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第1章
5話 転生令嬢と早々のピンチ
しおりを挟む山の天気は変わりやすい。
しとしとと降り注ぐ雨が、あちらこちらに密集するように生え並ぶ木々と、下生えで覆い尽くされた地面を濡らしている。
山中で偶然見つけた洞窟の中、私とリトスは2人並んで三角座りしながら、その光景をぼんやりと見つめていた。
いきなり朝も早よから牢の外に引っ張り出されたかと思うと、今度は城下町まで連行され、あれよあれよという間に適当なボロ服に着替えさせられ、幌もない荷車に乗せられた挙句、城下町の往来で晒し物にされながら王都を出る事数時間。
尻どころか、全身が余すところなく痛くなってきた頃、私達は国境に近い山のふもとに、粗大ごみよろしく放り出された。
そんな中、雨が降り出す前に、多少なりとも身を落ち着けられる場所を発見できたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
つーかさ。
城下町にお住いになっている平民の皆々様に、是非とも申し上げたい事があるんですけど、いいですか。
私とリトスが追放される理由もろくに分かってないくせに投石すんな。このクソッタレ共。
ホントもう、荷車に乗せられる直前に偶然聞いた、道端でダベってるおっさん達の会話とか、マジで酷かったもんな。
「なあおい、なんか知らねえが、こんな扱いされてるって事はあのガキ共罪人だろ?」
「ああ。あんなチビがなにやったんだか知らねえが、国外追放だとよ」
「国外追放? ンな沙汰を喰らうなんざ、よっぽどの重罪人だな。ロクなもんじゃねえ」
「お触れを出した役人が言うには、あのガキ共は不幸を撒き散らす悪魔なんだとよ」
「悪魔ぁ? あんなガキンチョがかぁ?」
「眉唾だよなあ。でもまあ、悪魔だろうがなんだろうが、罪人を庇い立てする事もねえか」
「だな。ってか、どうせだから石でも投げてやろうぜ。あれ、お貴族様のガキなんだってよ」
「そりゃあいい。毎度毎度貴族にゃロクな目に遭わされてねえし、いいストレス解消になりそうだ」
「んじゃあ、目抜き通りの連中にも声かけて来ようぜ。みんなで鬱憤晴らしと洒落込もうや」
正直、速攻荷車から飛び降りて、あいつらぶん殴りに行けばよかったと後悔してる。
だってその後私達、あいつらのお陰で大通りに出た後、道の左右に居並んだ大勢の人達に石投げ付けられまくったから。
ていうかさ! そん時の石がこめかみにぶち当たって怪我したんですけど! 私! 大した怪我じゃなくても痛いモンは痛いんだよ! リトスに怪我がなかったのはよかったと思うけど!
ていうか、あそこで咄嗟にリトスを庇わなかったら、リトスのこのご尊顔に傷がついていた可能性が高い。そう思うと、それだけで心中穏やかじゃなくなってくるがな!
ああもう! 思い出すだけでムカつく!
あの王侯貴族にしてこの平民アリだな!
マジで滅びちまえ! あんなクズしかいねえ国!
