【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店

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第2章

閑話・振れ動く心

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 エドガーが、双子の弟と悶着を起こしたその日の夜。
 王都でも指折りの豪商・リアン家の居間にて、エドガーはリアン家の当主、イヴェールと話し合っていた。
 差し向かいで話す2人を隔てているテーブルの上には、紅茶の入ったポットとカップの他に、1枚の書状が乗せられている。
 女王の署名と捺印が入ったその書状には、エドガーに対し、10日間の謹慎を命ずる旨が記されていた。

「やれやれ。久々にやらかしたようですな? エドガー殿下。気が短い所は相変わらずだ」
「すまん。返す言葉もない」
 呆れ顔をするイヴェールに、エドガーは素直に謝罪の言葉を述べる。
 自分の母と同じ銀髪と翠の瞳を持つ、そろそろ壮年に差しかかろうかというこの美丈夫に、今やエドガーはすっかり頭が上がらなくなっていた。

「いえ。反省しておられるなら、過度な苦言を申し上げるつもりはございません。殿下は数年前と比べて、大変よい方向へお人が変わられた。その点に関しては、間違いなく母君もお喜びになられています。
 だからこそ、此度の事にも、多大な温情を持った処断を下しておられるのでしょう」
「分かっている。直接的な目撃者がいなかったとはいえ、平民に身をやつしている俺が、王族としてあの場にいた弟に手を上げるというのは、どう考えても悪手でしかなかった。
 この程度の処分で済んだのは、母上とアルエットのおかげだ。感謝しているさ」
 細い眉根をきつめに寄せて、苦々しい口調でエドガーが言う。
 対するイヴェールは、そんなエドガーを少しばかり微笑まし気に見つめていた。

「本当に、お変わりになられましたな。ただ、聖女様の事を心から想っておられるならば、今少し平常心を保つ努力をなさるべきかと。短気な男は好かれませんぞ?」
「……おい。お前まで言うのか。俺は別に、そういうんじゃない」
「日々成長されていても、腹芸の方はまだ未熟ですな。今少し、学ばれた方がいい」
「ぐ……。いや、本当に違うんだ。俺は……」
「しかし、特別ではあるのでしょう? 無意識に、時計など選んでお贈りになるくらいなのですから」
「っ、なんで知ってるんだお前。わざとリアン家の系列じゃない店に行ったのに」
「ふふ、まだまだお甘い。人の目などどこにでもあり、また、口に戸を立てる事も叶わぬものです。特にこの王都では」
 イヴェールは二コリと笑い、優雅な手付きで手元のカップに口をつける。
 たとえ自覚があっても、言外に青二才だと指摘されるのは、やはり面白くないものだ。
 だからこそ、エドガーは少しばかり意固地になる。

「……あのな。もし仮にお前の言う通り、俺があいつを想っているんだとしても、無意味な事だろうが。俺は王族で、あいつは平民だぞ」
「結ばれる方法がない訳ではございますまい」
「無理だな。あいつは自分の今の身分に満足して、平民として日々を楽しんで生きてる。爵位なんていらんだろうさ。ましてや王妃の身分を得るなんざ、金を積まれたって御免だろうよ。
 第一、爵位云々以前に、聖女が誰かと沿い遂げたとか子を残したとか、そういう記録はどこにも残ってないんだぞ? だから、この世界に黒髪黒目の人間は、天から降誕する聖女以外に存在しないんだ。そうだろ?」
「――ふむ。聖典に曰く、『聖女の魂は、いついかなる時においても、常に高潔なる女神の代理人として作られたもう。そしてその御身は女神の分身わけみなり。女神の庭にて生かされる、未熟な人の子の愛を求めたる者にあらず』……でしたかな。
 しかしながら、前例はあくまで前例にしか過ぎませんし、聖典の記述もどこまでが事実であるか、誰にも分らぬ事と思いますが」
「あぁ、確かにな。じゃあ後は俺が本当に、平民になって市井に下るような事になれば、多少は可能性が出るかもな」
 頬杖をつき、冗談めかした口調で言ってくるエドガー。イヴェールは呆れたように肩を竦める。

 実の弟の不出来さを間近に見てなお、そういう事を平然と口にしてくる辺り、この王子も王族としては少々性根がよろしくない。
 思わず小声で「だから聖女様に、ダメ王子などと言われてしまうのです」と零すと、その言葉を耳聡く拾ったエドガーが、むくれた顔でじろりと睨んでくる。
 色々と、自覚はあるのだろう。

「……。それを陛下がお許しになるとでも? いま少し、第1王位継承者としての自覚をお持ち下さい」
 つい、小言が口を突いて出た。
「言われなくても分かってるっての。――だから、可能性はないってさっきから言ってんだろうが。分かれよな。
 あと、一応こっちからも言っておくけど、俺は今の過ごし方を気に入ってる。お前が俺を心配してくれてるのは理解してるし、ありがたいとも思ってるが、横からつつくような真似だけはしてくれるなよ?」
「お心のままに。これより先、16の歳を迎えられるまでの期間、どうか後悔の回数を少しでも減らせる選択をされますよう」
「後悔を減らす、ねえ。……あーあ。難しい事言ってくれるよな。お前も母上も。俺にどうしろってんだよ、くそ」
 エドガーは、大袈裟な仕草でテーブルに突っ伏したあと、やおら起き上がってカップを手に取り、紅茶を口に含む。
 今の今までろくに手をつけずにいた香り高い紅茶は、すっかり冷め切っていた。
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