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沢山飲んだ優莉奈だが、翌日はスッキリとした頭で目を覚ますことができた。
スマホで時間を確認してみると朝の8時前だ。
「よし!」
気合を入れてシャワーを浴び、動きやすい格好に着替える。
それから軽くパンとスープの朝食を取ってマンションを出た。
外はとてもいい天気で、ニュース番組では全国的に晴れるだろうと言っていた。
雨の心配もないし、幸先がいい。
軽い足取りで最寄り駅へ向かうと、すでに俊介が待っていた。
「おはよう」
「おう、ちゃんと起きれたんだな」
「子供じゃないんだから、約束に遅刻したりしないわよ」
軽口を叩きながら構内の売店で駅弁とお茶を購入して新幹線に乗り込んだ。
「新幹線って久しぶり。子供の頃以来かも」
「地方に行く用事がなかったら、なかなか乗らないよな」
俊介はテーブルをひきだしてすでにお弁当を食べ始めてしまった。
朝食を取っていないのだと言う。
匂いを気にしてか、箱の中にはサンドイッチが入っていた。
優莉奈は新幹線の揺れを感じながら流れていく景色を見つめた。
生まれ故郷である地元へ帰るのはこれが始めてだ。
5歳まで暮らしていたと言ってもほとんど記憶に残っていないため、はじめての土地といってもいい。
気持ちは旅行気分で、ワクワクしてくる。
「言っとくけど、遊びに行くんじゃないんだからな」
そんな優莉奈の心境を見越したかのように俊介が釘を差してくる。
「わ、わかってるってば」
優莉奈はギクリとしたが、苦笑いを浮かべてごまかしたのだった。
☆☆☆
新幹線に揺られること2時間くらい。
更に電車を乗り継いで降り立った場所は小さな駅舎があるだけの田舎駅だった。
駅員の姿もどこにも見えない。
無人駅に降り立ったのが初めての優莉奈は興味深そうに辺りを見回した。
「あ、ここ写真で見たことがある!」
駅を出て振り向いた風景に優莉奈がはしゃぐ。
両親と幼い自分、3人で撮った写真でみたことのある風景だった。
「まぁ、この辺は当時からそんなに変わってないだろうしな」
俊介も冷静にそう言いながらも懐かしそうに目を細めている。
駅前に変化がないということは、他の場所も当時のままである可能性が高い。
この街を歩けば少しでも幼い頃の記憶が戻ってくるかもしれない。
そんな期待が湧いてくる。
「まず最初にどこに行くの?」
「俺の家。一応顔出す約束にしてるから」
「俊介の家? もしかしておばさんやおじさんもいる?」
「当たり前だろ。優莉奈が来ることも伝えてあるから、張り切って料理してるかもな」
「うわぁ、緊張しちゃう!」
優莉奈は歩きながらその場で飛び跳ねる。
俊介の両親の顔はおぼろげながらに記憶しているけれど、ハッキリと思い出すことはできない。
きっと、アルバムの中には映っていたりするのだろうけれど。
駅から歩いてすぐのバス停に向かい、そこからバスで15分ほど揺られた場所が最寄りのバス停だった。
大通りの右手に流れている川を見て「ここってもしかして毎年花火大会のある河川敷?」と、優莉奈が聞く。
「そうだよ。俺たちもたしか一緒に行ったことがあるんじゃないかな」
きっとそうだろう。
歩道から眺める川はキラキラと輝き、透明感があって美しい。
自分がこんな場所で暮らしていたなんて、なんだか信じられない気持ちになってきた。
「こっち」
俊介に促されて路地を曲がると、そこには古い町並みがあった。
近くに城跡が残っているそうで、景観が損なわれないような建物が建てられているらしい。
「すごい綺麗」
「どれもこれも建て直してるからだよ」
「それでも綺麗!」
町並みに紛れるようにしてピザ屋やカフェがある。
見落としてしまいそうな小さな映画館まであって、見つける度に優莉奈が声を上げて喜んだ。
「ここが俺の家」
古い町並みから一本奥へ入るとそこはもう近代的な家が立ち並ぶ住宅街になっていた。
2階建ての赤い屋根の家の前で俊介は立ち止まり、玄関チャイムを鳴らした。
中からパタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえてきて、優莉奈は背筋を伸ばす。
それほど待つことなく1人の中年女性が玄関から顔を出した。
「俊介おかえり。あらあら、優莉奈ちゃん!?」
女性はサンダルをひっかけて出てくると優莉奈の顔をマジマジと見つめた。
優莉奈からしても女性の顔をマジマジと見つめることになって、幼い頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
「お、おばちゃん!!」
記憶と同時に懐かしさがこみ上げてきて思わず両手を伸ばす。
女性も優莉奈に手を伸ばしてふたりは抱き合って再開を喜んだ。
「私、おばちゃんの作るクッキーが大好きだったんだよね」
居間に通されてお茶をいただきながら優莉奈は呟く。
「今でも母親はお菓子作りが趣味だよ。今日だってきっと……」
俊介がすべてを言い終える前におばちゃんがホールのケーキを持って戻ってきた。
「はいこれ! 優莉奈ちゃんが戻ってくるってきいて、張り切って作っちゃったの!」
どうりで玄関に立ったときから甘い匂いがしていると思っていた。
「すまないね優莉奈ちゃん。女房が張り切っちゃってね」
俊介のお父さんが渋面を作って、だけどどこか嬉しそうな声で言う。
「嬉しい! 私甘いもの大好き!」
優莉奈はさっそくケーキを取り分けるのを手伝った。
「母さん、先に食事じゃないのかい?」
「あら、順番なんていいじゃない」
ケーキを作ってもらっていた上に、食事の準備まであるみたいだ。
自分の実家に戻ったときだってこれだけの歓迎を受けることはないので、感激してしまう。
「う~ん、美味しい!」
おばさんが作ってくれたショートケーキはクリームの甘さが控えめで、その代わり乗っているイチゴがとびきり甘くて新鮮だった。
ケーキの真ん中には優莉奈の大好きだったクッキーも乗っていて、それは自然と優莉奈のお皿に取り分けられることになった。
「それで、ご両親は元気かい?」
ある程度食事が進んだところでおじさんが質問してきた。
「はい、とっても元気です。今は別々に暮らしてますけど、ふたりは休日の度に出かけてるみたいです」
「昔から仲良し夫婦だったからなぁ。そうか、元気ならよかったよ」
目尻にシワを寄せて笑うのを見ていると、年月を感じる。
自分がここを離れている間にも、この人たちは自分たちの人生を歩んでいたのだということがわかる。
それは当然のことだったけれど、なんだか感慨深くなってしまう。
「それで? 今日は神様にお参りに行くの?」
「はい。ちょっと、色々とあって」
どうして縁結びの神様に行きたいかは、さすがに言えない。
「この辺の神社はご利益が強いから気をつけないとダメよ?」
その言葉に思わずむせてしまいそうになる。
優莉奈と俊介は顔を見合わせた。
「この近くにお城があるでしょう? お殿様はこの周辺に沢山の神様を祀られたの。何年何十年何百年じゃきかない神様が沢山いるのよ」
「そうなんですね」
当時の自分たちはそんなこととは知らずに願掛けをしてしまった。
効力が強すぎる神様に、結婚したいとお願いしてしまった。
「そろそろ行こうか」
窓の外はオレンジ色に色づき始めている。
ゆっくりしていると薄暗い境内を歩くことになってしまう。
「おじさんおばさん、今日はありがとう」
「これくらいのことしかできなくてごめんね。また来てね」
おじさんおばさんに見送られて家を出たふたりは無言で歩き始めた。
少し歩くだけで小さな鳥居がいくつも通り過ぎていく。
「本当に神様が多いんだね」
「あぁ。神社ばかりじゃなくて寺もあるはずだけどな」
もちろんお寺もどこかにあるだろうけれど、今の所わからなかった。
それから更に歩いていくと木々に囲まれてほとんど見えなくなっている石段を発見した。
3段ほどしかなくて、今は苔むしている石段。
目の前に現れたそれと、夢に出てきた石段が一致する。
「ここ……!」
「うん。ここだ」
俊介が頷いて周囲を見回す。
神社の名前が書かれているはずだけれど、文字は霞んで見えなくなってしまっている。
