【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店

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第2章

12話 バカ娘天元突破

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 あれから半月ほどが経過した。
 幾ら直接的な目撃者がいなかったとはいえ、学園内で王子様をぶん殴るなどという、結構な騒ぎを起こしたエドガーは、一体女王様にどう話が伝わって、その内容がどう処理されたのか知らないが、最終的に、10日間の謹慎という思った以上に軽い処分で済まされ、今はケロッとした顔で私の隣を歩いている。

 その一方でバカ王子の方は、まだ学園に姿を見せていない。
 エドガーから聞いた所によると、あのバカ王子は「しばらく前から気の病を患っていて、先だってそれがとうとう悪化した」という設定の下、学園を長期休学する事になったのだとか。
 なかなか苦しい言い訳だが、まさか本当の事を公表する訳にもいかないだろうし、女王様としても苦肉の策なのだろうな、という事は容易に想像がついた。
 そういう事にでもしておかないと、正当な理由で長期に亘って休学させる事ができなかったのだろう、という事も。
 あいつ、人が集まって来てた時にも、そりゃあ聞き苦しい声でギャンギャン喚いてたからなぁ……。ちょっと色々、精神的にヤバくなってたんです、とでも言っておいた方が、まだマシだろうよ。

 それから、エドガーがぽつりぽつりと口にする、少々遠回しな表現が多い話から察するに、どうやら女王様は今回の事で、完全にバカ王子に見切りをつけたようだ。
 一応、自分から聖女に接触した訳ではない、という事情から、学園を自主退学させるという話にはまだなっていないものの、あのバカ王子は、使徒という存在の何たるかを未だに理解しておらず、使徒に相応しいのは自分なんだ、とか、聖女は次の王たる自分に侍るべきなんだ、とか、この期に及んで的外れな主張を繰り返しているらしい。
 物分かりが悪いにもほどがあるだろう。
 そんな人間を次代の王と定め、玉座を譲り渡すような真似をする訳にはいかない。
 女王様は、はっきりそう言ったのだそうだ。

 そろそろ季節が秋から冬へと移り変わり始めている事を、頬を撫でる風の冷たさで感じながらため息をつく。
 ああ。気分が重い。
 気になって仕方なくて、吐くため息までもが重くなる。

 私達――あのバカ王子の事、ちゃんとざまぁできるんだろうか。
 せめてあともう一発くらい殴らせろ。



 翌日の放課後。
 今朝ニーナ達から、よかったら放課後、一緒に新しくできたカフェテリアに行ってみないか、と誘われて、私は久々にウキウキしていた。

 いやだって、カフェテリアですよ? カフェテリア!
 そんなシャレオツな店、前世でも行った事ないよ私は!
 小洒落たカフェテラス、もしくは窓際の席で、友達と一緒に他愛のない話に興じながら、可愛いケーキを頂くイベントの発生フラグが立ったんですよ!
 これでウキウキすんなっつったら、一体何にウキウキすりゃいいんですか、もう!
 ……あ、そういやなんか、エドガーの話聞かせてくれ、とか何とか言われてたような気がするな。やっぱニーナ達もあの、金髪碧眼な美少年フェイスにやられちゃったか。
 まあ確かに見た目はいいよな、あいつ。

 しかし……うーん。困った。
 よく考えたら、エドガーの話で当たり障りのない事だけとなると、ろくに話せる事がない。
 あいつがお世話になってる商家にも行った事ないし、学園を除いたら、大聖堂の中でしか顔合わせてないんだよねえ、私とエドガーって。
 後は精々、肉が好きで野菜が嫌いとか、そのくらいの事しか知らない。
 一体何を話せばいいのやら。

 多分、いや、間違いなくガッカリさせちゃうんだろうなあ、と思いつつ、後者の正門で待っているであろうニーナ達の所へ向かおうと、教室を出て廊下を歩く事しばし。
 私はふと、教室に忘れ物をしていないか確認した方がいいような気がして、廊下の右脇に寄って立ち止まった。
 廊下のど真ん中で突っ立ってたら、みんなの迷惑になる。
 授業が終わって間もないからか、まだ廊下には、結構な数の生徒が歩いているのだ。
 みんなワイワイ楽しそうにしてるね。

 ああいや。とにもかくにも、今はカバンの中身のチェックを急がねば。
 今日出された課題を教室の机の中に置きっぱなしにしました、なんて事にでもなったら、洒落にならない。
 この学園は提出物の扱いが厳しくて、提出期限を1日でも過ぎると、ペナルティ補習として教室に居残りさせられてしまうのです。
 カッコ悪いですね。はい。

 そうしてカバンの中を確認していたら、正面奥の廊下からドタバタ……というか、バタバタっていうか、そんな感じの、誰かが走っているような音が聞こえてきた。
 どうやらこっちに近づいて来ているようで、足音は徐々に大きくなってきている。
 うん? なんか、派手な足音が聞こえてくる割に、あんま速度は早くないような?
 てか誰だ? 放課後に学園の廊下を爆走してるバカは。
 ――って、あれアディア嬢じゃないか!?
 そういやすっかり存在を忘れてた!

