訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?

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第8章

16話 戦いの顛末と戻って来た日常

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 こうして、パルミア王国の魔女ココナは、その終始上から目線で身勝手極まりない発言にキレた公爵夫人、ニアージュの手によって図らずも成敗され、クロワール王国王城へ移送された。

 現場に居合わせた護衛騎士の1人・トーマの言によると、その時ココナは、決して逃げ出せないように、というニアージュの指示により、エフォール公爵邸の地下に死蔵されていた魔力封じの首枷を付け、両手首と膝下、足首の計3か所を縛り上げて猿ぐつわを噛ませ、目隠しをして麻袋の中に詰め込んだ格好で、荷物よろしく運ばれて行ったとの事である。

 それはもはや魔女というより、生け捕りにされた野獣も同然の扱いだ。
 ココナの運搬、もとい、移送を行ったエフォール公爵家の私兵達は、普段あれほど寛容で、心優しい公爵夫人にここまでさせるとは、と、別の意味でココナに畏怖の感情を抱いたのだった。

 なお、今後のココナの処遇だが、クロワール王国の現状とココナの立場と身分、犯した罪の重さなどを加味すれば、恐らく近日中に極刑の沙汰が下されると見て、ほぼ間違いなさそうだ。

 ただし、魅了魔法の件について情報を広く伏せている王家は、ココナを敵国に与した魔女として、大々的な形で公開処刑するのではなく、戦時中の混乱に乗じて王族の暗殺を図った不心得者として、内々で処理する事だろうが。

 なんにせよ、これでココナの命運は本当に尽きた。
 今度こそ、ココナに同情して魔力封じの首枷を外す者は現れない。
 もうココナには、何も残っていないからだ。

 第三者の同情心を引き出せるに足るだけの、知性も計算高さもしたたかさも、そして外見上の愛らしささえ、今のココナは持ち合わせていないのである。

 また、肝心のパルミア王国の方でも大きな動きがあった。
 クーデターを起こして王位を簒奪さんだつしたパルミア王国の元第2王子、新王グロースマウルが高所から転落して頭を打ち、その怪我が元で落命した、という一報が、クロワール王の元へもたらされたのだ。

 これにより、離宮に幽閉されていた先王イストワールが復権。
 そのイストワールの差配により、地下牢に囚われ、処刑の日を待つばかりの身であった王太子、第1王子メルクーリオもまた復権を果たし、両名は王と王太子の連名を持って、クロワール王国への侵攻の中止を宣言した。

 これ以降、パルミア王国はクロワール王国に対して、開戦に際する責任賠償などについての協議を行うべく、できうる限り早い段階で親書を送ってくるものと思われる。

 この一件は、貴族達の間に流通する貴族新聞のみならず、平民が手にするごく一般的な新聞などでも大きく取り上げられ、国中で話題になっていた。



 一方エフォール公爵家でも、魔女ココナの件と戦争の話がようやく片付いた事により、穏やかな日常が戻って来ていた。
 残念ながら、ココナにかけられた呪いによって変質した、左半分の顔の肌と右手は未だ元に戻る兆しがないままだったが、邸での日々にもまた、なんら変化はない。

 邸の使用人や侍女達はみな、以前と変わらず主人を敬愛し、勤勉に各自の職務を果たしており、ニアージュもまた以前と何も変わらず、公爵家の女主人としての仕事と勉強に励み、当たり前のようにアドラシオンに笑いかけてくる。

 そのお陰でアドラシオンもようやく、多少なりとも自身の現在の容貌を受け止め、認められるようになり、散々に削り取られた自己肯定感を徐々に回復させ始めていた。


 かくして、いつも通りニアージュと共に、穏やかな昼食時を楽しんだアドラシオンは、引き続きニアージュと食後の紅茶を飲みながら、つい先ほど遅れて届いた今日付けの新聞を広げ、様々な記事に目を通していた。
 中でも、特に大きく取り上げられた記事を読んだ途端、アドラシオンはその内容にため息を零す。

「……『パルミア王国新王グロースマウル、高所より転落し落命す』…か。まさか、諸悪の根源である新王が、こんな呆気ない結末を迎えるなどと、一体誰が想像しただろうな。真実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。
 もっとも……復権を果たされた現パルミア王も流石に、話の裏にある事実は伏せたようだが……」

「それはそうでしょう。王位を簒奪した反逆者だとしても、元は自分の息子なんです。幾ら相手が魔女だとはいえ、自ら重用していた女性に突き飛ばされて階段から転げ落ちて、打ち所が悪くてそのまま死んだ、なんて、情けなくて人に言えませんよ」

 つい、ため息と一緒に吐き出した言葉を、傍らで紅茶を飲んでいるニアージュが拾い、苦笑交じりの言葉を返してくる。

「そうだな。確かにそうかも知れない。もし仮に俺がパルミア王の立場だったとしても、やはり事実は伏せただろう。直接の死因があまりにみっともなさ過ぎるからな」

「同感です。そんな事知られた日には、臣民達から笑い者にされてしまうでしょうし。それより旦那様、もうしばらくしたら顔の包帯を外した方がいいです。朝起きてから、同じ包帯をずっと巻きっぱななしでしょう」

「あ、ああ。確かに起床して、顔を洗って以降ずっと同じ包帯を巻いているが……。実際に傷口がある訳でもないんだ、そんなこまめに巻き直さずとも……」

「ダメです。包帯は通気性がよくありませんから、あまり長い間巻いたままにしておくと、蒸れてかぶれて痒くなりますよ?
 今流通している痒み止めの薬には、どれもこれもミントを原料にした香油やアルコールが混ざっているんです。もしかぶれて痒くなっても、顔には塗れませんからね?」

「分かった、分かったよ。もういっそ、今すぐにでも外すから怒らないでくれ」

 椅子から立ち上がって腰に手を当て、ほんの少しだけ眉根を寄せたニアージュに、「後々辛い思いをするのは旦那様なんですよ?」と注意され、アドラシオンはやむなく白旗を上げた。知らず苦笑いが浮かぶ。

「分かって下さればいいんです。――ついでに、肌に優しい薬草を漬け込んだ香油を塗っておきましょうか。乾燥と肌荒れ防止にいいんですよ」

「乾燥防止はともかく、肌荒れは今更じゃないのか? こんな赤黒く引きつれた肌、少し荒れた所で誰にも区別はつかないだろうに」

「あら? 何か仰いましたか? 旦那様?」

「いや、ただの独り言さ。気にしないでくれ」

 自ら顔の包帯を外しつつ、誤魔化し笑いを浮かべてうそぶくアドラシオン。

「ならいいです。旦那様、ちょっと目を閉じていて下さい」

「ああ」

 言われるがまま目を閉じ、左頬に薬草を漬けた香油をそっと塗り広げていく、優しい妻の手の感触を感じ取りながら、アドラシオンは日常の小さな幸せを胸中で嚙み締めていた。


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