私が色々思い出して、脳内ムカチャッカファイヤー(これもう死語になってるってホント?)状態でいると、隣で黙って三角座りしていたリトスが、おずおず声をかけてきた。
「プリム……。頭の怪我、大丈夫?」
「え? ああ、平気平気。もう血も止まってるし、そんな酷い怪我じゃないから」
「で、でも、血が顔まで垂れてたのに……!」
「だから平気だってば。頭の怪我って、大した傷じゃなくても結構血が出るモノなのよ。それより、リトスの方こそ平気? 寒くない?」
「う、うん、平気! このくらいなんとも……っくしゅっ!」
「…………。ホントは寒いんでしょ」
「ちちっ、違うよ! なんともないよ!」
「そんな強がらなくたっていいのに」
「違うったら!」
どうやら、虚勢を張った直後にボロが出たのが恥ずかしいらしく、リトスが真っ赤な顔で言い募ってくる。
やっぱ、8歳でも男の子は男の子だなあ。ちょっと微笑ましいぞ、リトス。
状況的に、自分がしっかりしなくちゃ、とか、だらしない所を見せちゃいけない、とかって意識が、強く働いてるのかも知れないけど。
あとは、大変なのは自分だけじゃないんだから、甘えちゃだめだ、とかかな。
うん。分かる分かる。気遣い屋の優しい子だもんね、あんたは。
仕方ない。ここはお姉さんが助け舟を出してあげましょう。
「はいはい、分かりました。ていうかむしろ、私の方がちょっと寒いんだけど」
「……えっ!? さ、寒いの!? どどっ、どうしよう!?」
「慌てなくても大丈夫。本で読んだんだけど、こういう時には体温を逃がさないように、お互いくっついてるのがいいのよ。そうい訳だから、ちょっとこっち来て」
「ふぇっ!? ……あ、あの、く、くっつくの? 僕が、プリムに?」
私の発言を聞いた途端、リトスの顔がほんのり赤くなる。
ああもう! なんだよその可愛い顔は!
いっちょ前に照れおってからに! このおませさんめ! 私が小さな男の子にやましい感情覚えるような、ショタコン姉さんじゃない事を天に感謝しろよ!
「他に誰がいるっていうの。ほら、分かったら早く来る!」
私は頬が緩みそうになるのを我慢しつつ、少し強めの声を出して手招きした。
実際ここは山の中で、平地と比べて気温が低い。
そして更に言うなら、現在の季節は秋なのだ。今は雨降ってるからよく分からんけど、陽が落ちて周りが暗くなるにつれ、外気温も容赦なく下がっていくだろう。
下手すりゃもう今晩中に、2人揃って凍死エンドを迎える羽目にもなりかねない。
そういう危険な状況に置かれているのですよ。私達は。
王族に生まれた男児として、「常に女性とは一定の距離を保ちなさい、女性にみだりに触れてはいけません」、とかいう教育を受けていたであろうリトスには、結構ハードルの高い行いだと分かっている。
だが、もう今は変に照れたり、気を遣ったりしてる場合じゃないのだ。
やがて、私が本当に真剣に言っているのだと理解したのか、リトスは意を決したような顔で「分かった」とうなづくと、私との距離を一層詰めて、私を横からぎゅっと抱き締めてくる。結構思い切りがいい。
うん。自分で言い出しといてなんだけど、ちょっとびっくりした。
儚げな見た目に反して、だいぶ肝が据わってるな、友よ。
――なんて。呑気な事を思っていられたのは、最初のうちだけだった。
雨は一応止んだけど、今度は日没を待たずして、気温がガンガン下がり始めたのだ。
うわあああ! 寒い寒い寒い!
あまりの寒さに歯の根が合わなくなり、口からガチガチという音が絶えず漏れ続ける中、私とリトスは、もはや恥も外聞も全てかなぐり捨て、お互いの身体に必死の思いでしがみ付いていた。
ヤバイ。秋の山の中ってここまで冷えるのか。
くそぅ、舐めてた。山舐めてたわ……!
私は内心で歯噛みする。
このままじゃ本当に凍え死ぬかも知れない。そんなの嫌だ。享年10歳&8歳とか、どんだけ悲惨な話だよ。あり得ないだろ。ふざけんな。
ていうか、ンな事になったらリトスが可哀想過ぎるだろうが!
ああ、せめて毛布があれば! 毛布が欲しい! 誰か毛布を! 毛布をくれ!! も~う~ふ~~っ!!
そんな事念じた所でなんの意味もない、と分かっていたが、念じずにはいられないほど寒いんだから仕方ない。
我ながらしょうもないよな、と自嘲じみた笑みを浮かべた瞬間。
すぐ後ろから、ポン、という、何だか微妙に間の抜けた音が聞こえてくる。
「……?」
「な、なに、今の音……」
私達が恐る恐る背後を振り返ると、なぜか私の背中のすぐ側に、綺麗に畳まれた厚手の毛布が置かれていた。
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