自殺教室

西羽咲 花月

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合流

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いつもは8時20分くらいに家を出る奈穂だったが、今日ばかりは8時なったらすぐに家を出て学校へ足を向けていた。
自然と早足になる。

行き交う人達を追い抜いて学校の門を抜けると、すでに登校してきている生徒たちの姿があった。
そのまま2年B組のクラスへ向かう。

誰かと約束をかわしたわけではないけれど、そこにみんなが来ているという予感があった。
そして奈穂が教室のドアを開けたとき、想像していた通りのメンバーがすでに揃っていたのだ。


「奈穂!」


すぐに近づいてきたのは珠美だ。
珠美は戸惑った様子で視線を泳がせている。

奈穂は頷き、他のふたりへ歩み寄る。
そこにいたのは一浩と豊だ。

なぜか、教室には昨日の4人だけがいて、他の生徒はまだ登校してきていなかった。


「なぁ、昨日……」


豊がそこまで言って口を閉じる。
言いよどんでいるので、奈穂はまた頷いた。


「うん。夜中にみんなでここにいたよね?」

「やっぱり、あれは夢じゃなかったんだよな?」


一浩の言葉に奈穂は唸るような声を上げた。
夢じゃなかった……と、思う。

だけど断言はできない。
昨日の出来事はあまりに現実離れしているから、夢だと思った方がずっと現実的だった。


「この教室に4人で閉じ込められて出られなかった」


珠美が思い出したように身震いをした。


「そうだね。床を破ってみたらそこには暗闇が広がってた」

「そうだ。どこにも出口なんてなかった」


豊が同意する。
ここにいる全員が同じ夢を見ている。

寸分たがわぬ悪夢を。


「チョークがひとりでに動いて黒板に文字を書いて行ったの」

「時計の動きがすごく遅くて朝が来なかった」

「ナイフが俺の手に張り付いて離れなかったんだ」


「なぜかみんな制服姿だったな」


昨日の出来事をそれぞれが口に出して夢ではなかったと再確認していく。
みんなが記憶していたものは細部に渡って共通していて、あれが現実で起こったことだったと知らしめていく。


