秘境リゾート『ホテル・アイランディア』からの脱出

八田 英輔

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第4話  鬼仲居

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 ジャングルを逃げ回るうちに、二人は方向がわからなくなってしまった。
「どうしよう、どっちに行こう」
「どっちに行っても海に出るはずだから、とりあえず走っとこ」
 ついさっきまで聞こえていた女性たちの荒ぶった声は今では止んでいる。静かになってみると、鳥と虫の鳴き声がなかなかにうるさかった。かすかなせせらぎの音も耳に届いている。
「川やな」
「来るときに渡ったやつかな」
「こんな小さな島にそう何本も川ないでしょ」
 二人は水音のする方を目指して小走りで進んだ。
 ガサッ、と、突如二人の正面に誰かが立ち上がって懐中電灯の明かりを向けた。
「ギャー」
 泥と鼻血で汚れた山田の顔を見て、スウェット姿の女性が叫んだ。二人は急停止するも下り坂のために止まりきれずに突っ込んだ。
 女性は突っ込んでくる山田に拳を突き出し、すでにめちゃくちゃな顔面に食らわせる。
「ふぐっ」
「触るな、ボケがぁ」
 紺野は転がり斜面の下の方で止まった。
 山田はリンボーダンスに失敗したようなコケ方をして、星空を眺めていた。
「マジきれいじゃん」
「おい、一匹倒したぞ」
 スウェットの美女が大声で言った。その様子を紺野は木の陰から覗いていた。夕食を給仕してくれたあの美人仲居やん。美女はポケットから白いひもを取り出して、山田の腕と胴体をぐるぐる巻きにした。なんか、SMとか始まりそうやん。
 美人仲居は作業を終えると、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。一服している。
 その隙に、山田が覚醒し始めていた。
 紺野も動き出した。煙草を見て思いついた。ジーパンのポケットからライターを取り出し、ゆっくり遠回りして倒れている山田に近づいた。小石をいくつか拾い、投げた。石が木に当たる音がすると同時に火をつける。仲居は音のした方へ身を乗り出し、紺野は山田を縛っているひもをライターの火で焼き切った。幸い、丈夫なロープではなくビニルひもだったために時間はかからなかった。
「バアッ!」
「キャッ」
 山田は飛び上がって仲居の耳元で大声を出し、驚いた仲居は機敏に振り返ってビンタを食らわせた。
 二人は転がるように斜面を下る。
「ヤロー、逃げんなクズどもがぁ」
 背後から怒号が飛んでくる。
「あの人、実はあんなんなん?ショックやわー、立ち直れんかもしれんわー」
「無理無理無理、あんなの無理」
「いいじゃん山ちゃん、普通に生活してたら美人に殴られることなんかないやろ」
「じゃあ、今度はおまえが殴られろよ」
「いやぁ、そういうの、山ちゃんの役目でしょ」
 せせらぎの音が大きくなって、川に出た。
 紺野は山田を縛っていたひもの先を輪っかにして、投げた。落ちた。
「このひも軽くて」
「重しつければいいじゃん」
 地面から手ごろな枝を拾って輪の先にくくりつけ、再び投げる。落ちた。
「もしかして不器用?」
「ちょっ、なんでそういうこと言うのー。もう、やる気なくしたわー」
「貸して」
 つぎは山田がトライする。投げては落ち、投げては落ち。やがて、背後から人が集団でやって来る声と足音が聞こえてきた。焦る二人。
「えいっ、くそっ」
「もー何してんのー」
「黙れって」
 ひもが投げられ、止まった。ようやく木に引っかかったようだ。
「よし」
 斜面をガザガザと下りてくる音がして振り返ると、板前と仲居たちが一塊となって迫っていた。
「紺野」
「山ちゃん」
 二人は紐をつかむと、助走をつけて飛び上がった。
 対岸までは届かなかった。浅瀬に落ちた。
「走れっ」
