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第2章

閑話・ある御使いの手記

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 私の名はクラニア・エルバ。
 エルバ伯爵家の娘であり、創世の女神とその代理人たる聖女様にお仕えする者として、恐れ多くも御使いの称号を頂いている者でございます。
 王城にて開かれた、王立裁判の判決が出てから1週間後。
 ノイヤール王国の第二王子、アーサー殿下の葬儀は、大神殿の一角で静かに執り行われました。

 通常、王族の葬儀――特に、王の直系に連なる者が没した際には国葬が行われ、国中の民が弔意を示すものですが、アーサー殿下は、五大公爵家のご令嬢に対する殺害未遂という、取り返しのつかない罪を犯した方。そのような計らいなど成されません。
 国の民達にも、アーサー殿下の所業と罪人としての末路が、包み隠さず伝えられたと聞き及んでおります。
 その事からも、大切な一族の娘を害されかけたクルーガー公爵家の怒りの深さと、それに対する王家の謝意の深さが伺い知れました。

 国家とは、ただひとつの王家だけで動かしてゆけるほど軽い物でなく、その運営もまた、決して容易い物ではございません。
 女王陛下としても、これ以上クルーガー公爵家の心が王家から離れてしまうのは、何においても避けたい事柄だったのでございましょう。

 そんなアーサー殿下の葬儀に参列されたのは、女王陛下とアーサー殿下の兄君であるエドガー殿下。そして、2人の妹君であるマグノリア殿下と、カトライア殿下のみでした。
 王配たる父君は、女王陛下の留守を守るべきお方でもありますので、ここにはお姿を見せておられません。
 王配殿下は、大変愛情深いお方であると聞き及んでいます。
 やむを得ない事とは言え、1人の父親として、我が子との最後の別れを惜しむ事すら叶わぬこの状況に、胸の裂けるような思いでいらっしゃる事でしょう。
 誠に、辛く悲しいお話です。

 ご家族以外で葬儀の場に顔を出しているのは、教皇猊下によって選出された、葬儀の手伝いをする為の人員だけ。かくいう私も、葬儀の見届け人としての指名を頂き、その役割を果たすべくこの場にいるだけです。

 聞けば、アーサー殿下は最後の処断を受ける際、王族として自ら毒杯を賜る事を拒み、見苦しく騒ぎ立てた末、斬首人の手によって首を落とされたとの事。
 およそ王者の血を受けた者の振る舞いではございません。
 そのお話を耳にした時には、ただ怒りや呆れ、蔑みの感情が湧くばかりで、憐憫の情や弔意を抱く気になど、到底なれませんでした。
 しかしそれでも、王家の名において棺を用意され、血の繋がった家族が参列する葬儀が執り行われただけ、温情深い事であると言えます。
 くどいようですが、アーサー殿下は上位貴族の一族に対し、悪意という名の弓を引いた大罪人。王の血を引いた子でなくば、早晩晒し首とされていたのですから。

 やがて、司祭様が形式に則った祈りを捧げ終えれば、その時点で葬儀も終了となります。
 ご家族が寄り添う形で神殿内から運び出された棺は、神殿と王城がそびえ立つ丘陵の最も下にある、主に身寄りや縁者のない者達の亡骸が収められている、共同墓地へ運ばれて行く事となります。
 王宮の地下にある、歴代の王族の方々が埋葬された王廟へ入る事が許されない以上、それも致し方ない扱いであると言えましょう。
 むしろ、墓地に埋葬されるだけ、まだましだとも言えます。
 通常罪人は埋葬などされず、王都外の野へと打ち捨てられ、獣の餌にされるのが常なのです。

 神殿の外に出れば、葬儀が始まる前まで空を覆っていた、厚い鉛色の雲は全ていずこかへと流れ去り、私達の頭上には、いっそ皮肉なほど美しい蒼天が広がっていました。
 誰もが無言で棺を囲み、粛々と歩を進め行くその途中。
 神殿の出口にお出でになられていたのは、聖衣に身を包んだアルエット様と妹君のオルテンシア様でした。

 このような時に、このような事を思うのは、甚だしい場違いであると重々承知しておりますが、それでも思わずにはいられません。
 本当に、お美しい方々でいらっしゃる、と。
 アルエット様とオルテンシア様は、無言のまま私達へ平民女性の最敬礼を取られると、傍らに控えていた神殿女官から2種類の花を受け取り、そのうちの1つを、棺の上に乗せられた手向けの花束の中へ差し込み、もう1つを女王陛下へ捧げられました。

 棺に手向けられた花の名はアスセイナと言います。幼子の拳大ほどの大きさの、ユリに似た淡い黄色の花です。花言葉は、『悔恨』、『浄化を願う』。
 一方、女王陛下に捧げられた花の名はミュラと言い、目の覚めるような青い色を持つ、スズランの仲間です。花言葉は、『あなたの悲しみに寄り添います』。

 花を受け取られた女王陛下が、お二方へ深々と頭を下げられると、それを受けたお二方も、改めて女王陛下へ頭を下げたのち、棺を運ぶ為の道をお譲りになられました。
 アルエット様とオルテンシア様は、最後までお言葉を発する事はありませんでしたが、わざわざお持ち下さった花の花言葉を鑑みれば、お2人がどのような心情であられたか、また、女王陛下とアーサー殿下へ、どのようなお気持ちを持っておられるのか、その全てが如実に伝わってくるようでした。
 当然、女王陛下にも、そのお心は十二分に伝わっている事と思います。

 埋葬が終われば、今度は城内で手続きが行われます。
 アーサー殿下の正式な廃嫡と、王籍からの抹消です。
 五大公爵家の令嬢の経歴に傷を残さぬよう、アーサー殿下は令嬢と交わしていた婚約をなかった事にされるばかりか、代々王家に受け継がれてきた家系図からもその名を消され、『初めから生まれていなかった』事とされる。そういう手続きです。
 殊の外むごい話ですが、私とて王国に生まれた貴族の娘。
 これも王家とクルーガー公爵家との関係を悪化させぬ為、必要な事なのだと理解しております。

 せめて私も、女神に仕える身として静かに祈りを捧げましょう。
 偉大なる創世の女神よ。
 願わくば、愚かな行いで身を滅ぼした、かの王子の魂が行き着く先に、あなた様の慈悲によって形作られた、浄罪の道が開かれておりますように。
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