猫に生まれ変わったら憧れの上司に飼われることになりました

西羽咲 花月

文字の大きさ
17 / 19

危険

しおりを挟む
運良く部屋から飛び出してくることのできた尚美だけれど、当然行く宛があるわけではなかった。

元々この猫は野良猫だったようだし、健一以外の飼い主はいない。
一気に階段を駆け下りてきた疲れが出てきて、尚美はフラフラと街路樹の影に入り込んでいった。

ここにいればひとまずは安全だろう。
空を見上げてみるとポツポツと大粒の雨が振り始めている。

小さな体ではすぐに体温が奪われていってしまう。
どうにかして暖を取れる場所を見つけないと。

そう思ってマンション周辺へ視線を巡らせてみると、横断歩道の向こう側にコンビニを見つけた。

あそこに逃げ込めば少しの間暖をとらせてもらえるかもしれない。
だけどそのためにはこの横断歩道を渡らないと……。


そう考えた瞬間、子猫を助けたときの光景が脳裏に蘇ってきた。
まだ人間だったころ、勢いで飛び出して子猫を助けた。

そのときの痛みはほんの一瞬だったはずなのに、なぜか今全身がズキズキと痛み始める。

冷たいコンクリートに打ち付けられる感触や、人々の悲鳴まで鮮明に蘇ってきて尚美は強く身震いをした。

あの横断歩道に比べれば半分ほどの距離しかない。
信号を守って渡れば大丈夫なはず。

けれど、横断歩道の手前で尚美は立ち止まってしまった。
1度蘇ってきた恐怖はなかなか消えてくれない。

どうして!?
病院へ行こうとしたときには平気だったのに!


今度だってきっと大丈夫だと自分に言い聞かせるけれど、やはり体は動いてくれなかった。

その場ですくんでしまって動けない。
あぁそうか。

あのときは今以上に必死だったから動くことができたんだ。
ふと、そう理解した。

病院へ行って健一に会いたい。
その気持の方が今よりもずっとずっと大きかったから、横断歩道が平気だったんだ。

そう気がついたとき、心の奥で燃えていた炎がジュッと音を立てて消えた気がした。
勢いで逃げ出してきてしまったけれど、やっぱり自分1人で生きていくことなんてできないんだと。

落ち込んでうなだれていたところに「子猫ちゃん、どうしたの?」と、声をかけられた。
見上げてみると女子高校生が透明傘を差し掛けてくれている。


尚美の横に座り込んで「大丈夫?」と優しく声をかけてくる。
「ミャア」

尚美は震える声で答えた。
この子の手も温かいんだろうか。

そんなことを考えていると、気持ちが通じたかのように女の子が手を伸ばして頭を撫でてきた。

尚美は今雨で濡れているのに、そんなことおかまいなしだった。
「かわいいね。うちの子になる?」

撫でてくれる手は優しくて、やっぱり温かい。
いっそこの子に飼われたほうがミーコにとっても幸せかもしれない。

だって、健一と一緒に暮らしていたら、どうしてもわがままになってしまうから。
「あ、でも飼い猫ちゃんなんだね。迷子かな?」

そのとき女の子が首輪に気がついてつぶやいた。
「ミーコちゃん、気をつけて帰るんだよ?」

女の子はそう言い残すと、青信号になった横断歩道を1人で渡っていってしまったのだった。

☆☆☆

今の私に居場所はない。

野良猫が歩いていることで時折通行人たちが視線を向けてくるけれど、みんな自分の生活に忙しくて足を止めない。
でも、だいたいそうだ。

尚美だって野良猫が歩いているくらいで足を止めたりはしないだろう。
だけど健一は違った。

フラフラになった野良猫を前にして立ち止まり、拾い上げてくれたのだ。
あの優しい人の迷惑にだけはなりたくない。

そんな気持ちでさまよい歩いていると、いつの間にか健一とやってきたことのあるあの公園にたどり着いていた。

もしかしたらハトや、ハトおじさんがいるかもしれない!