 うしろを見ると、追っ手は走って川を渡って来る。
「渡れたやん、山ちゃん、なに時間の無駄なことしてー」
「きみでしょ?やり始めたのきみでしょ?」
 捕まるまいとダッシュする二人の前方にヌリ壁が現れた。
「わっ」
「ぎゃんっ」
 ガシッと、大柄な仲居が二人の首をそれぞれの腕で羽交い絞めにした。そのまま引きずるように連行する。
「まさかの横綱っ」
 口走った山田の首をホールドする力が強まる。
 二人はゴミ袋のようにカートに放り込まれた。
 金太郎仲居も乗り込み、二人の間に座って両脇をしっかりとホールドする。その圧力はマッチョ以上だった。
「お、おねえさん、強いですね。ボクゥ、強い女性っていいなってずっと思ってたんですよー」
 ギロリ、と睨まれる。
「き、筋肉しっかりついてますやん。適度にやわらかいところなんか女性らしくて、ねぇ、うん」
 金太郎はしゃべらなかった。無言の圧力で二人を押しつぶす。
 カートが動いた。ドライバーが振り返り、白い歯を見せて笑った。フロントヤクザだった。
「うわっ、絶体絶命やな、これ」
 あきらめたように紺野はため息をついて体の力を抜いた。
「もうちょっとやったのになぁ、残念だわー」
 山田の耳には芝居がかって聞こえた。
 紺野はジーパンのポケットからスマホを取り出した。
「今何時?」
 そう言いつつ、落とした。
「あっ」
「あっ、と、止めて、止めてください。スマホが」
 カートが止まった。
「ちょっと探してきますんで」
 降りようとした紺野を金太郎がつかんでホールドした。
「そこにいてください。探しますから」
 フロントヤクザがカートを降りて、懐中電灯で地面を照らしながら離れていく。
 なるほど、と山田は理解した。ヤクザは排した。残るは金太郎。
 山田は紺野に目配せをした。紺野は頷いた。
 山田は金太郎に抱き着き、汚れた顔を金太郎の顔に近づけた。口はもちろんチューの形。
「なにすんじゃ、オラァ!」
 山田は宙を飛んだ。その隙に紺野がカートを降りて逃げる。
「待て、コラァ!」
 気合の入った横綱の雄たけびを上げて、金太郎もカートを降りる。フロントヤクザも気がついた。
 金太郎は紺野を追いかけている。山田は立ち上がってカートに飛び乗り、発進する。
 左のジャングルに突っ込んでいった金太郎が気づいて戻って来る。が、紺野は道路横の木の幹に張りついていた。
 紺野もカートに飛び乗り、ハイジャックに成功した。
「やった、やった、オレたち天才」
「おお、山ちゃんの勇気には恐れ入ったわー」
「あのままチューしちゃってたら別の意味で死んでたけどね」
「おお、山ちゃんにも好みがあるんやな。ずっと彼女おらんから男が好きなのかと思ってたわー」
「もう泣いちゃう」
 しかし、山田は運転が下手だった。しばしば道路から脱線しては戻り、脱線しては戻りを繰り返す。
 うしろでは金太郎とほかの仲居たちが合流したようだ。凄まじいバトルが始まった。
「おい、そこのブタァ!」
「どの豚だよ」
「おめぇだよ。なに逃がしてんだよ」
「そっちが逃がしたのを拾ったんじゃねぇか」
「フロントもいたくせに、それでも男かよ」
 やくざの声はしなかった。
 しだいに声が遠ざかっていく。
「ティラノVSティラノって感じだね」
「あの人たち、表ではあんなに上品で優しげなのに、裏ではこんなんなん?ホテル恐っ」
 カートはくねくねと進む。そのうち木にぶつかるかもという不安な思いを乗せて。


 監視カメラを見ていた支配人は、背広を脱いで、ジャンパーを羽織った。
「行くんですか?」
「行ってくる」
 女性フロントに懐中電灯とカートのキーを手渡され、支配人はロビーを横切り外へ出た。
 雨が降り始めていた。
 ベルトに取り付けたケースからピッチを取り出し、電話する。
「おじいを呼べ」




  




 
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