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第2章

6話 ゴリラとキツネの策謀会議・邂逅暴露編

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 メルローズ様襲撃事件及び、バカ王子襲来事件が起きてから2週間。
 現在学園は、数日間に及ぶ期末考査(期末テスト)を終え、長期休暇期間――日本で言う所の、夏休みみたいな期間に入っている。
 メルローズ様を襲った犯人を捜す為、本腰入れたいと思ってたので、ある意味都合がいい。
 ついでに言うなら、作戦会議をするにも好都合。
 今日もつい今しがた、秘密裏に呼び出したエドガーとあれこれ話し合うべく、ディア様に頼んで、小さな貴賓室を会議室代わりにお借りした所だ。
 あと、エドガーはあのバカ王子の実兄でもあるので、これから絡まれた時に備えて、何かヤツのいいあしらい方があれば聞いておきたいなあ、という期待も込めている。

 ちなみにシアは今、新しくできた友達と一緒に遊びに行っていて不在です。
 無論、こっそり護衛はつけてますがね。
 シアだってメルローズ様とは親しくしてるし、本当なら、あの子も話し合いに加えた方がいいのかも知れないが、折角シアが勇気を振り絞り、初めて自分から声をかけて作った友達なので、交流の妨げになるような真似はしたくない、というのが私の本音だったりする。

 それに現状、メルローズ様襲撃犯のバックに誰がいるか分からないのもネックだ。
 今回の話は敵を探して歩くうちに、こっちにも火の粉が飛んで来る可能性が、極めて高い案件でもあるから。
 魔法を本格的に学び始めてから2カ月強。
 私は魔法技術、魔力量共に結構パワーアップしたが、シアの魔力量はほとんど上がっていない。
 それにシアは、防御や回復魔法は得意だが、攻撃魔法とそれを使った実戦的な立ち回りが非常に苦手。おかげで魔法実技の成績はいつも補習ギリギリの状態だ。

 休みに入る前に受けた期末考査の際にも、実技担当の先生から「回復魔法と防御魔法の分を成績に入れていなければ、とっくに落第してますからね」と、厳しいお言葉を頂戴してしまい、地味にへこんでたしなぁ……。

 とまあ、そういう訳で、正直今のあの子ではまだ、荒事に巻き込まれた時の対応に不安が残る。敵を撃退するどころか、自分で自分の身を守るのも難しいだろう。
 一応、知らんうちに事件に首を突っ込んでしまわないよう、後で掻い摘んだ説明はするつもりだけど、現時点でシアを作戦に組み込むつもりは全くない。
 仮に、手伝わせてとお願いされても、心を鬼にして突っぱねる所存です。
 最悪死地になるかも知れんような所へ、力の足りない妹を放り込むような愚を犯したりはしませんよ、私は。
 その点エドガーなら、結構安心して見ていられる。
 実はあいつまだ14のくせに、剣術とか相当いい腕してるんだ、これが。
 成長途中の未熟な身体に欠けている膂力を、技と速さで補って立ち回るさまは、ある種の慣れすら感じさせる。
 大人相手に勝つのは難しくても、攻撃を捌いて時間を稼ぎ、味方と息を合わせて退却するくらいなら十分可能だ。実戦経験豊富な私が保証します。

 しかし、遅いなエドガー。
 もうそろそろ約束の時間なのに、影も形も見えないぞ?
 時計がある割に、ちょっと時間にルーズな人が多いこの世界において、あいつはいつも、5分前行動を心がけているという珍しい人種で、待ち合わせ場所に遅れて現れた事は一度もない、くらいなんだけどなぁ……。
 もしかして何かあったのか、という漠然とした不安が湧いて出て、大聖堂の自室から外の庭を眺めていると、途端に庭が騒がしくなった。なんだか、複数の人間が揉めているような声だ。

 場所が場所なだけに、ここで騒ぐ人なんてまずいない……と言うか、そもそも大神殿から大聖堂に繋がる庭に入って来られる人自体、かなり限定されているので、ここで騒ぎが起きるなんて普通は有り得ないんだけど……。
 一体何事だろうか。
 ほんのちょっとだけ窓を開け、騒ぎの内容を知るべく耳をそばだてる。
 すると――

 ――何度も同じ事を言わせるな! この私が直々に顔を見に来てやったのだから、さっさと聖女を出せ! 無礼者共めが!