 一体何を思ってか、顔を赤くした涙目のアディア嬢は、真っ直ぐこっちに突っ込んで来る。それこそ、こっちに体当たりしてきそうな勢い……いや違う、あれマジで体当たりするつもりだ!
 ちょ、ホントなんで!?
 ……。あー、でもまあ、なんと言いますか。
 前述の通り、走る速度はちょい遅め。
 典型的な鈍足ちゃんであります。
 ついでに言うならフォームもよろしくない。
 運動神経悪いんだな。アディア嬢。
 という訳で、私は特に慌てる事なく、アディア嬢がすぐ目の前に来た瞬間、普通にひらりと身を翻して難を逃れた。

「えっ!? あっ、うそっ……! きゃあああっ!」
 案の定、走る勢いがつき過ぎていたらしいアディア嬢は、慌てて止まろうとしてバランスを崩し、私の横を通り過ぎた数歩先で勝手につんのめり、勝手にすっ転んだ。
 哀しいかな。
 生まれ持った性根はともあれ、蝶よ花よと育てられた温室出身のお嬢様に、受け身を取るなどという概念があるはずもなく、アディア嬢はそのまま思い切り、顔面からスライディングするような恰好で転倒した。
 お、一応顔だけは、手と腕を床についてかばったか?

 しん、と静まり返る廊下。
 あまりといえばあまりな出来事に、私だけでなく周りにいた下校途中の生徒達も、みんな揃ってアディア嬢をガン見している。
 さもありなん。
 その一方、不特定多数の人間の前で派手にすっ転んだアディア嬢は、しばらくの間、転倒時の格好――うつ伏せのまま、何事か呻きつつその場でぷるぷるしていたが、やがて、ガバッという効果音が聞こえてきそうな勢いで、上半身だけを起こしてこっちを睨んできた。
 横座りに似た格好でへたり込んでる姿だけは、やたらヒロインっぽい。

「ひどいっ! どうして避けるんですかっ!」
「避けるに決まってんでしょうが!」
 可憐な声に乗って迸る、理不尽極まりない非難の言葉に、つい私も反射で怒鳴り返した。
 つーか全力で転んだ割に元気いいな! お前!
「だって! 予定と違うんだもの! ここは私を突き飛ばしていじめる所でしょう!?」
「病院行って医者に頭診てもらえ! こんバカタレがッ!」
 どうやらしばらく見ない間に、元からイカレ気味だったオツムが完全にイカレたようだ。
 本当に本気で、こいつが何を言ってるのか、何がしたいのか全く見えてこない。
 またも私が反射で怒鳴り返すと、ついにその大きな目からボロボロ涙が零れ始めた。

「うっ……! ひぐっ、ひっ……! だ、だってぇえ! わ、私がっ、いじめられてるって、言ってもっ、ひっく、誰も信じてっ、くれないんだもん~~っ!!」
 アディア嬢が絶叫する。
 そして始まる本格的なギャン泣き。
「うわああぁぁぁあ~~ん! なんで、なんでぇええ!? わたっ、私っ、ひっ、頑張って、えぐっ、メルローズ様にぃっ、頑張ったのにぃっ! なんで誰もっ、しんじでっ、殿下もっ、急に学園っ、えうっ、ごなぐなっでぇえ! 誰もっ、えっぐ、わだ、わだしいぃぃい!
 あなだのっ、ずびっ、せいよぉっ! ひどい、ひどいぃっ! また、私をいじめようどじでるんだ~~~っ!!」
「…………」
 ……。ごめん。色んな意味で、何言ってんのか分かんない……。
 元から意味不明な言葉が、嗚咽のせいでブツ切れになって余計意味不明になっている。
 ってか、あんた化粧してたんだね。
 ナチュラルと見せかけたガッツリメイクが涙で流れて、可愛らしいはずの彼女の顔面事情がえらい事になってます。
 しまいには、へたり込んでる廊下の床を八つ当たりでバンバン叩き始めてるし。
 もう収拾がつきそうにない。
 周りの子達もドン引きしてるよ。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたらしい先生数名が、警備の人と一緒に現場に駆けつけて来て、まるでイヤイヤ期の幼児みたいな状態になってるアディア嬢を、半ば引きずるようにしてどこかに連行して行った。
 本当、突発的な嵐みたいな子だ。
 はた迷惑な事この上ない。
 女性の警備員に2人がかりで両脇を抱えられ、廊下の向こうへドナドナされていくアディア嬢は、未だしぶとくギャンギャン泣いて、ジタバタもがいている。
 その気合いと根性としぶとさを、もう少し別の方向へ向けられなかったものか。

