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第1章 ド底辺冒険者東雲・極東のフェニックス
第68話 固定の代償
しおりを挟む「なるほど。ステータスの固定を行い、霊核も固定する。それはたしかに、理にかなってるっスね」
「でしょ。攻撃するたびにステータスが変動してるから、おかしいと思ったんだよね」
「ふむ、まっさんをナイフで攻撃するためには、腕を動かす筋肉……つまり霊核が使えなければ、攻撃できないっスからね」
急に何を言っているんだと思ったら、紅月が手で顔を覆い始めた。
「あ、あの、アスモデウス様……? その例えは気まずいので、控えていただけると……それに、その言い回しですと、少々語弊が……」
「それにしても、ステータスの固定……スか。そんなこともできたんスね」
深いため息を吐く紅月。
もっさんの紅月いじりは今に始まったことじゃないけど、若干士気が下がるからやめてほしいんだよなあ。
「……まあね。とはいえ、じつは今までに一回しかやったことないんだけどね」
「そうなんスか? すぐにピンときたわりに、あまり馴染みはない能力なんスね」
「なかなか使う機会がない能力だしね。最後に使ったのは、雨井と酒呑童子の調査に行った時かな」
「雨井さん……」
「酒呑童子……」
紅月と園場さんがそうつぶやいて顔を伏せる。
紅月はともかく、園場さんはなんでショックを受けてるんだろう。
「……それで、固定するタイミングだけど――」
私が言い終えるよりも先に鳳凰が火の粉を散らす。
そして、それらがまた鳥の形になった瞬間、私は鳳凰のステータスを開いた。
次に名前横にある錠前のアイコンをタップすると――
〝カチリ〟
音が鳴り、ロックがかかる演出が入った。
おそらくこれで鳳凰は何もできなくなった。
あとは――
「……園場さん? 」
火の粉がすぐ近くまでやってきているのに、園場さんはただ、ぼけーっと突っ立っているだけ。
私はそんな彼の背中を、強めにバシバシと叩きながら言う。
「ちょ……! 園場さん、火の粉! 処理!」
「あ、ああ、すまん……!」
園場さんはようやく気を取り直したのか、刀を構え、旋風で火の粉を押し戻した。
まだそこまで数はこなしていないのに、動きはすでに板についたようだった。
一体、酒呑童子のなにがそんなに、彼の動揺を誘ったのか。
「……酒呑童子?」
そういえば最近、酒呑童子の件で誰かが――
「あっ」
その瞬間、いままで園場さんに対して感じていた違和感や疑問が、全て繋がった気がした。
そうして、私は改めて彼の姿を見た。
背格好もどことなく似てるし、しゃべったときの口調も声もかなり近い。
極めつけは、どこからともなく武器を取り出す能力だ。
たしかに前と比べて、雰囲気が少し暗くなった気はするけど、園場さんって、もしかして――
「……真緒? どうかした?」
紅月が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
この中で一番ヤバそうなのはあんただってのに。
まぁ、どうかしたのかという問いに対しては、たしかにどうかしてるんだけど――
刀を鞘に納めた園場を見て、私はかぶりを振った。
「うん。今はそんなの気にしてる場合じゃないよね。……それより聞いて、今、鳳凰のステータスをロックした。これで、もし私の推理が正しかったら、鳳凰はもう何もできない」
「何もできない? どういう意味だ。現に鳳凰は今しがた、火の粉を――」
「あ、これからって意味ね。まぁ見てて……」
私の言葉を合図に、二人が一斉に鳳凰を見た。
鳳凰もまるでそれに呼応するように、翼をはためかせるが――
「なんだ? 火の粉が出てねえ……のか?」
次に鳳凰は嘴を大きく開けてみせたが――
「さっきの火の息も吐けていない……真緒、これってもしかして……!」
「そう。翼だと火の粉を。胸だと嘴から火を。頭だと発生させた火の粉を、鳥の形をした爆弾に。なら、その状態で固定してしまえば――」
「……何もできない。そもそも材料である火の粉を作れねえんだから、固定した時点で詰みってことか」
私は園場の言葉にゆっくりうなずく。
そして実際に予想の通りとなった。
これでようやく、鳳凰の消耗地獄から解放されたというわけだ。
あとは何もできなくなったあのバカ鳥の頭に、ゆっくりとハバキリの雷を当てるだけ。
大丈夫。狙う時間も、集中するための余裕もある。
落ち着いて、園場の攻撃のタイミングに合わせばいいだけだ。
「園場さん、雷が撃てるようになったらまたカウントダウンするので、合図を……くだ……さ……い……」
目を疑った。
私は今、私の目の前で起こっている光景を見て、言葉を失っている。
なんだ。
なにが起こっている。
「こ、これって……!」
「おいおい、嘘だろ……!」
頭に霊核を固定すれば、鳳凰は何もできない。
たしかに私はそう考え、行動に移した。
そして現に、あの鳥は火の粉を出すことも、火を吹くことすらもできなくなっていた。
しかし……そう、そうなのだ。
それこそが、最もやってはいけなかった行動だったのかもしれない。
〝火〟は最初から、そこかしこにあったのだ。
燦花中を包む火、そのすべてが鳥の形となり、私たちのほうを向いている。
その数はゆうに千……いや、数万羽は超えているだろう。
これほどの数の鳳凰を、爆弾を、一体どう処理すればいいのか。
『キィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』
まるで勝どきをあげているかのような、鳳凰の金切り声が燦花に響く。
それを合図に、鳥たちが一斉にこちらめがけて飛んでくる。
どうする、一旦全員の防御力を最大値まで上げるか?
……いや、ダメだ。上げられる時間はほんの1秒ほど。
これほどの物量だと、そのまま押し切られてしまうのは目に見えている。
なら、園場の持っている颶風丸という刀にすべてを任せるか?
……それもダメだ。
これまでのものと、今回のものとでは決定的に違うものがある。
それは、火の粉が四方八方から押し寄せてきているということだ。
単一方向からならともかく、これほどまでにばらけられたら、園場ひとりではどうすることもできない。だが――
「颶風丸! こいつらを全部押し戻せェ!」
それを知ってか知らずか、園場はがむしゃらに旋風を起こし、火の粉を押し戻していっている。
紅月もフラフラの体で、火の粉に向かってナイフを投げつけている。
そんな二人の姿を見ているだけで、ズキズキと心が痛んだ。
原因は私にある。
これは私の短絡的な判断が招いた人災なのだ。
「けど……!」
だったら私も、私にできることを最後までやらなければ。
向こうが手数で攻めてくるのなら、こっちも手数で返せばいい。
ひとまず、怒られるかもしれないけど、園場の素早さを――
「東雲! ボサッとすんな!」
「……へ?」
気が付くと、園場の体が私のすぐ目の前まで迫ってきていた。
なぜ。どうして。
そんなことを考える間もなく、彼は私を突き飛ばした。
そして私は現状を一瞬で理解する。
火の粉は、すでに私の目と鼻の先まで迫っていた。
彼は私を突き飛ばすことで私のことを――
「戸瀬――ッ」
その瞬間、すさまじい爆発音とともに、爆炎に呑まれてしまった。
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