18 / 19
悪人ヅラした正義の味方
しおりを挟む「──あ~! 気が付いた~!」
耳元で聞き覚えのある声が大音量で響く。もう声の主は見なくてもわかる。
俺は目を開けると、ぼんやりと朧げな視界で、見慣れた天井を捉えた。
間違いない。俺の部屋だ。
俺は寝返りを打つように横を向くと……そこには、涙やら鼻水やら、顔面から色んな体液を噴出させているユナがいた。あまりにも至近距離だったため、俺はとりあえず起き上がって距離を取ろうとしたが──
「ガゲルぢゃーーーーーーーーーーーー!!」
ユナはそう言って、即座に俺に抱き着いてきた。
その瞬間、体の節々が痛み出し、思わず顔をしかめてしまった。
「ぐぁ……っ! だッ、いあだだだだだ……!」
「あ、ごめ、かけるちゃ……」
ユナは謝ると、すぐに俺から離れた。改めて部屋を見渡すと、俺の額から湿ったタオルがべちゃっと零れ落ちた。
「だ、だめだよ~、安静にしてなきゃ~」
「あ、安静……?」
ユナに言われ、俺は自分の体や腕を見た。派手に血でも出ているのかと思ったが、そんな痕はなかった。だが、体はズキズキと痛む。
「あ、そだ、おばさん呼んでこないと~」
ユナは思い出したように立ち上がると、そのままパタパタと足音を立てながら部屋から出ていこうとした。
「あ、ちょっと待った、ユナ」
俺が急いで引き留めると、ユナはくるっと振り向きながら答えた。
「なあに? カケルちゃん?」
「ここは……俺の家だってわかってるんだが、俺、どうなったんだ?」
「覚えてないの? カケルちゃん?」
「……ああ。なにも」
「カケルちゃんはねぇ、不破さんっていう人に家まで運ばれたんだよぉ」
「不破に?」
「うん。なんだか変な人だったけど、優しそうな人だったなあ」
「それで?」
「あ、うん。病院には連れて行かなくていいから、とりあえず安静にしてなさいって。それと、起きたら、桂さんの伝言よろしくって。……ねえ、桂さんって、美里ちゃんのことでしょお? 何かあったの~?」
桂の事。
それはつまり、あのことは夢でも幻でもなく、現実だったという事。あの時受けた傷はまったく俺の体には残っていないけど、痛みは、記憶は、残っている。
そうだ。
それよりも、桂からの伝言を……伝言、を……。
「わあ!? どうしたの、カケルちゃん~? どこか痛むの~? 泣かないでよぉ」
ユナに指摘され、俺はいつの間にか目から汁を出していたことに気が付いた。なんでザマだ。
「こ、これは……泣いてない!」
「わた、私も、泣いちゃうから~……」
「いや、なんでおまえまで泣くんだよ」
「だ、だって……」
俺は二度、思いきり両手で俺の頬をひっぱたくと、掛け布団を引っぺがし、フローリングの上に立った。
「だ、だめだよぉ、いきなり立っちゃ……!」
「いいかユナ。よく聞いてくれ。桂は……桂美里は、転校したんだ」
「て、転校……?」
「そう。だから、今まで遊んでくれてありがとうって、言ってた」
「そう……なんだ?」
「ああ」
「……うん。わかった。悲しいけど、つらいけど、またどこかで会えるよねぇ?」
「きっとな」
「うん……うん! じゃあ私はおばさんを……」
「ちょっと待て、ユナ」
「こ、今度はなにぃ?」
「俺は……佐竹翔は……前まで、中学校でいじめられてたんだ」
「え? ……ええええ!?」
「びっくりするよな。軽蔑するよな。それなのに、おまえの前ではずっと強がってた。おまえには言えなかったけど、おまえはずっと俺の事を正義の味方だって信じてたから、その、言いづらかったんだと思う。今回も、それとはまったく関係ないとは言えないんだけど、そんな感じで……」
「カケルちゃん……」
「だから、俺はユナに訊きたい。……俺って、まだ正義の味方かな? 誰も守れてないのに、むしろ逃げ出しちゃったのに、そんなやつが、まだ正義の味方でいて、いいのかな?」
「……うーん、と。えーっと……ダメ、なんじゃないかなぁ……」
「そ、そう……だよな……」
「でもでも、カケルちゃんの好きなデスKも、正義の味方じゃないんでしょ?」
「え?」
「デスKは正義の味方じゃないけどぉ、自分の信じたものを貫き通すんでしょお?」
「あ、ああ……そうだな……」
「だから、べつに〝正義の味方〟に拘らなくてもいいんじゃないのかなぁ?」
「正義の味方に……拘らない……」
「『正義で悪は倒せない。悪に堕ちてもいいという覚悟を持つ者だけが、真の悪を打倒出来るのだ』でしょお? だからね、正義の味方になれないのなら、むしろ悪の味方になればいいんだよぉ」
「悪の味方……そうか。そういう事か! 勧善懲悪じゃなく、完全超悪……!」
「カケルちゃん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない。ありがとうな、ユナ。俺は、俺のやるべきことが見えた気がするよ」
「えへへ~、どういたしましてぇ! ……それじゃ、今度こそおばさんに、カケルちゃんが起きたって、伝えなきゃねぇ」
ユナはそれだけ言うと、そのまま扉を開けて部屋から出ていった。
THE DEATH OF GOD
昔、どこかの誰かが書いた本で、そんな一文を読んだ気がする。
それは産業や医療、あらゆる分野での技術が発達して、神の助けなどがなくても、人類が発展するようになった。〝神は死んだ=用済みになった〟という方程式だと、俺は勝手に理解していた。
しかし、いま、俺の中でまた、新たな方程式が生まれようとしていた。
〝神は死んだ=悪人を裁かなくなった〟というモノだ。
突然だが、俺はこの世に生を受けて、まだ14年しか経っていないガキだ。
だが、そんなガキにも理解るものがある。
それは、この世の中には無数の悪人がいるという事だ。その悪人たちは善人を食い物にし、誰に裁かれる事なく、素知らぬ顔で善人に混じり、息をひそめ、腹が減ればまた善人を喰らい、生きている。
ならなぜ、善人は悪人を裁かないのか?
