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第8章
1話 極秘会談の終わりと帰宅
しおりを挟むこうして、隣国の皇太子アートレイとの極秘会談は、アートレイの公式の場ではあり得ぬ、頭を下げてまで表した深い謝意によって幕を閉じた。
本来ならば、アートレイ当人としては、もっとニアージュ達と話し合いたい事柄があったのやも知れないが、そうはならず、アートレイは「少し疲れたので」と言い残し、アリオールに断りを入れて退室して行ったのである。
これは恐らく、最初にアドラシオンが願い出た、「病み上がりのニアージュに無理をさせない」という約束を守る為だ。
この場においてアリオールと同等の身分を持ち、更には来賓という特別な立場にある己が先んじて退室する事で、ニアージュが気兼ねなく身体を休めに行けるよう、取り計らってくれたのだろう。
どことなく嬉しげな表情で退室して行ったアートレイ。
彼が出て行った直後の、そっと閉められたドアに向かって、ニアージュとアドラシオンはそれぞれ渾身のカーテシーと最敬礼を向けた。
「――はあぁ……。つっかれたあぁあ~~……! コルセットからの解放感、半端ない~~!」
その後すぐ宛がわれた貴賓室へ戻り、来た時と同じく王妃付きの侍女達の手を借りて着替えを済ませたニアージュは、思い切り天蓋付きの大きなベッドにダイブした。
かしこまった場で食事をするのが億劫なのと、疲労感から食欲が失せ気味なのを理由に、つい先ほど用意してもらったミニサンドイッチなどの軽食には、まだ手を付けていない。
何はともあれ、まずは全身の力を抜きたかったのだ。
しかし、良質の綿がたっぷり詰め込まれた、最高級レベルのマットレスの感触は想定以上に心地いい。このままじっとしていると、うっかり寝落ちしそうだ。
「……。ていうか……思ってた以上に第2皇妃とかの状態が酷くてびっくりしたけど……。聞いた話通りの酷い目に遭ってるんなら、こっちから変に抗議する必要もないわよね……。
きっと、王家の方もそういう判断をするはず。好きこのんで一番の友好国と揉め事を起こしたがる人なんて、いないでしょうし」
ベッドにうつ伏せで寝転んだまま独り言ちる。
やがて、自身の体温が移ったマットレスが、更なる心地よさをニアージュにもたらし始めた。
そろそろ起き上がらないと本当に寝落ちしてしまう、と悟ったニアージュは、ともすれば閉じそうになる目を気力でこじ開け、根性でベッドから身体を離す。
明日にはようやく邸へ戻れる、と思いつつ、テーブルの上に乗ったミニサンドイッチをひとつ手に取り、大口を開けて一息にサンドイッチを頬張った。
余裕でいけると思ったのだが、思ったより口の中がパンパンになる。言うまでもなく咀嚼しづらい。
少々やんちゃが過ぎたようだ。
(……。うん、よし。次からは一口じゃなくて二口で食べよう……)
内心反省するニアージュだった。
翌日。朝食の後、わざわざ部屋を訪ねて来てくれたグレイシアに、アドラシオン共々暇の挨拶をし、王城を後にしたニアージュは、予定通り昼前にエフォール公爵邸へ戻って来た。
「お帰りなさい、ニアージュ、エフォール公爵。ご無事でのお戻り、何よりですわ」
「ただいま戻りました、レーヴェリア様」
「これは……レーヴェリア様。皇女殿下にわざわざ出迎えて頂き、恐縮です」
「長らく食客としてお世話になっているのです、出迎えをする程度の事は当然ですわ」
それぞれ軽く会釈をするニアージュとアドラシオンに、他の使用人共々、玄関先にまで出てきて2人の出迎えをしたレーヴェリアは、柔らかな笑みを浮かべながら言う。
「それより今は、王城でのお話を聞かせて下さいな。――帝国から使者が来ていたのでしょう?」
「勿論です。ですがまずは昼食をお取り下さい。王城での件に関しては、また後ほど。茶の席を設けて、ニアと俺と3人で、腰を据えてお話しましょう」
「……それもそうですわね。まずはお互い食事を済ませましょうか。それに、あなた方は長い移動で疲れていらっしゃいますわよね。しばらくゆっくり身体を休めて下さいな。……急かしてしまってごめんなさいね」
「いいえ、どうかお気になさらず。自国の使者が内々で王城を訪れ、話し合いの場を持ったと気付いておられるのです。一刻も早く内情を知りたいとお考えになるのは、皇女として当然の事だと思いますから」
ほんのわずかに眉尻を下げ、申し訳なさそうに謝罪してくるレーヴェリアに、ニアージュもわずかに苦笑しながらそう答えた。
ニアージュ達が邸へ戻ってから数時間後。
邸の庭園に設けられた茶の席で、アドラシオンとニアージュから王城での出来事や、交わされた会話の内容を聞いたレーヴェリアは、深いため息を吐き出した。
「……。そうでしたの……。お兄様がお忍びで……。揉め事や厄介事を大層お嫌いになるお父様の説得には、さぞ骨が折れた事でしょうに。本当、時々変な所で異常に行動力がおありなんだから……。
エフォール公爵、申し訳ないのですが、後で王太子殿下や国王陛下に、此度の件や兄の事で、わたくしが詫びていたとお伝え頂けますか? 兄がこのような行動に出ざるを得なくなったのも、もとを糺せば間違いなくわたくしの、皇族としての脇の甘さが招いた事。
本来ならば、直接王城にお伺いして、自分の口で謝罪を述べるのが筋というものなのでしょうけど、現状、そのような事をする訳にはいかないようですから」
「かしこまりました。必ずお伝え致します。ですが、どうかあまりお気に病まれませんよう。皇太子殿下におかれましても、それだけレーヴェリア様の事を想っておいでなのでしょう。
それに、後からアリー……いえ、王太子殿下に確認を取った所、皇太子殿下は我が国へお越しになられる前、必要最低限の先触れや行動予定の詳細の提示など、王城側の手間をできるだけ省く為の行動は取っておられたようですし、王太子殿下も国王陛下も此度の事については、さして思う所はないはずです」
「そうですか。それを聞いて、少し心が軽くなりました。改めてお礼申し上げますわ。エフォール公爵。それにしても……あの高慢ちきな派手好き女と、弟と呼ぶのも不愉快なナルシストの軟弱皇子、しばらく見ない間にそんな愉快な事になったのですか。きっと悪辣な言動が過ぎて、とうとう精霊の罰が当たったのですわ。
今日この日まで、あの2人の言動のせいで散々辛酸を舐めてきた身としては、一度は見物に行きたいものですわね。もっとも……第2皇妃の方はともかく第2皇子の方は、顔を合わせたとて、もはやわたくしが誰なのかさえ、判別できないやも知れませんけど」
件の第2皇妃と第2皇子に、よほど嫌な思いをさせ続けられてきたのだろう。
レーヴェリアは、ティーカップ片手にふん、と鼻を鳴らす。
ニアージュは、そんな落ちぶれた連中をわざわざ見に行くくらいなら、牧場で牛や馬と触れ合った方がよほど有意義なのではないか、とか、やはりあの皇子様とレーヴェリアは兄妹なのだな、とか、色々と内心で思ったが、口には出さなかった。
どんな時でも身分を慮った言動を取るのは貴族の基本。
思った事を気安く口に出す浅慮な人間は、貴族社会では長生きできないのである。
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