手入れされているようにも見えないし、もしかしたらもう誰も管理していないのかもしれない。
「ここはずっと昔に神社としての役目を終えたらしい。俺たちが生まれる前に」
「そうなの!?」
「あぁ。だから神様はいないはずだったんだけどな」
俊介は首を傾げながら石段を登る。
優莉奈もそれに続いた。
鳥居の前で立ち止まり、ふたりで一礼してから境内へ足を踏み入れた。
一歩そこに足を進めただけで体にまとわりつく雰囲気が変わった。
空気の密度が濃くて、肌寒さを感じる。
それに太陽の光が届かなくて一気に陰りを帯びた。
「寒い」
優莉奈は自分の体を抱きしめて身震いをした。
体感温度も低くなったと思うけれど、それ以上に境内の重苦しい雰囲気がそう感じさせているように思う。
「早く行こう」
俊介は周囲に視線を巡らせながら早足で拝殿まで向かった。
そして手を合わせる。
「優莉奈との祈願を取り消しさせてください」
「俊介との祈願を取り消しさせてください」
ふたりの声が重なり合う。
誰もいないはずななのにどこからか笑い声が聞こえてきた気がして優莉奈は俊介の腕を強く握りしめた。
俊介が柏手を打つので、優莉奈も慌ててそれに続いた。
そのときだった。
周囲の木々がざわめいた。
まるでふたりを歓迎するかのように、歌うように葉が擦れ合う。
その音色は以前にも聞いたことがある。
遠い昔ここへ来て、俊介と結婚できるように願ったときと全く同じ音だった。
「よし、もう行こう」
「うん」
ふたりは逃げるように神社を後にしたのだった。
☆☆☆
神社の鳥居を抜けた瞬間、スッと心が軽くなる感じを覚えて優莉奈は立ち止まった。
後からやってきた俊介も自分の胸のあたりを手で抑えて驚いた表情を浮かべている。
「なんだか憑き物が落ちたような感じ」
「俺もだ」
足取りも、来たときよりも随分と軽くなっている。
この神社は本当に強いご利益があったのかもしれない。
それで、互いの恋愛に干渉してきていたのかも。
「とにかく行こう。明日は仕事だからもう帰らないと」
日はどんどん傾いて来ている。
ここから東京へ戻るにはまだまだ時間もかかる。
「そうだね。行こう」
ふたりはいつもの日常へと戻って行ったのだった。
スマホで時間を確認してみると朝の8時前だ。
「よし!」
気合を入れてシャワーを浴び、動きやすい格好に着替える。
それから軽くパンとスープの朝食を取ってマンションを出た。
外はとてもいい天気で、ニュース番組では全国的に晴れるだろうと言っていた。
雨の心配もないし、幸先がいい。
軽い足取りで最寄り駅へ向かうと、すでに俊介が待っていた。
「おはよう」
「おう、ちゃんと起きれたんだな」
「子供じゃないんだから、約束に遅刻したりしないわよ」
軽口を叩きながら構内の売店で駅弁とお茶を購入して新幹線に乗り込んだ。
「新幹線って久しぶり。子供の頃以来かも」
「地方に行く用事がなかったら、なかなか乗らないよな」
俊介はテーブルをひきだしてすでにお弁当を食べ始めてしまった。
朝食を取っていないのだと言う。
匂いを気にしてか、箱の中にはサンドイッチが入っていた。
優莉奈は新幹線の揺れを感じながら流れていく景色を見つめた。
生まれ故郷である地元へ帰るのはこれが始めてだ。
5歳まで暮らしていたと言ってもほとんど記憶に残っていないため、はじめての土地といってもいい。
気持ちは旅行気分で、ワクワクしてくる。
「言っとくけど、遊びに行くんじゃないんだからな」
そんな優莉奈の心境を見越したかのように俊介が釘を差してくる。
「わ、わかってるってば」
優莉奈はギクリとしたが、苦笑いを浮かべてごまかしたのだった。
☆☆☆
新幹線に揺られること2時間くらい。
更に電車を乗り継いで降り立った場所は小さな駅舎があるだけの田舎駅だった。
駅員の姿もどこにも見えない。
無人駅に降り立ったのが初めての優莉奈は興味深そうに辺りを見回した。
「あ、ここ写真で見たことがある!」
駅を出て振り向いた風景に優莉奈がはしゃぐ。
両親と幼い自分、3人で撮った写真でみたことのある風景だった。
