自殺教室

西羽咲 花月

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豊の告白

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豊はさっきよりも顔色が悪くなっていて、今は床に寝転んでいた。
呼吸も荒くて思った以上に血が出ているみたいだ。


「豊きこえる?」


隣に座って声をかけるよ豊がうっすらと目を開けた。


「あぁ、聞こえてる」


その声はしっかしていて、ひとまず安心した。


「ただ傷口がどんどん痛くなってきてる」


そのせいで顔色が悪いみたいだ。


「聞いて豊。一浩は罪を告白してから自殺した。だから外へ出ることができたんだと思う」


奈穂の言葉に豊はなにも返事をしなかった。
だけど聞いていることはわかったので、話を続けることにした。


「豊は告白する前にナイフを使おうとしたから、中途半端になったよね。ってことは、このまま死んでも外へは出られないかもしれない」


最悪の場合、豊の死体はこの教室に残ったままということになる。
この教室から全員が出られた時、その死体がどうなるのかもわからない。

豊の視線が泳いだ。
このままじゃダメだということを、やっとわかってくれたみたいだ。


「……千秋について話せばいいのか?」


奈穂は小さく頷いた。
黒板に書かれた文字は、最初からそう言っている。


「待って、ダメ、やめて!」


声を上げたのは珠美だった。
珠美はなぜか焦った様子で左右に首を振り、やめるように懇願している。


「どうしたの珠美?」


豊の告白に対してどうして珠美がこれほど反応をしているんだろう?
奈穂が首を傾げている間に、豊は自分と千秋の間に起こった出来事をゆっくりと話し始めたのだった。


☆☆☆

豊と千秋は同じクラスというだけで大きな接点はなかった。
朝と帰りに挨拶を交わすくらいの関係だ。

千秋が自己に遭う一ヶ月前、豊は放課後1人でデパートへやってきていた。
駅前にある大型のデパートで1階は香水や化粧品店。

地下には量り売りのお惣菜が置かれているようなデパートだ。
平日の夕方は地下の売り場はにぎやかだったけれど豊がいる1階のコスメコーナーはそれほど客足は多くなかった。

それでも時折スーツ姿の女性たちが買い物をしに訪れる。
仕事が終わってから買い物へ来たようで、その表情はどれも緩やかだった。

化粧品店ではその場でメークもしてくれるようで、これからデートの予定がある女性たちが数人集まってきていた。
こんなところに自分がいるなんて場違いだと、豊もちゃんと理解していた。

でも今日はどうしてもここに用事があってきたんだ。
豊は化粧をしてもらっている女性たちの後ろを通り過ぎて、香水売り場へと向かった。

そこはひと気が少なくて店員も1人立っているだけだった。


陳列されている香水の瓶はハート型だったりダイヤ型だったりして、見ているだけで楽しい気持ちにさせてくれる。
それぞれの香水の前にはその香水を染み込ませたコットンが小瓶に入れられて置かれていた。

購入者たちはこれの匂いをかいでどの香水を買うのか決めるみたいだ。
香水には縁のない豊は初めてそれを知った。


「高いな」


香水の値段を見て思わず呟く。
一番安い商品でも2万円はするブランドものだ。

ひと気が少ないのも頷けることだった。
たった1人しかいない店員はさっきから伝票整理をしている。

お客さんもいないし、中学生男子が好奇心で商品を見ているとしか思わないのだろう。
それは豊にとっては幸いだった。

豊がこれからしようとしていることは決して誰にもバレてはいけないことなんだから。
豊はお目当ての香水を見つけるとその場で立ち止まった。

購入するつもりなどないのに、香水の金額を確認する。
それは3万5千円する商品だった。

思わずゴクリと唾を飲み込んで周囲を見る。


相変わらず過疎状態だ。
豊は右手を伸ばして香水の瓶を手に取った。

そして予め開けておいた学生鞄の中に落とすようにそれを入れたのだ。
でもすぐには逃げない。

足早になれば怪しまれる。
豊はゆっくりと香水を見て回ると、ようやくその場を後にしたのだった。


☆☆☆

「ねぇ、ちょっと」


デパートを出た瞬間後方から声をかけられて豊の心臓は跳ね上がった。
全身に冷や汗が流れ出る。

逃げろ。
走れ。

頭ではそう思うのに、体は言うことを聞かずに硬直してしまう。
バレた。
終わりだ。

制服姿で万引なんてしたんだから、学校にも家にも通報されてしまう。
豊の脳内が絶望に支配されそうになったとき、声をかけてきた女性が回り込んできた。


「えっ」


豊は思わず声を出し、そして全身が脱力していくのを感じた。
豊に声をかけてきたのは店員ではなく、同じクラスの千秋だったのだ。

てっきち万引がバレて店員が追いかけてきたのだと表板豊は膝から崩れ落ちそうになった。


「な、なんだお前か」


思わず安堵の声が漏れる。
けれどいつまでもお店の前にいるわけにはいかない。

豊のカバンの中にはついさっき盗んだばかりの高級な香水が入っているのだから。
本当なら千秋だと認識した次の瞬間には逃げ出したかった。


けれど豊はこうして足止めを食らうことになってしまったのだ。


「さっき、なにしたの?」


千秋の鋭い視線が飛んでくる。
こいつにはバレてたのか。

一瞬ひるんでしまいそうになるけれど、相手が千秋だとわかっている豊の態度は堂々としたものだった。
店員や警備員じゃないのなら、バレたって捕まらない。

そう、思っていた。


「別に、お前には関係ないだろ」


短く返事をして千秋を無視して歩き出す。
どうせすぐに諦めるだろうと思っていたけれど、千秋は思ったよりもしつこかった。

すぐの豊の後を追いかけてきたのだ。


「ねぇ、そのまま帰る気?」


もう、返事はしなかった。


店はどんどん遠ざかっているのだから、帰る気に決まっている。


「なんでそんなことするの? それって女性ものなのに、どうして必要なの?」


答えないのに質問ばかりが飛んできてイラつく。
豊は1度振り向いて千秋を睨みつけた。

それでひるんで帰るかと思ったが、千秋はするどい視線をこちらへ向けたままで更に追いかけてきたのだ。


「女性ものの香水をつけるのがおかしいとか、そういうことを言ってるんじゃないよ? ううん、むしろそういう楽しめる趣味がるのはいいことだと思う。でも……盗んだよね?」


『盗んだ』と言われた瞬間足を止めてしまいそうになり、逆に早足になった。
家まではあと少しだ。

家に入ってしまえばさすがの千秋だって諦めてくれるだろう。


「今ならまだきっと間に合うよ。売り場に戻した方がいいよ」


すぐそばに家が見え始めてホッと息を吐き出した。
千秋はいつまででも豊の後ろをついてきて、豊はチッと舌打ちをした。


玄関の鍵をポケットから取り出すと、千秋も足を止めた。
大きな一軒家の前で足を止めた豊を、怪訝そうな表情で見つめている。

そう、豊の家は決して貧乏ではなかった。
一般家庭と比べてみれば裕福な方だと思う。

そんな豊が万引をしたことが不思議だったんだろう。
家がどれだけ裕福だって、中学生の豊がなんでもかんでも手に入れられるわけじゃない。

一月のお小遣いは決められていて、その中でやりくりをしている。
それに、香水に興味なんてない豊が両親に香水をねだるのは不自然だった。

絶対になにか聞かれるに決まっている。
だから豊は高級な香水を盗むことにしたのだ。

「なんで……」


千秋が最後まで言う前に豊は鍵を開けて玄関に入っていた。
そのままバンッとわざと大きな音を立ててドアを閉め、鍵も閉めた。

そこまでしてようやく千秋は静かになった。
それでも豊はすぐには部屋に向かわなかった。

玄関ドアに耳をピッタリをくっつけて千秋の様子を伺う。
千秋はしばらくその場にいたようだけれど、数分後ようやく諦めて帰っていく足音が聞こえてきたのだった。


☆☆☆

その翌日から豊は千秋のことが気になって仕方がなかった。
万引しているところを目撃されたのだから、当然だった。


「千秋、昨日さぁ」

「千秋ってさぁ」


そんな声が教室で聞こえてくるたびにビクリと体を震わせて耳をそばだててしまう。
いつ千秋が万引についてクラスメートに話すかもしれないと思うと、気が気ではなかった。

だけど学校内で千秋が豊になにかを言ってくることはなかった。
廊下で偶然すれ違うときに視線がぶつかると、なにかいいたそうな表情になる。

けれどなにも言ってくることはなかった。
普段どおりの生活を送っている千秋を見ていると、豊はだんだん怖くなってきた。

千秋はいつか万引のことを誰かにバラすんじゃないか。
先生、友だち、両親。

もしかしたらもっと大変な人たちにバラされてしまうかもしれない。
そう考えると豊の中で自分の人生が破滅へ向かっていく様子がいとも簡単に想像できた。

そしてだんだん、千秋のことが恐ろしく見え初めてしまったんだ。
だから……。


「千秋は成績がいいけど、カンニングしてるらしい。もうずっと前から」


同じクラスの一浩へそう伝えたんだ。
豊は一浩がいくら勉強してもいい点数が取れず、それを気にしていることを知っていた。

更にクラス内でも乱暴者で通っている一浩が、勉強ができる千秋を心の中で尊敬していることも知っていた。


「カンニング?」


一浩は豊の言葉にすぐに反応を見せた。
まるで苦くてまずいものを口の中に入れたときみたいな顔をしている。


「あぁ。どう思う?」

「どうって……」


一浩は教室にいる千秋へ視線を向けた。
千秋は友人らとの会話に夢中で、豊と一浩のふたりがこんな会話をしているとは思っていないみたいだ。


「カンニングして、ずっといい点数を維持してたらしい」


豊はまた言葉を続ける。
でもこれは嘘だった。


千秋のことが怖くてついた嘘。


「最低だな」
一浩がぼそりと呟く。
その目は千秋を睨みつけていた。


「そういうの、最低だろ。俺みたいに一生懸命勉強してもいい点数が取れねぇやつだって沢山いるのに」


一浩の反応は想像通りのものだった。
それからだ。
一浩が千秋をイジメはじめたのは。
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