 ――無礼なのはあなたです、アーサー殿下! ここは聖女様と教皇猊下がお住まいになられている、神聖な御所でもあるのですよ! その御所に、何の許可もなく押しかけるような真似をされるなど!

 ――ええ、無礼なのは殿下でございます! 聖女様へのお目通りを望まれるのであれば、まずは神殿女官にその旨をお伝え頂き、聖女様ご本人のお許しを得て下さいませと、以前に申し上げましたでしょう! にも関わらず、何という暴挙を……!

 ――なんだと貴様ら! この国の王子である私が無礼だと!? そのような口を利いてタダで済むと思っているのか!

 ――殿下!あなたこそ、このような行いをなされてタダで済むとお思いか! この事は、教皇猊下と女王陛下にご報告させて頂きますぞ! おい! 誰ぞ殿下を城へお連れしろ!

 ――あっ! おいこら! 何をする! 私に気安く触れるな! 離せ! くそっ! 貴様ら覚えているがいい! 母上からお叱りを受けるのは貴様らだ! 1人残らず死罪にしてやるからなーー!

「…………」
 耳をそばだてる必要もなかったな、これは。
 私は黙って窓を閉め、徐々に遠ざかっていく耳障りな喚き声を、完全にシャットアウトした。
 ……あんのバカ王子……。ついにここまでやりやがったか……。

 色々な意味でしんどくなって、ソファの背もたれに、ぐてっと懐いて盛大なため息を吐き出す。
 しばらくの間、だらけた格好のまま休んでいると、室外から控えめなノックの音が聞こえてきた。多分、いつも私の世話役をしてくれている人のうちの誰かだ。
 神殿女官っていう役職の人です。
「聖女様、入室の許可を頂けますでしょうか?」
「! ……はい。どうぞお入り下さい」
「失礼致します」
 部屋の外から聞こえてきた声に慌てて背筋を伸ばし、きちんと座り直してから許可を出す。
 室内に入って来たのは、やはり私の世話役をしている女性の1人だった。ドロシーってお名前の男爵令嬢で、アッシュブロンドの美人さんだ。

 つか、ここで働いてる方の大半は、男も女も顔面偏差値がお高い方々ばかりですよ。
 皆さんのお顔を見るたび、やっぱ貴族は美男美女率がすこぶる高いな、と実感させられる。
 ついでに言うなら、皆さんとても整った面立ちをしてらっしゃるせいか、昔以上に顔の区別がつかなくて、未だに顔と名前が一致しない方がチラホラいたり……。
 もうここに来てから4年経つんだけど、ヤベーよね。この状況。
 お陰で、いつも廊下で名前が思い出せない人とすれ違うたび、申し訳ない気分になりながら挨拶してます……。
 ホントすいません。

 ああそうだ。どうせだから一応、さっきの騒ぎの事を訊いてみよう。
 姿こそ見えなかったが、さっきのバカ王子は相当な大声で怒鳴ってたし、ここは直に聞いておくべきだ。
「あの、ドロシー。先程、外が随分騒がしかったようですが――深刻な事にはなっていませんか?」
「……ああ。やはり、聞こえておいででしたか……」
 私の質問に、ドロシー(神殿女官は呼び捨てにするよう言われてます)が、頭が痛そうな顔をする。
「実は先程、アーサー王子殿下が許可なく大聖堂の敷地へ入り込み、聖女様に会わせるようにと酷く騒がれたそうで……。
 幾らお話をしても耳を貸して頂けなかった為、やむを得ずトーマ司祭様方のご助力の元、丁重に王城へお送りしたとの事です。何も問題はございませんので、ご安心下さいませ」
「……。そうでしたか……。アーサー王子殿下の応対に当たられた方々に、私が心から感謝していたとお伝え下さい。それから、対応して下さった方々を、しっかり労って差し上げるようにと。さぞや精神的にお疲れになった事と思いますので……」
「承りました。対応に当たられた皆様も、聖女様のご厚情に感謝する事でしょう。
 それから、お客様がお見えてございます。エドガー様と、パストリア公爵令息ユリウス様。そしてユリウス様のご婚約者、オルデン侯爵令嬢ヴィクトリア様です」
「え? ユリウス様と、ユリウス様のご婚約者も、ですか?」
 想定外の人物の名前をいきなり出され、驚いてしまう。

 つか、ユリウス様の婚約者なんて、お会いした事もないんですが!
 おいコラエドガー! 何の説明もなくそんなVIPを連れて来んな!