「まぁ、この辺は当時からそんなに変わってないだろうしな」
俊介も冷静にそう言いながらも懐かしそうに目を細めている。
駅前に変化がないということは、他の場所も当時のままである可能性が高い。
この街を歩けば少しでも幼い頃の記憶が戻ってくるかもしれない。
そんな期待が湧いてくる。
「まず最初にどこに行くの?」
「俺の家。一応顔出す約束にしてるから」
「俊介の家? もしかしておばさんやおじさんもいる?」
「当たり前だろ。優莉奈が来ることも伝えてあるから、張り切って料理してるかもな」
「うわぁ、緊張しちゃう!」
優莉奈は歩きながらその場で飛び跳ねる。
俊介の両親の顔はおぼろげながらに記憶しているけれど、ハッキリと思い出すことはできない。
きっと、アルバムの中には映っていたりするのだろうけれど。
駅から歩いてすぐのバス停に向かい、そこからバスで15分ほど揺られた場所が最寄りのバス停だった。
大通りの右手に流れている川を見て「ここってもしかして毎年花火大会のある河川敷?」と、優莉奈が聞く。
「そうだよ。俺たちもたしか一緒に行ったことがあるんじゃないかな」
きっとそうだろう。
歩道から眺める川はキラキラと輝き、透明感があって美しい。
自分がこんな場所で暮らしていたなんて、なんだか信じられない気持ちになってきた。
「こっち」
俊介に促されて路地を曲がると、そこには古い町並みがあった。
近くに城跡が残っているそうで、景観が損なわれないような建物が建てられているらしい。
「すごい綺麗」
「どれもこれも建て直してるからだよ」
「それでも綺麗!」
町並みに紛れるようにしてピザ屋やカフェがある。
見落としてしまいそうな小さな映画館まであって、見つける度に優莉奈が声を上げて喜んだ。
「ここが俺の家」
古い町並みから一本奥へ入るとそこはもう近代的な家が立ち並ぶ住宅街になっていた。
2階建ての赤い屋根の家の前で俊介は立ち止まり、玄関チャイムを鳴らした。
中からパタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえてきて、優莉奈は背筋を伸ばす。
それほど待つことなく1人の中年女性が玄関から顔を出した。
「俊介おかえり。あらあら、優莉奈ちゃん!?」
女性はサンダルをひっかけて出てくると優莉奈の顔をマジマジと見つめた。
優莉奈からしても女性の顔をマジマジと見つめることになって、幼い頃の記憶が鮮明に蘇ってきた。
「お、おばちゃん!!」
記憶と同時に懐かしさがこみ上げてきて思わず両手を伸ばす。
女性も優莉奈に手を伸ばしてふたりは抱き合って再開を喜んだ。
「私、おばちゃんの作るクッキーが大好きだったんだよね」
居間に通されてお茶をいただきながら優莉奈は呟く。
「今でも母親はお菓子作りが趣味だよ。今日だってきっと……」
俊介がすべてを言い終える前におばちゃんがホールのケーキを持って戻ってきた。
「はいこれ! 優莉奈ちゃんが戻ってくるってきいて、張り切って作っちゃったの!」
どうりで玄関に立ったときから甘い匂いがしていると思っていた。
「すまないね優莉奈ちゃん。女房が張り切っちゃってね」
俊介のお父さんが渋面を作って、だけどどこか嬉しそうな声で言う。
「嬉しい! 私甘いもの大好き!」
優莉奈はさっそくケーキを取り分けるのを手伝った。
「母さん、先に食事じゃないのかい?」
「あら、順番なんていいじゃない」
ケーキを作ってもらっていた上に、食事の準備まであるみたいだ。
自分の実家に戻ったときだってこれだけの歓迎を受けることはないので、感激してしまう。
「う~ん、美味しい!」
おばさんが作ってくれたショートケーキはクリームの甘さが控えめで、その代わり乗っているイチゴがとびきり甘くて新鮮だった。
ケーキの真ん中には優莉奈の大好きだったクッキーも乗っていて、それは自然と優莉奈のお皿に取り分けられることになった。
「それで、ご両親は元気かい?」
ある程度食事が進んだところでおじさんが質問してきた。
「はい、とっても元気です。今は別々に暮らしてますけど、ふたりは休日の度に出かけてるみたいです」
