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悪人ヅラした正義の味方
しおりを挟む「──あ~! 気が付いた~!」
耳元で聞き覚えのある声が大音量で響く。もう声の主は見なくてもわかる。
俺は目を開けると、ぼんやりと朧げな視界で、見慣れた天井を捉えた。
間違いない。俺の部屋だ。
俺は寝返りを打つように横を向くと……そこには、涙やら鼻水やら、顔面から色んな体液を噴出させているユナがいた。あまりにも至近距離だったため、俺はとりあえず起き上がって距離を取ろうとしたが──
「ガゲルぢゃーーーーーーーーーーーー!!」
ユナはそう言って、即座に俺に抱き着いてきた。
その瞬間、体の節々が痛み出し、思わず顔をしかめてしまった。
「ぐぁ……っ! だッ、いあだだだだだ……!」
「あ、ごめ、かけるちゃ……」
ユナは謝ると、すぐに俺から離れた。改めて部屋を見渡すと、俺の額から湿ったタオルがべちゃっと零れ落ちた。
「だ、だめだよ~、安静にしてなきゃ~」
「あ、安静……?」
ユナに言われ、俺は自分の体や腕を見た。派手に血でも出ているのかと思ったが、そんな痕はなかった。だが、体はズキズキと痛む。
「あ、そだ、おばさん呼んでこないと~」
ユナは思い出したように立ち上がると、そのままパタパタと足音を立てながら部屋から出ていこうとした。
「あ、ちょっと待った、ユナ」
俺が急いで引き留めると、ユナはくるっと振り向きながら答えた。
「なあに? カケルちゃん?」
「ここは……俺の家だってわかってるんだが、俺、どうなったんだ?」
「覚えてないの? カケルちゃん?」
「……ああ。なにも」
「カケルちゃんはねぇ、不破さんっていう人に家まで運ばれたんだよぉ」
「不破に?」
「うん。なんだか変な人だったけど、優しそうな人だったなあ」
「それで?」
「あ、うん。病院には連れて行かなくていいから、とりあえず安静にしてなさいって。それと、起きたら、桂さんの伝言よろしくって。……ねえ、桂さんって、美里ちゃんのことでしょお? 何かあったの~?」
桂の事。
それはつまり、あのことは夢でも幻でもなく、現実だったという事。あの時受けた傷はまったく俺の体には残っていないけど、痛みは、記憶は、残っている。
そうだ。
それよりも、桂からの伝言を……伝言、を……。
「わあ!? どうしたの、カケルちゃん~? どこか痛むの~? 泣かないでよぉ」
ユナに指摘され、俺はいつの間にか目から汁を出していたことに気が付いた。なんでザマだ。
「こ、これは……泣いてない!」
「わた、私も、泣いちゃうから~……」
「いや、なんでおまえまで泣くんだよ」
「だ、だって……」
俺は二度、思いきり両手で俺の頬をひっぱたくと、掛け布団を引っぺがし、フローリングの上に立った。
「だ、だめだよぉ、いきなり立っちゃ……!」
「いいかユナ。よく聞いてくれ。桂は……桂美里は、転校したんだ」
「て、転校……?」
「そう。だから、今まで遊んでくれてありがとうって、言ってた」
「そう……なんだ?」
「ああ」
「……うん。わかった。悲しいけど、つらいけど、またどこかで会えるよねぇ?」
「きっとな」
「うん……うん! じゃあ私はおばさんを……」
「ちょっと待て、ユナ」
「こ、今度はなにぃ?」
「俺は……佐竹翔は……前まで、中学校でいじめられてたんだ」
「え? ……ええええ!?」
「びっくりするよな。軽蔑するよな。それなのに、おまえの前ではずっと強がってた。おまえには言えなかったけど、おまえはずっと俺の事を正義の味方だって信じてたから、その、言いづらかったんだと思う。今回も、それとはまったく関係ないとは言えないんだけど、そんな感じで……」
「カケルちゃん……」
「だから、俺はユナに訊きたい。……俺って、まだ正義の味方かな? 誰も守れてないのに、むしろ逃げ出しちゃったのに、そんなやつが、まだ正義の味方でいて、いいのかな?」
「……うーん、と。えーっと……ダメ、なんじゃないかなぁ……」
「そ、そう……だよな……」
「でもでも、カケルちゃんの好きなデスKも、正義の味方じゃないんでしょ?」
「え?」
「デスKは正義の味方じゃないけどぉ、自分の信じたものを貫き通すんでしょお?」
「あ、ああ……そうだな……」
「だから、べつに〝正義の味方〟に拘らなくてもいいんじゃないのかなぁ?」
「正義の味方に……拘らない……」
「『正義で悪は倒せない。悪に堕ちてもいいという覚悟を持つ者だけが、真の悪を打倒出来るのだ』でしょお? だからね、正義の味方になれないのなら、むしろ悪の味方になればいいんだよぉ」
「悪の味方……そうか。そういう事か! 勧善懲悪じゃなく、完全超悪……!」
「カケルちゃん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない。ありがとうな、ユナ。俺は、俺のやるべきことが見えた気がするよ」
「えへへ~、どういたしましてぇ! ……それじゃ、今度こそおばさんに、カケルちゃんが起きたって、伝えなきゃねぇ」
ユナはそれだけ言うと、そのまま扉を開けて部屋から出ていった。
THE DEATH OF GOD
昔、どこかの誰かが書いた本で、そんな一文を読んだ気がする。
それは産業や医療、あらゆる分野での技術が発達して、神の助けなどがなくても、人類が発展するようになった。〝神は死んだ=用済みになった〟という方程式だと、俺は勝手に理解していた。
しかし、いま、俺の中でまた、新たな方程式が生まれようとしていた。
〝神は死んだ=悪人を裁かなくなった〟というモノだ。
突然だが、俺はこの世に生を受けて、まだ14年しか経っていないガキだ。
だが、そんなガキにも理解るものがある。
それは、この世の中には無数の悪人がいるという事だ。その悪人たちは善人を食い物にし、誰に裁かれる事なく、素知らぬ顔で善人に混じり、息をひそめ、腹が減ればまた善人を喰らい、生きている。
ならなぜ、善人は悪人を裁かないのか?
それは、善人が善人であるからだ。
善人は他人に危害を加えない。善人は他人を食い物にしない。善人は他人と共存しようとしている。
ゆえに、善人は悪人を裁かないのだ。ゆえに、善人は善人足り得るのだ。
ならば、善人が悪人を裁けないのなら、どうするのか?
ただ黙って、他人が、自分が、自分の愛する者たちが喰われ、迫害され、殺されることを黙って見ているしかないのか?
──否。
否である。
この長い、永い、人類史において、人類はこれについての対処法を大まかに2パターンほど用意している。それゆえに人類は滅びることなく、今日まで堂々と悪人をのさばらせているのだ。
まず2パターンあるうちのひとつめ。
神に祈るという事だ。
〝神〟という不定形で、男なのか女なのかもわからない、単数なのか複数なのか、背は高いのか低いのか、人種、出身、人なのか人でなしなのか、有機物なのか無機物なのか、主義主張、趣味嗜好、好きな音楽、映画、漫画、ゲームすら知らないモノに縋るというアレだ。正直な話、この手段に関しては俺も失笑を禁じ得ない。
なぜなら神とかいうヤツは往々にして、人の願いを無視する不逞な輩であると相場は決まっているからだ。
気まぐれに人の願いをかなえ、気まぐれに人心を惑わし、気まぐれに人の信仰を集め、気まぐれに人を殺す。
なぜこのような不確かなモノに人は縋るのか。
それは、神とかいうヤツが悪戯に、人智を超える力を持っているからだ。
例えば、神がそこら辺を歩いているオッサンだったとしよう。
そして俺はおっさんにこう願うわけだ。
『今日の体育がマラソンだから雨を降らせてください』と。
しかし、おそらく、そのオッサンは俺に対してこう答えるだろう。
『誰だおまえ?』と。
つまりはそういう事だ。
つまり〝神〟とは、人智を超えた力を身に着けたモノの事であり、その辺のおっさんでは神足り得ないのだ。だから人は天を仰ぎ、あらぬ方向を見て、神に願う。
なぜなら神を見たことがないから。なぜなら神などどこにもいないから。
BECAUSE, THE DEATH OF GOD
したがって、我々善人が現実的に採れる対処法は〝神に願う〟以外の事になってくる。
それは善人が悪人になる事だ。
善人とは〝善〟い〝人〟と書く。
善い人というのは、他人を食い物にしたり、他人を蔑んだり、他人に危害を加えたりはしない。そんな事をしてしまえば、善人はたちまち悪人の烙印を押されてしまう。他人に危害を加えた時点で、善人は善人でなくなるのだ。さらにこれは不可逆的でもあり、悪人は決して善人にはなれないのだ。
なぜなら罪は罪であり、その量刑の軽重に関係なく、罪を犯した時点で悪人となるからだ。そこから如何に善行を積もうが、その罪を赦す存在である神は、すでに死んでいるのだから。
だが、さきほども言った通り、この世には悪に身をやつさねば、打倒できない悪もいる。人は善人のまま、悪人を裁けないのだ。
それが必要悪。
つまり人は──善人は、そのとき初めて悪人となり、悪人を罰することが出来る。
例えば、人が死ぬほどの重税を、圧政を敷く領主を征伐するため──
例えば、他人の生命を脅かす暴力を働く、凶悪犯を征伐するため──
例えば、今も善人ヅラをしているバカ共を、徹底的に征伐するため──
人は。
善人は。
俺は。
その時、初めて悪人となるのだ。
その時、初めて悪人にとっての悪人──必要悪となるのだ。
勧善懲悪ではなく完全超悪。
それが俺の出した結論。14年と数か月の間、考えに考え抜いた真理。
おい、覚悟はいいか、俺。
正義を成す覚悟でも、悪を成す覚悟でもない。
悪を以て、悪を滅する覚悟だ。
「へ~んしん! ジャスティス・カケル!!」
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