4 / 5
第4話 鬼仲居
しおりを挟むジャングルを逃げ回るうちに、二人は方向がわからなくなってしまった。
「どうしよう、どっちに行こう」
「どっちに行っても海に出るはずだから、とりあえず走っとこ」
ついさっきまで聞こえていた女性たちの荒ぶった声は今では止んでいる。静かになってみると、鳥と虫の鳴き声がなかなかにうるさかった。かすかなせせらぎの音も耳に届いている。
「川やな」
「来るときに渡ったやつかな」
「こんな小さな島にそう何本も川ないでしょ」
二人は水音のする方を目指して小走りで進んだ。
ガサッ、と、突如二人の正面に誰かが立ち上がって懐中電灯の明かりを向けた。
「ギャー」
泥と鼻血で汚れた山田の顔を見て、スウェット姿の女性が叫んだ。二人は急停止するも下り坂のために止まりきれずに突っ込んだ。
女性は突っ込んでくる山田に拳を突き出し、すでにめちゃくちゃな顔面に食らわせる。
「ふぐっ」
「触るな、ボケがぁ」
紺野は転がり斜面の下の方で止まった。
山田はリンボーダンスに失敗したようなコケ方をして、星空を眺めていた。
「マジきれいじゃん」
「おい、一匹倒したぞ」
スウェットの美女が大声で言った。その様子を紺野は木の陰から覗いていた。夕食を給仕してくれたあの美人仲居やん。美女はポケットから白いひもを取り出して、山田の腕と胴体をぐるぐる巻きにした。なんか、SMとか始まりそうやん。
美人仲居は作業を終えると、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。一服している。
その隙に、山田が覚醒し始めていた。
紺野も動き出した。煙草を見て思いついた。ジーパンのポケットからライターを取り出し、ゆっくり遠回りして倒れている山田に近づいた。小石をいくつか拾い、投げた。石が木に当たる音がすると同時に火をつける。仲居は音のした方へ身を乗り出し、紺野は山田を縛っているひもをライターの火で焼き切った。幸い、丈夫なロープではなくビニルひもだったために時間はかからなかった。
「バアッ!」
「キャッ」
山田は飛び上がって仲居の耳元で大声を出し、驚いた仲居は機敏に振り返ってビンタを食らわせた。
二人は転がるように斜面を下る。
「ヤロー、逃げんなクズどもがぁ」
背後から怒号が飛んでくる。
「あの人、実はあんなんなん?ショックやわー、立ち直れんかもしれんわー」
「無理無理無理、あんなの無理」
「いいじゃん山ちゃん、普通に生活してたら美人に殴られることなんかないやろ」
「じゃあ、今度はおまえが殴られろよ」
「いやぁ、そういうの、山ちゃんの役目でしょ」
せせらぎの音が大きくなって、川に出た。
紺野は山田を縛っていたひもの先を輪っかにして、投げた。落ちた。
「このひも軽くて」
「重しつければいいじゃん」
地面から手ごろな枝を拾って輪の先にくくりつけ、再び投げる。落ちた。
「もしかして不器用?」
「ちょっ、なんでそういうこと言うのー。もう、やる気なくしたわー」
「貸して」
つぎは山田がトライする。投げては落ち、投げては落ち。やがて、背後から人が集団でやって来る声と足音が聞こえてきた。焦る二人。
「えいっ、くそっ」
「もー何してんのー」
「黙れって」
ひもが投げられ、止まった。ようやく木に引っかかったようだ。
「よし」
斜面をガザガザと下りてくる音がして振り返ると、板前と仲居たちが一塊となって迫っていた。
「紺野」
「山ちゃん」
二人は紐をつかむと、助走をつけて飛び上がった。
対岸までは届かなかった。浅瀬に落ちた。
「走れっ」
うしろを見ると、追っ手は走って川を渡って来る。
「渡れたやん、山ちゃん、なに時間の無駄なことしてー」
「きみでしょ?やり始めたのきみでしょ?」
捕まるまいとダッシュする二人の前方にヌリ壁が現れた。
「わっ」
「ぎゃんっ」
ガシッと、大柄な仲居が二人の首をそれぞれの腕で羽交い絞めにした。そのまま引きずるように連行する。
「まさかの横綱っ」
口走った山田の首をホールドする力が強まる。
二人はゴミ袋のようにカートに放り込まれた。
金太郎仲居も乗り込み、二人の間に座って両脇をしっかりとホールドする。その圧力はマッチョ以上だった。
「お、おねえさん、強いですね。ボクゥ、強い女性っていいなってずっと思ってたんですよー」
ギロリ、と睨まれる。
「き、筋肉しっかりついてますやん。適度にやわらかいところなんか女性らしくて、ねぇ、うん」
金太郎はしゃべらなかった。無言の圧力で二人を押しつぶす。
カートが動いた。ドライバーが振り返り、白い歯を見せて笑った。フロントヤクザだった。
「うわっ、絶体絶命やな、これ」
あきらめたように紺野はため息をついて体の力を抜いた。
「もうちょっとやったのになぁ、残念だわー」
山田の耳には芝居がかって聞こえた。
紺野はジーパンのポケットからスマホを取り出した。
「今何時?」
そう言いつつ、落とした。
「あっ」
「あっ、と、止めて、止めてください。スマホが」
カートが止まった。
「ちょっと探してきますんで」
降りようとした紺野を金太郎がつかんでホールドした。
「そこにいてください。探しますから」
フロントヤクザがカートを降りて、懐中電灯で地面を照らしながら離れていく。
なるほど、と山田は理解した。ヤクザは排した。残るは金太郎。
山田は紺野に目配せをした。紺野は頷いた。
山田は金太郎に抱き着き、汚れた顔を金太郎の顔に近づけた。口はもちろんチューの形。
「なにすんじゃ、オラァ!」
山田は宙を飛んだ。その隙に紺野がカートを降りて逃げる。
「待て、コラァ!」
気合の入った横綱の雄たけびを上げて、金太郎もカートを降りる。フロントヤクザも気がついた。
金太郎は紺野を追いかけている。山田は立ち上がってカートに飛び乗り、発進する。
左のジャングルに突っ込んでいった金太郎が気づいて戻って来る。が、紺野は道路横の木の幹に張りついていた。
紺野もカートに飛び乗り、ハイジャックに成功した。
「やった、やった、オレたち天才」
「おお、山ちゃんの勇気には恐れ入ったわー」
「あのままチューしちゃってたら別の意味で死んでたけどね」
「おお、山ちゃんにも好みがあるんやな。ずっと彼女おらんから男が好きなのかと思ってたわー」
「もう泣いちゃう」
しかし、山田は運転が下手だった。しばしば道路から脱線しては戻り、脱線しては戻りを繰り返す。
うしろでは金太郎とほかの仲居たちが合流したようだ。凄まじいバトルが始まった。
「おい、そこのブタァ!」
「どの豚だよ」
「おめぇだよ。なに逃がしてんだよ」
「そっちが逃がしたのを拾ったんじゃねぇか」
「フロントもいたくせに、それでも男かよ」
やくざの声はしなかった。
しだいに声が遠ざかっていく。
「ティラノVSティラノって感じだね」
「あの人たち、表ではあんなに上品で優しげなのに、裏ではこんなんなん?ホテル恐っ」
カートはくねくねと進む。そのうち木にぶつかるかもという不安な思いを乗せて。
監視カメラを見ていた支配人は、背広を脱いで、ジャンパーを羽織った。
「行くんですか?」
「行ってくる」
女性フロントに懐中電灯とカートのキーを手渡され、支配人はロビーを横切り外へ出た。
雨が降り始めていた。
ベルトに取り付けたケースからピッチを取り出し、電話する。
「おじいを呼べ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる