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第4章
8話 急転する事態
しおりを挟む私とリトスを呼び止めたのは、エフィがいつも早朝に向かう牧場の近くに住んでいるおばあさんで、今は主に、日中配達先から回収されてきた、空のミルク缶や瓶を洗って牧場へ戻す、という仕事をしている人らしかった。
歳のせいで昨今、日に日に朝目が覚めるのが早くなっているというおばあさんは、今朝も陽が昇る前に目を覚ましたらしい。
無論、そうして早く起き出した所で、早々こなさねばならない仕事がある訳でもないおばあさんは、朝食を済ませるその前に、気まぐれに散歩に出たそうだ。
そうして、歩き慣れた道を緩やかに歩いている最中。
おばあさんは目撃した。
大きな麻袋を荷台に押し込め、街の外へ向かって走り出す一台の幌付き荷馬車を。
しかしその時おばあさんには、押し込められた麻袋の中身がなんであったのか全く察しも付かなかったし、誰かに知らせようとも思わなかった。
ひょっとしたら牧場関連の人間が、なにか急ぎの荷を運んで行く所だったのかも知れない、と思ったのだ。
だから、その場では特に何も騒ぐ事なく家へ戻ったのだが、陽が高く昇って周囲の人達が『人攫いが出た』、だの『牧場の若奥さんとシスターが消えたらしい』だのという話が耳に入ると、落ち着かない気分になってきた。
もしかしたら、自分が早朝に見た幌馬車が、荷台に積み込んでいた麻袋の中身は人間だったのではないかと、そんな風に思えてきて。
そして、一度思い浮かんで脳裏をよぎった疑念を捨てられなくなったおばあさんは、道々人に話を聞きながらこの宿にやって来た。
この宿に、攫われた女性の身内が泊まっていると知って、自身の見た事を証言する為に。
つまらない思い込みで遅きに失したかも知れないと、内心で震えながら。
◆
結論から言うと、おばあさんが見た幌付き荷馬車はやはり、件の人攫い達が使っていた物と見て、間違いなさそうだった。
おばあさんから聞いた情報を急ぎ警備隊の人達に伝えた所、情報の信憑性が高いと認められ、即座に本格的な捜索隊と討伐隊を編成しよう、という話になったのだが、規模の大きな部隊を編成するとなると、少々時間がかかる。
だが、そうとなると当然、部隊編成の間に、人攫い共にエフィ達を連れてトンズラこかれる危険性も出てきてしまう。
そんな事になっては一大事、という訳で、ひとまず私はリトス、シエル、シエラと一緒に、その場で急遽編成された斥候隊の人達と、荷馬車が走り去ったという方角に向かってみる事になった。
実の所、警備隊の人達は当初、私達が斥候隊について行く事に難色を示してたんだけど、リトスとシエルが村の猟師会に所属していて、それなりに剣を扱える事と、私とシエラがちょっとしたスキル持ちだという事を告げると、無理をしない事を条件に、どうにか同道を許してもらえた。
お手数おかけしてすみません。
でも、力を持ってるのに何もせず、他人様の仕事を指咥えて見てるだけってのは、やっぱ精神的に辛くてモヤモヤするんです。
街を出てしばらく進むと、道が二股に別れている地点に出た。
向かって右はレカニス王国の国境に続く道で、左は西にある別の国の国境へ続く道だ。
無論、こんな所で呑気に「さて、人攫いはどっちに行ったんでしょ?」…なんてグダグダ迷ってる暇はないので、ここはサクッと二手に分かれて捜索を続ける。
まず、6人で出て来た斥候隊を3人ずつに分け、そのうち私とリトスは右のレカニス王国側へ向かう小隊に、シエルとシエラは、左の別の隣国がある方へ向かう小隊について行く事にした。
なんか、シエラが強引にそういう割り振りにしたんだけど、理由は分からん。
一方のシエルは不満タラタラで、色々と不満や文句を言ってたが、結局シエラに押し切られて左の道へ連行されて行った。左手首をガッチリ掴まれ、半ば引きずるように連行されていくその様たるや。
つい頭の中に、ドナドナのメロディが流れたくらいだ。
ていうか、村を離れてこっちに来てからというもの、なんやかんや言いつつずっとシエルと一緒にいてシエルの世話焼いてるし、あんまりシエルの傍を離れようとしないんだよね。シエラ。
……。これってもしかして、シエラは弟離れができてな――ゲフンゲフン。
私は、ついうっかり口から零しそうになった言葉を慌てて飲み込む。
いかんいかん。冗談でもそんな事言ったらシエラに睨まれる。
シエラは頭の回転が速くて口も達者だから、下手に絡むとメンタルフルボッコにされてしまう。気を付けねば。
ともあれ、二手に分かれて更に道を進む事しばし。
やがて道から少し逸れた場所に、こぢんまりした林が見えてきた。
街へ来る時には大して気にも留めてなかったが、今となっては怪しい場所に思える。
素人の私が怪しいと思うくらいだ。当然斥候隊の人達も怪しいと感じたようで、ここから国境まではまだまだ先も遠いし、ここはこの林の中を調べてみよう、という話になり、林に近付いて行けば案の定。
林の中へと続いている、適当に地面を踏み固めて作ったとおぼしき狭い道には、真新しい轍の跡がついていた。
こいつはいよいよ臭いな、と思いつつ、音を立てないよう慎重に轍の跡を辿って進んで行く。すると、早々におばあさんから聞いた通りの特徴を持つ、幌付き荷馬車を発見した。
そして、荷馬車の近くにある小さな小屋の中からは、複数の人の話し声が。
……。これって……本当に、ひょっとしたらひょっとするんじゃない?
心の中でうそぶきうつ、更に小屋へと近づき、小さな明り取りの窓からそっと中を覗き込む。
窓から見えたのは、椅子や机に座ってダベッている4、5人の男達。
それから、縛られた上に目隠しされ、猿轡まで嚙まされたエフィと、見知らぬ女性(多分、一緒に攫われたシスターだろう)、そして、数人の小さな子供達が床に転がされている光景だった。
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