「はい。事前にご指示のあった貴賓室へ、お三方をお通ししてもよろしいでしょうか」
「……。お願いします。私も身支度を済ませ次第、すぐそちらへ向かいますので、先にお三方をおもてなしして頂けますか?」
「その件に関しては、どうかご心配なく。既に料理長がアフタヌーンティーの用意をしております」
「そうでしたか。助かります。他に用件がなければ、下がって頂いて結構です」
「はい。それでは失礼致します」
 ドロシーはカーテシーで挨拶をしたのち、速やかに退室していく。
 うーん。彼女も大概、デキる女だよなぁ。

 ……さーてと。それじゃあまずは着替えますか。
 今着てる、部屋着代わりの安っぽい紺色ワンピースじゃ、流石にお貴族様の前には出らんないからね。
 とは言っても非公式の場だし、ここはあのアオザイもどきな制服でいいだろう。色は濃紺じゃなくて黒だけど。

◆◆◆

 ちょっと遅れて顔を出した貴賓室では、見るからに高貴な2人の美少年と1人の美少女が、穏やかに談笑しながらアフタヌーンティーを楽しんでいるという、何とも優雅な光景が広がっていた。
 うっ……。この空気の中に割って入ってくの、めっちゃしんどいんですが。
 つい気後れして足を止めていた所に、エドガーが立ち上がって声をかけてくる。

「よ。遅かったな、アルエット。悪いけど今回は、ちっと色々事情があって客を余分に連れて来た。まあ、ユリウスの事は知ってんだろうが……」
「ああうん、そうね……。いえ、そうですね」
「私達に対する気遣いは無用ですわ、聖女様。どうぞいつも通りにお話し下さいませ」
 エドガーが連れて来たお客人に気を遣い、言葉遣いを改めようとしたが、金髪碧眼の美少女に笑顔で止められた。
「お初にお目にかかります。私は現オルデン侯爵の次女、ヴィクトリアと申します。聖女様のお話は、エドガー様から常々お伺いしておりますわ。とても頼もしいお方でいらっしゃるとか」
 ヴィクトリア様が見事なカーテシーで挨拶して下さったので、私も頭を下げて挨拶する。

「初めまして。当代の聖女、アルエットと申します。そこの友人から出た、頼もしいという評価をどう受け止めていいか分からないのですが、平民出身で荒事に強いという自負はございます」
「ふふっ、その事に関しても、お伺いしておりますわ。口の堅い、聡明な方であるとも。私はよく分からないのですけれど……確かエドガー様はいつもあなた様の事を、頭のいいゴリラ、と仰られて――」
「バッ……! 余計な事言うなヴィー! おいユリ、お前も笑って見てねえで止めろよ!」
 にこやかに仰られるヴィクトリア様の言葉を、血相変えたエドガーが遮った。

 ……。ほーん。頭のいいゴリラ、ねえ……。
 おうコラ、言うに事欠いて人をゴリラ呼ばわりか。いい根性してんなてめー。
 つか、元からゴリラは結構頭いいと思うけど……まあそれは訂正しなくていいか。
 今は別に、きちんと確認しなくちゃならん事がある。

「エドガー、あんた後で話があるからね。……あと、このお2人を愛称で呼んでる上、そういう雑な口の利き方するって事は、あんたの王子としての身分は、水面下では死んでないって解釈でいいのね?」
「……。おう。本当にごく一部だけどな、上位貴族の子女ン中には、俺が昔お前らに粗相したせいで、一時的に王籍外れた王子だって事を知ってる奴がいるって事だ。
 この2人は、その『ごく一部』の人間だよ。俗に言う、幼馴染ってヤツ」
「へえ。そうなんだ。仲良くしてもらえてるみたいでよかったわね。もしかして、あんたの改心も織り込み済み?」
「ええそうです。エドガー様が改心されている事も、既に存じておりますわ」
 ユリウス様が笑いながら言う。

 ……ん? ちょい待て。今最後にユリウス様、なんて言った?
 なんか今、『ですわ』とか言わんかった?

 反射的にユリウス様に視線を向けると、ユリウス様は一瞬、ハッとしたように口に手を当てるが、すぐに気を取り直したように笑顔を浮かべる。
「失礼しました。聖女様が気安い雰囲気を作って下さいましたので、つい地が出てしまいましたわ。驚かせてしまい、申し訳ございません。実はわたくし、身体は男ですが心は女ですの」
 ほほほ、と上品に笑うユリウス様。
 お、おお……。まさかのオネエ様でいらっしゃいましたか。ユリウス様……。こいつは流石に驚いたぜ……。

「え、ええと、そうですか。あの、ヴィクトリア様もこの事は当然、ご存知で?」
「はい。私達、子供の頃からのお友達ですもの。昔はよく一緒に、お花で花冠を作ったりして遊んだものです。こう言ってはなんですけれど、私はユリの一番の理解者で、盟友だと自負しておりますわ」
「ええ。ヴィーにはいつも助けられておりますのよ。わたくしがこういう人間だと知ってなお、態度を変えずにいてくれた上、わたくしが将来、理解のない婚姻相手を宛がわれないようにと、先んじて婚約者として名乗りを上げてくれて……。
 跡継ぎの事に関しても、お互い子が出来ない体質だという事にして、分家から養子を取ろうと提案してくれましたし、本当に、どれだけ感謝してもし切れない相手ですわ。頭が上がらない、と言ってもいいかも知れません」
「あら。いいのよ、ユリ。私もあなたとの婚姻のお陰で、興味のない結婚・出産から逃げられるんだもの。そんなに恩を感じる事なんてないわ。ちゃんと私にも利はあるんだから」
 ヴィクトリア様とユリウス様は、互いに顔を見合わせ、笑い合う。
 うむ、傍から見ても実にいいコンビだと思うよ。このお2人は。
「そうだったんですか……。月並みですが、これからお2人が将来力を合わせて、お2人だけの幸せを掴まれるよう、影ながら応援しております。
 ……それで、なぜお2人は今日こちらに? もしかしてお2人も、メルローズ様と親しくしていらっしゃるとか?」
 いい加減、立ちっぱなしでいる訳にもいかないので、問いかけつつもテーブルに近付いて、空いている椅子に腰かける。
 本当は、こういうのも貴族的にはマナー違反だったと思うが、私が平民だという事を加味してか、何も言わずにいてくれてるから、よしとしよう。
 するとお2人は、なぜかちょっと戸惑ったような顔をしながら、私に向き直った。
「え、ええ。仰る通りですわ。わたくしもヴィーも、メルローズ様とは常日頃から親しくさせて頂いております。
 ですから勿論、メルローズ様の一件も重要な話として受け止めておりますし、しっかりと話し合わせて頂きたく思いますわ。
 ですがそれ以外にも、ぜひ聖女様と話し合いたい事がありますの」
「ええ。実は私達、アーサー殿下を失脚させるべく、聖女様のお力とお知恵を借りに来たのですわ」
「……。はい?」
「こいつら、社交界では結構有名な『腹黒キツネ夫婦』なんだけど、それでも流石に王族を引きずり落とすのは、難しいみてーでさ。まあそういう訳だから、話聞いてやってくれよ」
 つい目を丸くする私にエドガーが、適当に淹れたお茶を差し出しつつ、微妙に説明になってない説明をしてくる。

「その、一応、お伺いしますが、バ…アーサー殿下の失脚を狙う理由は――」
「それは勿論、バカだからですわ。今聖女様も仰られかけたではありませんか」
 ユリウス様にいい笑顔で突っ込まれてしまう。
「……。はい、そうですね……。じゃあまず、バカの話は一度脇に置いて、メルローズ様の方の話からさせて頂きたいんですが、いいですか?」
「ええ。エドガー様に我が儘を言って、こちらへ押しかけて来たのは私とユリですもの。どうか聖女様のご随意に」
 花のような笑顔を浮かべて仰られるヴィクトリア様。

 あーあーもう、どうするよこれ……。
 双方押しも押されもせぬ上位貴族で、美男美女で、でも片方オネエ様で、偽装婚約中で、そんでもって2人揃って腹黒だとかさあ……。
 話をする前から、もう結構お腹いっぱいなんですけど……。
 ちょっぴり顔を引きつらせつつ、私は属性てんこ盛りのお二方へ改めて向き直るのだった。
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