 思わずボケッとアディア嬢連行の様子を見つめていると、現場に駆けつけた先生のうちの1人が、「申し訳ございません。この場は私共がどうにか致しますので、聖女様はどうぞご帰宅下さいませ」と、何とも気の毒そうな面持ちで言って下さったので、遠慮なくお言葉に甘えさせて頂く事にした。
 今、ものっっすごく、甘い物を飲み食いしたい気分です……。

◆◆◆

 まだ開店して間もない新しいカフェテラスには、どっさりお客さんが来てたけど、私達は運よく店内の片隅にある席に腰を落ち着ける事ができた。
 早々に注文を済ませ、品物が来るまでの待ち時間に私が始めたのは、当然、さっきの出来事に対する報告と愚痴である。
「…って事があったんだよ……。もう精神的にヘトヘトだわ、私……」
「うっわあ。何それ最悪~~」
「ホントホント。災難だったね。お疲れ様、アル」
「ううっ、ありがとう2人共~~」
 ティナもニーナも本当に優しいし、ついでに言うならノリもいい。
 私が、可愛らしい淡いピンクのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上に、よよよ、と泣き崩れる真似事をすると、2人揃って私の頭をちょっとわざとらしい手付きで、よしよし、と撫でてくれる。

 運ばれてきたガトーショコラを一口頂き、暖かいキャラメルマキアートをちびりと飲むと、ようやく人心地ついた気分になった。
「ま、脳内お花畑なお貴族様の事なんてさ、もう横に置いとこうよ。そ・れ・よ・り! エドガー君の話が聞きたいにゃ~♪」
 ニンマリ笑ったティナが、ふざけた口調で私の腕をつついてくる。
「あっ、そうそう! そうよ! エドガー君の事よ! ねえねえアル、エドガー君と付き合ってるの? 付き合ってるんでしょ?」
「はい?」
 やたら目をキラキラさせながら、身を乗り出して問い質してくるニーナ。
 なにゆえそうなりますか?

「いやいや。違うって。あいつは、だたの幼馴染の腐れ縁だってば。まあ……小さい頃からよく一緒に遊んでたせいで、ちょっと距離感おかしくなってる所はあるかも知れないけど……。なに、急にどうしたの、2人共」
「だって噂になってるもの。1学年の女子はみんな、その話で持ち切りなんだから! ねー、ニーナ」
「そうよねー、ティナ。……ねえ。ここだけの話、あれってホントの事なんでしょう?」
「えっ? ちょっと待ってよ。話とか噂とか、どういう事?」
「だからぁ、この間アル、正門の前であの妄想王子にまた絡まれたんでしょ? で、それをエドガー君が守ってくれたんだって話!」
「そうそう! それで、妄想王子に連れて行かれそうになったあなたを助ける為に、エドガー君が妄想王子を殴ったんだ、って!」
「きゃーー! エドガー君カッコいい! 好きな子の為なら、身分の差にも怯まず立ち向かえるのね!」
「そうよね! 愛よね、愛! 「俺のアルエットに近付くな!」って、怒ったんでしょ? ――で、そこんトコどうなの!?」

 うわあ……話に尾ひれがつきまくっとる……。
 なんなら背びれまでつきそうな勢いじゃん……。

 いやあのね、落ち着いて?
 そんな、めっちゃ目ぇキラッキラさせて詰め寄って来ても、君達がお望みの話なんてどっからも出てこないんだYO、お嬢さん方……。
 つか、平民の子達にまで、『妄想王子』なんてしょうもねえあだ名付けられてたんだ、あいつ。
 どんだけ自分で自分の立場と名前をサゲてんだか……。
 まあ、そのナイスなネーミングに関してだけは、心から同意する。

「……お2人に、残念なお知らせがあります。その話は、半分以上尾ひれがついて盛られたお話です。
 奴が妄想王子を殴ったのは、私共々、何日もストーカー紛いのつけ回しにあったからだよ。昔から気ぃ短いのよね、エドガーは」
「「ええ~~!? なにそれ、つまんな~い!」」
 私がキャラメルマキアートを口に含んで飲み下し、悟ったような口調で言うと、ティナとニーナから不満の声が上がる。
 ホント、恋バナ大好きだよね。あんた達は。
 だが、許せ友よ。ない袖は振れぬ。
「声ハモらせても現実は変わんないわよー、お2人さん。それよりケーキ追加で注文しない?」
「も~。美人のくせに、そうやってすーぐ食い気に走るんだから」
「だよねえ。もうあなたも大人の仲間入りしたんだし、もうちょっと色気ってものを身につけてみたら?」
「はいはい、更に残念。色気なんていらないよ。食い気の方がよっぽど大事。人間色気がなくたって生きていけるけど、食い気がなくなったら命に係わるんだからね?」
「きょくろ~ん」
「残念びじ~ん」
「うっさいよ、2人共!」
 ふざけた口調でブーイングを垂れてくる友人を尻目に、私は再びテーブルの隅に立てかけられている、メニュー表を手に取り、ウキウキ気分でページをめくるのだった。
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