「昔から仲良し夫婦だったからなぁ。そうか、元気ならよかったよ」
目尻にシワを寄せて笑うのを見ていると、年月を感じる。
自分がここを離れている間にも、この人たちは自分たちの人生を歩んでいたのだということがわかる。
それは当然のことだったけれど、なんだか感慨深くなってしまう。
「それで? 今日は神様にお参りに行くの?」
「はい。ちょっと、色々とあって」
どうして縁結びの神様に行きたいかは、さすがに言えない。
「この辺の神社はご利益が強いから気をつけないとダメよ?」
その言葉に思わずむせてしまいそうになる。
優莉奈と俊介は顔を見合わせた。
「この近くにお城があるでしょう? お殿様はこの周辺に沢山の神様を祀られたの。何年何十年何百年じゃきかない神様が沢山いるのよ」
「そうなんですね」
当時の自分たちはそんなこととは知らずに願掛けをしてしまった。
効力が強すぎる神様に、結婚したいとお願いしてしまった。
「そろそろ行こうか」
窓の外はオレンジ色に色づき始めている。
ゆっくりしていると薄暗い境内を歩くことになってしまう。
「おじさんおばさん、今日はありがとう」
「これくらいのことしかできなくてごめんね。また来てね」
おじさんおばさんに見送られて家を出たふたりは無言で歩き始めた。
少し歩くだけで小さな鳥居がいくつも通り過ぎていく。
「本当に神様が多いんだね」
「あぁ。神社ばかりじゃなくて寺もあるはずだけどな」
もちろんお寺もどこかにあるだろうけれど、今の所わからなかった。
それから更に歩いていくと木々に囲まれてほとんど見えなくなっている石段を発見した。
3段ほどしかなくて、今は苔むしている石段。
目の前に現れたそれと、夢に出てきた石段が一致する。
「ここ……!」
「うん。ここだ」
俊介が頷いて周囲を見回す。
神社の名前が書かれているはずだけれど、文字は霞んで見えなくなってしまっている。
手入れされているようにも見えないし、もしかしたらもう誰も管理していないのかもしれない。
「ここはずっと昔に神社としての役目を終えたらしい。俺たちが生まれる前に」
「そうなの!?」
「あぁ。だから神様はいないはずだったんだけどな」
俊介は首を傾げながら石段を登る。
優莉奈もそれに続いた。
鳥居の前で立ち止まり、ふたりで一礼してから境内へ足を踏み入れた。
一歩そこに足を進めただけで体にまとわりつく雰囲気が変わった。
空気の密度が濃くて、肌寒さを感じる。
それに太陽の光が届かなくて一気に陰りを帯びた。
「寒い」
優莉奈は自分の体を抱きしめて身震いをした。
体感温度も低くなったと思うけれど、それ以上に境内の重苦しい雰囲気がそう感じさせているように思う。
「早く行こう」
俊介は周囲に視線を巡らせながら早足で拝殿まで向かった。
そして手を合わせる。
「優莉奈との祈願を取り消しさせてください」
「俊介との祈願を取り消しさせてください」
ふたりの声が重なり合う。
誰もいないはずななのにどこからか笑い声が聞こえてきた気がして優莉奈は俊介の腕を強く握りしめた。
俊介が柏手を打つので、優莉奈も慌ててそれに続いた。
そのときだった。
周囲の木々がざわめいた。
まるでふたりを歓迎するかのように、歌うように葉が擦れ合う。
その音色は以前にも聞いたことがある。
遠い昔ここへ来て、俊介と結婚できるように願ったときと全く同じ音だった。
「よし、もう行こう」
「うん」
ふたりは逃げるように神社を後にしたのだった。
☆☆☆
神社の鳥居を抜けた瞬間、スッと心が軽くなる感じを覚えて優莉奈は立ち止まった。
後からやってきた俊介も自分の胸のあたりを手で抑えて驚いた表情を浮かべている。
「なんだか憑き物が落ちたような感じ」
「俺もだ」
足取りも、来たときよりも随分と軽くなっている。
この神社は本当に強いご利益があったのかもしれない。
それで、互いの恋愛に干渉してきていたのかも。
「とにかく行こう。明日は仕事だからもう帰らないと」
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