それは、善人が善人であるからだ。
善人は他人に危害を加えない。善人は他人を食い物にしない。善人は他人と共存しようとしている。
ゆえに、善人は悪人を裁かないのだ。ゆえに、善人は善人足り得るのだ。
ならば、善人が悪人を裁けないのなら、どうするのか?
ただ黙って、他人が、自分が、自分の愛する者たちが喰われ、迫害され、殺されることを黙って見ているしかないのか?
──否。
否である。
この長い、永い、人類史において、人類はこれについての対処法を大まかに2パターンほど用意している。それゆえに人類は滅びることなく、今日まで堂々と悪人をのさばらせているのだ。
まず2パターンあるうちのひとつめ。
神に祈るという事だ。
〝神〟という不定形で、男なのか女なのかもわからない、単数なのか複数なのか、背は高いのか低いのか、人種、出身、人なのか人でなしなのか、有機物なのか無機物なのか、主義主張、趣味嗜好、好きな音楽、映画、漫画、ゲームすら知らないモノに縋るというアレだ。正直な話、この手段に関しては俺も失笑を禁じ得ない。
なぜなら神とかいうヤツは往々にして、人の願いを無視する不逞な輩であると相場は決まっているからだ。
気まぐれに人の願いをかなえ、気まぐれに人心を惑わし、気まぐれに人の信仰を集め、気まぐれに人を殺す。
なぜこのような不確かなモノに人は縋るのか。
それは、神とかいうヤツが悪戯に、人智を超える力を持っているからだ。
例えば、神がそこら辺を歩いているオッサンだったとしよう。
そして俺はおっさんにこう願うわけだ。
『今日の体育がマラソンだから雨を降らせてください』と。
しかし、おそらく、そのオッサンは俺に対してこう答えるだろう。
『誰だおまえ?』と。
つまりはそういう事だ。
つまり〝神〟とは、人智を超えた力を身に着けたモノの事であり、その辺のおっさんでは神足り得ないのだ。だから人は天を仰ぎ、あらぬ方向を見て、神に願う。
なぜなら神を見たことがないから。なぜなら神などどこにもいないから。
BECAUSE, THE DEATH OF GOD
したがって、我々善人が現実的に採れる対処法は〝神に願う〟以外の事になってくる。
それは善人が悪人になる事だ。
善人とは〝善〟い〝人〟と書く。
善い人というのは、他人を食い物にしたり、他人を蔑んだり、他人に危害を加えたりはしない。そんな事をしてしまえば、善人はたちまち悪人の烙印を押されてしまう。他人に危害を加えた時点で、善人は善人でなくなるのだ。さらにこれは不可逆的でもあり、悪人は決して善人にはなれないのだ。
なぜなら罪は罪であり、その量刑の軽重に関係なく、罪を犯した時点で悪人となるからだ。そこから如何に善行を積もうが、その罪を赦す存在である神は、すでに死んでいるのだから。
だが、さきほども言った通り、この世には悪に身をやつさねば、打倒できない悪もいる。人は善人のまま、悪人を裁けないのだ。
それが必要悪。
つまり人は──善人は、そのとき初めて悪人となり、悪人を罰することが出来る。
例えば、人が死ぬほどの重税を、圧政を敷く領主を征伐するため──
例えば、他人の生命を脅かす暴力を働く、凶悪犯を征伐するため──
例えば、今も善人ヅラをしているバカ共を、徹底的に征伐するため──
人は。
善人は。
俺は。
その時、初めて悪人となるのだ。
その時、初めて悪人にとっての悪人──必要悪となるのだ。
勧善懲悪ではなく完全超悪。
それが俺の出した結論。14年と数か月の間、考えに考え抜いた真理。
おい、覚悟はいいか、俺。
正義を成す覚悟でも、悪を成す覚悟でもない。
悪を以て、悪を滅する覚悟だ。
「へ~んしん! ジャスティス・カケル!!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる