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第2章 丹梅国グルメ戦記・四象の蛇亀
第130話 玄武祠守護者玄冥
しおりを挟む水たまりに何かを垂らしていたのは、細身だが妙に背筋の伸びた老人だった。
手には棒なのか、鞭なのか、釣竿なのかわからない奇妙な道具を持ち、それを水面に垂らして、尻が汚れるのも厭わず、のんびりとそこに腰を下ろしている。
『……あのぅ』
とりあえず危なそうな人じゃなさそうなので、私は声をかけることにしたが、老人は振り返らない。
耳が遠いのかと思い、私は続ける。
『すみません、玄冥さん……ですか?』
玄冥。
その言葉に反応したのか、老人はゆっくりと振り返り、私の顔を見た。
年のころは七十から八十くらい。
長い顎のひげが特徴的で、目や表情はハッキリしており、呆けている感じはない。
『――玄冥だあ? 違ぇよ』
老人は眉を吊り上げながら否定する。
そんな彼の口から紡がれたのは、はきはきした丹梅国の言葉だった。
私の発している言葉もいつの間にか自動的に翻訳されているっぽいし、こんなところに居るのは不思議だが、ただの現地の人のようだ。
『あ、そうでしたか。すみません、お騒がせしま――』
私は老人に頭を下げると、踵を返そうとして止まった。
彼は玄冥という名前を聞いて、誰だとは訊かず、違うとだけ答えた。
この問答、どう考えても無関係とは思えない。
『……あの、つかぬ事を伺いますが、玄冥という方をご存じでは……?』
『知ってるぜ』
老人が刺すような視線でそう返してくる。
『やっぱり。……あの、その方はどちらにいるかは――』
『そこだよ、そこ』
私が言い終えるよりも前に、老人は顎を動かして私の背後を示した。
またこのパターンかと思い振り返ると――
「……ん」
パーカーのフードを深く被った、猫背の少女がのそりと現れた。
今までの守護者のようないで立ちではなく、この世界に召喚されたばかりの私のような恰好をしている。
顔が隠れているためよく見えないが、年のころは十代後半といったところ。
「ええっと……あなたが玄冥さん……?」
私がそう尋ねると、少女は私の背後の老人を見た。
「なんで言ったの……言わないでって……言ったのに……」
彼女はゆったりとした口調で老人をなじった。
『尋ねられたからだよ。訊かれたら答えにゃならんだろ。偽証は罪だぜ、玄冥』
老人が口角をニヤリと上げて言った。
少女は、短くため息をつくと、ポリポリと頭を掻く。
どうやら、こっちの少女が玄冥だったようだ。
「その……玄冥さん……?」
「……そうだよ」
「あの、私たち、玄武祠の宝玉を見せてもらいに来たんですけど……」
「そう……見たいの……なら……勝手に見れば……」
「え? ええっと、じつは触りもしたいんですけど……」
「じゃあ触れば……」
私たちは思わず顔を見合わせた。
前代未聞。まさか試練そのものがないとは。
あまりにも拍子抜けがすぎる。
「えっと、試練とかは……?」
「シレン?」
「は、はい。いちおう私たち、既に鳳凰、青竜、白虎と祠を巡ってまして……鳳凰は守護者の方がいなかったから、試練とかなかったんですけど、他のふたつともいちおう試練があったので、ここ玄武祠の試練はなんなのかなって……」
「ないよ……シレンなんて……」
「な、ないんだ……」
「そういうの面倒くさいし……」
「気持ちの問題なんだ……」
再度顔を見合わせる私たち。
紅月も、フェニ子も、二人とも困惑している。
しかし、これは幸運かもしれない。
たしかに少し拍子抜けだったが、ないならないでラクでいいじゃないか。
もう、さっさと玉に触ってさっさと帰ろう。
『おい玄冥、こいつら期待してんじゃねえのか?』
黙って話を聞いていた老人が口を挟んでくる。
「期待……なにに……」
『おう。こいつら、おまえの試練を受けるために、こんな辺鄙なところまで足運んだんだろ? なら、なんもなしで帰すのは酷ってモンじゃねえか?』
「だって……試練……面倒くさい……」
『じゃあ、面倒くさくねえ内容にすればいいだろうが』
「えぇ……」
なんだかわからないが、せっかく免除された試練が、この老人の勘違いから復活しようとしている。
私が二人の会話に口を挟もうとすると――
〝ずるり〟
玄冥の背後から、巨大な影が姿を見せた。
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