23 / 55
第2章
13話 隣家の火事、分かりやすく飛び火 前編
しおりを挟む結論から言うとアディア嬢は、あれ以降学園には戻って来なかった。
現在学園内に流れている、彼女に関する噂は幾つもある。
病気療養の為、王都から離れた片田舎の街に移されたとか、第二王子に取り入ろうとした、不遜な毒婦として王都を追放されたとか、聖女の不興を買って、子爵家ごと消されたとか。
どの噂話がどこまで本当なのか分からないが、最後の1つだけは全力で否定したい所だ。冤罪だと叫びたい。
ちなみに、アディア嬢関連の詳しい話は、わざと当事者であり続けたメルローズ様や、仕掛け人として暗躍していたヴィクトリア様とユリウス様も、あまり詳しくは知らないのだと言っていた。
分かっているのは、アディア嬢が突然学園を自主退学して姿を消した、という事と、彼女の実父、メートレス子爵が突然脱税の疑いで捕縛されたという事、その子爵のせいで、メートレス家が没落寸前の状態にあるらしいという事。それくらいである。
ユリウス様曰く、どうやらアディア嬢の奇行を重く見た、上位貴族の家が幾つか水面下で動いたようだ、という所までは分かったが、それ以外の話はさっぱり分からない、との事だ。
ただ、いつものように、月イチでお付き合い頂いている平民式のお茶会の席で、未だ『公爵家の跡継ぎ』でしかない自分には、家と家を繋いでいる暗黙の了解など、社交界の暗部に連なる詳しい話を知るだけの権利や権限はないので、やむを得ない所も多いのですわ、と、苦く笑う姿が印象に残っている。
しかし――なんと消化不良な結末である事よ。
バカ王子は、現在病気療養の名目で長期休学中の上、復学のメドが立っておらず、そのバカ王子の手先になっていたアディア嬢も、自主退学で学園を去った。
残されたバカ王子も復学の際には、貴族院から出る事、もしくは、平民用の学舎とその敷地内に足を踏み入れる事を、固く禁じられるのではないか、とエドガーやメルローズ様達は予想している。
こんなんじゃ、バカ王子をざまぁできねえじゃねーか!
吠えた所でどうしようもないと分かってても、吠えたくなるだろこの状況!
聞いた所によると、現在王家からクルーガー公爵家に対する連絡は、何もないらしい。
当然、メルローズ様とバカ王子の婚約も続行中で、解消には至っていない――というか、現状として、まず解消不可能なのは間違いなさそうだ。
問題行動は多々あれど、王家から弾き出さねばならないほどの致命的なやらかしはまだないので、できればこのままメルローズ様と結婚させ、臣籍降下以降はメルローズ様にバカ王子の手綱を取ってもらいたい、というのが、女王様の偽らざる本音なのだろう。
どんだけバカであろうと息子は息子。
そして何より、どんだけ至らなかろうが王子は王子なのだ。
扱い方をひとつ間違えれば、私的な意味でも公的な意味でも大変面倒な事になってしまう。
だからこそ、現状維持という措置を選んだのだろうが、不可抗力とはいえ、救いがたいバカを製造してしまった王家の尻拭いの為、致命的事故物件を押し付けられる羽目になった、メルローズ様が気の毒でならない。
あの王子との婚約なんて、誰の目から見ても貧乏くじ引かされてる感丸出しである。あんなバカの面倒を何十年と見続けるくらいなら、未知の珍獣の世話をしてた方がまだ楽だろうよ。
それから、うっかりご報告を忘れていたが、エドガーも秋の終わりに誕生日を迎え、15歳になりました。
取って付けたみたいな言い方だけど、腐れ縁の友よ、おめでとう。
ただ、エドガーは表向きには帝国へ留学中、バカ王子は病気療養の為休学中、というスタンスを取っている為、国内における公的な誕生式典などの行事は、今年は特に行われなかった。
エドガーはいつも通り、今お世話になっている商家が貸し切りにしたお洒落なレストランにて、ささやかな誕生パーティーを開いてもらえたようだ。
バカ王子の方は知らん。
私とシアも、いつも通りエドガーの誕生パーティーに友人枠としてお呼ばれしていたのだが、今年はパーティーの前日、折悪くシアが風邪を引き、高熱を出して寝込んでしまった為、私も出席を見合わせていた。
単に無症状なだけで、実際には私も保菌している可能性があるから、というのも理由の1つだけど、何より、熱に浮かされて苦しんでいる妹を放置して、よそのお家でニコニコしながらご馳走食べる気になんてなれなかった、というのが最大の理由だ。
その代わり、せめて贈り物くらいはその日のうちにしておこう、と思い、王都で一番規模の大きい牧場から、上等な牛肉の詰め合わせセットを購入し、それを誕プレとして贈ってみた。
奴は無類の肉好きだし、私ももう大人の仲間入りをしている立派な女。
毎年の誕生日みたいに、学園で使う文房具を贈るってのも芸がないし、ちょっとガキ臭いかな、と考えたのです。
