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魔法少女派遣会社
ごくり☆インベーダーの味覚
しおりを挟む『あら、もしかしてあなた、玄関にいるあなた、キューティブロッサムかしら?』
間違いない。
このやりとり、この口調、この声、そのすべてが、この家にミス・ストレンジ・シィムレスが居ることを示唆している。
色々と疑問に思うし、色々と問い質したいけど、まずは言いたい事がある。
「なんだおまえ」
『うおンーっほっほっほ! あらあら、随分な物言いですわね、キューティブロッサム。いきなりあたくしの家に押し入って、〝なんだおまえ〟だなんて……、わがライバルながらなんという──』
プツ、と急に通話が切れ、部屋の中から「遠慮のなさ。あたくし、あなたの事がすこし嫌いになりましてよ!」と聞こえてきた。
おそらく、インターホンの通話限界時間を越えてしまったのだろう。それに気づいたのか、部屋の中から「あ、あら? 切れてしまいましたの?」とレンジの戸惑うような声が聞こえてきた。
完全に部屋に入るタイミングを見失ってしまった私は、ぷるぷると震える指でもう一度インターホンを押した。
──ピー……ンポーン……。
『あら、もしかしてあなた、玄関にいるあなた、キューティブロッサムかしら?』
「……いや、なに仕切り直そうとしてるんですか」
『ま、まだそこにいらしたのですね』
「いつまでもいますよ」
『あたくし、これからお風呂に入って寝ようとしていましたので、そろそろご遠慮いただきたいのですけど』
「ご遠慮も何も、ここ、私の家なんですけど」
『な、なにを!? ……あなた、恥知らずにも程がありましてよ!? あたくしは、あたくしがセコセコと貯めたお金を、対価として、ここの大家様へ支払い、このお部屋に住まわせていただいているのです。それをよくもぬけぬけと……! 表に出なさい! 今度こそ決着をつけて差し上げますわ!』
「上等ですよ! てか、ここもう表ですけど!」
『そ、そうでしたわね。……少々お待ちなさい、いま全裸ですので』
「ほんとにお風呂に入る前だったんですね……」
『首を洗って待ってなさいな!』
それだけ言って、急に通話が着られる。
ガサゴソ。ガサゴソ。
ドタバタ。ドタバタ。
急いで準備をしてくれているんだろうけど、なんというか、物凄くマヌケに見える。
「──うるっせーぞ! このヤロウ! 何時だと思ってんだ!」
隣の家から、男性の怒号と壁ドンの音が聞こえてくる。
あー……そういえば、私が住んでた時からいたっけ、この人。なんにせよ、生きててよかった。私が変なところで安心していると、「あら、ごめんあそばせ」という上品な声が聞こえてきた。
もはや緊張感もくそもない。
──ガチャ。
ようやく着替えが終わったのか、扉がゆっくりと開き、中からレンジが姿を現した。……けど、そこにいたのは、私と同じような芋ジャージを着て、便所サンダルを履いたレンジの姿だった。レンジは忌々しそうな目で私を見ると、くるりと体を反転し、家の扉をしっかりと施錠した。
「あら? ……何を担いでらっしゃるのかしら?」
呆気にとられていた私に、レンジが質問を投げかけてきた。
「昼ぶりに会って、第一声がそれですか……酒ですよ、お酒」
「お酒……ま、まさか、この国の昔話のように、あたくしを酔わせてから、その隙をついて斃す気ですのね!? なんて卑怯な……! 見損ないましたわ! この、キューティブロッサム!」
「それ悪口になってないけど、妙にこの国の文化に詳しいな……。いや、このお酒はツカサの家で色々あって……、それに全部空ですよ」
私は背負っていた袋を下に降ろすと、レンジに開けて見せた。
「あらほんと。……廃品回収でもやってらっしゃるの?」
「やってません! ……てか、何でここに居るんですか。ここ、私の家なんですけど」
「あら、まだほざくおつもり!? この、キューティブロッサム!」
「だから、それべつに悪口じゃ……いや、悪口として言ってるんだと思ったら、急に腹立ってきたな……」
「うふふ……、でしたらここで! 決着をつけさせてあげても構いませんことよ!」
レンジはそう言うと、手のひらを上に向け、パキパキと指を鳴らした。
「ふん、元よりそのつもりですよ。勝手に人の家に上がり、居座ったツケ、その身で払わせてやりますよ。ついでにその綺麗な顔を、昼間のグラウンドみたいにボコボコに凹ましてやりま──」
「──だァらァァァァァ! おめェらァ! 何時だと思ってんだ! こんボケがァ!!」
──バシィーン!!