「それにこれ、見ろよ」


一浩がズボンの裾を指差した。
そこには汚れて穴が開いている。


「昨日床を剥がしたときに引っ掛けて破いたんだ。怪我は治ったけど、制服はそのままだった」


そういえば奈穂も制服だけは汚れていたと証言する。
他のふたりも同じ状況だったようだ。

この制服だけが、昨日の出来事を象徴しているみたいだった。


「じゃあ、昨日みんなが告白したことも全部事実ってことだよね?」


奈穂の問いかけに全員が黙り込んだ。


否定したくてもできない事実。
押し黙ってしまいそうになったとき、一浩が頷いた。


「そうだ。俺が千秋をイジメてたことはまぁ、全員が知ってたことだしな。お前たちはなにを告白したんだ?」


1番最初に現実世界へ戻った一浩はその後の出来事を知らないままだ。
3人は目を見交わせてそれぞれがなにを告白したのは一浩に話すことになった。

同じように恐怖を経験した一浩に黙っておくのはあまりにも卑怯だ。


「はぁ!? 千秋のカンニングは嘘だっただと!?」


豊からの告白で一浩が大きな声を上げる。
その顔は一瞬で真っ赤に染まった。

今にも豊に殴り掛かりそうだったので、奈穂は咄嗟に間に割って入っていた。


「落ち着いて一浩。それにも理由があったの」

「理由ってなんだよ! そんな嘘つくのに理由なんてあるかよ!」


豊のことを信じ切っていた一浩にとってはこれが一番衝撃的な告白になるかもしれない。


「一浩だって事実確認もせずに千秋をイジメたんでしょう!? それなら、豊だけを責められないよ!?」


奈穂が必死に言うとようやく落ち着いて話を聞く体制になった。


「ごめん一浩。俺、どうしても千秋のことが怖かったんだ」


そして豊は自分が香水を万引したことも告白した。
すべてを聞き終えて一浩は脱力して椅子に座り込んでしまった。


「なんだよそれ、万引ってよぉ……」

「そ、それは、私のせい、だからっ」


珠美が引きつけを起こしてしまいそうな状態で語りだす。
豊から告白されて舞い上がってしまったこと。

豊の気持ちを試すために無茶なお願いをしたこと。
その結果、千秋イジメにつながってしまったこと。


「なんだよそれ、そんなことで俺はあそこまでしたのかよ」


一浩は自分の両手を見つめる。
自分が千秋へしてきてしまった数々のイジメを思い返しているのかもしれない。


「だけどそうだな。俺だって豊の言葉を鵜呑みにする前に事実確認をすればよかったんだ。そうすれば、千秋がカンニングなんてしてないって、わかったのに……」


一浩は見つめていた両手で頭を抱える。
どれだけ後悔しても過去を変えることはできない。


やってしまったことを、なかったことにはできない。
その罪の重さが一浩の胸にのしかかってきていた。


「私は……」


奈穂が静かに口を開いた。


「本当は見てたの、全部」


豊が万引をしたことも、一浩が最初のイジメをはじめた瞬間も。
そして豊が珠美を好きなことにも感づいていた。

この中のひとつでもなにか違う行動を起こしていれば、千秋が交通事故に遭うこともなかったかもしれないのだ。


「なんだ、結局見られてたのか」


豊が重たいため息と共に呟いた。


「うん。だけど私には千秋みたいな勇気がなかった。だから、見なかったフリをしたの」


見て見ぬ振りをするのは一番たちが悪い。
誰かがそう言っていたことを思い出して奈穂はうつむいた。

自分はこの4人の中で最も安全圏にいて、そして卑怯な存在だと感じた。


きっと他の人達はこの話を聞くと奈穂のことは咎めないだろう。
仕方なかったことだと慰めてくれるかも知れない。

だけど奈穂は千秋に選ばれて昨日の空間へ行ったのだ。
やられた側からすれば、奈穂も彼らと同罪だった。

それを重たく受け止める必要がある。


「俺たち、これからどうすればいいと思う?」


すべての告白を終えた後、豊がそれぞれを見つめて問う。
一浩は険しい表情で考え込み、珠美はつい目をそらして、奈穂は悲痛な表情を浮かべた。


「たぶん……千秋に会いに行くのがいいんだと思う」


奈穂が苦しげに答えた。
千秋はまだ病院にいる。

その千秋にあって謝って、それでどうなるかはわからない。
謝ったくらいで終わることではないかもしれない。


「千秋に会わせる顔がないよ」


珠美が震える声で言った。
みんな千秋に会うのが怖かった。


自分がしたことを認めて謝罪することが、こんなに怖いことだなんて知らなかった。


「自殺したときに千秋の姿を見たんだけど、みんなは?」


奈穂が聞くと、それぞれが頷いた。
やっぱり、みんなの夢の中にも千秋が現れていたんだ。


「千秋は私の傷口を指差して『それが私の痛み』って言ったの。すごく怖くて苦しくて痛くて、本当に死んでたらと思うと全身が冷たくなった」


奈穂は自分の体を抱きしめる。
その時の恐怖は今でもまだ鮮明に思い出すことができる。


「だけど、私達はこうして生きてるし、会話することで安心することもできた。でも、千秋は? 千秋はまだ1人で入院してて、安心することだってできないんじゃないかな?」


千秋はまだ1人で苦しんでいる。

痛い痛いと叫んでいるかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られない気持ちになった。


千秋へ傷を与えたのは自分たちだ。
それなら、自分たちが動くしかない。


「今からでも、病院に行こう」


そう決断したのは一浩だった。
一浩が一番千秋に会いにくいはずなのに、その顔は真剣そのものだった。
もう覚悟を決めているように見える。


「うん、行こう」


奈穂も同意する。
珠美は震えながら、豊はそんな珠美を気遣いながらも同意した。
そして4人はホームルームが始まる前に学校を出たのだった。


☆☆☆

この街で一番大きな総合病院は豊の父親が外科医として務めている場所でもあった。


「こんな時間にどうしたんだ?」


できれば豊の父親に見つからないように病室まで行きたかったけれど、エレベーターへ向かう途中でバッタリ会ってしまった。
白衣を来た豊の父親は聡明そうな顔立ちをシていて凛々しさを感じる人だった。