そう思って駆け出す。

あのベンチを見つけて駆け寄ってみたけれど、天気が悪くて雨も強くなってきているせいかそこには誰の姿もなかった。

残念な気持ちになりながら、ベンチの下に入りこむ。
ここにいれば少しは雨をしのぐことができる。

雨がやむまでの我慢だ。
尚美はベンチの下で震えながらうずくまったのだった。


☆☆☆

どれくらいの時間ベンチの下で震えていただろうか。
雨がやむ気配もなく降り続き、体温はどんどん奪われていく。

このままだと死んでしまうかもしれないという不安が脳裏をよぎる。
それならそれでいいかもしれない。

現実の尚美の体がどうなっているのかわからない今、子猫の体を借りているに過ぎないのだから。

子猫から体を奪ってしまうのは申し訳ないけれど、これも運命か……。
諦めて目を閉じたときだった。

すぐ近くでうぅ~と低い唸り声が聞こえてきて尚美はハッと目を開けた。
振り向くとベンチのすぐ近くに野生の犬がいることに気がついた。

犬はこちらへ向けて唸り声をあげ、牙を向いている。
尚美は咄嗟に身構えて犬を睨み返した。

どうして?
いつもはすぐに気配や匂いで気がつくはずなのに。


だけど今は大粒の雨が降り注いでいる状態だ。
野犬の匂いも気配も雨によってかき消されてしまっていたようだ。

野犬は一匹だけではなかったようで後ろの茂みの中からもう一匹が姿を見せた。

どちらも成犬で、ミーコの何倍もの大きさがある。
捕まったら殺される!

ついさっき死を覚悟していたものの、野生としての本能で生きることへの固執がつ膨らんできた。

2歩、3歩とゆっくり野犬から距離を取る。
喧嘩になっても絶対に勝てない。

それなら逃げるしかない。
ただ、子猫の足で逃げ切ることができるかどうかはわからなかった。

一か八かやってみるしか他はない。
ジリジリと後ろへ下がっているといつの間にかベンチの外へ出ていた。

これでは体ががら空きだ。


犬たちの視線を感じながらも一気に駆け出す。
同時に二匹の犬も駆け出していた。

広い公園を一目散に出口へと走る。

雨で視界が悪いし、足元も悪くて何度も転んでしまいそうになりながらも、懸命に前へ前へと足を運ぶ。

それでもやはり成犬の足の方がよほど早い。
あっという間の尚美のすぐ後ろまで二匹が迫ってきていた。

その気配におののき、足が絡んでこけてしまう。
そこで見た野犬の鋭い牙と眼光に怯えながら尚美は立ち上がることがやっとだった。

もう無理。
もう走れない。


こんなところで、こんな風に死ぬなんてごめんなさい。
関さん、子猫ちゃん、本当にごめんなさい。

ガクガクと震えている尚美へ向けて二匹が当時に飛びかかってきた。

避ける暇はない。
牙が、爪が尚美へ向けて突き立てられる……寸前だった。

「ミーコ!!」
それはほとんど怒鳴り声だった。

その声が聞こえた瞬間野犬がキュンッと可愛らしい声を上げて一目散に逃げ出したのだ。

呆然としてその後姿を見送っていると、背中から抱きかかえ上げられた。
その手は絶対に忘れることがないだろう。

大きくて、優しくて、暖かくて、大好きな手。
「まったく。急に外に出るんじゃない」


怒ったように言っているけれど、全然怒っていない彼はずぶ濡れのミーコに頬ずりをした。

あぁ……。
ずっとこうしてほしかった。

ここ一ヶ月間ずっとずっと、待っていた。

健一はよほど慌てて出てきたのだろう、傘もささずサンダルをはいていて足もとは泥だらけだ。

「最近かまってやれなくてごめんな。でももう大丈夫だから。山場は過ぎたんだ」

ミーコをきつく抱きしめて健一はそう言ったのだった。


☆☆☆

ずぶ濡れのミーコと健一は一緒にお風呂に入っていた。
今回は健一も濡れていたから、ちゃんとお湯をはって湯船に使っている。

ミーコは風呂桶にためられたお湯に浸かっていた。
こうしていると体の芯から温まってくるのがわかって心地いい。

だけど健一も全裸で入浴中ということで尚美はさっきから目のやり場に困りっぱなしだ。

「ほらこっちにおいで。シャンプーしてあげるから」

と、言われても今の健一は全裸で、しかも抱っこして洗おうとするものだから尚美は必死で逃げていた。

せめて服を着て!
私を洗うのはその後にして!
と、訴えかけてみてもやっぱり伝わらない。

結局は健一の腕につかまってしまって、そのまま膝の上に乗せられるはめになってしまった。


程よく筋肉のついた肉体を目の前にして心臓がドキドキしてくる。
このままでは温まるを通り越して沸騰してしまいそうだ。

そんなこととはつゆ知らず、健一は丁寧に尚美の体を洗っていく。
土で汚れた肉球は念入りに指先でこすられてしまった。

もし、もし今ここで自分の体が人間に戻ったら?
なんてことを考えてしまって余計に頭がカーッと熱くなってきてしまう。

ブンブンと左右に首を振ると健一に泡が飛んで怒られてしまった。
「さ、キレイになった。乾かしてあげるから、そこで少し待っててな」

先に脱衣場に出された尚美は安堵のため息を吐き出して、すっかりのぼせてしまったためそのまま冷たい床にねそべって目を閉じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日7時•19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

処理中です...