隣の家の扉から大きな音が鳴る。おそらくそこの住人が、扉を強く蹴ったのだろう。
「……ここでは近隣の方々の迷惑になります。場所を変えましょう。ついてきなさい、キューティブロッサム」
「あ、はい……」
レンジはそう言うと、カポカポと音をたてながら、この場から立ち去ってしまった。私は地べたに置いていた袋を背負うと、そのままレンジの後をついていった。
◇
深夜のファミレスのテーブル席。
机を挟んだ向かい側に、人類の敵であるインベーダーが、私と対面するように座っていた。街はボロボロだけど、ここのファミレスは機能しているようで、まばらではあるが、この深夜帯でも数人の客が利用していた。
でも、なんでレンジはここをチョイスしたんだろう。私がそんな事を考えていると──
「──こちらご注文の、〝プレミアム・ラグジュアリー・ハイセンス・デリシャス・バッファロー・コーヒー〟です」
ウエイトレス姿の女給さんが、ごく普通に、なんの疑問も抱かずに、レンジの前にコーヒーカップを置いて、そのまま下がった。
……ん? それより今、なんて言ってた?
「──〝なぜ?〟という表情をしてらっしゃいますわね。なぜあの女給さんが、あたくしに対して、インベーダーに対して、恐怖もせず、疑問も抱かずにいたのか、と」
「いや、その前になんなんですか、そのバカみたいに長い名前のコーヒー」
「バカみたい……ああ、この〝フェイシャル・エステ・サロン・ホーリー・マグナム・コーヒー〟のことですの?」
「コーヒーの部分しか合ってないんですけど」
「こちらは、ここの〝ふぁみりぃれすとらん〟でよく頼んでいるコーヒーですわ」
「よく来てるんだ……」
「まさに、あたくしのような、エ~レガントな婦人に相応しい飲み物だと思いません?」
「……いや、べつに」
「──ム。では、あなたも試飲してみてはいかが? ……ふふ、あなたの事です。このコーヒーが美味しすぎて、その場で脱糞してしまうかもしれませんわね」
ずいっと、ソーサーに置かれたコーヒーカップが私の前へ移動してくる。
飲めと。これを。脱糞しろと。飲んで。
誰がするか。
けど、インベーダーの味覚にも興味はある。
私は興味なさそうなフリをしながら、差し出されたコーヒーを見た。
一見すると、普通のコーヒーにしか見えないけど、リバース・ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールド・コーヒー……みたいな名前が付いてるからには、やっぱりすごいのだろう。何がとは知らないけど。
さっきも言ったように、ぶっちゃけ興味はある。けど、ちょっとコワイってのもある。
魔法少女になって、半インベーダーと化して、恐怖心を感じなくなっていたはずなのに、こうして私が恐怖しているという事は、結構やばいのでは?
でもこうやって提供しているという事は、普通に飲めるということで……。
「あら、臆しているのですか? キューティブロッサムともあろう魔法少女が? これはお笑いですわね。おほほのほ!!」
「──ム。……ふっ、いいでしょう。飲んでやりますとも」
私はカップの持ち手にズボッと人差し指をツッコむと、そのまま口の高さまで持ち上げ、グイっと一気に飲み干した。
鼻から抜ける香り。舌を刺激する苦み。飲み終わった後の充足感。
こ、この味は……!
「ふふ、そんなにみっともなくがっついて……いかがかしら? その……えーっと、クソ長ぇ名前のコーヒーは?」
「名前言うの諦めてるじゃないですか」
「諦めてはおりません。時間を短縮したまでです。それで、お味は?」
「あ……うん、このコーヒー……なんというか……」
「ワクワク、ドキドキ……ですわ」
「普通ですね」
「ガビーン! ……ですわ」
「……普通にスーパーで、五百グラム入り六百円くらいで売ってそうな味でした」
「な、なんてこと!? 庶民にはこの……スーパーコーヒーの味がわからないなんて!」
「スーパーコーヒーって……。せめて頼んだからには名前は覚えましょうよ」
「ショックで名前がすべてトンでしまいましたわ……」
「はいはい……じゃあ、本題に移りますけど──」
──ピンポーン。
レンジは何食わぬ顔で、テーブルに備え付けられていたベルを押した。
「……なにやってんですか」
「あなたがあたくしのコーヒーを飲んだから、追加で注文するだけですわ」
「いや、敵同士なんですから、せめてもっと緊張感とか……いや、二人揃ってこんなところに来てる時点であれでしたね……」
「……あ、さっきのコーヒーひとつお願いしますの」
「いや、聞けよ!」
「──はい、ご注文を繰り返させていただきます。えっと……チッ、クソなげぇな……」
ウェイターは商品名を繰り返すことなく、舌打ちをして下がっていった。
「いや、商品名変えてもらえよ!」
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