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青銅編
シノの油断
しおりを挟む青銅寮正面玄関の扉がバンと開かれる。
中からドーラがおおきく肩で息をしながら出てきた。
「マエガミ! これだろ? とってきた……ぞ……?」
ドーラがその場で固まってしまう。
そこには多量の返り血を全身に浴び、肉塊を静かに見下ろしているシノの姿があった。
シノはドーラに気がつくと、パタパタと返り血をまき散らしながら近づいていた。
「お、さーんきゅ。でも、ごめん。もう必要ないかな」
「ち、ちかよるなぁ……っ!」
「ええ!? なになに? どうしちゃったの? あたしだよ。シノだよ」
「あ、ま、マエガミ……なのか?」
「……なんだと思ったの?」
「オバケ……」
「ひどっ」
シノはそう口を尖らせると、ドーラの手の中から刀を取った。
「これで、あってる?」
「うん、悪いね。無駄にパシらせちゃって」
「そ、それで、ヘンリーは?」
「あそこ」
シノが指をさす。
そこにはうつ伏せに倒れ、動かないでいるヘンリーがいた。
ドーラはそれを見ると、とてとてとヘンリーに駆け寄る。
「あ、ドーラちゃん、すこしゆっくりにね。止血と毒抜きはしておいたけど、縫合とかの処置はまだだから」
「えっと……、とにかくゆっくりだな? わ、わかった……」
「さて、と。ヘンリーくんはドーラちゃんに任せても大丈夫かな?」
「マエガミ……、どこかいくのか?」
「うーん。そんなに悲しそうな顔しないで」
「や、やめろぉ。なでるなぁ」
「えっとね、頭は潰したけど、まだまだ手足が暴れてるみたいなんだ」
そう言って、シノはぐるりと周囲を見回した。
街のいたるところから黒煙が上がり、住民たちが叫び声を上げている。
「なんで、エストリアがこんなことに……?」
「……わかんない。頭を捕まえたのはいいんだけど、拷問してもしゃべらないからそのまま殺しちゃって……。それに、王都は警備も厳重だし、外敵が攻めてきても、こんなに簡単に侵入を許すはずはないんだ……けど……」
「けど……?」
「ううん、なんでもない。とにかく、ヘンリーくんのことは頼んだよ」
「わかった。マエガミもしなないで……!」
「おうよ! まーかせとけぃ!」
シノはおどけてそう答えると、その場からつむじ風のように消えた。
「ヘンリー、しっかりするんだぞ!」
ドーラはヘンリーをその小さな背にゆっくりと乗せ、ズルズルとおぶった。
◇
「てめえ……! 残心のシ――」
山賊が言い終えるよりも速くシノが首を刎ねる。
「なんでおまえがここにいんだよ!? おまえはアニキが――」
一閃。
問答無用に首が胴体から離れる。
膝から崩れ落ち、ドクドクと血液が石畳に沁み込んでいく。
「これで、街の中にいる山賊は全部かな……」
「シノちゃん! 助かったよ! ありがとう! ありがとう……!」
初老の女性がシノに駆け寄ると、シノの手を取って握った。
「ううん、それよりもごめん。おじさん、助けられなかった……」
「……シノちゃんのせいじゃないよ。悪いのは全部、こいつらたちさ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、ちょっとだけ救われるよ」
「でも、なんだっていきなりこんなになったのかね」
「そこはあたしも気になってたんだ。おばさんはどう?」
「そうさね……。私たちが気づいた頃にはもうすでに、こいつらは街の中にいたからねえ……」
「気付いたときにはもう……」
シノは顎に手をあてて、押し黙ってしまった。
「それより、シノちゃんはどうするの?」
「あたしは……いちおうまだ残党が残っていないか、エストリアに駐在してる騎士たちと手分けして探してみるつもり。そのあとは……王様のところに行こうかなって」
「そうかい。気をつけるんだよ。まだ、なにか嫌な予感がするからね」
「うん、それはあたしもなんだ。まだなにかがある気がする。……それに、こういうときの女のカンって、なんとなくあたりやすい気がするん――」
「おうい! シノちゃん! なにかよくわからないものが……ァァ……ッ!?」
遠くのほうでシノを呼んでいた男性が、背後から襲い掛かってきた人型の何かにバリバリと食べられた。
「キャアアアアアアアアアア!!」
絹を裂くような悲鳴が、あたりから起こった。
青色の肌色に生気のない眼。
「うーうー」と低く唸る声。
屍人だった。
シノはすぐさま反応すると、最も手近にいた屍人の首を刎ねた。
そして、次の屍人の首を狙おうとした瞬間――
ガシッ!
