訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

ねこたま本店

文字の大きさ
113 / 123
第8章

8話 交戦の結末

しおりを挟む


 アドラシオンが瞼を開けると、見知ったベッドの天蓋、その天井部分が視界に映った。

(……。ここは……。我が邸、か……?)

 現状、ピスティス辺境伯公領での記憶は今ひとつ定かでないが、どうやら自分は先だってニアージュに告げた通り、なんとか生きて領地へ戻って来たらしい。

 ひとまずその事実に安堵し、鉛のように重い身体を起こしにかかる。もぞもぞと身体を捩り、何十秒とかけてようやっと上半身を起こせば、それだけで地味な疲労を感じた。我が身体ながら、随分と衰弱しているようだ。

(ふう……。俺のような傷病者を連れた状態で……ピスティス辺境伯公領の防衛陣形を敷いた地点から、エフォール公爵領の我が邸までやって来たとなると、何日必要だった事だろうな……。間違いなく、2、3日などの日数では済むまいが……。

 いや、それよりも防衛戦はどうなった。パルミア王国の攻撃は防げたのか? あの女は、ココナは俺に止めも刺さず一体どこへ消えた?)

 まだはっきりしない頭で様々な事をつらつらと考えながら、何気なく右手を目の前へ持ってくると、親指から小指に至るまで、すっかり包帯で覆われ切った手が見えた。まるで、異国の書物で目にしたミイラのようだ。

 右手に改めて意識を向けてみても、特に痛みは感じない。ただ、ほんのわずかながら痺れが残っており、あまり力が入らないように感じた。

 それから、顔にも何か違和感がある事に気付き、まともに動く左手で恐る恐る顔に触れる。するとやはり案の定、左頬を中心とした箇所にも厚く包帯が巻かれていた。無論、痛みはない。

「……? なんだ、これは……」

 アドラシオンが1人眉根を寄せていると、室外から控えめなノックの音が数回響き、侍女長のマイナを伴ったアルマソンが入室してきた。

「アルマソン、マイナ」

「! 旦那様! お目覚めになられたのでございますか!」

「ああ、本当にようございましたわ……! 旦那様は、戦地でお倒れになってから10日近く、お目覚めになられないままだったのですよ……!」

 名を呼ばれたアルマソンとマイナが、ベッドの上で上半身を起こしているアドラシオンに慌てて駆け寄る。

「……! そうか、10日もか……。道理で身体が思うように動かない訳だ。
 ――それで、戦場いくさばはどうなった。我らがクロワール王国軍は、パルミアを撃退できたのか。現況の報告を頼む」

 アドラシオンの問いかけに、アルマソンとマイナはほんの一瞬顔を曇らせたが、すぐにアルマソンが一歩前へ出て口を開いた。

「……状況だけで申し上げれば、我らがクロワール王国軍はパルミア王国軍の第1陣を、無事退けましてございます。

 当時、現地におられた騎士や兵士、従軍魔法使い達の話によると、一時は魔女の魔法によって、戦闘行動を阻害される者が多数出ていたそうですが、旦那様に呪いをかけた直後、なぜか魔女自身にも呪いが振りかかったとの事でして……」

「魔女にも? では、俺が今こうして生きているのは……」

「はい。魔女自身も己の呪いに蝕まれたがゆえ、旦那様は命拾いをなされたのであろう、と。従軍魔法使い殿の言によれば、当時何かしらの要因で『呪い返し』が起き、旦那様へ向けられた死の呪いが、半分魔女に降りかかったのではないかとの事でしたが……真相は分かっておりません」

「呪い返し……」

 アルマソンの報告を聞いたアドラシオンは、ぎこちない動きで右手の平を左胸に当てる。そこは、ピスティス辺境伯領にいた時分、ニアージュからもらったお守りを入れていた、内ポケットがあった場所だった。

「旦那様? いかがなさいましたか?」

「いや、何でもない。話を続けてくれ」

「は、はい。かしこまりました。……話の続きですが、その出来事によって魔女が戦場から逃走した為か、兵達にかけられていた魔法も全て解け、みな戦線へ復帰した為、前方に迫っていたパルミア王国軍を、無事押し返す事ができたそうです。

 また、先日王城から届いた手紙によれば、帝国も同盟国としての責務を果たすべく、皇帝陛下と皇太子殿下の御名の元に兵を挙げ、近々こちらへ合流するとのお話でございました」

「……そうか、現皇帝は平和主義で戦を嫌うと聞き及んでいたが……派兵して下さるか。何よりの朗報だ」

「はい。昨今では、かの帝国は農業国としての話ばかりが諸国へ流れておりますが、ザルツ・ウィキニス帝国は先々代の御代の頃より、軍事国家としての名を他へ知らしめてもおられます。必ずや、パルミア王国打倒の心強い味方となって下さる事でしょう」

「ああ。――成程、現況はよく分かった。ではマイナ、お前に頼みがある」

「はい、何でございましょうか」

「隣の部屋のクローゼットから、手鏡を持って来てくれ。出入り口から見て、左手前のクローゼットの引き出しにしまってあるはずだ。包帯の下の、顔を確認したい」

「! だ、旦那様、それは……」

「いいんだマイナ。なにせ、大した痛みもないのに手やら顔やらがこの有り様ではな。俺もある程度察しはついている。だが、だからと言って、直に確認するのをいつまでも避ける訳にはな。……もう一度言う。持って来てくれ」

「……。かしこまりました。ただいま、お持ち致します……」

 一転して硬い表情になったマイナは、隣の部屋――衣装や小物類をしまってある部屋へ早足に移動し、言われた通り、飾り気のない大振りの手鏡を手にして戻って来た。
 そして、無言のまま手鏡をアドラシオンに差し出す。

「ありがとう」

「……。いえ……。礼など、無用にございます……」

 アドラシオンは、幾分顔色が悪くなったマイナから手渡された手鏡を一旦膝の上へ置き、未だに動きのよろしくない右手を併せて使いながら、顔に巻かれた包帯を解いていく。
 マイナのみならず、傍らに佇むアルマソンの表情も酷く固い。

 そうして、すっかり包帯を外し終えた後。
 アドラシオンが持ち上げた手鏡を見ると、そこにはまるで顔の左半分を火で炙られでもしたような、醜悪な皮膚を晒す自分が映っていた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。 ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!  そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!? 「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」 初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。 でもなんだか様子がおかしくて……? 不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。 ※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます ※他サイトでも公開しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

処理中です...