なので、上記の肉セットを贈ろうと思い付いて実行した時には、我ながらいいチョイスだと思ってたんだけど、学園で顔を合わせた際、呆れ顔をしたエドガーから、ちょっと文句を頂く羽目になってしまった。
ああいう物は、親類縁者とか商売相手とか、そういう家単位での付き合いがある相手へ、「どうぞ今後もよしなに」という意味を込めて贈る物であって、誕生日プレゼントとしてチョイスするモンじゃないだろ、とか何とか。
ああうんそうだね。正論だわ。
よく考えたらあれって、学校の友達の誕生日に、お歳暮のハムセットを贈るようなモンだよね……。
指摘されて気付く私も大概センスがない。いやホントごめん。
最終的に、取り敢えず肉は商家の人達と美味しく頂けたし、気遣い自体は嬉しかったので礼を言うけど、今度はもう少し考えてくれ、と注文をつけられたので、次は花とかクッキーの詰め合わせとか、そういう無難な物を贈ろうと思っている。
そんなこんなで時は年末。
あともう数日後には、つつがなく1年を過ごせた事を、女神に感謝する為の年末パーティーがある。
そして年が明けた翌日には、無事に新たな年を迎えられた事を喜び祝う年始のパーティーが、王国内のそこかしこで開かれ、文字通り国を挙げてのお祭り騒ぎになるのが恒例。
それは学園内でも同じ事だ。
しかしながら、当初私達がざまぁの舞台の1つとして選んでいた、その年末年始のパーティーが開かれるまでに、バカ王子の復学が間に合うかと言われれば――答えは間違いなくノーであろう。
まあ、そうなってしまったものは仕方がない。
ここは気持ちを切り替えて次の機会を待とう、と結論付け、私達は年末年始のパーティーを素直な心持ちで祝う事にした。
貴族と平民は学園内でもパーティー会場が別だから、メルローズ様達と過ごす事はできないけど、本来めでたい事なのだし、ここはお互いに思い切り楽しく過ごそうじゃないか、と。
ええ。そう思っていたんですよ。
◆◆◆
そろそろ陽が落ちようかという時間帯にも関わらず、学園内の庭で昼から開かれているパーティーは、未だ終わりの様相を見せていない。
むしろ、まだまだここからが本番だと言わんばかりに、みんな大盛り上がりしている。
平民専用の校舎がある敷地の中庭は、魔法で作られた暖かな灯りでキラキラと輝き、日没が近づくごとにどんどん下がっていく気温や風の冷たさも、魔法の結界によって全て阻まれて、パーティー会場には全く入ってこない。
そんなファンタジー要素満載の快適空間にて、私とシア、エドガーも、それぞれお喋りやら食事やらを楽しんでいた。
ぽっかり空いた会場の中央付近では、数人の少年少女が、学園の制服姿のままノリノリで収穫祭のダンスを踊っており、周囲の子達が歌うちょっと調子っぱずれな歌と、大きな手拍子の音がそれに花を添えている。
収穫祭のダンスは、貴族が男女のペアで踊る優雅なダンスとは違い、大きな円を作り、パートナーを頻繁に変えながらぴょんぴょんと跳ね踊るもので、どちらかと言うと、アップテンポになった変形版オクラホマミキサーみたいなダンスだ。
ちなみに、このダンスにおけるパートナーは、必ずしも男女の組み合わせである必要はない。男も女も入り乱れ、ただ天の恵みと女神の祝福に感謝を捧げる為、ひたすら陽気に舞い踊る。
順序もルールもほぼ皆無な、ノリと勢い任せの踊りだが、その行き当たりばったり感溢れる踊りがまた、見てても踊っててもかなり楽しい。
周囲の熱気に引っ張られて、気づけばテンション爆上がり。
連帯感と一体感がクセになる。
飲んで食べて踊って歌い、ちょっと疲れたら端に寄って、手拍子打ちに笑顔で参加。
そうこうしているとまたお腹具合に余裕が出てきて、また飲み食いし始めるという、ご機嫌というか能天気というか、とにかくそういうループが出来上がっていた。
エドガーもシアも、ご機嫌絶好調なニーナ達に引っ張られ、ダンスに混ざっている。
うんうん、シアも楽しそうだしエドガーも楽しそう。
え、私? 私はさっきまで踊りまくってたので、果実水を頂きながらクールダウン中です。
流石にちょっと疲れたわ……。
だがここで、楽しい楽しい平民流のパーティーを楽しんでいる私の所に、厄介事を持って来る客が現れた。
紺色の制服を着た、見覚えのない男子生徒と女生徒――袖口のラインからして、下位貴族の令息と令嬢だと思われる――が、血相変えて私の所に走って来たのだ。
「――いた! 聖女様だ!」
「本当ですか? よかった!」
「「お騒がせして申し訳ございません!」」
「は? へ? な、何ですか、あなた達は」
どっちも栗色の髪に翠の瞳をしたその令息と令嬢は、戸惑う私にお構いなしで、突然声をハモらせ深々と頭を下げてくる。
それから令嬢の方が、ここまで走って来た割にはあんまり血色がよくないお顔で、「お願いします、一緒に来て下さい!」などと言い出したからさあ大変。
あの、何が何だか本気で分からないんですが!