と、首を刎ねられた屍人がシノの腕を掴んだ。
シノはそれに気を取られたのか、一瞬の判断が遅れてしまった。
大挙して押し寄せる屍人の波に飲み込まれてしまった。
一瞬の静寂。
周りの人間が眼を見開き、茫然とその光景を見つめている。
やがて重なった屍人の中心から、バリバリという肉を貪るような音が聞こえてきた。
◇
一方、エストリアの国境沿い。
戦争はカライ国の王が没していてもなお、虐殺とその名を変えて続いていた。
頭を失ったカライ国兵士は、列を乱された蟻のごとく、戦場をのたうち回っていた。
エストリア騎士はその好機を見逃すはずもなく、カライ兵を一方的に蹂躙した。
タカシとサキも例外ではない。
タカシは淡々と、サキは不満そうな顔で、カライ兵の命を摘み取っていった。
デフはというと、すでに陣営に戻っており、戦況を取り巻きと共に眺めているだけだった。
「ぐぬぬ……!」
「くく……、くぅ……ッ!」
エストリア騎士とカライ兵が鍔迫り合いを行っている。
やがて力負けしたのか、エストリア騎士は持っていた剣をガキン、と弾かれた。
「もらったァァ!!」
カライ兵はここぞとばかりに、大振りで斬りかかる。
しかしエストリア騎士はそれにすばやくタックルをかました。
両者はドサッと地面の上に倒れると、エストリア騎士が腰に差していた短剣を取り出した。
「このまま、刺し殺してやるッ!!」
短剣はまっすぐにカライ兵の胸めがけて振り下ろされる。
「う……ッ、ぐぅぅ……!!」
カライ兵はゆっくりと近づくナイフを、自分の手のひらで防いだ。
短剣の刃が手のひらを貫くが、エストリア騎士はなおも力を緩めない。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
「や、やめ……!」
ゆっくりと、確実に、短剣の切っ先がカライ兵の胸に迫っていく。
そしてとうとう短剣の切っ先が胸へと到達した。
「あ……がが……!」
ズブリズブリと、短剣の刃が胸に埋まっていく。
「あ……ああ……あ……ッ!!」
カライ兵は大きく目を見開き、口から
「カハッ!」
と吐血した。
カライ兵はもはや抵抗というよりも、その場でのたうち回っている
それでもなお、短剣は胸の奥へ奥へと侵入していった。
やがて力尽きたのか、カライ兵はピタッと抵抗をやめ、パタッと手が落ちた。
エストリア騎士はカライ兵の剣を、奪うと、また戦争へと戻っていった。
「ルーちゃん。これ、いつまで続けたらいいの?」
「言ったろ。相手の兵を全滅させるまでだよ」
「でも敵さん、もう抵抗してる人も少なくなってきたよ」
サキは手を止め、ちらりとカライ兵を見た。
引きつった笑みを浮かべ、両手を上げているカライ兵の首を、エストリア騎士が刎ねている。
「これが戦争だよ」
「でもさ……」
「ここで見逃したら、またこの前の二の舞になる。ここで完全に戦意を喪失させないと」
「わかってるけど――」
「これは……これは、平和に必要なことなんだ。……そう思わねえと、やってられねえだろ……」
「ルーちゃん……」
「で、伝令です! デフ殿!」
息を切らせたエストリア騎士が、デフのところまでやってきた。
肩で大きく息をしており、顔は上気している。
「どうかしたのかい?」
「そ、それが……!」
「おちつけ、ゆっくり深呼吸しろ」
デフの取り巻きが騎士にそう促した。
騎士は言われたとおりに、ゆっくりと深呼吸すると、デフに向き直った。
「エストリアに、賊が攻め込んできているようです!」
「な、なに!?」
陣営いいた騎士たちが、ほぼ一斉に声を上げる。
「どうやら、賊はここ最近騒がれている山賊集団でして、そいつらが大挙して押し寄せたそうで……」
「なんということだ……!」
「駐在の騎士共は何をやっているのだ!」
「それで、被害状況は?」
「いくら主戦力がいないとはいえ、そうも簡単に侵入されるのか……」
「はい、どうやら死者多数。行方不明者も多数。現在は駐在の騎士と、シノ殿とで殲滅に当たっているようです」
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「あの人がいるのなら、一安心だ」
「いえ、しかし……」
「まだなにかあるのか? 言ってみるがいい」
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「ど、どういうことだ……!」
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「それが……それだけで通信が切れてしまって……」
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「いかがいたしますか。デフ殿!」
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デフがそう宣言すると、周りにいた騎士たちも大声でそれに応えた。
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