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第7章
16話 極秘会談~皇太子の偽りなき心情
しおりを挟むニアージュ含めた王国側の人間全員が、自身の言動にドン引きしていると気付いているのかいないのか、アートレイは何事もなかったような態度で、「以上が、第2皇妃アイティアと第2皇子フレッドの現状です。ご清聴感謝致します」と述べ、説明を終えた。
無論、終始いい笑顔のままである。
「さて、皆様方におかれましては、件の2人に対するご質問などございますか? 特にエフォール公爵夫人は、あの痴れ者共に対して色々と思う所がおありなのでは?」
アートレイが、ニアージュに視線を向けつつ言う。
「あ、え、ええと……。それでは、お言葉に甘えてお伺いします……。今後、第2皇妃殿下と第2皇子殿下は状況と状態からして、このまま離宮で隔離、病院に入院という処遇で落ち着かれるのでしょうか?」
ついに第2皇妃と第2皇子を痴れ者呼ばわりし始めたアートレイに、ニアージュがおずおずと問いかける。
問いかけを口にしている最中、少々顔が引きつっているような気がしなくもなかったが、そこはどうにかお目こぼし願いたかった。
「そうですね。主犯である第2皇妃の行いについてですが、こちらは今後も調査を続けていく事になっております。
しかしながら、それでもなお裁判の場へ引き出せるほどの証拠が見付からない場合は、現状維持という事になるでしょう。
まあ、このまま目ぼしい証拠が揃わず現状維持となった方が、第2皇妃としては毒杯を賜るよりよほど屈辱的で、死ぬほど辛いでしょうから、証拠が見付からない方が面白……もとい、存外、公式の場で裁かれる以上の罰になるのでは、と私は思っていますよ」
(うっわ! 今、面白いって! 面白いって言おうとした! この皇子様エグい!
ってか、幾ら非公式の場だからって、言いたい放題言い過ぎじゃない!? 曲がりなりにも他国の王族の前なんだから、もうちょっと取り繕いなさいよ!)
ニアージュは、自分の顔が一層引きつるのを感じていたが、どう頑張っても平静を装った顔に戻せない。
つい、アドラシオンの方に救いを求めるような目を向けてしまうが、アドラシオンもまた平静を装い切れず、若干顔が引きつっていた。
見れば、アリオールとグレイシアも似たような様子だ。
仕方がない。これはもはや不可抗力だ。
だから自分も、この場であれこれ取り繕うのはもう諦めよう。
ニアージュを見つめるアドラシオンの目が、雄弁にそう語っている。
どことなく諦めが滲んでいるような、そんな顔をしたアドラシオンが緩くかぶりを振るのを見て、ニアージュはごく小さな嘆息を零しつつ、控えめにうなづき返した。
生まれついての王族であっても、できる事とできない事がある、という話なのだろうなと、漠然と思う。
なんだか、蓄えなくともいい知識を蓄えてしまったような気がした。
そして、アートレイの話は何事もなかったように続く。
「それから、病んでしまった第2皇子の方ですが、こちらはもうどうしようもありません。あの様子では、たとえ証拠が揃ったとしても、とても裁判の場には出せませんので。これから先、アレは特殊な病棟の中に押し込められ、ただただ皇家の汚点として生き続けるのみです。
……しかし……頭が禿げ上がって脂性になった程度の事で、心が壊れ、皇族として用を成さなくなるような惰弱極まりない男を、なぜ民が治めた血税を以て食わせ続けてやらねばならないのか……。同じ皇族として、腹立たしい事この上ありません。
正直な所、私としては今後アレが見えない蝶か何かを追いかけて、その辺の噴水や小川に転落して溺死してくれないものかと、心から願ってやまないのですが」
「……。皇太子殿下……。失礼ですが……そういう病院の中に、噴水や小川は普通ないと思います……」
「ですよね。とても残念です」
とうとう堪りかねたニアージュが、控えめながらも突っ込みを入れると、アートレイは苦笑いしながら肩を竦める。
反射的に、そういう問題ではない、と声を大にして言いたくなったが、どうにか我慢した。
「それから、長らくエフォール公爵家でお世話になっている我が妹、レーヴェリアの事ですが、近日中に帝国領より直接、内々で迎えの者を寄越す事になりました。
こちらのクロワール王国でも、帝位争いの件に関する話は既に、大なり小なり貴族各位へ漏れ聞こえている事かと思いますが、それでもやはり実際に、レーヴェリアが帝位争いに巻き込まれた事を要因として、クロワール王国に滞在している事は、王都の貴族の方々にはあまり知られたくないのです」
レーヴェリアの話になった途端、アートレイは笑顔を消して眉根を寄せる。
その表情を声色だけで、第2皇妃や第2皇子とは違い、レーヴェリアに対しては深く情を寄せ、大切にしている事がありありと伝わってきた。
「なにせ、その事実が明るみに出れば、やむを得ない事情があったとはいえ、レーヴェリアがクロワール王国に不当な方法で入国した事や、エフォール公爵夫人を争いに巻き込み、負傷させた事なども、併せて広がりかねませんので。
……申し訳ありません。このような、身内可愛さばかりを表に出した物言いをして、騒動に巻き込まれたエフォール公爵夫人はさぞ不快に思われた事でしょう。ですが、これが私の偽らざる思いなのです。
もっとも、父上は実父としての思いより、皇帝としての打算の方が大きい事かと思いますが……」
「――いえ。どうかお気になさらず。ただ、ひとつ申し上げるべき事がございます。殿下は勘違いをなさっておいでです」
その発言通り、申し訳なさそうな表情を隠そうともしないアートレイに、アドラシオンが苦笑しながらそう告げる。
「え……。勘違い? とは?」
「我が妻は、自らの良心と義心に従って、自らの意志で渦中へ踏み込み、レーヴェリア様をお助け申し上げたのです。
騒動に『巻き込まれて』などおりません。――そうだろう? ニア」
「ええ。勿論です、旦那様。私は今日この日に至るまで、レーヴェリア様をお助けした事を悔いた事は、一瞬たりともございません。そしてこれ以降もそうです。生涯、自らの行いを悔いる瞬間など訪れないでしょう」
どこか誇らしげな目で自分を見据えてくるアドラシオンに、ニアージュもまた誇りを持って胸を張り、そう断言する。
「……。そう、ですか……。間違いを正して頂き、ありがとうございます、エフォール公爵。そしてエフォール公爵夫人。あなたにも、改めて心からの感謝を。妹に手を差し伸べて下さった方が、あなたのような方で本当によかった……」
アートレイは、静かな口調でアドラシオンとニアージュに礼を述べ、椅子に座したままの格好ながら、2人に対して頭を下げた。
ここが非公式の場であり、諸々の事情を理解する者だけが身を置く空間だからこそ取る事ができる、次期帝位継承者からの最上位の返礼だった。
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