周りの子達も異変に気付いてざわつき始めてるよ!
「え、ええと、すみません、どういう事でしょうか。あなた方は貴族の子女でいらっしゃいますよね? そのような方々がなぜ――」
「あっ、はい、そうです、そうですが、今はっ、とにかく大変で……! そのっ、本当に申し訳ございません! 不作法をどうかお許し下さい!
あのっ、でも、どうか話をお聞き頂けませんか、聖女様! とっ、とにかく大変なんです! 休学中のはずのアーサー殿下が、突然こちらのパーティー会場に現れて……!」
令息があわあわしながら言う。あわあわし過ぎて、貴族らしい話し方が全くできていない……ってか、はあ!? バカ王子が!? なんぞそれ! どういうこっちゃ!
「え、ええ! そうなのです! それで、いきなりメルローズ様を糾弾し始めたのです! 殿下はそのっ、メルローズ様に、せ、聖女様をいじめただろう、とか、訳の分からない事を仰っていて! 私達、もうどうしていいのか……!
聖女様、無礼を承知でお願い致します! どうか、どうか殿下を止めて下さいませ! あのっ、あの方っ、帯剣しておられるのです!」
――帯剣。
令嬢の口から吐き出されたその言葉を耳にした直後、私は全力で駆け出していた。
――今日という今日は許さんぞ! 聞いているのか!
――俺に対する敬服の心もないばかりか、嫉妬に狂っていじめを行うとは!
――どこまで見下げ果てた女なのだ、貴様は! 醜いにもほどがある!
――何を言うか! もはや母上とて、貴様をお許しにはならんからな!
敷地内にある案内表示板に従って走っていくと、大変聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてくる。あのバカ王子の声だ。
なんか知らんが、一方的に怒鳴り続けているようだ。
バカ王子の怒鳴り声を聞きながら走る事数秒。
制服姿の男女が作り上げている人垣が見えてきた。
「すみません、通して下さい!」
私が後ろから声を上げると、すぐさま人垣が左右にサッと割れる。
人垣に囲まれている場所の中央、対峙するような恰好で向かい合っているのは、言わずと知れたバカ王子とメルローズ様。
そして、メルローズ様の傍には、ヴィクトリア様とユリウス様の姿もあった。
バカ王子とメルローズ様達を取り巻いている空気が、酷く張り詰めているのがここからでも分かる。
「メルローズ様――!」
私が声を上げたのと、バカ王子が「もういい! そこになおれ!」などとほざきながら、左脇に佩いた剣を引き抜いたのはほぼ同時。
そして会場内から湧き上がる、複数名のご令嬢、ご令息の悲鳴。
「なっ…にやってんだこのクソガキがあああああッ!!」
ついでに私も瞬間的にプッツンし、身体強化魔法を手足にかけて地を蹴った。最初の踏み込みの勢いで、青い芝生が地面ごと大きく抉れ、宙に舞い上がる。
5メートル以上ある距離を、強化された脚力によってほとんど一足飛びで詰めた私は、噴出する怒りの感情に任せて左拳を握り締め、今更私の存在に気付いて目を見開いているバカ王子の顔面を、思い切り殴り付けたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる