やかに波打つ美しい金髪のそこかしこから、蛍光ピンクのまん丸い、小振りなキノコが幾つも生えているのを見て。

 その様たるや、まるで塗料を使って人工的に着色したマッシュルームを、頭と髪のあちこちにペタペタと貼り付けているようだった。
 言うまでもなく、大変不気味で気色悪い見た目である。

「あ、あ、ああああ……」

「ひ、ひぃ……」

「? なに、どうしたのあなた達。早く支度をなさい」

 青ざめた顔でその場に立ち尽くし、一歩も動こうとしない侍女達に、眉根を寄せながらベッドを出たアイティアが近づこうとした時。アイティアの頭頂部から、同じ色味とサイズのキノコが、まるでなにかの冗談のように、にょきっと生え出てくる。

「「「きゃあああああああ~~~~ッ!!」」」

 主の頭頂部から、異様な色のキノコが生える決定的瞬間を目の当たりにした侍女達は、ついに精神的な限界を迎え、聞く者の耳をつんざくような悲鳴を上げながら、手に持っていたクシやタオルをその場に放り捨てて、全速力で逃げ出した。



 一方その頃。
 ようやく花粉症の症状が治まり、母親と同じように貴賓室へ身を置いて一晩を過ごした、第2皇子フレッドの身にも、忌まわしい現象が起こっていた。

 母譲りの美しい金髪が一晩のうちに1本残らず抜け落ちて、つるりとした禿頭とくとうに成り果てていたのだ。
 無論、その現象の第一発見者は、フレッド専属の侍女と侍従である。

 侍女達が洗顔などの準備を行う傍ら、母親と同じく頭から毛布を被って眠っている、寝起きのよろしくないフレッドを、フレッドの着替えをさせる役目を負った侍従が揺り起こそうとした瞬間、その現象は発覚した。

 フレッド自慢の金髪は、今や全て枕と枕元にこんもりと乗っており、後はフレッドの肩や背中などの上半身に、その残滓が物悲しく貼り付いているのみであった。

「うわあああッ! か、髪がっ! 僕の美しい髪があああああッ!!」

 フレッドは、渡された手鏡の中に映っている、変わり果てた自分の姿を見て、顔面蒼白になりながら半狂乱で喚き立てる。

 しかしながら、母と同じ選民思想に染まり切り、傲慢で尊大な性分を持つに至ったフレッドもまた、現時点で既に、自身に仕える侍女や侍従からの忠心を失っている。
 ゆえに、今のフレッドの心中を本心から慮り、その心痛に寄り添おうとする者は誰一人いない。

 それどころか、この場に居合わせる誰も彼もが、ものの見事なツルッパゲに成り果てたフレッドを見て、必死に笑いを噛み殺しながら、口先だけの心配を吐き出しているという有り様であった。

「……ふ、くっ……! ……で、殿下、落ち着いて下さい……っ!」

「く、ふふ……っ、ひ、ひとまず、お医者様を呼びましょうっ!」

「そ、そうですっ、これはもはや、目に見えた異常事態なのですからっ」

「え、ええ、その通り、ですわっ、素人判断をするのは、き、危険でございますっ」

「うう……っ! そ、そうだなっ! 誰か、医者をここへ呼んで来い! 危急の事態だ!」

 言葉の端々で吹き出しかけていたり、露骨に表情が歪んでいたりと、なかなかに分かりやすい言動を取る侍従と侍女達だったが、もはや自分の事でいっぱいいっぱいなフレッドは、自分が笑われている事にすら全く気付かなかった。

 母の悪い部分をあれもこれもそっくり受け継いでいるフレッドは、やはり母と同じく、自身に仕える者達の、水面下の不実を全く見抜けずにいた為、尚更気付く余地がないとも言える。

 性格面の問題もそうだが、フレッドのそういった部分こそ、父である現帝から、次期皇帝として相応しくないとみなされる、何よりの所以ゆえんだと言えた。


 そして。
 またも朝食の直前、複数の臣下から、第2皇妃と第2皇子の身に起きた事件を、幾分青い顔で告げられたエストリトスは、朝食が運ばれてくる前のテーブルに、とうとう頭を抱えて突っ伏したのだった。

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