「お父さんごめん。どうしてもお見舞いに行かないといけないんだ」


詳細をここで伝えることはできないけれど、父親は豊の真剣さを組んでくれた。


「わかった。でも見舞いに手ぶらというわけにはいかないんじゃないか? 少しここで待っていなさい」


そう言い残すと、10分ほどして戻ってきた。
その手にはカゴに入ったフルーツが握られている。


「売店で買ってきたものだけど、なにもないよりはマシだろ」

「ありがとう」


フルーツのカゴを受け取り、4人でエレベーターに乗り込んだ。
千秋が入院している病室は予め電話して聞いていた。

フルーツの爽やかな香りとは裏腹に4人の心臓は緊張で早鐘を打っていた。


千秋の交通事故はどれくらいのものだったんだろうか。
体は大丈夫だろうか。

そんな心配と共に、これから自分たちの罪を償うのだと思うと重たい気持ちにもなった。
こんな風に暗い気持ちになるのなら、最初から千秋を追い詰めるようなことをしなければよかった。

強い後悔が4人を襲ったとき、目的の階に到着した。
こんな早い時間に制服姿でやってきた4人に目を向ける人は多い。

けれどそんな視線を気にする余裕も残されていなかった。
千秋がいる病室へ向かうと、そこが広い個室であることがわかった。

戸が完全に開いていて中から人の話声が聞こえてくる。


「千秋、千秋!」


それは千秋の母親の声だった。
必死に呼びかけているその声に思わず足が止まる。

今は中に入るべきじゃないと4人は団子状態になって廊下に立ち止まってしまった。
中から聞こえてくる泣き声に嫌な予感が胸を支配する。

嘘でしょ。
まさか、そんな……。

奈穂は胸の前でギュッと手を組む。
お祈りをするようなポーズになって室内の様子をうかがった。

先生は千秋が事故に遭ったとしか説明してくれなかった。
どれくらいの怪我なのか、無事なのかはなにもわからない。

もしかしたら生徒には聞かせられなくて伏せていたのかもしれない。


「あぁ……千秋! 目が覚めたのね!」


その声に4人同時に顔を見合わせていた。
千秋が目を覚ました。


事故に遭ってから今まで眠っていたらしいと、初めてわかった。
しばらく待っていると病室から白衣を来た主治医が出てきて、奈穂たちは病室に近づくことができた。

開け放たれた戸から中を覗いてみると、千秋の母親がベッド横で泣いているのが見えた。
千秋の細い手をギュッと握りしめている。


「よかった。本当によかった。今お父さんも来てくれるからね」


泣きながら話しかけているのを見ていると、なかなか声をかけるタイミングがつかめない。


「あの、千秋のお母さん」


しどろもどろになってしまった奈穂の後ろから豊が声をかけてくれた。
声に気がついた千秋の母親が顔を上げる。

そして制服姿の4人を認めると驚いたように立ち上がった。


「ごめんなさい気が付かなくて。こんな時間にお見舞いにきてくれたの?」


手の甲で涙を拭って近づいてくる。
その様子に胸が傷んだ。

自分たちはこの人の大切な千秋を傷つけてきたんだ。
宝物を壊してしまおうとした。


「これを……」


豊が震える手でフルーツを手渡す。
千秋の母親はそれを大切そうに両手で受け取った。


「ありがとう。千秋はまだ目覚めたばかりなの、ちょっと話はできそうにないんだけど、顔だけ見ていく?」


その申し出に4人は黙り込んでしまった。
千秋が目覚めた時、この4人が近くにいるとわかったらどう感じるだろう?

またイジメられるかもしれないという不安、そしてすでに味わっている恐怖を思い出してしまうかもしれない。
そう思うと、勢いだけでここに来てしまったことを後悔し始めていた。

あのときはすぐにでも千秋に謝るべきだと思ったけれど、まさかまだ目覚めていなかったなんて、想像もしていなかった。


「いえ、俺たちはこれで帰ります。また落ち着いたら来ますから」


豊が丁寧な言葉を述べて、4人は病室を後にしたのだった。
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